第3話 魔法とか文化とか
「Requiem aeternam dona eis, Domine, et lux perpetua luceat eis. 」
(主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光でお照らしください)
「Exaudi orationem meam, ad te omnis caro veniet.」
(私の祈りをお聞き届けください。すべの肉体はあなたの元に返るでしょう)
呪文と共にマナを寝かされている人形に注ぎ込む。
もちろん人形だから何の反応も無い。
「……完璧ですぞ、これで治癒魔法の修得は終了しました。教会治療師としても活躍出来るでしょう」
「有難うございます。グリエルモ司教」
あれから、2年が経過した。言語は帝国公用語を修得し、今ではケルティック語(英語)とグラエキア語(ギリシャ語)とノルド語(古ノルド語)修得中だ。メシマズは前世である程度知ってるからまだ良いとして、グラエキア語はこれまで全く触れてないので苦戦している。
知っていた言語と言えば「アララララーイ!」位なものだ。エトルリア語(教会語)の方言と納得させて覚えている。ノルド語に至ってはルーン文字だ。さっぱり分からん。
魔法は、治癒魔法は習得出来た。というか、さっきの呪文とかだと
意味的に患者が主の元に逝っちゃうんじゃないか?
実はそうなのである。あの魔法をアンデットとか悪魔とかにブチかますと、
アンデットは消滅する。上級クラスだと何発か要るけど非常に効果的なのである。
……ほぼイキかけてる人に使ったら、どーなるのかな?怖くてやらないが。
つまり、優れた教会治療師は優れた聖堂騎士なのだ。アンデット用には治療魔法
を射出したり放射したり出来るようにしないといけないから別の術式になるけどね。
別にこの世界のパラディンは銃剣持ったり2丁拳銃だったりポン刀振り回したりしなくても良い。
発動体さえあれば使えるのだ。まあ、北部に本拠地を持つ、クルラント騎士団辺り
には、そういう連中も居そうではあるが……
「グリエルモ司教、今度からは聖堂魔法を教えてください」
「……いや、公子。次は神に仕える司祭となる心構えと礼法を」
「それについては、知っているのでいいです。私は礼法よりも実務的な事こそ学びたいのです」
私の発言にグリエルモが祈梼文唱えた後、絶叫してるぞ、禁欲しすぎて発狂したか?
……危ない大人は放置して行こう。ジョルジョが腹抱えて爆笑してる。カオス。
このグリエルモ!今日も公子殿の素晴らしい所を発見しました。聖職者となる為の礼節よりも神の僕としての奉仕をお選びになさった。「それには及ばず、覚悟はある。それより主に近づく為の神秘をお分け下さい」と宣った。あの御方はやはり聖者の器をお持ちだ。
グリエルモ、カ・ン・ゲ・キ!
オリーブ色のズボンを履き、地味な灰色のチュニックを着る。腰にダガーナイフを付けて、フェルトの帽子を深くかぶると、いつものようにジョルジョを連れて城下に出る。手慣れたものだ。
家族には、普段が真面目だからそれぐらいは。とか、下手に禁じてその行動力で家出でもされたらかなわん。だとか、城下でも大人しくしているので構わん。とか、イヤーわたしも連れてけー!とか、概ね良好である。
さすがに姉さまがホイホイついて来ても困る。貴族の子女って事もあるし、
ガチで可愛いから誘拐されかねない……美人に生まれた己の不幸を呪うがいい。
姉さまの婚約発表の後、一番大暴れしたのは兄上だ。「クレマン、ブッコロ」とか
外交問題発言を平気で叫んでたぞ。その後、私の肩を掴んで色々愚痴ってた。
途中からオンドゥル語になっていた。実に面白かった。
中世ヨーロッパの風物詩と言えば戦争・不衛生・異端審問だ。まあ戦争はどの時代でもある意味風物詩なんだが。20世紀後の戦死者数って、それまでの歴史を全て纏めた数に匹敵するって話らしい。でも逸散していたり記録抹消されている分もあるから大げさな話だが。
不衛生についてなんだが、かなり史実と違っているようだ。道や川に糞尿を垂れ流したり、肉屋が骨や臓物捨てたりとかはしていない、トイレも汲み取り式らしい。いい事だ。
ゴミや汚物は回収されて肥料にされるらしい。この時代のゴミは基本燃えるごみばかりだからな。金属片とかはクズ金属として高く売れるから捨てる奴はいない。
公衆浴場の存在はそんなに驚いていない。実際中世では風呂の風習は残っていた。
誰だって体が汚れたら洗いたい。浴場が忌避されるように成ったのは14世紀以降だ。
その理由も「(男女共用)風呂に入ると病気(梅毒やペスト)に感染する」だ。
