思うところあれど
4時限目が終わるチャイムが鳴り響く。
「ところで・・・オマエはいつまでその格好で居るつもりだ?」
啓作の指摘で思い出した。学校に戻ってきたのはいいが生徒会と書かれた襷はしたまま、鞄は持ったままだった。
慌てて襷を事務室に戻し、鞄を教室に置きに行く。
鞄を置いて、教室を出て購買に向かう所で啓作が降りてきた。
「これから購買行くだろ?」
オレが聞くと啓作は頷き先に歩き始める。
「体調悪いのにムリすんじゃねーぞ?」
そんな事を言いながらオレは何か忘れている気がした。
購買に来ると生徒会長とばったり出会った。
「生徒会長・・・オレ、生徒会のやり方気に喰わねぇ」
オレは出会うと同時に真っ先にその言葉を発した。辺りがざわつく。
「そんな事分かっています。が、オマエを含めた生徒会特別枠とマークした彼らは別です。少なくとも僕はオマエには──・・・いや、今は何も言う事は無い」
そう言って歯切れ悪く切ると啓作を見る生徒会長。啓作は俯く。
そして、そのまま何も言わずに購買を後にするのだった。
オレはなんだと思ったが取り合えずカレーパンと牛乳を買う。
啓作が買っている間にオレは何処で食べようか考える。
「俺は広場の方で食べる。オマエはどうするんだ?」
啓作は決めていたようだ。それを聞いて何処で食べようと大して変わらないと思ったオレは啓作に付いて行く事にした。
広場に来ると結構な人が居た。が、空いてる場所に二人で座る。
「思い出せない・・・」
「何が?」
オレがボソっと言った事を啓作は聞き逃さなかった。それにオレは答える。
「オレ、パトロールしててなんか忘れてる気がするんだけどそれが何か思い出せないんだ・・・」
クスっと笑われたかと思うと啓作はオレの肩に手を置く。
「今は度忘れしているだけでムリに思い出そうとしなければ大丈夫だろ」
確かにそうかも知れない。午前中の事が強烈過ぎているだけだろう。
そう思うとオレは無理に思い出そうとする事を止めた。
どんなに頑張っても思い出せない事は思い出すまで放っておくのが一番だ。と言うのは分かっていてもモヤモヤ感は残る。
キーンコーンカーンコーン──。そんな風にゆっくりしているとチャイムが鳴る。
「やばッ、早く食わないと」
オレは慌てて食べる。
「んー!!!!」
結果的に詰ってしまった。啓作がオレの背中を叩く。
そして、少し収まったところで牛乳で流し込んだ。
「げふ、げふ。ふぅぃー」
オレの一発ギャグ的な展開がおかしかったんだろう。啓作が笑っている。
「麒代、オマエそんなに急いだって意味無いだろ」
そういわれてはっとした。確かに急いでも特に何かあるわけでもなかった。
こんな他愛も無い無駄な時間がオレはたまに遠く感じる。色々気持ちがブレているんだろう。
そんな事でオレは急に思い出す。
「あ、あいつの名前考えてやら無いと──」
「あいつ?」
思った事全てとは言わなくても何故か口に出してしまった。
啓作が驚いた。そして聞いてくる。
「ぁーオレが結果的に引き取ることになった子犬の事。あいつにまだ名前付けててないんだ・・・」
オレは引き取ってから子犬に名前を付けていない事を啓作に言った。
「んで、名前だけどどんなのにしたらいいかって今朝考えてたんだ」
「オマエの場合は直感と響きで決めたらどうだ?」
啓作はオレが悩んでいる事がおかしいと思っているのだろう。ところどころ笑いかけている。
「おぃオマエら。もうチャイム鳴り終えたぞ?」
そんな時、生活指導の先生が見回りに来てオレらを注意していった。
オレと啓作はゆっくりと教室に向かう。
「で、さっきの話だけど。直感と響きって言われてもな・・・──」
廊下を歩きながらオレは啓作にそういうのは重要な気がすると言った。
オレはそこまで単純かは分からないが直感と響きで決めていいかくらいはさすがに考える。
「なら、自分で呼びたくなる名前が自然に出てくるまで放っておくか?」
それはそれでなんかヒドイ気がするんだが・・・。
そんな事を話しているうちに教室に着いた。既に始まりかけの授業は物理だった。
物理の授業を受けつつ、オレは子犬の名前を考えていた。
「んー・・・」
悩んでいると物理の先生がオレを呼んだ。
「徳間、ここ答えてみろ」
オレは立ち上がり分かりませんと答える。
「ったく、悩んでるから授業をちゃんと聞いてると思えば・・・──女の事でも考えてたか?」
うるさく小言を言われてしまった。それで教室が少し笑いに包まれた。
とは言ってもオレは苦笑いだったんだけども・・・。
どうしてもあいつの名前をちゃんと考えてやりたいと思っているからか早々いいと言える名前が出てこない。
授業は刻々と進んでいく。そして、5時限目が終わるチャイムが鳴り響いた。
「起立ッ。礼ッ」
挨拶もそこそこに放送が入る。
「んとー・・・トクマキーとトーケーは生徒会室に来るように~」
のんきな副会長の声だ。また何かあるのだろうか・・・。
取り合えずと思い啓作に目をやると既に向かおうとしていた。
慌ててオレも後を追う様に生徒会室に向かう。
もはや、何が起きても今日は驚くことは無いだろう。そう思っていた。
「失礼します」
生徒会室に入ると真っ先にホワイトボードに目がいった。ボードには色々な文字が書いてあった。文字と言うよりは名前だろうか?
