だからって助けない理由は無いだろ!!
身体測定から2ヶ月くらい経った。オレと啓作の仲は未だに解消されていない。
夏休みも近いと言うのにオレは慙愧ばかりしていた。
あの時は見苦しかっただろう。過ちもあった。そんな事を思い、心に深く恥じて反省していた。
「結局、きっかけはあったけど仲直り出来なかったな・・・」
そう、一度限りの手助けは使ってしまった。
後は自分でなんとかしろ。と言う事でオレは啓作と中々仲直り出来ずにいる。
それこそ、仕組んだきっかけなんかじゃなくて、突発的に起きた絶対的絶命の状態を助けると言ったマンガにでも出てくるような事で無いとダメだ。
そんなきっかけなんて早々出るわけも無く、今に至るわけなんだが。
がっかりと起きた今朝は暑い。夏真っ盛りと言う感じでオレはマルを外に連れて行くのもだるくてしょうがない状態だ。
「マル・・・悪いまた散歩連れて行けそうに無い・・・」
そう言って餌をやるとマルは心配そうにオレを見つめる。
マルとはこうやって仲が良くなっていくのに啓作との仲は全然。どうしてこうもオレは人間関係が苦手なんだろう。
昔だってそうだ───。いや、今は昔を思い出してる場合じゃない。
そんな事を考えつつ朝食を作っていた。
トゥルルルルル。家の電話が鳴る。
「こんな時間に誰だ・・・?」
文句を言いつつも電話に出る。
『麒代、オマエは1時間後に学校に来るように』
その一言だけでブツリと切られる電話。声からして生徒会長だ・・・。
何の呼び出しかは知らない。が、よくない事だろう。
この時期、うちの学校は6時の登校が許されている。いわゆるサマータイム制度と言う奴だ。
とは言っても、登校が許されている時間だけであり授業は普通の時間帯に行われるのだが。
生徒会長はもう学校に居るのだろう。表示されていた電話は学校からだったからだ。
オレは作った朝食を食べ、着替えに部屋に戻る。
「どうせなら、内容もはっきり伝えておけって話だ・・・」
不透明で否応無し電話。オレはこれに従っていいんだろうか?
「・・・今日ぐらいはいいか。マルの散歩すら行けないくらいだるいのにやってられるかっての」
着替えようとクローゼットに手を伸ばしていたが着替えるのを辞めてオレはベッドに倒れこんだ。
暑い割りにはベッドの上では眠気はすぐに襲ってくる。
そのまま瞼を閉じてオレは浅い眠りへと落ちた。
そして・・・。
目が覚めると7時半になっていた。
「うわっ、やべッ」
慌てて起き上がり着替える。生徒会からの呼び出しは蹴った。
これが意味するのは電流の刑だ。
今はそれ以前に着替えたりなんだのすれば遅刻すると言う事だ。
電流の刑よりも先生の怒声の方がよっぽど怖い。
長たらしい説教を授業が始まるまで行われるなんてそっちの方がよっぽど堪える。
そう、説教なんてオレには耐えられない。
もはや、遅刻するまいとオレは急ぐ。
家を飛び出し慌てて鍵を掛ける。
だから、何がどうのこうのなんて気にしていられなかった。
全速力で通学路を突っ切る。信号もほぼ無視だ。
危なっかしいくらいに車がオレのギリギリを過ぎていく。
身なりも汚れる事すら厭わない。遅刻すればそれだけでイヤな一日になる。
何もかもを構わず走り抜けた結果、ギリギリだが学校には着いた。
チャイムが鳴るまでに教室に駆け込んだ。
生徒の大半は一度はオレを見る。笑う者も居た。
身なりは汚いだろうと思った。それでも自分の席に着く。
鞄は・・・持ってきた。中身は・・・なんとか今日の授業で文句は言われないだろうってところか。
目の前に居るはずの啓作は居ない。珍しく居ない。
「サボりか・・・?」
そういう感じでは無い。病欠だろうか?
