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一話物

カテゴライズ

作者: 紅月赤哉

 晶の背中を見ていたら、急に抱きつきたくなった。私より頭一つ大きいし、それに見合った背中の広さがある。趣味で筋トレなんてことしてるから筋肉も程よく付いてるし、力強さを凝縮したような、男の全てが語られていそうな背中に私の体が吸い込まれていく錯覚が生まれる。背中で語るってこういうことなんだと、最近良く思う。

 音を立てないように椅子から立ち上がって、ヤカンの口から湯気が沸きあがる瞬間を待っていた晶のお腹に、そっと腕を回した。鍛え上げられた腹筋って感じがして、服越しのさわり心地も快適だ。

「真希。危ないだろう?」

「ゆっくり触ったから大丈夫だよう~」

 筋肉質の身体に備え付けられた、男の人とは思えない綺麗な顔が私を見下ろしていた。細めの目が晶を知らない人には怖そうに見えるんだろうけど、知ってる私から見ればその中にある優しい光に気づく。損をしてると思うけど、それで良かった。

 私以外の人には、出来るだけ晶の良さは知られたくないから。

 ようやく素敵な男にめぐり合えたんだから。

「もうそろそろ沸いたんじゃない?」

「あとちょっとだよ。湯気が思い切り沸いてからポットに入れたら、お風呂上りにはちょうど良くなるんだ」

 言葉と共にヤカンから吹き上がる煙。

 腰に抱きついた状態で見上げた私の目に、晶の嬉しそうな顔が見えた。この顔も、性格も、今まで付き合ってきた男の人には無かった。毅も徹も哲也も顔は好みだったけど私を女として扱ってくれなかったし。最後には酷い振り方されたし。

 今度こそ、晶は「恋人」になってくれると思える。

「んじゃ、俺風呂入ってくるから」

「うん」

 定位置に置かれた電気ポットにお湯を入れて、晶は浴室に向かった。これから後にはついに結ばれる。何人の男の人と寝ても、最初の日は絶対緊張してしまう。行為は同じだけど、人それぞれで何かが違うんだろう。

 考えていると緊張してきたから、初めて入った彼の部屋を見回してみた。そして感じた不思議さが、私から緊張を奪っていった。

(うっわ……凄い整頓されてる)

 二つある三段だけの小さな本棚には本が整然と並べられていた。大学で使ってる参考書だとか講義のレジェメ。家庭教師のバイトで使ってる問題集が一方の本棚に。そして、漫画や小説がもう一方の本棚に綺麗に整えられている。一つの本棚の中でも大学と家庭教師で使う本は完全に分けられていた。これならすぐに欲しい本を取り出せるに違いない。

 私も本の置く場所は簡単に分けてるけど、読んだ漫画とか勉強に使う本棚に置いちゃったりするから、この几帳面さは尊敬できる。しかも横幅全て埋まっているわけじゃなくて、隙間が開いているところは本を真っ直ぐ立てるために仕切り板を置いていた。もう少し余裕持って置いてもいいのに。

 そこが目に付くと、整然としてるところが本棚だけじゃないことにすぐ気づいた。さっき湯を沸かしていたヤカンはキッチンの端に置かれていた。たまたまなのかもしれないけど、口がこっちに真っ直ぐ向けられて置かれている。

 本棚の上には飛行機のプラモデルが四機置かれていて、そのどれもが同じ角度で同じ方向に並べられている。機体を支える太目の棒の角度を変えることで機体の角度も変えられるみたいだけど、少し近づいて見たら支える柱の角度は全て同じだった。

「なに、これ……」

 呟いた声が震えていた。

 折りたたまれて端に置かれている敷布団も、テレビの上に置かれているリモコンも、充電されている携帯も、全て何かのオブジェのようにきちっとした形、位置に配置されているように思えてきた。

 付き合ってから何回も几帳面なところを見てきたけれど……ここまでするのは几帳面を通り越してるんじゃないだろうか?

 ブルルルルル……

 携帯の震動音にはっとして、自分の携帯を取り出した。鳴ってないことを確認して、心臓の鼓動を抑えるように深呼吸する。少しだけ落ち着いて、もう一つの携帯――充電されているそれに近づいた。


『着信・小学校女友達・エリコ』


 携帯の液晶に刻まれた文字。

 しばらく続いた電話が切れると、意を決して充電器から携帯を抜いた。

 メールは見る気が無い。女の子の友達がいることも普通だろう。

 でも、一つだけ気になった言葉を確かめたかった。

 あの『小学校女友達』とは何だろう? おそらく携帯内でグループ分けをしてるんだろうけど、その分け方に興味があった。いや、感じた気味悪さを確認することで払拭したかった。私の携帯と少し違ったけれど大体の操作は一緒だったからすぐに電話帳を開いた。そこには名前と電話番号の羅列。一つ名前を押せば、詳しいデータが見られるはずだ。でも個人データなんかに興味は無かった。

