表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/24

第4話 愛なんて、恋なんて、ロシナンテ


 エイトリがこの地で鍛冶屋を営むようになって半年、私は9歳になった。この世界では年齢の数え方は、年の頭に一歳ずつ歳が増えていく数え年が基本だ。その為、新年のお祝いも派手にやるのだろう。


 この季節の、この地方は非常に冷え込む、絶対車で走りたくない場所だ。脂肪の無い子供の身には辛すぎる……暖房器具だって暖炉とか有るけど、近くを離れると効果が無い。机で勉強など脚先が凍りつくようだ。



 先日、義姉上に、待望の第一子が誕生した。マルゲリータと名付けられた。


 その時の兄上もすごかった。終始、何かブツブツ呟きながら、部屋をウロウロ徘徊しては「まだ産まれんのか」と時折、低音ボイスで喋ってた。正直不気味だった。


 妹の婚約でもアレだったのだ。この子の結婚の時は、血の涙を流すのだろうな……


 その時の私は何をしているのだろう。外交官か腹心として、この国を兄上と共に

支えているのだろうか。まてよ、私って九歳にして叔父さんか……


 五歳位の幼女に「おじさまー」って抱きつかれるのか……アリだな……ぐへへへ

 み・な・ぎ・っ・て・きたぜ!これ、ジョルジョよ!馬を引け、遠駆けであるぞ!



「で、乗馬の練習ですか……この糞寒いのに」


「いやあ、貴族たる者馬ぐらい乗りこなせないと問題かな、って思って」

「まあ、確かにそうですがね、なにも……いや、坊っちゃんには無駄か」


 エイトリの一件で私の評価は「無駄に“奇怪な”行動力のある神童」に昇格した。

……だんだん悪くなってないか?



「じゃあ、馬を引いてきますので待っていてください」


 この時代の馬っていうと重装騎士の馬だからペルシュロンみたいなでかい奴かな?それともハンガリーの辺りの軽種かな?スペインのアンダルシアみたいなのかな?すると、ジョルジュが戻ってきた。


「トレビアン!これはタラゴーナ産の奴かね?」

「……いえ、近隣の農場の奴ですが」




 ハハッ、まさかこの種類になるとは思わなかったよ。力が強く頭も良い理想な品種だよ!



…………ロバだとはね


「坊っちゃんだと余り大きい馬には乗せられません。万一怪我されると困るんで……」


「決めたよ……君の名前はロシナンテだ」

「何か言いました?」

「……何でもない行こうか」


 春になったら絶対普通の馬で練習してやる!私はそう誓った。




 乗馬の訓練と言う名の散歩を終えると、ジョルジョに武術の練習をする。寒さを

解決するには体を動かすしかない、基礎代謝が高まれば体も冷えにくくなる。


「坊っちゃんは、まだ子供なので力で断ち切る技は向いてないですね。間接とか、首とか、脇の下とか、実戦では防具の無く、斬りやすい個所を狙ってみた方が良いでしょう」


「刺突するのはダメかな?」


「下策です。一対一なら良いでしょうが、相手が数人だと負けるでしょう。他にも、人間を刃物で突き刺すと、体が硬直して剣が抜けなくなります」

「また、無理に引き抜こうとすれば、剣自体が曲がったり、最悪は刃が折れます」


 ジョルジョの教える剣技はかなり実戦向けの戦法だ、ガウル貴族辺りなら頭がフットーするような卑怯な技を平気で使え、と言う。「曰く、隙を見せたら足を踏みつけろ」「曰く、砂とかで目を潰せ」「何処を蹴れば、相手を確実に制止できる苦痛を与えられるか」「どの部位が血管が集中してるからダメージが大きい」とか……



「サーベルとかカトラスのような軽めの剣の方が良いでしょう」

「ラグーナのイゼルティア騎兵隊の使うスキアヴォーナとかダメかな?」

「良いですな。あれなら切れ味良いし、軽めなので扱いやすいでしょう」


「ジョルジョ、ピストーラ(短銃)って使える?どうしても固い敵を

倒すために予備携行で持っておきたいのだけど……」



 ピストーラは火薬式の拳銃だ。この世界には銃は存在する、火縄銃とホイールロック式の2種類だけではあるが、大型のタイプは軍でも用いられているが、小型の銃は余り活躍していないようだ……小型にするのに高くなるし、有効射程も落ちる。そのような高価な物を買う余裕が在るなら、魔法でもクロスボウでも持って行くだろう……