それはそれで心配だが、啓作の家なんて未だに知らない。
だからと言って生徒会を頼るのはもう無い話だ。
そして、今生徒会に顔を出せば確実に電流が首に流れる。
分かっているならばなるべく近寄りたくは無い。
「心配・・・だからって何が出来るんだ・・・?」
それに心配してもオレと啓作の仲はまだ改善されていない。
オレが手を出して更に犬猿の仲になるくらいの事は出来るだけしたくなかった。
結局、午前中に啓作が来ることは無かった。
先生に聞いたところ、今日は家の用事で来られるか分からないと言う事だ。
そういう事情だとかを言わないところを見ると強がっているんだろう。
そんなに強がって誰に認めてもらいたいんだか・・・?
オレが認めてもらいたい人間はこの地には居ない。
だから、気を張る必要も無い。けど、啓作は違うのか?
その辺も『過去の事情』って奴が絡んでくるんだろうな。
屋上で昼食を食べながら空を見ると夏だと言うのに曇っていてオレの心境のような感じだ。
一雨来るかも知れないくらいに暗い。
ピリピリ。オレの首輪に電流が走る。
「・・・」
特に言う事も無いが生徒会長か副会長が来たのはわかった。
「トクマキー、一応刑は食らってもらうよ?」
警告なのだろう。朝の呼び出しに応じなかった事への。
それでもオレは黙っている。そうする事で啓作との仲が悪い事で悩むのを消したかった。
次第に電圧が上がる。少し脈拍が上がってきたのを感じる。
「ッ・・・くっ・・・はぁはぁ・・・」
電圧を上げられては下げられる。それがオレの息を乱していく。
どんなプレイだ?と思う程いやらしい副会長の目がオレをまじまじと見ている。
が、その顔に笑顔は無い。真剣だ。だから、オレも真剣に抗う。
「トクマキー・・・そろそろギブしたら?」
副会長の言葉にいつもの風景が重なる。
いつもならギブするとこだが今はそうも行かない。
「オ、オレは・・・」
言葉にならない。それもそうか。電流を食らっているのだから。
なら、スイッチを破壊すればいい。オレは電流に耐えながら立ち上がり構えた。
そして、副会長に向けてタックルで攻める。
らしくない。オレも副会長もらしくない。
いつもならもうちょっと笑ってじゃれている程度だ。
だから、今はらしくないし本気過ぎる。
そう、だからオレは副会長に止められてしまった。
「・・・トクマキーなんかおかしいよッ。こんなの・・・」
オレの肩を片手で思いっきり掴んで止めているあたりやっぱりオレなんかより強い。
だからって副会長に隙が無いわけでもない。
「そのスイッチ、貰ったッ!!」
その一言と共にオレは掴まれている右肩を引いて動く左腕でスイッチを叩きにかかる。
見事に叩いた。と思ったらとっさの動きに反応してスイッチを上に放り投げられていた。
「トクマキー・・・ごめんね」
その一言が聞こえたかと思うとオレは頭を薙ぎ蹴られていた。
物凄い鈍い音と共に地面に叩きつけられてオレは意識を強制的に手放すハメになった。川が見える。
次に目を覚ますとオレは保健室のベッドの上で横になっていた。
「っテェ・・・」
首と頭が物凄く痛い。筋肉痛だとかの比にならない。が、痛いだけで特に麻痺だとかは無い。
「手加減された・・・?」
手加減だけでなく急所も外したんだろう。
もう少し休めば動けそうだ。
しかし、誰がここまで運んできた?
