殴りこみ・前編
沈黙が部屋を包み込んでいく。
それは笑うでもなく怒るでもなく。
ただ、どちらも何も言えない空気だけが広がっている感じだ。
「助ける理由も無いけど助けない理由も無い、って事か?」
沈黙を破ったのは啓作だ。
「そうだ、だから・・・もっと話を聞かせてくれよ・・・」
友達だから、なんて事は言えなかった。恥ずかしいし・・・
それに、多分そこまでまだ仲が戻っているとは言いがたいからだ。
それからオレは啓作の下らない部分も含めて色んな話を聞いた。
道東 啓作と言う名前は本当の名前を隠すのに都合が良かった事。
そして、本当の名前で生きるつもりがもう無い事。過去と決別したい事。
(それで、啓作はオレに協力するのか・・・?)
前にオレに何かを言おうとムリした時点で助けを求めていたのかと気付いた。
遅かったから拗れてこうなったんだと理解した。
だったら、これを解消するにはどうすればいいんだ?
オレが助けるとして、啓作と何をすればいい。
生徒会長を通じて・・・啓作もオレも生徒会長を通じて何かすると言うのはあんまりいいとは思えない。
副会長は当てにならないだろう。
「なぁ・・・親に殴りこみかけないか?」
ヤケになっている感じかも知れないがオレが出来る事と言えばこんな感じだ。
啓作は呆れている。
それもそのはずだ。親が社長云々だとかになってくれば警備だとかは居るだろう。
それだけじゃない、忙しくしているであろう啓作の親が何処に居るかも判明していない。
つまりは殴りこみに行くって言うのは完全に的外れな行動だ。
だからって何も言わないで逃げ続けていると人間壊れてしまう。
壊れたら多分、元には戻れないだろう。
だったらその前に吐き出すのが正解のはずだ。
「何も本当に殴れなんて事は言えないけどな。
殴りこみかけて文句の一つや二つは言わないと啓作だって気持ちの切り替え出来ないんじゃねぇか?」
オレの問いかけに少し考え込んでから頷く啓作。
「で・・・オマエの親って何処に居んの?」
シュールというかシリアスというかそんな空気が台無しだ。
それでも、これは重要だ。分からない、そういうジェスチャーをする啓作。
「んでさ・・・今、何時?」
学校を飛び出してきているだけに時間は気になった。
「ん」
時計を指差す啓作。見ると15時を過ぎていた。
「オマエの親に殴り込みするにしても情報収集だよな・・・?
オレ、学校抜け出してきたからさ。そういう相談とかは明日だな。
啓作、明日体調良かったら学校来いよ?」
オレは独り言同然で啓作に言っていた。啓作は頷く。
仲直りなんて今はどうでもいい。
翌日の早朝、オレはマルの散歩をしていた。
「お、おぅ・・・」
啓作とばったり出会ってしまった。お互いに硬い挨拶をする。
啓作の顔色を見ると昨日よりは幾分か体調がよさそうだ。
相当ストレスが溜まってたんだろう。
それでもこうやって外に出てオレとばったり出会う辺り複雑かも知れないが、外に出ているって事は気分的にはいいはずだ。
「・・・なんかこうやって遇うって珍しいよな」
昨日はオレが押しかけた。それ以外は学校や生徒会の事ばかりだ。
こうやってプライベートな時間に会うのは珍しい。
「オマエは・・・マル?の散歩か」
マルの事はあんまり覚える気が無かったんだろう。名前の言い方がうろ覚え感たっぷりだ。
「あぁ、オマエは?」
啓作がこんな早くに外出しているって事自体聞かない点で気になった。
「・・・ちょっとな」
はぐらかす辺り何か調べ物でもしてたか?
それとも・・・、いや、この辺りは勘繰っても分からないか。
「そうか。ムリして来れないとか言うなよ?」
そう言うと啓作が頷く。それ以上は会話にならない。
オレが散歩の続きで歩き始めると啓作も付いて来た。・・・特に用事も無いだろうに。
「帰らなくていいのか?」
啓作は反応する事無く付いてくる。
たまたま方向が同じだけだろうか?