「一応使えますね、練習してみますか?ですが、反動すごいですよ」


 今、準備しますから待っていてください。と言うと、懐から短銃を取り出し、銃口から鉛玉と火薬を入れる、火バサミに火縄を装着し火皿に火薬を装填する。


「どうぞ、これで使えます。あの藁的に向かって構えてください」


 ジョルジョが私の手に銃を握らせる。ゴツゴツした暖かい大きな手だ。

 弓の的の藁人形に照準する。一遍銃を撃ってみたいという夢があったが、

火縄銃で実現するとは思わなかったな……



「腕を少し調整してください、肩を外しますよ……そう、撃てッ!」


 轟音と共に白煙が上がる。藁人形から藁束が飛び散るのが確認できた。


「巧く当たりましたね、でもすごい反動でしょう」

「ははっ、腕がじんじんするや」


「その銃は坊っちゃんにプレゼントしますよ」

「……こんな高い物を悪いよ」

「坊っちゃんの楽しそうな笑顔が見られたから構いません。

それに、その銃は装填に時間かかるから実戦では使いませんね」

「そうなの?」

「私は常に、装填済みのホイールロックを携帯しています……まあ、その方が何かと便利です」


 使用後に花束でも手向ければ完璧ですね!


「何の音かと思って来れば、またお前か」

「申し訳ありません旦那様」


 うん、新たな称号が増えそうだ……







 4月頃、無駄に奇怪な行動力のある何を仕出かすか分からない神童ヴィットーリオ

に昇格した私は……うん、ネ実で聞いたことのある文体だ。


 とにかく、父上に呼び出されたので執務室に向かう。



「お呼びですか?父上」

「うむ来たか、ヴィットーリオ。どうだ?勉強は進んでいるか?」


「武術に関しては、乗馬、剣術、銃術を学んでいます。勉学に関しては統治学や軍学

を勉強しています。言語に関してはクロード先生がお忙しいのであまりはかどって無いです」


クロード先生は今までの書記として以外にも、エイトリに通訳とこちらの言語を教えないといけないので、あまり時間が取れなくなってしまった。やはり優れた教師が居ないと言語の習得は難しいのだ。


「うむ、そうか。お前は外交官として活躍したいと言っていたのだな

……お前の才能なら武人としても副総督でも通用すると思うのだが」


 歴オタに戦争とか政治とか何考えてんの、糞親父、と思ったが口にはしない。


「外交官となるなら広い世界を見に行かねばならぬな。今度私はブレンダーノ公国を

訪問しなければ為らないのだが、一緒に来るか?」




「荷馬車が、ゴトゴト、君主を、乗せていく~」

「……何を歌っておるのだ?」


 ブレンダーノへ出立して数日がたった。今回、家族は父上と私だけ、後は護衛の家臣とか貴族とかだ。この世界で産まれて初めて他国へと行くのだ。嬉しくないはずが無い。家を出る時、姉さまに凄まじく恨めしい視線で見つめられた。何かお土産を買っていかねばな…


 この世界の馬車は非常に振動が激しい。椅子の座り心地も良くは無い……木のベンチにラシャ張り付けてあるだけだからな。痛風持ちとか痔の人は多分死ねる。


 前世で友人のスポーツカーで大阪まで行った時は酷かった。椅子の座り心地は固いし、何か変に低いし、振動とかで按摩器状態だったな。これはもっと遅いのに……酷い。


サスペンションが発明されてないからか……あれの開発何時だっけ?


