火種はいつもそこに
授業が終わりオレが廊下に出ると誰かがオレの肩を掴んだ。
振り向くと啓作だった。
「麒代・・・オマエ、ホモにでも目覚めたか?」
唖然とした。と言うよりオレはそういう風に見ていたか?と考えてしまった。
過剰に意識しているのは気付いていた。けれど、そんな風に考えているつもりは無かった。
だから、啓作の唐突な言葉に変なところを抉られた気分だった。
「どうしてそう思ったんだと言いたいんだが・・・? 見ていたと言うのは認める、がホモになった覚えはねぇんだけど」
それこそ、どうしてその結論に至ったかを知りたいと思った。禁断の扉を開くようで怖いが。
啓作は考え込んでしまった。
「どうした?」
「いや、オマエさ・・・『女に飢えてる』とかそんな感じか?」
どうも、オレの視線が『飢えてます』的に感じたのが気になったからのようだ。
「はぁ?」
オレの声が廊下に響く。
「いやさ・・・麒代の視線がかなりギラギラしてて・・・それでつい勘違いしたみたいだ」
そんなにもギラギラしていたかと思い返す。確かにじーっと見ていた。
啓作の過去を知りたいと思ったから。そして、親友でありたいと思ったから。
が、そこまでギラギラさせていたとは思えなかった。
(啓作もオレと同じで過剰な反応・・・してんのか?)
そんな事を思って啓作とオレが何か共鳴していると感じて内心喜んでいる自分が居る事に気が付いた。
(ってこれで喜んでたらダメだな・・・)
まずは飢えてるかどうかはハッキリさせておこう。そう思って口を開きかけると副会長の気配がした。
「トークーマーキーーーーーー」
見事なドロップキックをオレは振り向いたと同時に食らってしまった。
そして、何より大胆なパンチラで油断した自分が情けなかった。
起き上がると見事に鼻血を出していた。パンチラで鼻血出したようで恥ずかしい。
「あはは、トクマキー油断しすぎー。っとひふみんからの伝言、『6時限目終わったら体育館に来るように』だってさ。確かに伝えたからねー」
ドロップキック咬ましたうえで伝言伝えてそそくさと逃げるのには感心・・・出来るわけ無い。
オレの怒りを何処へ向ければいいのか分からず悶々としていた。
それに、若干啓作との距離が微妙になっている事で啓作にも言えずに更に悶々とするしかなかった。
「麒代・・・やっぱオマエ『女に飢えてる』んだろ?」
展開からして誤解されたと思った。
「ち、違ぇって。パンチラくらいで鼻血出す程飢えてはいねぇよ」
明らかに言動がおかしくなっていた。そうなるくらいには少し動揺していたのかも知れない。
「いや、そうじゃなくとも麒代、オマエは『飢えてる』だろ?」
目線の事だろうか? 啓作に言われる筋合いは無い。
「啓作・・・オマエに言われるなんてオレも終わりだな」
見事に嫌味に言ってしまった。啓作の反応が少し怖い。
少しの沈黙があった。
「そういうオマエも十分終わってるだろッ!!」
沈黙の後に放たれた啓作の言葉は嫌味でもなんでもなくただ、軽蔑するような言葉だった。
オレはどんどん溝が深くなっていくのを感じる。
「だからって、そんな言い方する事ないじゃんか!!」
もうこれは口論ってよりは口喧嘩だ。オレ自身でも止められないでいる。
「オマエとは今日とは顔も合わせたくないッ!!」
啓作の言葉は重くオレの心を切り裂く。その瞬間、何かがプツリと切れてしまった感じがした。
啓作はその一言を放った直後に逃げるように何処かへ行ってしまった。
オレは呆然とそこに立ち尽くすしかなかった。
(バカだ・・・お互いにバカだよな・・・)
そうは思っても男は面倒にもプライドがある。今すぐ追って謝るなんてごめんだった。
オレは啓作とは反対方向に走り出す。もう、どうなってもいい感じだ。
チャイムが鳴り響く中、オレと啓作は小さい火種で大きい溝を作ってしまった。
「で、ここなわけだが・・・お互い頭に血が上りすぎだよな・・・」
オレは今授業をサボっている。啓作との溝ですぐには戻りたくなかったからだ。
それで逃げてきた場所は結局、屋上・・・入り口上のスペースで寝転がっていた。
ここならば屋上に来ただけでは誰もわからない。梯子を誰かが上ってこない限りは見つからない。
6時限目は確か・・・そう、確か国語だったか?