そんなに必死なのは・・・嬉しさからか? それとも──・・・
無駄に無言の時間が長いが分かれ道まで来た。
「散歩のルートはこっちだから・・・」
それを聞いてか聞かずか無言のまま啓作は反対の道に行く。
「・・・大丈夫じゃ・・・ねぇよな、多分」
予感と言うか・・・なんと言うか言い知れぬナニかがオレの中を走った。
──この時の予感は後々当たってしまうが今のオレは知らない。
家に帰ってきて、朝食の準備をする。
ピンポーン。すると誰かがやってきたようだ。
はいはい、と言いながらオレは玄関の扉を開ける。
「・・・」
「・・・」
相手は沈黙、オレは驚愕した。
オレの家を訪ねてきたのは生徒会長だ。
「ぇっと・・・何か・・・?」
問いかけても何も言おうとしない。
それどころか考えているのかオレの声が聞こえていない感じだ。
「トクマキーおはよー」
生徒会長の後ろから副会長が出てきた。
それに関しては少しそれっぽい影が見えていたからあんまり驚かなかった。
「ノリ悪いなー」
ぶぅぶぅと怒っているさまはオレよりも子供だ。
そして何より生徒会長が考えるポーズで無言のまま佇んでいる方が不気味だ。
「それで・・・何か・・・?」
再度聞きなおす。考えが終わったのか生徒会長がオレに近寄ってきた。
「オマエは今日は休み、と言う事で学校には報告しておきます」
生徒会長の言葉に耳を疑った。
啓作と学校で話し合うと約束しているのに休めと?!
「それは出来ない・・・」
「再度言います。麒代、オマエは今日は休みとします」
ボソっと言った事が聞こえたのだろう。
二度目の言葉は釘を刺すようだ。
「ならッ、理由はッ!!?」
さすがにもう手の上で踊るしかなかった。
予想通りに動いてるのか生徒会長が説明を始める。
「良くない話を聞いただけです。啓作君が不穏な動きをしていると」
何処からの情報だろう。少なくともさっきまでの事も含まれているはずだ。
「で、啓作は・・・今日も学校に来ないと?」
苛立ちがオレの言動を尖らせる。
「まぁそう言う事です。オマエには啓作君の監視を命じます」
少なくとも2分の一の確率で実現するだろう。
だからと言ってそれを鵜呑みには出来ない。
「・・・1時限目までに啓作が来なかったらオレは啓作を探す、それじゃダメですか?」
鵜呑みにはしていない。だからと言って嘘を言いにここまで来ると言うのも馬鹿げた話だ。
なら、その中間で手を打つしかないだろう。
そういう事でオレは休む事を拒む。確証も何も無いのに生徒会を鵜呑みに信じるのはムリな話だ。
「───いいでしょう。十中八九僕の情報が当たるとは思いますが・・・ね」
二人が去っていった後にオレは考えた。
「これで・・・いいんだよな・・・」
啓作が無茶な事をしないようにと言うのはもっともな話だ。
でも、情報を信用出来ないと言うのが引っかかる。
啓作が無茶をして今後学校に来ないとなれば色々不都合もある。
そんな不安要素を残しつつもオレは学校に向かう。
──学校に着いてから一時限目までの間、オレは待ち続けた。
「まだか・・・? 啓作・・・」
焦りから落ち着けない。来ればそれでいい。
そうすれば少なくともオレは心配しなくて済む。
勝手で我侭な理屈だが、不安を煽られたんだ。こうなっても仕方ないと思う。
そして、ホームルームの時間。啓作は来ない。
「・・・まだ来ないのか・・・?」
子供がワクワクで落ち着きの無い行動をするのとは違うが、オレの今は傍から見ればそんな感じだろう。
結局、啓作は一時限目までに来なかった。
「起立──」
オレは一時限目が始まると同時に教室を飛び出す。
「おぃ───」
先生の言葉すらまともに聞こえない。
真っ先に向かったのは上の階。生徒会長の居るクラスだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
オレが来るのが分かっていたのかオレを見るなり生徒会長は立ち上がってメモをオレに渡した。
書かれていたのは住所と地図。そこに居ると言う事なのだろう。
もはや、考えるよりも先にオレは走っていた。
階段を駆け下り、靴を履き替える事もせず、ただ走った。
持つのはメモのみ。衣服が乱れるのも気にはしない。
「啓作・・・啓作ぅーーーーーーー」
人目も気にせず叫び駆ける。メモの通りとは行かないが地図や住所を頼りにオレはその場所を目指した。
急激な坂をも勢いよく走りぬけ、人通りの多い商店街の人をすり抜けて行く。
そして、高級住宅街を抜けてビル街を走る。
着いた場所は『いかにも』と言うような高層ビル会社。
「ここ・・・か?」
