複雑な思い
「ん、んー…ん?」
オレの胸の辺りに何かが乗っているような感じがした。
目を開け、首を少し動かして胸の方を見る。
「ぁーオマエか…」
子犬がオレの上でぐっすり眠っている。
結局、子犬を引き取ってくれる人を2日かけて探しても見つからなかった。
オレはとりあえずダンボール箱を用意してベッド代わりにしていた。
が、今起きてみるとオレの上でこいつは寝ている。
「オマエ、寂しいのか」
そう呟いて子犬の頭を撫でると子犬はあくびをして目を覚ました。
そのままオレの上を歩いて顔に迫ってくる。
ペロペロ。子犬はオレの頬を舐めて甘えてくる。オレは、オレがこいつを飼うって事でもいいかと思っていた。
「そういえば…まだ名前考えてなかったな」
子犬を足元の方に離して起き上がる。子犬はオレが起き上がるとオレの顔を見上げていた。
時計を見る。子犬の名前を考えている程時間は無かった。
「げっ、ヤバ」
遅刻寸前まではいかないが朝食を食べるとギリギリな状態だった。
急いでベッドから飛び出し着替え階段を降りる。
とりあえず食パンに白ゴマペーストを塗って片手間に玄関へ向かった。
「ワン」
子犬はいってらっしゃいとでも言うように鳴いていた。
食べつつ急いで走る。咽そうになったり信号に引っかかったりしながら遅刻寸前で学校に着いた。
「ヤーーーーーー」
教室に向かおうとすると聞き覚えのある声が。と思っている間に伸された。
「トクマキーおっはよー」
相も変わらずの副会長は激しい挨拶が好きなようだ。
オレは起き上がるととりあえず挨拶してそのまま行こうとした。
「ちょちょちょ、トクマキーは2時限目までは生徒会の仕事だよ?」
そういうと華奢な体からは想像出来ない程の力でオレを引きずり始めた。
「ぇ、え? せめてカバンくらい教室に…」
言ったところでそんな事は関係無いらしい。もはやオレは抗えば抗う程体勢を崩して自滅していくだけだった。
引きずられ連れて行かれたのは生徒会室ではなく事務室。
事務室だが事務員は居なく、事務用の机には生徒会と書かれた襷だけが置いてあった。
「とりあえずこれ付けて見回りだよ~」
そう言いながら準備していく副会長。辺りを見るとカレンダーの今日の日付に丸がしてあった。
どうやらオレが知らないだけで生徒会が伝統的に校外の見回りをしているようだ。
だが、副会長がニコニコしている様子からしてただの見回りってわけでもなさそうだ…。
事務室から下駄箱へ向かうと啓作がのろのろと登校してきた。
体調が悪いのか顔色は悪い。
「はい、遅刻」
そんな啓作に容赦なく遅刻宣告する副会長だったが啓作はそのままこっちへ向かってきた。
オレは啓作の肩に触れた。が、反応が無いに等しい。
「お、おぃ・・・啓作?」
呼びかけても反応は返ってこない。様子がかなりおかしい。
オレは触れてた肩をガッシリ掴んで啓作を止める。
「啓作、オマエ…調子悪いんじゃないのか?」
聞いてもやはり反応は無い。副会長の方に顔を向けると仕方ないと言った顔をしていた。
「取り合えず・・・トーケーは保健室に強制連行、トクマキーよろしく~」
啓作のことは心配だがやはりと言うべきか。面倒ごとはオレがやるようだ。
オレは啓作の肩から手を離し代わりに腕を掴んで引っ張っていく。副会長はのんきに手を振っていた。
オレが啓作を引っ張ると啓作は素直に付いて来る。心此処に在らずと言うべきか。そんな感じがした。
「副会長…っておい…」
保健室に啓作を預けて戻ると副会長が居なくなっていた。明らかにばっくれた感満載だ。
「トォーーーー」
それが狙いかと反応した時には既に遅かった。オレは伸されていた。本日二度目だ。
「あはは、ごめんごめん。ちょっと職員室に呼ばれてたよ」
顔を上げると言葉とは裏腹に天使スマイルのこの悪魔足りうる副会長。伸した者の言う言葉とは思えない。
「で、呼ばれていた理由はなんですか?」
立ち上がり聞く。
「ん~見回りの場所の拡大。ついでに午前中パトロールで潰れる事になったからね」
ニコっと言っている事は厄介事の増大と言う事だ。オレが啓作を保健室に送ったたかが数分で何故、そうなった。
副会長は絶対に学校公認のサボりと言う認識だろう。そうじゃなければ普通は嫌がるはずだ。
「まぁ取り合えずいくよ~」
と言う本人はもう既に校門に向かっていた。オレは慌てて追いかける。
見回りと言うからには、と思っていた。案外問題も無く今のところは進んでいる。
