表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

7

挿絵(By みてみん)


7、

夏休みに帰郷した大学二年生の誠一郎を、中学三年の俺は、初めて手に入れることが出来た。

感応を囮にした俺は、飢渇する肉体にありったけの情熱を注ぎ込む必要があったのだ。


誠一郎が京都へ帰るまでの十日の間、俺は誠一郎と共に居た。


夜が更け、辺りが静かになる頃に、俺は誠一郎のベッドへ潜り込み、明け方まで、誠一郎の身体を貪り続けた。

決して完璧な愛撫とは言えないまでも、誠一郎も俺とのセックスを楽しんだはずだ。


夜明け近く、エアコンを切り、汗で澱んだ室内に風を通す為、ベランダの窓を開け放つ。

うっすらと空が明ける光景が好きで、ベランダのカウチに誠一郎と俺は、裸のまま寄り添い、一枚のタオルケットに包まれながら、夜明けに消えゆく星を見送った。


「なあ、誠。あの星に誓ってやろうか?」

「なにを?」

「誠一郎への俺の愛を」

「消えてゆく星に?」

「あれは夜になればまた必ず輝き出す。俺が誠を抱くのも同じだな」


俺は誠一郎に「愛している」と、何度も誓う。

誠一郎は一度たりとも返事をくれない。


「誠は俺を愛してくれないの?こんなに俺と抱き合っているのに…」

「愛することとセックスは違う。おれは男とするのは好きだけど、本当のところ、誰も愛してはいないんだと思う。おれには…愛がわからない」

「え?…だって、誠は…色んな奴に恋していたじゃないか。中学の時も、高校の時も、別れが悲しいって泣いてたじゃないか。あれは本気で人を好きになったからだろ?」

「…そう、だったかな。ものすごく遠い話だな。…でも、もう愛とか恋とか…どうだっていいんだと思うようになったよ。セックスの快楽は嫌な事を忘れさせてくれる。おれは男とやるのが好きなだけの色情狂なのさ」

「…俺とするのも…やりたいからだけなの?俺を少しでも好いてはくれないのか?」

俺の問いに、誠一郎はしばらく沈黙した後、俺の傍からそっと離れた。


「弟同然の宗二朗と寝るなんて…やるべきじゃなかった。後悔してる。だから…もうこれ限りにしよう」

「嫌だ。誠は…嘘つきだ。俺とするの、嬉しそうだったじゃないか。気持ちいい声出してたじゃないか…」

「…うぬぼれもほどほどにしろよ。おまえより上手い奴は五万といるし、おれは…」

誠一郎はそれ以上俺の言葉を待たずに、ベランダを後にし、自分の部屋の戸をぴしゃりと閉め、鍵を掛けた。


ああは言っても、俺は、誠一郎が俺とセックスしたことを、後悔するはずがないと思っていた。



さて、正月と盆には、親戚一同が嶌谷家に集まって会食を開くのが通年の行事だった。

八月十五日、嶌谷家先祖供養の坊さんの読経の後、大広間での宴会が始まる。

十二畳の仏間から続く二十畳の大広間は、結婚式や葬儀などの大事に使用するだけの、俺なんかが滅多に足を運ばない場所だが、一同が集まるといかめしい空気が華やかになり、傍から見ている分にはなにかと面白い。

だが、人間模様の難解さはいつも通りに曲者だ。

亡き聡一郎祖父のお妾さん三人と、その子供たちと俺と誠一郎の従兄弟たちまで合わせて、三十名以上を一堂にした光景は、緊張を通り越すと、お互いの家庭環境を牽制しあう戦場へと変わる。


食事の用意は家政婦たちと由ノ伯母が請負い、母もいらぬ反感を買わぬように裏方に徹し、俺も居心地が悪いから、早めに食堂に逃げて、由ノ伯母を手伝うフリをしてつまみ食いに没頭する。