地図を確認する。住所を確認したいが電信柱等にプレートは掲げられてなくて確認が出来ない。
携帯で確認しようとした。ポケットを探すが見当たらない。・・・忘れたようだ。
「誰かに聞く・・・にしてもな」
少なくともこの会社の社員だとか付近に居る人には聞けない。
啓作が来ているとすれば、間違いなくそういう連絡はすぐに上に報告されるからだ。
戻るか? 戻っている時間は・・・無いだろう。
突撃するか? ・・・ガードマンに抑えられておしまいだろう。
ならどうする? ・・・と言ってもそれ以外の選択肢も無いわけだが。
「・・・殴りこむにはいいかも知れねぇな」
時には派手にやってみるのも悪くない。そう思ってオレは自動ドアを潜る。
真っ先に見える受付。ここを歩いて素通りする。
次に見えるのは社員かゲストしか入れないゲート。
そして、ガードマン。オレは今からここを突破する。
そう、かなりヤバイ行為をする。
冒してまで啓作を探す理由は無い。助ける理由も特には無い。
それでも冒そうとするのは・・・多分、これが『友達だから』って事になるんだろう。
損得なんて考えてない。考えてたらキリも無いしオレが持たない。
ここからのオレはモノローグみたいなものだ。一人で演じるが如し。
だから───
「だから、オレはここからもう一度始めるぜッ」
自分で言ってそれを合図に走る。
走り出すと同時にゲートが閉まる。そして、ガードマンが駆け寄ってくる。
一人、二人、そしてまた一人と振り払い、薙ぎ払いながらオレは走る。
誰でもない。オレ自身の意思で。
誰の為に? 損得なんか関係無いと言いたい奴の為に。
探す理由は? 無い。そこに居る確証は無いけども、居るかも知れないなら片っ端から潰してでも探す。
それでどうするか、そんな事も考えてない。
ただ、啓作が一人で文句を言いに殴りこむならオレは加勢する。
だから、今は駆ける。走る。早く。速く。辿り着く為に。
オレの独り善がりかも知れない。それでも、多分一人で抱え込んでいるだろう啓作なんか見ていられない。
啓作は多分、迷惑をかけたくないと思ってるだろう。
だから、オレが行けば逆に迷惑かも知れない。
そんなのは分かっている。
それでも行くのはオレが過去の過ちと向き合う為。過去を戒めにここからまた始める為。
ガードマンを避けて、あるいは倒してゲートを飛び越える。
こうなったら後戻りは出来ない。
進んで・・・進んで・・・その先に地獄が待ち受けていようが進んで、進み続けて。ただ、オレの思いのままに進むだけだ。
エレベーターに乗りたいが、そんな悠長にしている暇も無ければ余裕も無い。
息が続くかは分からない。酸欠になるだろう。それで自分が満足するならいいってわけでも無い。
「オレは・・・オレは・・・啓作ッオマエと友達・・・親友になりたいんだッ」
非常用階段を駆け上がる。途中で人が追ってくる気配が少し遠のいたから止まって階段の隙間から下を覗く。
追ってきてはいる。けれど、大人は息が上がってほとんど追ってこれない状態だ。
だからってここで歩いたら啓作とまたすれ違うかも知れない。
そんな事は・・・二度とごめんだ。その為にもオレは再び駆け上がる。
何処の階層に居るかなんて見当も付かない。
ただ、直感で上・・・かなり上に居るって感じる。
まずは最上階。そこからだ。
直感を頼りに階段を息もする暇すらないぐらいに駆け上がる。
そして、扉を開ける。屋上。
「・・・さすがにここは無いな」
突っ走りすぎた。屋上は絶対に無い。
すぐに引き返してその一つ下の階へとオレは降りる。
長い通路。そして、その突き当たりに一つの扉。
オレの勘が走れと呼びかける。
そして、真っ直ぐに走る。扉は壊しても構わない・・・だろう。
タックルするように突っ込む。バタンッ。扉に鍵は掛かっておらず大きな音だけを立てて扉は開いた。
そこに居るのは・・・見も知らぬ人ばかり。そして、啓作の姿は・・・見当たらない。
「君は誰だ?」
中に居た人達に問われてオレは後ずさりをして逃げるように扉を閉める。
「ここじゃ・・・ない?!」
勘が外れた。なら、次は───
「社長室か・・・」
プレートのようなものは無い。だったら一つずつ潰していくしか無い。
だから、オレは片っ端から開けていく。
一つは給湯室。一つは誰も居ない会議室。一つは・・・。
そうやって開けていく。この階ではないようだ。
「・・・下の階か?」
また一つ下の階へ降りて片っ端から開けていく。
今度は廊下からでも分かる部屋は省く。
この階でも無いらしい。
少なくとも時間が限られている今は、この下の階を探すのが限界だろう。




