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三日目(3)

「まあ――過去の理由を探っても何も起こらんな。兎に角この先のことを考えるぞ。俺たちが今考えている解決の方法は、二通りだ」

 睦大和の言葉にさくらは慌てて視線をあげて、頷く。どうやら彼は、思いついたことをぽんぽんと話す性格らしい。その時々の気分、とでもいうのか。いちいち考え込むさくらには彼についていくのが精一杯だ。

「鋏と、それから器を取り戻してからの話なんだがな。一つは、器に、身の状態であるお前を戻す。んで、寿命を迎えた後に、巡雨を繋げられるようにする。とりあえずはそれで元通りだ」

「それは――」

 さくらの言葉に、睦大和は分かってると言う風に頷く。

「嫌なんだろ。分かってるけど…まあ、まず一つの方法だ。それでもう一つ。そっちは…まああんまり勧めたくはない。一旦器にお前を戻す。そして、誰か――誰かっていうのが難しいんだが…そいつにお前を殺して貰う、ぐらいだな」

 さくらは息を吐く。歌椿に言われたとおりの答え。線を抱えて生きるか。死ぬか。もしかしたら線だけを捨てて生きていけるかも。だなんて。あるわけがないのに、何故だかそう思ってしまう。あの男の言うように、線のない身体で幸せに暮らす未来。それはあり得ないのだ。散々言われて分かっていたはずなのに改めて選択肢を並べられると、僅かに胸がざわつく。

「とりあえず、どうにかお前の器にいったんは戻って貰いたい。探さなくちゃいけないわけだがな。というのも、お前の死因がはっきりしていないからだ。万が一神が何らかの器を手にして“生き物”になれば、巡雨が神の方へ行ってしまうことになる。零箱を憎む者が、零箱の宿主になる。――やろうと思えば、零箱を壊すなど簡単だ。支えるものにはそれだけの力が…あるんだよな?」

 問われて巡雨は素っ気なく「分からぬ」と答える。睦大和は頭を掻いた。

「今、器は行方不明だ。――神が、お前の器を乗っ取ろうとしているのかもしれん。宿主になって、零箱を破壊するために」

「でも、放っておけば…零箱は壊れるんでしょう?」

 いや、と睦大和が首を横に振る。

「確かに崩壊するが、それには時間がかかる。徐々に壊れていくというのかな。少なくとも、居なくなったから即崩壊、という形にはならないと言われている。もしも神が、その…即崩壊を考えているんだったら、宿主になる方が手っ取り早い」

「そこまでして…?」

 不死の者が、わざわざ寿命のあるものに入ってまで…今すぐに、壊したいもの。永遠に続く命を捨てることも厭わないほど、憎んでいるというのか。

「分からん。とりあえずは今のところの想像だ」

 そう、とさくらは頷く。もう二度と戻りたいとは思えないが、それでも自分の肉体に別の人間――正確には神――の魂が入るというのは何となく気持ちの良いものではない。

「そう考えると、鋏を奪った理由もまた別のものになる」

「…どういうこと?」

 さくらの問いに睦大和は頷く。

「身が白の部屋へと送られるっていうことは、箱の中に存在しないって言うことだ。箱の中に存在しないって言うことは、その箱に於いて“死んだ”とみなされる」

 なにやら回りくどい言い方にさくらは首を傾げる。

「…私は、死んでいる?」

「零箱から見ると、死んでいる。故に、私はお前を殺した人間に宿らねばならない。ただ、世界全体で言うとまだお前は死んでいない。白の部屋で整理を行っていないだろう」

 そう答えたのは巡雨で。整理を行わせなかったのはあなたでしょう、とさくらは頬の中で呟く。

「…それで、よく分からないけど…あの、鋏を奪った理由って?」

「宿主を殺すと、支えるものは…そうだな、一分以内には新たな宿主を求めて旅立つって言われている。光より速いとか」

「…うん」

「しかし神は器を持ってない。仮にお前の器に入り込もうとしようとしても…まあ、一分かそこらじゃ入れないだろう」

「じゃあそこまでの時間稼ぎっていうこと?」

 歌椿が同じことを言っていたのを思い出す。

「なのかもしれんな」

 睦大和は息を吐く。

「…器って言うのは、簡単には造れないの?」

 世界を造った神が、一つの肉体も造れないのだろうか。

 睦大和は首を横に振る。

「造れても、入れることが出来ない。零箱は、守人(もりびと)によって守られているから」

「…守人?」

「零箱を造った創世主、と言われている。とはいえ人なのか何なのかもよく分かってない。その姿を見た者は居ないらしい。ただの壁のようなものとも言われているぐらいだ。壱箱では伝説の生き物みたく扱われている」