どうせ、副会長辺りがここに運んだんだろう・・・。
同情? 哀れみ? 罪悪感? 何にしてもオレは生きているしまだやる事もある。
とは言ってもだ。痛みでまともに動けそうには無い。
取りあえず動かせる範囲で確認すると保険医の先生が居ない。
それどころか誰も居ないではないか? 時計が見れればせめて把握出来るのだろうが生憎時計を見ることが出来ない。
「・・・こんなんで啓作に顔を合わせるなんてバカバカしいな・・・」
そう、オレは弱い。啓作が強いかはどうかとしてもだ。
過去から逃げている・・・と言えばまだ聞こえはいい。
だけど、実際のオレはただ繰り返しているだけだ。良いも悪いも含めて。
「こんなオレを助ける理由があるとすれば、普通は打算だ・・・」
啓作の口から真実を聞きたい。なら、寝ている暇は無い。
痛みを堪えてオレは起き上がり、保健室を飛び出す。
今がどんな時間だろうと関係ない。当てなんて無い。
何処に向かっていいのかさえも分からない。
だけどオレは走った。多分、啓作に会えると信じて。
とは言ってもだ。当ても無く飛び出して、多分の確率で授業中の時間に学校以外で啓作に会える確率なんて相当低いはずだ。
そう思いつつも走って、走って、走って・・・いつも、啓作と別れる道までは来た。
通学で一緒になる事は無くてもたまに一緒に学校を出て帰る時にはこの分かれ道までは来ていた。
だから、ここから啓作が行く方の道へと行けば少なくとも啓作が立ち寄りそうな場所には当たる。
流れに身を任せ、分かれ道から歩いていく。
「こっちの道は来ないから初めてって感じだな・・・」
見るもの全てとは行かないがオレが普段見ない景色がそこにはあった。
オレが知っている街並とは比較出来ないほど高そうな家々が並んでいる。
表札を確認しながら歩いていると徳間と書かれた家を見つけた。
「ここが・・・啓作の・・・家・・・か?」
一軒家で庭付き。ガレージが無い所を見るとここは車の必要が無い人間が住むような場所だと思った。
オレは吸い込まれるようにしてその家に近づきインターホンを押す。
ピンポーン。・・・反応は無い?
「留守か・・・?」
そう思って門に手を軽く触れると金属音を響かせながら門が開いた。
昼だと言うのに無用心な程、戸締りがされていない。
ここが本当に啓作の家なら色々あるが取りあえず殴り合ってでも仲直りしたい。
本音としては殴り合うのは御免だが。
そうだとしても、言葉を交わす事は許されると思った。
でなければ、オレはこうやって来る意味も無いしただ彷徨うだけになっている。
それに───
「それに、オレは謝ったり、聞きたい事もある。感謝するべき事も・・・」
一言呟くとオレは玄関に近づく。
セキュリティ関連の警報が鳴ればオレは大人しく撤退するしかない。
けれど、玄関に近づこうがそういうものは鳴らない。
それどころかオレを招くように玄関の鍵すら開いている。
もはや、ここが啓作の家と言っても過言ではない・・・だろう。
それくらいに無防備で誰かを待っているようにも感じた。
オレは玄関を入り靴を脱いで中を進んでいく。外見よりもかなり広い。
何処かに啓作が居るかも知れないと思うと片っ端から部屋を開けていく。
が、誰も居ない部屋ばかりがオレを歓迎した。
「啓作・・・」
進む度に胸が痛くなる。覚悟を問われていると思った。
啓作と会っても何も解決はしないかも知れない。
だけど、オレは進んでいる。部屋を開けては覚悟を問われながらも進んでいる。
覚悟したと言えば嘘になる。が、覚悟が無いと言うのも嘘だ。
残るはこの扉一枚。開けて誰も居ないあるいは啓作以外ならばオレは確実に牢獄送り。
たとえ啓作が居たとしても立派に不法侵入ではある。
だからと言っても、啓作と話がしたいからここに居る。
覚悟とかそんなのよりもただ、心配だからここに居る。
最後の扉に手を伸ばし開ける。
「?!」
びっくりした。中は風が通っていてカーテンが部屋を舞っている。
そして、その部屋の真ん中にあるベッドの上に全裸か半裸かは分からないが誰かが横たわっている。
項垂れている・・・と言うのかベッドに端に横たわり今にも落ちそうだ。
少しづつ近づいて行く。ベッドの上に居る人は今にも落ちそうではある。
ずるずるとだんだんに地面に近づくその人にオレは駆け寄って受け止めようとした。
「バカ・・・だな」
その一言にオレは振り返る。
カーテンの中からゆっくり出てきたのは上半身裸の啓作だった。
「おまっ、大丈夫なのか?」
自然に出てくる言葉は当たり前だった頃のオレ達の会話。
「んなわけ・・・」
フラフラしている啓作。大丈夫と言うわけでは無さそうだ。
では、このベッドの上の人は誰だ?