「オマエに子犬云々の件は任せたが引き取ると聞いた。で、名前をまだ決められていないと言うのも風の噂程度に聞いた。合っているだろうか?」
オレは頷く。それと同時に生徒会長の情報網が半端無い事にオレは改めて驚かされた。
「・・・オマエが拾ったとは言っても一度生徒会が絡んだ案件だ。早々無碍には出来ない」
とは言いつつも啓作まで呼んだ理由は別にあるのだろう。啓作は俯いている。
「取り合えずだ。放課後、オマエは残る事。麒代、オマエへの連絡は以上だ」
そんな事は放送で言えばよかったのではないかと思った。
「それで啓作・・・君の方だが・・・」
オレが生徒会室を出ようとすると啓作に肩を掴まれた。
啓作は俯いたまま黙りオレを頼り縋っている様にも見えた。
「・・・麒代。オマエの同席を要求します」
啓作の気持ちを察したのか生徒会長がオレに同席を命令した。
そんなに嫌なら逃げればいいとオレは思っていた。
「んと、トクマキーは知らないだろうけどトーケーは───」
副会長が何か言いかけると生徒会長が止めた。言いかけた途端に啓作がオレに寄りかかってくる。
現実逃避と言うやつだろう。体の自由が利かなくなったり少し聞いただけで気分を害する程の事なのだろうか?
オレは生徒会長に睨みを利かせてみる。
「・・・オマエには知る権利はある。が、肝心の本人がその状態ではまだ話せない」
「トクマキーごめんね。取り合えずトーケーを保健室に連れてって」
オレだけが知らない啓作の何かを二人は知っている。オレはそう確信した。
取り合えずと思い、啓作を連れて生徒会室を出て行く。
「ひふみん・・・やっぱりトーケーに選択を迫るのはまだ早い気がするよ・・・」
「ですが、時雨も分かっている通り時間は迫っています──」
啓作を保健室に連れて行く途中で啓作が立ち止まった。
「どうした?」
オレが聞いても大して反応を見せない啓作。
過去がどうとかは本人が言わない限りオレは無理に聞くつもりはない。
オレ自身も───そんな事はどうでもいい。啓作が動かないのではオレも動けない。
「・・・俺っ──」
無理に話そうとする啓作をオレは止めた。そうやって無理して結局顔を合わせづらくなったら後味が悪いと思ったからだ。
それに今のオレにはそういう重たい話を受け止められる程の技量は無い。
しかし、結局のところ啓作が無理に何か伝えようとした影響で互いに気まずくなっていた。
保健室まで来ると保険医の先生が出てくるところと遭遇した。
「あぁ、また君か。本日二度目だが大丈夫か?」
その問いに啓作は軽く頷く。
「そうか、ならベッドは空いてるから休む程度なら適当に使ってくれ。私はちょっと用で保健室を空ける事になるからくれぐれも問題事は起こさないでくれよ?」
そういうと保険医の先生はそそくさと何処かに行ってしまった。
今、二人きりになるのはなんか気まずい。と言うよりもオレは何を考えているんだ。
頭を横に振って意識しないようにしている間に啓作はさっさとベッドに入って横になっていた。
(ちょっとホモだとか考え過ぎだな・・・オレ)
そこまで意識する事じゃないと改めて思う頃には啓作は寝息を立てていた。
「・・・ゆっくり休めよ」
そう言ってオレは保健室を後にした。6時限目のチャイムが鳴り響く。
授業中、窓の外の心地よい日差しを見ながらオレは色々頭がおかしくなっていると思った。
授業も終わり、放課後。オレは未だに部活に属していない。
やることも無くボーっとしながら生徒会室に向かっていた。
「わっ」
途中、生徒とぶつかる。オレは軽く謝って散らばった物を拾う。
それを渡すと再びボーっとしたまま歩く。
「オレ・・・頭おかしいな」
そんな事をぶつぶつと呟きながら着いたのは生徒会室ではなく屋上だった。
夕暮れ近い屋上の風は春先だと言うのに少し冷たかった。
「・・・生徒会室行くつもりだったけど頭冷やした方がいいか」
フェンスに寄りかかりそのままズルズルと座り込む。
「何やってんだろな・・・オレ」
そのまま俯いて考える。
啓作の過去を知ってオレは何をしてやれるだろうか。
あいつは何を考えているのかがオレは理解出来るのだろうか。
啓作の過去を知ると言う事は生徒会長の過去も少しは知ると言う事になる・・・知ったら今まで通り抗えるのだろうか。
そんな事を考えているとドタバタと凄い足音が近づいてくる。ガタン。
「とぉーーーーーーー」
