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挿絵(By みてみん)


2、


祖父は、俺と母が嶌谷家に戻る予定日の十日前に亡くなった。

母や晟太郎伯父に見守られながら、安らかに息を引き取ったと言う。

生前の祖父の強い薦めもあり、俺たちの引っ越しは無事予定通りに行われた。


実は、祖父の妾や親戚らの強い反対で、母は葬儀には参列できなかった。

当時、俺は小さかったから、親戚関係のいざこざは知らなかったけれど、葬儀の日の朝、母は昇る太陽に向かい、長い間手を合わせ、祈っていた。

後になって聞いた話だが、母は祖父と和解した後から亡くなるまでの間、何度も祖父の病室を訪ね、親子水入らずで色々な話をしたそうだ。

亡くなる時も母は祖父の手をずっと握りしめていた。

「少し遅くなってしまったけれど、父との充実した時間を過ごせて、幸せだったわ」と、母は参列できなかったことを少しも悔やんではいなかった。



引っ越した嶌谷家は、都内の一等地にあり、敷地も広く、洋館と日本家屋をごちゃまぜにした、それでいて何とも趣のある立派な建物だった。

屋根伝いに並んだ別棟の洋館が、隠居した祖父が住んでいた家屋で、祖父の遺言により俺と母の新居になった。

一階は居間と台所に書斎。二階の二つの部屋は、母の寝室と俺の自室だった。

今まで住んでいた家が狭かった所為もあるが、まだ六歳の俺には当たり前に広すぎて、唖然とした記憶がある。

檜のベッドにフワフワのあたたかい布団。両手に余るほどの大きな机や、立派なクローゼットにソファまでもが用意されていた。

その夜から俺はひとりでベッドに寝ることになったけれど、薄い布団に包まり、母に抱かれて寝ていた日々が懐かしく、寂しくて時折泣いてしまうこともあった。

隣の部屋に母が居ても、なんだか遠く感じ、今までのように甘えられなくなってしまった。


母は実家へ戻ってすぐに晟太郎伯父の秘書として働くことになった。

国内は勿論、海外出張も多い伯父には、語学の堪能な信頼のおけるパートナーが必要だったのだろう。その点、母は適任だった。

母は元来、勉強家で負けず嫌いだった。

勝手に家を飛び出し、出戻ったという後ろめたさの所為もあっただろう。

母は、誰からも後ろ指を指されまいと必死に夜遅くまで、書斎で勉強をしていた。

二階に上がって寝室で寝るよりも、書斎に簡易ベッドを置き、そちらで休むことが多くなった。そのうちに二階の母の寝室はほとんど使われなくなってしまった。

頑張り屋の母を見て、俺は次第に母に甘えることを諦めた。

仕事の帰りも遅い母と一緒に食事をする事も減ってしまったけれど、俺には母の代わりが居てくれた。

晟太郎伯父の奥さんであり、誠一郎の母である由ノ(よしの)伯母だ。


近代的な母とは違い、由ノ伯母は日本女性の鏡のような人で、毎日キチンと黒髪を結い上げ、普段は紬の着物を着こなし、毎日、家族全員の食事の支度をこなしていた。

嶌谷家の家屋も庭も、とても広かったから、当然手伝い人が居たけれども、台所は由ノ伯母の支配下にあり、割烹着を着て、俺たちに振る舞う料理は本当に美味しかった。


由ノ伯母は母より三歳上だったが、「りょうちゃん」「よっちゃん」と呼び合う仲で、母が家を飛び出す前からふたりは本当の姉妹のように仲が良かった。

誠一郎を出産する時も、忙しい晟太郎伯父の代わりに、母が出産に立ち会ったそうだ。

「私の手をぎゅっと握りしめ、『がんばれ!よっちゃん』と、励まし続けてくれたから、安心して誠一郎を産めたのよ」、と、伯母が俺に語ってくれたことがある。

由ノ伯母は俺を誠一郎と分け隔てなく可愛がってくれた。

五歳上で真面目で優等生の誠一郎よりも、やんちゃな俺の方が心配でたまらず、余計に手をかけてくれたのかもしれない。


ふたりの母は、今も俺が面倒を見ている。

俺が家に居る時間は少ないが、嫁や孫に囲まれて笑ってくれているふたりを見ると、少しは恩を返せたのかな、と自負している。



