表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/28

七日目

 不思議、とさくらは寝台のようなものの上で呟いた。壱箱の製作所である。あの時積まれていた遺体は全て無くなっていて、がらんとした所内の中心で鈴茜が笑っていた。

「――どうですか?おかしなところは…」

「大丈夫です」

 そう言ってさくらは、両手を広げたり閉じたりする。久しぶりの、身体だった。器に戻されると、急に重たく感じる。そして、身体に広がる線。それはしかし数日前のものとは異なる。右足から広がる、舞雲の線。

「――じゃあ、巡雨」

 さくらが声を掛け、目の前に立つ白い獣は頷く。

「今まで、ありがとう」

「こちらこそ」

 笑うように巡雨は両目を瞑る。大きな口に、小さな鋏を咥えている。そうして彼女は器用に口で咥えたそれを開いた。

 小さく、ぱちん、という音がした。鳩尾に僅かな冷たさを感じる。すう、と何かが抜ける。そうして目の前にいた獣はゆっくりと姿を変えた。柔らかそうな鬣が一本一本ほどけるように崩れる。それは、目の前で線となり、ゆるやかにその奥へと向かう。

 そこには、少年が居た。初めて製作所を訪れたときに、鈴茜が抱きしめていた少年。器だけは彼だが、中身は異なる。ずずず、という音と共に少年の身体に線が付着していく。

 あぁ、と少年は呟き、そうして身体を慈しむように抱きしめた。

「皆に、感謝をする」

 そう言って褐色の肌を持った少年――流風は、笑う。

「――これであなたは、寿命を持つことになりますが」

 鈴茜が言い、流風は頷いた。

「儂の役目も変わったと言うことだ」

 そして、彼は周りを見渡す。睦大和と、初音守に笑った。

「――色々苦労を掛けた。儂が産まれなければ、恐らく主たちは宿主になることはなかった」

 しかし初音守は首を横に振る。

「でも、そうだったらきっと僕は…人じゃなくて魚だったかもしれないし。…それに、大切な人にも出会えなかった。君のおかげだ」

 流風は頷いて少し笑う。柔らかな笑みだった。

「それでは――行こう。もう、戻らなくては」

 流風はそう言って、鳩尾を撫でる。さくらはそれを見てまた笑んだ。あの白い獣とはもう触れられぬだろう。彼女はもう、流風の身体に張り付いている。

 そうだ、とさくらは一つのことを思う。あの時、神殿で絹小紅と見たあの美しいさくらの花びら。あれは一体何だったんだろう。巡雨に――神の妻に、聞いてみれば良かった。もっとも、彼女ははぐらかしたのかもしれないけれど。

「――和円(かずまどか)、皆が出発しますよ」

 鈴茜が奥の部屋に向かって声を掛けると、十歳前後の少女が一人、ぱたぱたと足音を立てながら入ってきた。以前に製作所を訪れた際、睦大和が造ってくれと依頼していた人だった。神を殺すために、造られた人。ぺこりと少女は頭を下げる。

「皆様、お気を付けて」

 和円が、はにかんで言う。彼女は零箱へ行かず、ここで鈴茜と共に製作所を保っていくのだという。何処かその笑みが、僅かの時間を共に過ごした同い年の友人を思い出させて、さくらは笑んだ。

「ありがとう」

 さくらはそう言うと立ち上がる。鈴茜のくれた服はさらさらとしていて柔らかい。

 頷いて睦大和も立ち上がる。

「しかし、本当に気をつけろよ。また支えるものも宿主も不在ってことで…弐箱も騒ぎになってると思うからな」

「…うん」

 さくらは息を吐く。零箱で、ベッドの上で居たときよりも過酷な世界が待っていることは、理解している。けれども。

「大丈夫」

 ぎゅう、と手のひらを握りしめる。睦大和が笑って、その手を解いた。

「暫く箱を留守にしちまったから…すぐにどうにかは出来ない…けど。…これ」

 そこにのせられたのは、小さな万年筆。

「出来るだけ、力になりたいと思ってる。なんかあったら…その、すぐ…連絡をくれ」

「…ありがとう」

 にこ、と初音守も笑う。

「僕も近いうちにまた、記録に行くよ。――兎に角、気をつけて」

「うん」

「――流風も、元気で」

「あぁ」

「…後は…あぁ、まあ君はいいや」

 睦大和を見て初音守は肩をすくめる。何だそれ、と睦大和が口をとがらす。その顔がどこか可笑しくて、こんなやりとりが何処か愛おしくて、さくらは笑う。

「…行こっか」

 さくらの声に宿主達は頷く。

 じゃあ、と顔を見交わせて。

 視界の端に、鈴茜と和円が頭を下げるのが見えた。

 さくらはゆっくりと手をかざす。そこに、扉が現れる。上にまとめた髪に、刺さる簪が揺れた。

 そうしてさくらは歩き出す。目的は決まっている。弐箱を守る。舞雲を、繋げる。ただ、それだけの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