「宗ちゃんには御膳を用意しているでしょ。皆さんと広間で頂いたら?」

「それ嫌味?折角、由ノっちが夜遅くまでメニューを考えて、骨を折ってこさえてくれた料理をあんな陰険な空気で食べたって、美味しくないもん」

「あら、奇遇ね。私も同じだわ。って、言うか…由ノ伯母さまを由ノっちって呼ぶなんて、不謹慎だわ、宗ちゃん」

後ろから聞こえた声にギクリとする。

同い年の従妹、嶌谷八千代だ。

「あら、いいのよ。八千代ちゃん。宗ちゃんと私は親友みたいなものだし…ね。それより八千代ちゃんも御台所で頂く方が美味しく感じる派?」

「…うん」

「じゃあ、一段落ついたら一緒に頂きましょうね。今日はデザートにチーズケーキも焼いたのよ」

「わあ、由ノ伯母さまのチーズケーキ大好き!」

八千代は俺の居場所をまんまとひったくり、由ノ伯母から離れないでいる。


子犬の様にまとわりつく八千代にまんざらでもない由ノ伯母を見ていると、誠一郎に妹でもいたら、あいつももっと色々な関わり合いが違っていたかもしれない…と、思った。



大広間に戻ると、誠一郎は愛想笑いで、親戚連中との雑談の相手をしている。

来年に誠一郎が二十歳を迎える際、晟太郎伯父が正式な嶌谷家の跡取りとして表明するという噂話が広がり、今から取り入っておこうという魂胆が丸見えだ。

まだ大学生なのに、跡取りの話だなんて…と、俺は思うのだが、将来を自分で決められない誠一郎が哀れで仕方ない。



その夜、俺は誠一郎が風呂から上がって来る前に、部屋のベッドに潜り込み、彼を待った。

誠一郎は嫌な顔を見せたけれど、「どうしてもと一緒に寝たい」と、甘えると、彼は拒まなかった。


「宗はずるいな。俺の弱みを知ってるもの」

パジャマを脱がしながら、俺は誠一郎の白くて滑らかな鎖骨辺りを、舐めながら出来るだけ強くキスマークを残す。誠一郎は俺の肩を押し、拒むように首を振った。

「…誠が京都へ帰ったら、しばらく会えなくなる。俺も受験があるし、誠がこれ限りって言わなきゃ、後を追ったりしないから…いいでしょ?」

「そんな風に返されたら、おれは逆らえないよ。…昔から、おまえはおれに言ってたね。『誠は俺のものだ』って。…おれはうれしかった。…うれしかったんだよ。誰かに必要とされていることに…。でも、おまえは…」

「…なに?俺はここに居るし、どこにも行かない。誠の傍にずっと居るよ」


誠一郎は目を閉じたまま、俺の頭を自分の裸の胸に押し付け、そして「好きだ」と、一言だけ呟くのだった。




翌春、俺は無事、誠一郎も通った名門私立校に入学した。

偶然にも同じクラスに、従妹の嶌谷八千代が居た。

中高一貫校であることから、多くの生徒は中学からの持ち上がりで、八千代もそのひとりだ。と、言うより高校から編入する生徒は稀で、相当な成績優秀者かコネ入学かのどちらかであり、どっちみち変わり者扱いらしい。


入学早々の試験で中途パンパな点数を取った俺は、嶌谷の名前からしてコネ入学扱いされたけれど、俺にしてみれば、どうでもいい話だった。


「宗ちゃん。あなた、わざと悪い点数を取ったわね」

「はあ?」

「新学期テストの話よ。宗ちゃん、編入テストは一番だったじゃない」

「おまえ、どこで知ったんだよ」

「評点される先生とはコネがあるもの」

「…」


親戚とはいえ、周りからの変な詮索は嫌いだと言う八千代の提案により、教室の中ではお互い話しかける事もしないが、昼休みは独りで屋上の片隅で昼寝を楽しむ俺に、時折、八千代がお菓子などを差し入れする。