改めて見ると妙にリアルなマネキンだ。
「!!」
ひっくり返して更に驚いた。啓作にかなり似ている。
こんなマネキンがあるのか?! そう思ってしまった。
「そのマネキンの事は秘密な・・・」
フラフラとベッドに腰掛ける啓作は弱々しい。
「体調悪いのか?」
「あぁ・・・ちょっと・・・な」
頷きながら言う啓作は上半身裸の関係もあってちょっと色っぽい。
「上・・・裸で大丈夫なのか?」
オレが聞くと少し考え込む啓作。
「まぁ大丈夫だろ・・・」
そうは言うが本当に大丈夫か心配なところだ。
「で、オマエはどうしてここに来た?」
啓作からの質問は的を得ている。多分、答えも分かっているはずだ。
それでも、聞いてくると言うのは体調が悪いからなんだろう。
「オマエが心配だから・・・仲直りしたいから・・・」
自分で言ってて歯切れが悪い。それでも啓作としては十分な答えが出たのかそれ以上問い詰めてこない。
「・・・なら、昔話に付き合ってくれ・・・。
ある財閥の息子が親の企みで多額の金をかけられていてな・・・。
それで跡取として金のかかる教育を受けさせられていた」
話始めたところでオレは気付く、ああ・・・これは多分啓作自身の話だろうと。
「それでもな、その財閥の息子は気付いた。
俺はただの操り人形だと。親に逆らわず、親の願望を叶える為だけに生きていると・・・」
痛々しい程に親の柵を受けていたのだろう。
「それで、反発すると同時に家を出た。名前も何もかも、全てを捨てて当ても無く彷徨った。
結果的には苦しい思いだけが残ったが・・・」
急に歯切れが悪くなる。
「財閥の息子は・・・それに抗っているつもりでも抗えないでいる。
少なくとも誰かに助けて欲しいと願っても・・・怖いと言う事でな」
話が終わったのだろうか。しばらく沈黙する。
「だったら、オレが助けてやる。何も無いけどな」
勢いで言ってしまった。正直、助けられるかは分からない。
「・・・」
オレの言動が無責任と感じたのか啓作は黙っている。
「助けて欲しいなら、そういえばいいだろ?」
オレも人の事は言えないが。
「助けて欲しいと言ったら助けてくれるのか? 打算だとか見返りだとか必要だろ・・・?」
そういう目にあったのだろう。助けてと言いたいがそういうのが怖くて怯えている感じだ。
慟哭して助けを求めたくても出来ないのかも知れない。
オレもそうだが意地だとか恐怖だとか、欺瞞への恐れだとか嘲られる事への羞恥心だとか。
啓作の場合はオレ以上にそういう目にも遭っているだろうし、そういうものへの警戒は敏感過ぎる程だろう。
だから、啓作は助けるには理由が必要だと思っている・・・んだろう。
「助けて欲しいと言ったら何が望みなんだ・・・?」
啓作は絶望した目でオレを見る。
「助けるのに理由が必要か?」
「そうだな・・・助けて欲しい理由はある。が助ける理由は無いだろ?」
確かにそうだ。だけど・・・だからと言って・・・だからって────
「だからって助けない理由は無いだろッ!!」
オレのその言葉だけが部屋に響く。




