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第6話 北の魔術師

 私は11歳になった。


 この二年色々な事が起きた。国家レベルとしては、帝国の皇帝陛下が崩御した。それをきっかけに、史実のユトランド半島にあたる地域が、独立戦争を起こして新国家を樹立した。「ダンヴィルク共和国」だ。


 鎮圧に向かった帝国軍は、敗北を喫した。ノルマン王国の支援があったらしい。北海とバルト海を隔てる地点の新国家に周辺諸国は警戒している。


 さらに、帝国の影響力の低下を見た北部の貴族領がゲルマニア連邦を成立させた。


 史実のプロイセンの辺りだ。今のところは帝国の属国としての立場を表明しているが、何れ独立を起こすのは明白。文句を言えない帝国の立場大きさがそれを物語っている。



 ブレンダーノは大方の予想通りにラグーナ=ヴァレリア同盟に喧嘩売った。

 全体的にブレンダーノが押しまくって責め立てたものの、ヴァレリア首都の攻略戦には失敗して退却した。


 海上の戦いはどちらも貿易路の確保に終始し、目立った大きな海戦は発生していない。だが、全体的なダメージとしては、商船を襲撃されたラグーナの方が大きいと言える。


 この結果を以ってブレンダーノは講和を要請した。ヴァレリアに領土の一部割譲いちぶかつじょう賠償金ばいしょうきんを請求した。 元々、戦う気の少ないラグーナは了承、賠償金を肩代わりするとヴァレリアを説得し、ラグーナに同盟解消されたらいよいよ終わりなヴァレリアは講和を呑んだ。


 大陸の戦線はアレクサンドル王太子率いる軍が、大陸からメシマズを追い散らすべく攻勢を掛けていたのだが、本土の援軍を得たケルティック軍に押し返され、結局は元の線に戻った。……何度やれば気が済むのだ?



 我が国も幾つか変化がある、エリザベッタさんが懐妊した、今度は男の子だと良いけど。


 後は、ブルドン先生が、帝国大学の教授に再度要請されて、2度は断れず帝都へ旅立たれた。兄上は執務室で書類に埋もれている。私も勉強がはかどらない。恨むぞ、新皇帝陛下。


 そしてグリエルモがルグドーヌ管区大司教に昇格し栄転して行った。

 転勤の知らせを受けた時は白目向いて昏倒した。そんなに嬉しかったか。


 別れる時も絹のハンカチを噛みしめていた。高いんだぞソレ、破れたらどうする。


「いたらうるさい御方でしたが、いないと寂しいですよねぇ」


 ジョルジョお前は元気でやれよ。その絹のハンカチ似合ってるぞ……2重の意味で。



 新しく転任してきた司教はとても“物分かり”の良い人物でエイトリの事を認めてくれた。どういう説得かはあえて説明しないが、私の所有する金貨の袋が一つ減ったといっておく。