「今日はこの辺で野営だな。明日の昼には到着するだろう」

「少し、外を見回っていいですか?父上」

「はっは!さすがのお前でも馬車の長旅は堪えたか?余り遠くへ行くなよ」



 馬車を降りると、護衛の兵士は警戒を、使用人は食事の準備や天幕の設営をしている。興味深くきょろきょろ見回すと貴族に声を掛けられた。


「興味が御有りですかな?公子殿」

「確か、カッシーリ殿でしたか?」

「覚えていただき光栄に存じます!私奴はジョヴァンニ・カッシーリで御座います」


 この鯨のように肥った男は、ジョヴァンニ・カッシーリ子爵だ。忠誠心が高いのか

媚を売っているのかよく分からないが、とにかく私は好きではない。


「私奴にも出来の良い息子が居ます。神童と評判のあなた様と良き友人

となれると存じます。一度、我が屋敷に訪問なさって下さいませ」


 このビール樽、息子使って取り入ろうってか?いい度胸だ。やはりこいつは嫌いだ。


「感謝する。卿の忠義、父上にお伝えしよう」

「ははっ、有り難うございます。それでは」


 ラードの塊が立ち去るとドット疲れが出てきたのか。肩が重く感じる。

外交官になるとああいった手合をあしらうのも仕事になるのか……



「公子殿、おみごとな対応ですね」

「ああ、マスカーニ殿ですか」


 ウンベルト・マスカーニ マスカーニ伯爵家の嫡子で侯国でも名門の貴族だ。この人の奥さんは確かブレンダーノのマルガリオ家の出身という事もあって親ブレンダーノ派だ。


「ブレンダーノはいい所ですよ。温暖で気候も良いため農産物に恵まれて食べ物も美味しいですし、服飾品や織物等も素晴らしい物が在りますからね!」


「いや、私は観光に行くのではなく公務で行くのですから。余り楽しめたものではないと思います」

「合間など幾らでも有ります。護衛の方も連れて案内しますよ、諸外国の

王侯貴族も観光に訪れているので安全な店は多くあります」


 ウンベルトが語ると、20代の貴族の貴婦人が現れた。ウェーブのかかった黒髪の女性だ。


「紹介します、妻のルチアです。彼女はブレンダーノの出身でかの地には詳しいのです」

「ルチア・マスカーニと申します。公子の御噂はかねがね」


「存じ上げております。確かマルガリオ家の現当主の妹君でしたね?」


 私の発言に相当驚いていた、まあ無理も無い。しかし、訪問する国の事や

同行者について等は、頭に叩きこんでおくのは常識だろう。


「ええ、父が亡くなった時に葬儀に行けず。ようやく訪問の機会が

出来たので、侯爵様に無理を言って同行させていただいたのです」

「それは……」


 嫁いだ娘が、実家に帰る事はあまり無い。特に遠方の地なら余計だろう……


「それにしても、公子殿の博学には本当に驚かされますな、妻の実家の事まで御存じで有るとは…」

「いえ今回の訪問にあたって調べただけですよ。奥方の事は、貴婦人が

同行するのが珍しいので偶然知ったのです」

「左様でございますか。しかし、本当に調査される方は稀です」


 予習、学習、復習やれる事は、片っ端からやっているだけなんだけどね。多分凝り性なのだろう。


「有難うございます。現地で観光する機会が有れば宜しくお願いいたします」


 そういって別れると、天幕に戻り、食事を済ませて就寝する。


 貴族達には天幕に布団や毛布等で寝れるのだが、使用人や兵士は外套に包まって寝る。

 マントと言うのは、護身具以外にも、布団という要素が在るのだ。




 翌朝、目が覚めると、伸びをして天幕から出る。

 思ったより寒くは無かった。標高が降りているから温暖なのかな?


 朝の日課の剣の素振りをする。継続は力なり、だ。

 振るい続けてないと筋力とか技術とかすぐに衰えるのだから。


「起きたのか毎日、精が出るな」


 別の天幕から父上が出てきた。その目は眠たそうだ。


「寝付けなくてな、つい深酒をしてしまった。お前はまだ遣らないのか」

「まだ9歳です酒など早いでしょう。飲めるとしたら果実酒ぐらいです」

「……そうだったな、いつかお前と飲める日が来るのが楽しみだ」


 親父と酒か……前世だと大学で1人暮らししていたから、そういう機会は数えるほどしか無かったな。


「では父上、少し周りを走って参ります」

「うむ、気を付けてな」


 天幕の周りを走り込む、持久走の感覚だ。「我が戦争は兵士の健脚で完成される」

フランス軍で最も戦争の巧いドイツ人、サックス大元帥の名言で、後のナポレオンも使った発言だ。


 上半身マッチョより走れる奴の方が良い、パワーよりスタミナ。すぐに息切れする奴は使えないって事だ。これを毎日繰り返している上に、田舎育ちと言う事もあって体は丈夫になったしね。