「零箱を造ったのは…壱から四の箱の人じゃないの?」

「中身を造ったのはな。そうじゃなくて、箱自体を造ったのが、その守人だっていう話だ。で、それが零箱を守っている。きちんとした、製作所の投入口を通さないものは中に入らないようになっている」

「投入口…?」

「後で製作所に行けば分かる」

 その時に説明する、と睦大和は言う。

「でも神は…入ってこられる?」

「神は…何というのかな。実体が無いからな。身に近い存在というのか」

「私と同じ?」

 そう、と睦大和は頷く。

「あぁ、あと宿主も入れる。宿主は、守人が守っている穴からではなくて箱の側面に扉を作って入るから」

 ふうん、とさくらは頷く。では歌椿は普通に入れるということなのか。

 とりえあず、と睦大和は言う。

「――正直、神についてはよく分からん。ただ、このままじゃ駄目だってことは分かってる。まずは器もそうだが…鋏も見つけなくちゃ駄目だ。無ければどちらにしてもお前が死んだときに一緒に引きずられるからな。支えるものである巡雨が消滅するのは、神が宿主になるより悪い。もう、どうにもならなくなる。箱は十割の確率で消滅することになる」

「…神が、宿主になったら…何割?」

「半々、と思いたい。というのも神が万一宿主になった場合には俺たちは全力で神を殺しに行く。――具体的には、零箱にいる人間を使い、神を殺す。そうなればその人間に巡雨が移り、また繋いでいけるからな。とはいえ神も勿論そう簡単には殺されないだろうし、向こうの方が早く箱の崩壊を始めてしまえばもう止められない。どうなるかは何とも言えん。…一応これが、第三の選択肢になるかな」

 さくらは息を吐く。思っている以上に大変な事態なのだと思った。彼にも、零箱を守る必要性を聞いてみたかったけれど、その強い瞳を見て口をつぐむ。

「ただ零箱にいる人間を使う、っていうのが何処まで可能なのかというと…やっぱり微妙だからな。一旦俺たちは、製作所に行こうと思っている」

「…製作所」

「零箱を造った場所だ。そこには…さっきも言ったが、投入口がある。万一どうしようもなくなったら、こちらで造った人間を送り込む。いわば刺客みたいなもんだな」

 さくらは目を伏せる。造った人間、とさらりと彼は言った。その言い方に隔たりを覚える。そうだ、自分だって造られた存在なのだ、と。あの世界はまやかしだった。あの狭いマンションの自室から見ていた風景も。西向きの窓から見える、あの夕焼けも。地面を覆うコンクリート。行き交う車。自転車。それに乗る人々。目の前に立つ小さな一戸建て。庭にある草木。赤い花。緑色の三輪車。そしてその持ち主。全てが。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。さくらは目を伏せたまま、じっとサンダルを見つめる。何処で一体間違えたんだろう。もっと早く死ねば良かったのか―――違う。宿主は自殺は出来ないと言っていた。だったら母に殺して貰えば良かったのか。いや、そうなれば巡雨は恐らく母に移動するだけで。母は恐らく苦しむだろう。では、さくらがずっとあの線を抱えたまま生きていけばそれで良かったのだろうか。母に殺さないでと哀願して。しかしあの線がある状態で、人並みの生活は送れるのであろうか。楽しい学校生活をおくって、いずれは就職、結婚、出産。それは酷く難しいことのように思える。怪我や痣なら間違いなく許されるが、あの線はどう考えても許されるとは思えなかった。少なくともさくらの生きていた日本では。

 そこまで考えて一つのことを疑問に思う。あの、と声をかけると睦大和は目線で応える。

「――あの、どうして日本語を話してるんですか?」

 死後の世界は日本と関係があるのであろうか。彼らの名も漢字を使っており、響きは変わっているが所謂日本風だ。彼らの話す箱などの名称だって英語でも無いし、漢字を使っているが中国語のようにも思えない。

 しかし睦大和は眉根を寄せた。

「ニホンゴって何だ?」

「…だから、日本の言葉。英語とか…中国語とかドイツ語とかじゃなくて」

「ニホン…?」

「…えっと、私の、住んでた国。日本語は、日本で話されている言葉」

 ゆっくりと、どこか言い含めるように言うと睦大和はやっと頷いた。

「そうか。そういや零箱では地域ごとに言葉が違うんだったな」

 繰り返し何度かまた頷き、彼は困ったように頭を掻いた。言葉を探すようにトンネルの天井を睨み、それからさくらの方へと向き直る。

「こちらから見た差と、零箱内部での差には、開きがある」

「…?」

「…こちらから見ると言葉は言葉だ。生物が話す言葉は全て同一だ」

 さくらは首を傾げる。

「さっき、言ったような…えぇっと、エイゴ?とかチュウゴクゴ、とかそういうのは微妙な…何というのか、陰影、とでもいうのか…。とにかく、微妙な差だ。気にしなければ気づかない」