そんな事を思うとやっぱり啓作の背中がオレの頭を過ぎる。
啓作とあんな風に喧嘩するのは初めてだった。
知り合ってから喧嘩口調になる雰囲気はあったがここまで口喧嘩で溝を作るような事は無かったからだ。
小突き合い程度の事もあった。ただ、今回は小突き合いするような悪ふざけ出来る感じでもなかったし、さっきの口喧嘩状態が続けばいずれは手が出るだろう。
そうすればオレの方が圧倒的に・・・啓作よりはガタイがいいオレが勝つに決まっている。
それでなくても今、大きい溝が出来ているのに手を出す喧嘩になっていたら絶交だとかってなっていたはずだ。
「そうなったら完全にお互い顔を合わせるのはムリだよな・・・」
オレは『手を出す喧嘩』をした結果絶交されると言うような過去もある。
それで・・・知り合いが居ないここを選んだのにオレは『また』繰り返しそうだ。
・・・と言っても手が出なかったという事はオレはそれを後悔していると言う事でもある。複雑だ。
オレは頭が混乱してきていた。自分で何を考えているかすら理解出来てないくらいだからだ。
「どうするのが正しかったんだ・・・」
そんな事を呟いて考えてる時点でオレはまだ幼いのだと感じている。
そして、答えを探してもがいている。
答えを探す今は間違いではない、間違えたのは──
「──間違えたのはオレが変に意識しすぎていた事、その意識しすぎた目で啓作を見ていた事、誤解させるような状態になってしまった事、そして──」
そして、何より啓作の過去に興味を持ってしまった事。
それと啓作が話しやすい状況を作ってやれなかった事だ。
いや、話そうとした事を止めた事か・・・。しかし、あの時はオレの覚悟の事も啓作がムリして話そうとしていた事も考えるとここは間違いではないはずだ。
とは言っても、今のオレもまだ覚悟なんて出来ていない。
だから、勝手に親友に思っていた事がまず間違いだったかも知れない。
オレ達は『友達』ではあっただろうが『親友』では無い。いつからそう勘違いしていた・・・。
「ってどんどんネガティブになっているオレは『らしく』ないだろ・・・」
そう思うとオレは次に何をするべきかを考えた。
まず、オレは啓作との仲を親友と勘違いしていた。だから、まずは友達として距離を置く・・・。
その前に謝るべきか? しかし、最初に吹っかけてきたのは啓作だ。
だから、友達としての距離を──。
「──距離を置いたらそれこそ啓作は・・・あいつとの距離は更に広がって溝も大きく深くなるだろうか?」
それはそれで寂しい。・・・それ以前にオレが出来る事は無いのかも知れない。
オレが動いてダメだとしたら、オレに出来る事は無い。
だとしたら、タイミングを計るしか・・・とは言ってもオレはそんなに空気が読めるとは言い難い。
なら、紙にメモでも書いて謝るか・・・?
「きっかけ作るにはいいんだろうがな・・・」
メモで謝るってのはなんか内気過ぎるだろ・・・。オレらしくも無ければ啓作がそれで納得して仲直りなんて考えられない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ、やっぱこういう考え事は苦手だ」
屋上の上で寝転がって考えてたが伸びて考えるのを止めてしまった。
天気はいい。この陽気のまま寝てしまった方がいっそ楽で・・・面倒ではない。
そんな事を思っているとオレの瞼が次第に重くなっていくの感じた。
(もういっそ諦めるか・・・)
それは諦めの言葉だと分かっている。それを選択すれば楽になる。
だけど、オレはそれを選択するのを拒んでいる。
意識が遠のくなかでオレは必死に答えを探していた。
ただ、諦めると言う選択肢は今後の事を考えれば選択出来ない。
毎日、顔を合わせると言うのに変に意識しすぎて気まずくて、苦しくて、バカみたいに話しかけることも出来ない。そんな結果になると言うのに諦める選択をしたらオレはただ後悔するだけだ。
それは・・・後悔した事があるなら後悔する事はしたくない。
雲が流れる青空を遠くにオレの意識は夢へと墜ちる。
もしも・・・。
『もしも?』
もしも、があるならばオレは・・・。
『オレは?』
オレは・・・何を願う。
『何を願うんだ?』
何を願えばいいんだ・・・。
『まぁ願ったところでそれは今あるこの世界とは別の世界の話になるだけだ』
そうだ・・・それは現実には反映されない・・・。
分かりきっているだろ・・・。それでも、もしも・・・もしも、今後に起こる事を願うならば・・・。
『未来を願うならば何を願う?』
願うならば、啓作と親友になりたい。もう、傷付けあって友達や友情ばかりを失うのは嫌だ。
『ならば、オレはどうするべきだ?』
オレがするべき事・・・それが見つかれば苦労はしないんだ。