「さて、今日も街へと出るとしますか」


 本を閉じると、俺は何時ものように、ホーズと呼ばれる白麻のズボンを履きベルトを締め、上にチュニックを着込む、亜麻色のシュールコーを着込めば何処から見ても平民だ。


 護身用のナイフを装着しショートソードを佩く、今日は少し街の外まで馬で駆けるので銃も持って行こうか……態々、平民の服に着替える事も無かったな、まあいいか。


「行くぞ、ロシナンテ」


 ロシナンテは初めて乗ったロバではなく、大型のペルシュロンだ。つまり2代目ロシナンテである。ちなみに3代目は「木村嘉夫」と名付ける予定だ。




 郊外に向かって駆ける。顔にあたる風が気持ち良い。馬も従順だから快適に駆けられる。


 ペルシュロンは大人しい気性の大形馬で、足は遅いが農耕馬や重装騎士が愛用する力の強い馬だ。体重はサラブレットから見ると倍の1t位ある。小型の普通車と同じ位だ。


 この馬に数十kgの鎧を着た人間が槍持って突っ込んでくるのだ。だから重装騎士の突進を押し留めるのは難しい。中世が騎士の時代であった理由の一つだ。



「だいぶ早駆けが巧くなりましたな」

「有難うジョルジョ。でも馬が優秀だからだよ」

「またまた、御謙遜を……」


 この馬は、乗馬を遣りたいとせがんだ時に、偶々居た祖父がガウルから送ってくれた名馬だ。非常に従順な性格なのでこの馬なら、と父も許可してくれた。


……これがサラブレッドなら叩き落とされるのがオチだろうな。



「ん、あれは何だろう?」

「どうしましたか。坊っちゃん」


 私は遠駆けした時に現在地点が分かるよう、幾つかの目印を付けているのだが、

 その一つの大木の下に白い何かが映った。


「……この位置だと分かりませんな」

「行こう、ジョルジョ!」



 近づくにつれ、それが何であるか見えてきた。白い何かはローブを着た痩せた老人だった。その老人は、木の洞にもたれ掛かって目を閉じていた。


「また、行き倒れか……」

「その様ですな」


 何処かの赤毛のドワーフの出会いと光景が重なる。私はどうして変な事に巻き込まれる事が多いのだ?


「御老人、大丈夫ですか?」


 私はその老人に声を掛ける。非常に痩せている……枯れ木の様だ、アイスマンか?