西暦2014年、45歳の嶌谷宗二朗は、嶌谷財閥の筆頭株主兼最高経営責任者(CEO)として、世界中を飛び回りながら、日々多忙に過ごしている。

慎ましやかな奥さんと中三の息子と中二の娘、晟太郎伯父と由ノ伯母、そして、母が俺の愛する家族だ。

どこにでもあるこの家庭が、いつまでも平和に続くよう、一家の大黒柱として俺はこれからも支えていくだろう。


そして、俺は家族を守る義務と権利を天秤の片方に置き、それと釣り合う為に、俺のごうをあいつに持たせている。

俺のごうとは、嶌谷誠一郎への「愛」に他ならない。


俺はあいつが負うべきすべての重荷を請け負う代わりに、誠一郎の人生をもらうことを約束させた。


誠一郎は俺のものだ。

他の誰にも渡さない、と。





嶌谷家に引っ越した日は、俺の誕生日の12月26日だった。

晟太郎伯父は、俺の為に終わったはずのクリスマスの飾りをそのままに、特大のケーキとプレゼントを用意してくれた。

プレゼントは祖父が生前に俺の為に用意したと言うランドセルだった。

たった一度だけ顔を合わせた祖父を思い出し、そのランドセルを抱いて、俺は少しだけ泣いてしまった。

その後、由ノ伯母が用意したもてなしの料理を味わい、これから始まるここでの新生活に俺はすっかり浮かれていた。

その時だった。

「ただいま帰りました」と、居間に姿を見せた少年が丁寧に頭を下げた。

それが、従兄の嶌谷誠一郎との初めての出会いだった。


臙脂のダッフルコートに黒のデニムを着た誠一郎は、ピアノのレッスンからの帰宅だった。

五歳上の従兄と一緒に暮らすことは知っていたけれど、誠一郎は想像よりもずっと大きく、ずっと大人で賢そうで…一目でとても勝ち目がない…と、俺はひどく拗ねてしまった。


「お帰りなさい、誠一郎さん。澪子叔母様も宗二朗くんもお待ちかねよ」

「はい。遅くなってごめんなさい。つい先生が熱心に教えられて、時間を押してしまったの」

誠一郎はニコニコと愛想よく、ソファに座る母と俺に近づき、馬鹿丁寧に挨拶をした。


母は誠一郎が生まれた時から、色々と世話をしていたらしく、大きくなった甥の姿を見て、嬉しそうに懐かしんでいた。

「…そう、誠くんはもう来年は六年生になるのね。宗二朗も来年は一年生なのよ。色々迷惑かけると思うけど、よろしく頼むわね」

「今日から、ふたりはうちの家族になるんだ。宗二朗は弟だと思って、かまってあげなさい」

「はい。お父さん」


誠一郎はソファに座る俺の前に、膝をついてしゃがみ込んだ。

俺は急いで立ち上がった。

当たり前だが、俺はまだ小さく、立ち上がってもしゃがみ込んだ誠一郎の高さには及ばなかった。それが悔しくて、睨みつけてやった。

誠一郎は優しく笑い「宗二朗くん。これからよろしく。仲よくしようね」と、言った。

「わからないことがあったら、何でも僕に聞いてね」とも、言った。

その柔らかな微笑みが、やたらと勘に触った俺は「誠なんか…嫌い」と、言った。


俺の気性なら本当は気に食わない奴は殴っていただろう。だけど、俺と母は誠一郎の両親にこれからお世話にならなくちゃならない身の上だった。

それがまた誠一郎を快く思えない一因でもあった。


豊かな財産と申し分のない両親に愛されている誠一郎が、羨ましくも酷く憎く思えた。


一度だけ母に言ったことがある。

「嶌谷家にずっとお世話になって居候のままでいるのは嫌だ。ここに居たら、俺は誠一郎と対等になれない」と。

母は俺を叱った。

「君はとても賤しい心の持ち主なのね。そんな貧しい心根では、どこに居ても満足できない寂しい人間になるしかないわね。そんなに誠一郎くんが気に入らないなら、君はここに居なくていいわよ。ひとりで出ていきなさい」

俺は自分の心の狭さを恥じた。


誠一郎を気に入らないわけじゃない。

誠一郎が気になって、仕方がなかった。

誠一郎が好きで、大好きで、自分のものにしたくて、たまらなかったんだ。




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