「これ、この間、由ノ伯母さまに習った豆腐クッキーなのよ」

「あ、そう」

「…美味しいかどうかぐらい言いなさいよ」

「あのな。俺はいつも由ノっちの美味い料理を食ってるの。それが俺の味覚の基準なの。由ノっちに比べたら、他は格下ってわけ」

「あ、そう!宗ちゃんのお嫁さんになる人は、由ノ伯母さまの料理の腕が理想じゃ、大変な事ね」

「そんな果てしなく遠い話、今する話か?」

「あら、誠ちゃんの具体的な嫁取り話は近々決定するって噂よ」

「…マジで?」

八千代は真面目な顔で、うんうんと頷く。



亡き祖父は正妻が生んだ晟太郎伯父と母だけを嶌谷家の本筋と認め、妾の三人には、それなりの財産を与え、三人が産んだ子供達の認知はしたが、籍には入れなかった。

唯一、八千代の父親だけが、「嶌谷」の苗字を名乗ることを許され、養子に迎えられたのだ。


他の鬱陶しい従姉弟どもと違って、昔から勝気で利口で歯に衣着せぬ正論を叩く八千代に、俺は毒気を抜かれることが多々ある。彼女は親戚の中では一目置く存在なのだ。


八千代は今年18歳になる兄が居るが、こちらは八千代とは違い、気の抜けた従順な柔らかい物腰の男だ。

「護お兄は、名前の通り、護ることしか考えてないの。でもそれって長男には必要なことだわ。ああいう脇役も嶌谷財閥には必要になるはずだわ」

「…おまえは相談役か!」

「私はねえ、宗ちゃんのお母さまみたいになりたいのよ。仕事もできて、外国語もペラペラ~。旦那さまを充てにしてないシングルマザー~って、カッコ良いわ~。憧れよ」

「褒められても嬉しくないんだけど…」

「…宗ちゃんを褒めてるわけじゃないからね。正直、君は嶌谷家のお邪魔蟲だから」

「なんで?」

「わかんないの?君が嶌谷財閥の跡取り候補だからでしょ」

「はあ?誠一郎が居るのに、なんで俺が跡取り候補になるんだよ」

「さあね。そういう噂話が横行してるってことよ。私なんて、誠ちゃんか宗ちゃんの嫁候補のひとりにされているのよ」

「…ちょ…従兄妹同士なのに?」

「親は異母兄弟だから、血縁関係薄いじゃん。まあ、私は絶対嫌だから。旦那様ぐらい自分で見つけるわよ」

「…そうしてくれると、俺も有難い…」


この時代錯誤的な嫁取りの話を真剣に受け取るには、高一の俺にとって実感し難く、男としかセックスをしない(しかももっぱら受け身である)誠一郎が女を抱く…なんて事も、全く想像などできるわけもない。


「誠一郎ちゃんって、イケメンだしジェントルだし、何をやってもソツがないし、一見完璧に見えるけど、なんか観てて不安になるのよねえ」

「え?…そうか?」

「宗ちゃん、一緒に住んでて感じない?」

「別に…誠は普通だよ」

誠一郎と肉体関係大有り…だとは、さすがの俺も言う気はない。


「なんかね~。純粋っていうか、ガラス細工みたいに繊細で透明なのよ。宗ちゃんみたいにやさぐれた方が、気を使わなくて楽でいいわ」

「うるせ~よ。どーせ俺は嶌谷家の問題児だよ」

「違うの。宗ちゃんみたいな人の方が、上に立つ者には相応しいって話をしてるの」

「…何の話だ?」

「裏では色々噂されてるよ。もしかしたら、誠ちゃんは女性に興味ないかも…って」

「…」

「で、前の話に戻るけど、君が誠ちゃんの座を奪って、嶌谷財閥のトップになるのが相応しい…ってね」

「マジ、くだらねえ~。高一の俺に振る話かよ」

「あくまで噂だし…。男の人が好きでも、若気の至りってことにすれば問題もないし、私は誠ちゃんが跡取りになるのが一番問題ないと思ってるわよ」

「おまえ、やっぱり相談役に向いてるよ」


俺は床に寝転がって空を仰いだ。

皐月の空に綿菓子みたいなぷくぷくした雲がゆっくりと流れていく。

ああ、あの雲に乗って誠のいる京都までひとっ跳び。そんで誠を思いきり抱きてえなあ…なんて、少女趣味もいいとこ。

離れすぎてると、くだらねえ妄想も病み付きになるわ。


「…それでね。宗ちゃん、聞いてるの?」

「…」

「なんだ。寝ちゃったの?つまんない」



誰が嶌谷家を継ぐかなんて話より、誠一郎とのセックスを妄想する方が何倍も、何十倍も俺には重要で大切だとしか、わからないよ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