「こんな事してるくらいならアイツの名前考えてやらないとな・・・」
ふと思った事が口から出た。副会長には・・・聞こえていなかったらしい。
子犬の事を思い出してからはもうパトロールに身が入らなくなった。
「あーコラコラー」
いきなり可愛らしく怒り出す副会長の声で我に返る。
見るとゲーセンに屯しているうちの学校の生徒が居た。
「君たちは見覚えあるねー。先月もだったかな? いい加減にしないと伸すよ?」
最後がやけに物騒だが、言っている事は警告に過ぎないのだろう。
それを知ってか知らずか生徒達は登校するあるいは帰る素振りを見せない。
「警告は…したからね? んじゃ伸すよ」
その言葉を発したかと思うと副会長が単身ゲーセンの中へ突入した。
そして、副会長一人で次々とゲーセンから生徒を弾き出していく。
ゲーセンの外よりほんの少し少し薄暗い中に副会長の笑い声が響く。
オレは伸され弾かれていく生徒達をただ見てるしか出来なかった。いや、手を出したらオレも伸されるとさえ思った。
瞬く間に入り浸っていた生徒全てが伸され弾かれた。副会長がニコニコと出てくる。
「これに懲りたらちゃんと登校しなよ?」
伸された生徒達は副会長のニコニコしながらも黒いオーラを感じ取ってかビビッて逃げていく。
「取り合えず1件終わり~っとちょっとだけゲームしてこー」
それは大丈夫なのかと思っている間にオレもズルズル引きずられてゲーセンに入るのだった。
30分くらいゲームをしただろうか。すると、さっき伸されたはずの生徒達が戻ってきた。
「やっぱり懲りてないようだね?」
副会長はやっているゲームを放り出して戻ってきた生徒達の前に立ちはだかる。
「次やると生徒会でも庇い切れないよ~? それとも生徒会の監視下に入る?」
そういう副会長の手元にはオレのしている首輪と似たようなものがあった。
「アレはやっぱりマークされているって意味も兼ねているんだな…」
その首輪であろう物を見てオレはボソっと言ってしまった。
「トクマキー何か勘違いしてる? 君のそれはひふみんの個人的な理由から付けられてる物だからGPS機能は無いし電流を流せる範囲も限られてるけど、ボクの持ってるこれは学校のマーキング用の道具だよ? GPSは付いてるし電流は何処に居ようと流せるものだよ。君のは首だけどこれは手首用だしね。色々勘違いしない方がいいよ」
言いたい事は伝わりにくいが要するにオレとこいつらの扱いは別って事なのだと思った。
それから何も言えなくなってしまった。首輪を付けられたオレ達とあいつらの何が違うのかと感じてしまったから・・・。
副会長は再度戻ってきた生徒を伸して手首にマーキングをはめていく。
その後は特に問題も無くパトロールは終わった。
学校に戻ってくると既に4時限目も半ばと言う時間だった。
副会長は報告書を書くと言って何処かに行ってしまった。
オレは気持ちの整理が出来ず、授業を受ける気にもなれず屋上へ向かった。
屋上に来ると啓作が居た。
「よ、大丈夫か?」
風に当たっている啓作の顔色は登校時よりも多少は良くなっていた。
「俺よりもオマエの方が大丈夫じゃないだろ・・・」
オレを心配する啓作は登校時とは違っていつもの啓作らしさが感じられた。それにホっとしたのかオレは啓作にさっきの事を話した。
「オマエが俺と最初に話した時みたいに怒らせていいなら色々言っていいんだけどな・・・」
結局の所、生徒会長の事も副会長の事もオレより啓作の方が知っているんだろう。
オレは怒る言い方でもいいから教えてくれと頼んだ。
「なら、話は簡単だ。麒代、オマエはバカだ」
ストレートにバカと言われるとさすがにイラっとくる。が、我慢して話を聞く。
「パトロールでマークされた奴らは自業自得だ。で、それをオマエが気に病む必要は無いだろ」
それもそうだ。が、オレには色々納得出来ない。
「それでもオマエと同じだとするならそれは『何かに抗う姿勢』だけだ。けど、根本的な事情は絶対的に違うだろ」
珍しく息が荒い啓作の説得。オレは項垂れてフェイスに寄りかかる。
息が荒くなって少し疲れたのか座り込む啓作。
「オレも啓作も今日はおかしいな」
二人で屋上の風に当たりながら空を見上げる。オレはまだ気持ちの整理は出来ていない。
啓作みたいに頭がいいわけじゃないオレにはまだ理解出来ていない事がたくさんあるんだろう。
今も何処かで抗っているオレはさっきまでの出来事を苦々しい思いで考えるだけだった。