八日目
ゆっくりと、流風は零箱の大地を踏む。空中を漂っていたときとは、やはり感覚が異なる。ざあ、と空に大気が踊る。ただいま、と小さく呟いた。
そして、不意に彼は立ち止まる。何処かの広場のような場所だった。男が一人、月夜に言葉を紡いでいる。彼の視線の先には、もう葉も落ちた木がある。
「――さくら。何処にいるんだ?」
ぼそりとした声は、流風の耳へと流し込まれていく。人気のないその場所で、流風は動かずにじっと男の後ろ姿を見つめる。
「今まで、ずっと目をそらしてきて悪かった。さくらは、どんな見た目であっても、さくらだったのに。さくらが飛び降りた、って聞いて――生きた心地がしなかった。正直、母さんが線路に飛び込んだと聞いたときよりも。あのなあさくら。信じてもらえないかもしれないが…さくらが産まれたとき、母さんはずっと泣いていたが、父さんは別の意味で泣いていた。――可愛かったんだ。例え、皮膚がどうでも。赤くてしわしわの猿みたいな顔だったし、髪も薄くてなあ…。それでも、可愛かった。一生、守っていこうと思った。さくらが例え犯罪者になろうといつか結婚して、手元を離れようと――ずっとずっと一生愛して、守っていくと…誓ったんだ。…そうだな、神に、かもしれない」
だから、とその声は言う。
「もう一度、会えないだろうか。さくら。――もう一度、きちんと誓いたい。父さんは、さくらのことを、愛している」
その後は、嗚咽が聞こえた。流風は暗闇の中で、只それを聞く。そして、一人の少女を思い浮かべる。あの時、真っ直ぐな瞳をしていた少女を。
それから、またゆっくりと流風は歩き出す。鳩尾を撫でて。ただ、この箱の中で繋ぐために。