「反応ありませんな。亡骸でしょうか?」


 老人の肩を触れると、電撃の様な物が走った。思わず飛び退く


「なッ!」

「坊っちゃん!」


 すると、老人はカッと目を見開いた……生きていたのか。


「……防御術式を無効化する魔術。聖堂騎士か?」


 老人の言葉はケルティック語だった。少し独特な訛りがある様だが、間違いない。

 またこの展開だ、私は変わった老人ばかり好かれる。同年代の友人は未だに居ない。


「申し訳ありません。何やら行き倒れて居るようでしたので、心配で声を掛けさせていただきました」

「……綺麗なケルティック語だ。貴殿きでん御同輩ごどうはいか?」

「いえ、この地の人間です。ケルティックは一度も行った事はありません」


「…左様か、瞑想めいそう妨害ぼうがいする所業しょぎょう許しがたき事……だが、異郷の民なら仕方ない。許す」

「もしかしてドルイドの方でしょうか?」

「……遥か昔はそのような地位に居た」


 ドルイドとはケルティックの聖職者で十字教の司教みたいな存在だ。



「もしかして、他国を遍歴へんれきしているのですか?」

「……左様、この場のパワースポットたる、大樹で英気を撫養ぶようしていた」

「それは、妨害して申し訳ありませんでした」

「……その謝罪受け入れよう」


「……貴殿に質疑しつぎをよいか?」

「…何でしょうか?」


「……我が結界破る事。かたいはず、如何いかにして裂いた?」

「…恐らく私が持つ指輪に吸収されたのですね」


エイトリ謹製きんせいの指輪のお陰だろう、これには有害な魔法を吸収する効果がある。


「……玩味がんみして構わぬか?」

「どうぞ」


 左手を差しだすと、老人はその手に節くれだった木の杖を当てて何かを唱える。

 その光景を見たジョルジョが剣に手を掛けるのを制止する。


「大丈夫だ、害は無い。」

「しかし!異教の術をッ……」


 異教徒と交流するならまだしも、その術を受けるのは教義上の御法度である。

 バレたら間違い無く地獄行きレベルだ。あくまで教義上だが


「……エイトリの件で今更だろう。地獄まで従ってくれるか?」


 ジョルジュは押し黙った……なあに悪い事にはならないさ。



―――――――私は一度その地獄とやらへ行ったこと有るからな。



「……秀逸しゅういつ逸品いっぴん。この物は如何にして求めた?」


 私はエイトリの出会いと、その後について説明した。


「……十字の民にしては珍奇ちんき鷹揚おうよう…その達観たっかん、如何にして得た?」


 知りたいか、宗教家?一度深淵しんえんを覗いた人間として教えてやろう。

 全て真実を語るつもりはないが、ジョルジョには言葉が分からないのが幸いだ。


「……幼少期に池に転落して生死を彷徨いました。その間、闇の中に居ましたが天国なんて在りませんでしたね。ただ闇があるだけです」


「闇の中では、思考は出来ますが、体を動かしたり発声したりは一切出来ません」


 私は老人に語りながら、額に掌を当て前髪を握りしめる。



「……気が狂いますよ?意思を表現できないのは。……悲しいですよ?時間という概念でさえ狂ってきます。私が人間という存在であった事さえ忘れそうでした」


「まだ私が現世に居る以上は救う者、つまり神は存在するのでしょう、それは信仰します」


「ですが人間はその死後、天国なんてところには行きません。待っているのは何もない闇の世界です」



「……だから、人間として生きる一秒は砂金より貴重なのでしょうね」


「……其れが貴殿の生き急ぐ所以か」

「生き…急ぐ?」。

「左様、年齢に見合わぬ才気、知識、向上心の源……貴殿が貴殿である由」


「……分かるのですか?」

「言動、身体、魔力、挙動、空気……永い時を過せば交流無くとも概観がいかんで理解できる」


「……卿の望みは英知、以て何を望む」

「理由ですか…」

 理由か……とくに考えた事は無いが。



「―――知りたいから知る。それだけです」


「……我が英知を知る覚悟はあるか?」


 ドルイドの魔法か……それを覚えたら後には退けないだろう。発覚すれば立場上火刑だ。


 だが、私の答えは決まっている。



「勿論あります、知識は人間が持つ特権です。それに教義に合致しない、異教徒の教えを乞う程度で地獄に落とすが神ならば―――私は神をわらって地獄へ行くでしょう」


「……了承した」



 私と老人との会話が途切れると、ジョルジョがためらいがちに話しかけて来た。


「……坊っちゃん、一体何を話していたのです?」

 ああ、ジョルジョの存在を忘れていた。彼にはごまかしが出来ないな。


「ジョルジョ、私は彼に教えを乞う……私は万物ばんぶつを知りたい、その考えは十字教の教義だけでは無い」

「………!」

「ジョルジョ、父上に知らせたくば、致すが良い…暇を出す、今までご苦労だった」



 どれ程の時が経ったであろう、私とジョルジョは互いに視線を交わしていた。

 やがて、ジョルジョが目を閉じると、首を振った。


「……いつか、こうなるかと思っていましたよ」


「坊っちゃんは、昔からそうでした。皆は坊っちゃんの知識を褒め称えますが、私には知識の量よりも、その思考と行動力の方が驚かされます」


 突然、ジョルジョは私に頭を垂れ、崇敬すうけいの姿勢を取り誓った。


「この、ジョルジョ・シモーネ・ニコシアは、ヴィットーリオ・ミケーレ・ディ・チェルヴィーノに永遠の忠誠を誓い、枢機すうきを守り、終末の日の審判で地獄に落とされようとも、彼の者に従い、追従する事を誓約する」


「……私が、この宣誓せんせいを破棄する事があれば、甘んじて地獄の炎に焼き尽されるであろう……Amen.」



「……ジョルジョ」

 私が言葉を失っていると、ジョルジョは悪戯に成功したような無垢な笑顔を見せた

「これで我等は一心同体だ……地獄まで従いますよ。坊っちゃん」



「……談義は決したか、決断は如何に」



 主従の答えは一つだった。


「老師の教えを乞います。従者も秘密を守るそうです」

「……その信頼、見事なり」

「師よ、その尊名お聞かせ願いますか?」



「我が名はロバート・クリフォード。樹精と石精の魔術師」


 こうして私は異教の術を学ぶことになった。








解説


2重の意味で

小説版ゴッドファーザーでマクルスキー警部に殴打されて顎を砕かれたマイケル・コルレオーネが傷口を隠すために絹のハンカチを愛用した。


木村嘉夫

昔放送されていたテレビ「雷波少年」で出てきたロバ「ロシナンテ」の本名。職業はテレビ司会者。CDデビューも果たしている。

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