「嘘…でも」

「厳密に分けると、僅かな違いはあるのかもしれん。だが、こちら側から聞くと全て同じだ」

「アメリカ人が…私とは違う言葉を話す人があなたの名前や言葉を聞くと、英語に聞こえるって事?名前も、違和感のない英語風に聞こえるって?」

「受け取り方によってはそう感じるのかもしれん」

「ここにアメリカ人がいたら、私は会話できる?」

「…よく分からんが出来るはずだ」

 さくらはますます首を傾げる。どう考えても、英語と日本語が同一とは思えない。授業で習ったことは無いが、少なくとも文法は違うことだけは分かる。当然、文字も。

「生き物は皆同一の言葉を話す。人間以外もだな」

 もうこれ以上、首を傾けられない。

「犬や猫とも…っていうこと?」

「巡雨とは話しているだろう?」

 逆に問われ、さくらは深くため息をつく。やはり理解できない。からかわれているのかもしれない、と睦大和の顔を見るが彼の顔は真剣だった。

 異世界なのだ、と彼の顔から視線を外して思う。ベッド上で望んでいた異世界とは違う気がするが、それでも違う世界だ。そうなると彼らは救世主とでも言うのだろうか。けれどさくらは決して救われることはない。終わりにすることも出来ないまま、ただ彼らの言うとおりに着いていくことしかできなくて。そして彼らはさくらの為に動いてくれているわけではない。ただ、零箱の為で。さくらはただの、零箱と巡雨の為の存在でしかないのだ。

「まあ…零箱以外に人間以外の生物はいないからな。何とも言えんが」

「え?」

 唐突に言われた言葉にさくらは問い返す。睦大和は一瞬虚を突かれたような顔を見せたが、すぐに納得した顔になる。

「――あぁ、うん。居ないんだ。昔はいたとか言われているけど…今、壱から四の箱に生きている者は人間だけだ」

 さくらは目を瞬かせる。やはり、分かっては居たもののここは異世界だ。

「でも、植物は…あるよね?」

 住宅と思しきものの間にあった木々を思い出して問う。彼は当然という顔をして頷いた。

「ある。あれ一本で衣食住の全てを賄えるんだ。木の皮や実の皮を煮だして繊維にしてそれを織ると衣服になるし、枝を折り組み立てると家庭内で使う調度品になる。で、実はそのまま食料になる。必ず一家に一対生えている。絶対に枯れないし、家族が増えればそれだけ実の数も増える。逆に家族が減るとその分減る」

 へえ、とさくらは目を丸くする。不思議な世界だ。随分都合が良いというか、とそこまで考えて一つのことに思い当たる。

「それも…神からの…えっと、賜り物なの?」

「うん。そうだ。箱にあるものは全て神が造った。あの家も。木も。――大地も」

 そう、とさくらは呟き、それからトンネルの壁に手を触れる。熱くもなく冷たくもなく、ただ柔らかくて温いその壁は、まるで何かに守られているような気持ちになる。

「――もしも、零箱を守るために神を殺して…今の…家とか、食べ物とか…そういうものが無くなってしまったら?」

 睦大和は首を横に振る。

「それはない。もう神は、壱から四の箱全てを見放してる。今更殺したところで何の影響もない。確かにこの世界は神が造ったものだが、今は支えるものによって維持されている。…どちらかと言えば神の怒りを買って、箱を壊される方が今は懸念されているな」

「…もしも、その懸念が本当になったら…?」

 彼は笑う。清々しいほどの笑顔だった。

「それで良い。零箱を守るためなら、どんな犠牲を払ったって構わない」

 さくらはただただ彼を見つめる。

「…でも、箱にいる人だって」

「みんなそれを理解してる。幼い子供も、老人も。守るべき存在だときちんと分かっている」

 それは信じがたい言葉で。けれど彼の細くなった瞳には揺らぎは無かった。

「綺麗事、って思うだろ」

 胸の内を当てられ、さくらは慌てて首を横に振る。彼は笑顔を崩さない。

「零箱は、俺たちの――壱から四の箱全ての子供、みたいなもんだ」

 歌椿が同じことを言っていたのを思い出す。

「子供を守るためなら何でもする。例え、自分たちの居場所が壊れたって。死んだって」

 さくらは、その言葉を無意識のうちに聞き流した。とても、恐らく、幸せな言葉だと思うのにそれをどうしてか耳から入れたくなかった。そんなことあり得ないと叫び出したかった。睦大和の真意は読めない。真っ直ぐにその美しい言葉を並べた彼は、本当にそう思っているのだろうか。それを問いたかったが、彼のどこか拒絶するような笑顔に沈黙する。それ以上言葉を発しないさくらに、自然と睦大和は笑顔を取り壊して、そうして静かに小さく、一度だけ頷いた。それが何を意味するのかは、さくらには分からなかった。


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