「ぐふぉっ・・・!?」
勢い良く扉が開かれたと思うとオレは何かに凄い勢いの飛び蹴りを食らわされていた。
その勢いのまま弾かれる。
「誰だッ」
ノリと言うレベルの勢いで蹴りを食らった方向を見ると副会長が黒い笑顔で立っていた。
「トクマキー・・・生徒会室行こうねぇ?」
もはや目は光っているように見える。
「嫌だ。オレは少し頭を冷やす必要がある」
そんな事を言った次の瞬間には首輪に電流が流れていた。オレは悶えながらも嫌だと反抗していた。
「・・・面倒だから伸していい?」
その一言の次にはオレは電流を流された状態で伸されていた。意識が薄れる中でズルズルと引き摺られる感覚と階段に腰だのをぶつけた感覚だけが残ってオレは意識を手放した。
しばらくしてから意識を取り戻すと生徒会室に居た。何故だが椅子に縛り付けられた状態で。
「生徒会長、随分乱暴じゃんか・・・」
オレはギリッと生徒会長を睨み付ける。
「僕はそこまでの命令をした覚えはありません。時雨にはただ連れて来てくださいとだけ言ったまでですが──」
と言う割には椅子に縛り付けたのは生徒会長自身のように思えた。
「とりあえず今は無駄な抵抗はしない事です」
右手にスイッチを持ちながら鼻にかけるような顔でオレを見ている生徒会長は嫌味な程の悪人面だった。
「っととー。ひふみん、さっきのから候補絞った分書き出したよ~」
そう言いながらホワイトボードがオレの前に設置される。
どれを見てもなんと言うか・・・趣味全開な感じの名前ばかりだ。
特に副会長の趣味全開と言う感じのが多い。
「最終的にはオマエが選ぶ事には変わらない」
そういう生徒会長は指し棒を持って来ていた。
そして、ホワイトボードを指してはこれはどうだと聞いてくる。オレは首を縦には振らない。
「トクマキー、自分で決められるの?」
横から副会長が聞いてくるがそんなの直感次第だと思うんだがと思った。
そんな事が1時間も続いた。正直、拷問である。
「オレを開放しろーーーーーーーー」
そう叫ぶとガラガラと後ろの方で戸の開く音がした。
「先輩・・・時間考えてください」
そう言って入ってきたのは啓作だった。まだ帰ってなかったらしい。
「それと、あまり拘束しておくのは問題になりますよ」
この話し方をする啓作はいつもの啓作とはちょっと雰囲気が違う気がした。
オレが心配だから・・・と言うわけではなさそうだが。
生徒会長は黙って時計を見ている。
「え~」
副会長はかなり不服そうだ。
オレはどの道動けないが両者に挟まれ更に身動きが取れないでいる。
オレを挟んで両者無言の睨み合いのような状態が少し続いた。
「だぁーーー、そんな事してないでオレを開放しろぉー」
無論、この膠着した状態を打破したのはオレだった。
啓作がハッとしてオレを椅子から開放しようと動く。
副会長が動いて啓作を阻もうとしているのが見えたが生徒会長が肩を掴み静止する。
「では、麒代。オマエは明日の放課後までに名前を考え報告書を提出する事。これで今日のところはひとまず終いです」
不貞腐れる副会長だったが生徒会長の前では暴力的な事はあまり出来ないらしい。
「ん・・・」
オレを椅子から開放し手を差し出す啓作。オレは快くその手をとった。
オレ達は教室に戻り鞄を持って下校をしようとしていた。
「で、子犬の・・・名前は決まったのか?」
啓作もその辺は気になるようだ。オレは首を横に振る。
「そうか・・・」
気にはしているものの今一歩踏み出せない感じで煮え切らない感じがした。
「啓作・・・オマエ───」
オレが尋ねようとすると「言うなッ」と言って止められてしまった。
やはり、何かあるんだろう。ただ、今は聞かないでおくことにした。
オレと啓作は途中まで同じ道を並んで歩く。お互いに黙ったまま。
オレは何を話していいか分からないから黙っていた。
啓作は別の何かを考えているようで黙っているみたいだ。
お互い見ているものが違いすぎて言葉が紡ぎ出されないでいる。
それはとても自然なようで不自然な感じだ。少なくとも今は。
互いに別れ道まで来た所で立ち止まった。
「じゃあな」
「あぁ。子犬の名前、ちゃんと決めろな」
一度立ち止まり短い言葉を紡ぐと互いに帰路を歩く。
既に日は落ち、夕闇が辺りを覆っていた。
「あいつ・・・お腹空かせてるな・・・」
そんな事を思いながら、オレは家路に着く。