 朝食を取ると、馬車に乗り込み道を進んでいく。すると小麦畑の

向こうに巨大な城砦都市が見えてきた……ブレンダーノの首都メディオラーノだ。




 馬車が街を進んでいく。そっと外を覗くと、チェルヴィーノとは

比べ物にならない活気と建物の緻密さであった。


……やはり、大国の首都となると違うな。通りの広さ、人々の人数、建物の芸術性と配置……こんなに密集していて、火災になると大変だな。裏通りもさらに暗そうだな。



 ブレンダーノの城館に到着する。6角形の城壁の中心に建てられた

正方形の屋敷だ。外の庭園も美しく整備されている。


「ようこそお越し下さいました、チェルヴィーノ侯国の御一行様。私はルイージ・ピサーニと申します」

「これは、態々の出迎え感謝する。公爵閣下はどちらに?」

「昼食の席でお待ちです。宰相閣下もお待ちしています」


「そうか、卿は宰相殿のご子息であったな」

「はい嫡子で御座います。どうぞ、此方へ」



 ピサーニの案内で広間に案内されると、そこには30台の栗色のウエーブがかかった長髪で眼光の鋭い黒い瞳を持つ痩身の男が待っていた。


「よくぞ、参られた。貴殿らの来訪をこの国の主として歓迎する」


 ブレンダーノ公爵、アメデーオ3世 近年成長を続けるブレンダーノ公国の君主だ。

 27歳で即位後、破綻しかけていた財政を3年で立て直し、ヘルヴェティア連邦に

宣戦布告し、勝利して領土を奪い取った。周辺国家の不安をあおる存在だ。



「ブレンダーノ公爵、本日はお招き頂き…」

 形式上の礼を述べる父上を公爵は制する。


「礼などご無用、我が国と貴国の仲であります。無礼講と致すとしましょう」

 交渉の主導権を握れなかった父上はほぞをかむ。……上手うわてだな公爵閣下は。


「さあ昼食の席を設けてあります。席に御掛けになりましょうぞ」


 テーブルにはリゾット、パスタ、コトレッタ、ウサギのカッチャトーラ……

 こんなもんばかり喰ってるから痛風に苦しむんだよ。馬鹿なの?


 テーブルを視た私が若干引き攣っていると、神経質そうなおっさんが話しかけてくる


「おや、公子殿。このような豪華な料理は初めて見ますかな?我が国は田舎では

無いので粗末な料理を出す事は出来ないのですよ……カハハハハ」


 誰お前?貧相な見た目しやがって、侍従か何かか?失せろ


「そうですね。我が国は敬虔けいけんな十字教徒が多いものでして、

このような暴食をする習慣は無いのですよ……ソドムとゴモラの様なね」

「なっ……」

9歳児の口から放たれたと思えない暴言に侍従は沈黙する。ザマァミロ


「はっはっは!お前の負けだ、カルロ。済まなかった、公爵として部下の非礼を詫びよう」

カルロって……どこかで聞いたような。小屋に突入して、何かが刺さって死んだ奴じゃなくて…


 カルロ・ピサーニ ブレンダーノ公国“宰相”爵位は伯爵……やっちまったZE!


「噂以上の智略を持つ御子息だ!侯爵も安心であろう」

「……ははは、聖職者を目指していましてな。聖書に関する格言が好きなのですよ」

 わーお、パパ上棒読みだ。マジでソーリー。


 ともあれ食事を進める、こうなったら自棄だ。



「「Salute!」」


 皆がワインで乾杯をする。私は飲めないので炭酸水だ。


「この炭酸水美味しいですね」

 素直な感想が出る。水処と言われるチェルヴィーノで育ったのだ、水にはうるさい。


「アンバラーノの街で採集される地下鉱泉ですね、カジノなどの保養施設もあるのですわ」

「そうなのですか。ルチアさん」


「貴族達の避暑地の別荘も在って素敵な所ですわ。私も貴方位の時は毎年、家族で訪れていたものです」

「そうですな、私はあのカジノで500ドゥカートも負けた事が有りますぞ」

「カルロ、貴公は引き際を心得ないからであろう」

「うむ、確かにこの水はワインにも会う、辛口で香りの強いワインのきつさを中和してくれる」


 おおむね、良好な雰囲気で会食は進む、ちなみにイタリアなのでナイフとフォークは普通に流通している。他国でも上流階級にはナイフとフォークは流通しているようであるが、平民たちは使っているのかな?



 しかし、このフォーク二又だから使いにくいよな……


 今度エイトリに言って4つ又のフォーク造らせてみようか。








解説


ロシナンテ

ドン・キホーテに出てくる駄馬

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