 サブメニューボタンを押して、表示切替を選択。

 選んだ先にあった異様な映像に、背中をおぞましさと気持ち悪さが走り抜けた。


 一.家族。二.小学校男友達。三.小学校女友達。四.中学校男友達。五.中学校女友達。六.高校男友達……。


 全部で二百人近くある携帯情報をグループ分けをほぼ全部使って分けている。

 異常なまでにグループ分けされた電話帳。異常、という言葉が頭の中を反復する。

 几帳面? これは……そんなレベルを超えてる。

 晶は物を整然と並べて、人間までこうやってカテゴリー分けしてる。そう思うと手が震え始めた。もし今覗いてることを知られたら……どうなるんだろう?

 見ていくといくつかまだ未分類が残っていて、最後に書かれていた項目は『恋人』だった。ここに……私が入ってる。晶とは大学で最初、同じ組になってから友達になったけれど、今までに見た『大学女友達』や『女親友』とかじゃなくて、恋人。複雑な思いもあったけど、この項目には私一人しかいないんだと思うと、少しだけ気が晴れた。現金な物だなと自分でも思うけど、やっぱり特別な存在っていうのは嬉しくなる。

 確かに異常は異常だけど……まだ別れるって思うほどじゃない。もっと酷い男とも付き合ったことあるし……時間がたてば慣れたりするかもしれない。何にせよ、こういう部分が無ければ私には最高の彼氏なんだし。

 最後にただ一人の『恋人』を覗いて口直しをしてから戻そうと思って、ボタンを押してみた。

 ――表示されたのは、友達の名前だった。

(…………)

 すぐに『恋人』カテゴリーから出て自分の名前を探す。大学の女友達にもなかった。見落としたか、他のグループに入れられているのかもと家族から探し始める。いつお風呂から晶があがってくるか分からない焦燥の中で、自分の名前を先に調べればいいことに気づいたのは、人数で百人ほど確かめた時だった。

「そうだよ……きっと私は無分類なんだ。だからグループ分けじゃ表示されないんだ」

 自然と独り言が出てくる。もう一人の私が私を励ましてくれる。でも、二人とも何となくだけど結末が見えていたんだろう。私が自分の名前を探し出した時、言葉は、なかった。


『三井真希・でがらし・電話番号090××××……』


「でがらし」

 一言呟いて、こみ上げてきた笑いを素直に表す。ふふん、と鼻が鳴る。

 もう一度グループ分けを表示させて名前のついてない部分を探してみる。一番下に『でがらし』があった。開いてみると、確かに私の名前。そして、他にも十人ほどの名前が連ねられていた。この人達も、私と同様に捨てられたんだな。でも、私はいつからここに入れられていたんだろう? そんなことが気になったけど、どうでもいいことだった。

 いつカテゴリー分けされようとも、彼にとって私は『でがらし』で、もうおいしい成分が染み出した後なんだから。

 こうして物を自分の思うままに配置したり、人を徹底的にジャンル分けして、何が楽しいんだろう? 分かりたくもないし、分かってもろくな理由じゃないだろう。一つだけ不覚だったのは、でがらしという言葉にセンスを感じてしまったことだ。

 おいしいところはもう味わったから、あとは捨てるだけ。だからでがらし。

 ……使い終わったお茶の葉は水虫に効くのに。

 こんな絶望的な気分の中で、どうしてこんな変なことが浮かぶのか分からない。何か情けなくなって涙が滲む。でも泣いてなんていられなかった。怒りに、身を任せる。

 携帯電話を持ったまま私は電気ポットを開けた。さっき入れたお湯が冷めないままでむわっと白い煙が出てくる。鼻の奥へと急に蒸気が入り込んで、つんと痛むけれど、手に持った携帯をお湯の中へと投下した。そのまま何事もなかったようにポットの蓋を閉める。

「でがらしでも十人いるなら、少しは味あるんじゃない?」

 まだお風呂から出ない晶に吐き捨てて、帰り支度をそそくさと整えて部屋を出た。きっと明日、いろいろと言ってくるに違いない。でもその時は最低具合を思い切りぶちまけて、絶交するんだ。それまで憎しみを消さないでおきたい。

 ふと思いついて携帯を取り出す。

 晶の情報を出して、修正する。

「ふん……」

 毅、徹、哲也と一緒に晶の名前が刻まれた。


『安里晶・ゴミ・電話番号090××××……』



 本当、カテゴリー分けするなんて最低!

グループ分けは途中でめんどくさくなりますよね

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