風呂で“そういう事”するから感染するのだと思うのだが、兎に角にも事実ではあるので忌避された。
もう1つの理由がこの世界のキリストにあたる御方が潔癖症だったらしい。
……まあ、ユダ様だしな。
そして最後が異端審問だが、これは中世と大して変わらないだろう。異端な考え方や違う思想が許せないって気持ちは分かるし、異教の国と戦争しているなら(ケルティックとか北のノルマン王国=スカンディナヴィアとか)その気持ちは高まるだろう。中世程は激しくないと思うが、歴史というのは脚色されるから、当時もこんなものだったのかもしれない。
あとは、べつに悪魔祓いの魔法が異教の人間に何か効果を示すものではない。
実際、ある魔女に聖堂騎士が悪魔祓いの魔法を掛けたが、
「なんか、あったけぇ……」
となっただけだった。
その辺が魔女を街に追放するに留めるだけになっているのかもしれない。
「あら、セルジオくん。こんにちは」
「こんにちは、おばさん」
セルジオと言うのは街に出ている時の偽名だ。立場上は庭師の少年でジョルジョの縁戚の子供ということになっている。侯爵の息子がホイホイ出歩いているとは思うまい。
こういうとき“だけ”は地味フェイスで良かったと痛感する。
「おっさん、ラシャ売れてる?駄目だよ、そんな値段じゃ誰も買わないよ」
「うるせーぞ、糞ガキ!いつも余計なお世話だ」
「そんな態度だから、売れないんだよ。奥さん真似してもっと愛想良くしないと」
「うるせ、邪魔だあっちい「あんた!子供に向かって何言ってんだい!」
市井に出るようになってだいぶ言葉は上達した。天上人が使う言葉と民衆が話す
言葉は結構違うもんだ。こんな話し方はさすがに屋敷じゃ無理だ。軽く折檻される。
「さあさ、この地名産の秘密箱、一つ銀貨2グロッシだ。銅貨なら45ソルドで如何だい?」
「おいしい豚の焼肉はいらんかね~?焼きたてで美味しいよ~」
「聖者は仰いました。神の物は神の物、皇帝の物は皇帝の物、お前の物は俺の物、と…」
「すみません、剣の砥ぎ直しをしている職人は何処に居ますか?」「ああ、それなら…」
「イテェな!何処に目を付けてんだ。この馬鹿!」「ぶつかったのはそっちだろ!」
「高い!3つで8ソルドで良いだろ」
昼の広場には様々な人で賑わっている。行商人の掛け声、大工や石工のハンマーやノミの音、世間話をする人、交渉する商人、芸を披露する大道芸人、喧嘩や野次る声等だ。
うん、屋敷に居てはこういう事は学べない。いつの時代も人間は変わらないものだな。
中世ヨーロッパは街でも殺人や窃盗ばかりの荒んだ時代等と本で読んでいたが、これ見ると信じられない。しかし、資料とか記録って悪い事ばかり載るからなぁ…裁判資料集に「きょうも、一日へいわでした、まる」なんてわざわざ書く奴いないよな。
大通りを離れて裏通りに入ると、表とは打って変わって薄暗く、怪しげな店が立ち並ぶ。街に出始めたばかりの頃はこのような所へ来るのを禁じられていたが、ジョルジョも居るし、少し離れて護衛の家人も付いて来ているし、禁じても勝手に行くしと諦めたようだ。
家族の評価は、神童>無駄に行動的な神童、と印象がアップグレードした。
いや、こんな楽しい世界で大人しくしてるとか出来ないし、少し欠点がある子の方が可愛いだろう。
勿論、柄の悪い連中に襲われかけた事もあった。その時のジョルジョの“お説教”は凄まじかった。完膚無きまでに叩き潰し、虫の息の首領格の男の口にワイン瓶を突っ込み
「家族を大事にしない奴は男じゃない、酷い顔だ。しっかり喰え」
と言って顎を蹴り上げた。あれは正直引いた。
その後、ジョルジョが指を鳴らすと建物の陰から黒服を着た家臣たちが現れ、
連中を引き摺ってどこかへ連れて行った……
そんな訳でドン・ニコシアーノが護衛に就いている以上、私の身は安全なのである。
裏通りの散策を終えて表通りに戻ろうとすると道の真ん中でやけにガタイの良い
髭もじゃの子供が倒れていた……うん、突っ込みどころが多いな。
その子供?は赤髪の老け顔、リンカーンみたいな御髭を蓄えている。なのに
背丈が1m程度しかない……ああ、もしかして
「大丈夫ですか?あなたはもしかしてドワーフの方ですか?」
練習中のノルド語で話しかけた。
読み書きは無理だけど基本的な会話なら何とか出来る筈だ。
「腹減った……メシ…水……」
購入していた焼肉を挟んであるパニーニを渡す。ジョルジョに
言って水袋も渡すと凄まじい勢いで食べ始めた。
「浮浪者に施しを与えると収集付かなくなるのだが……」
「ジョルジョ、彼はドワーフだよ。こんなところに1人で居るなんて事情が在る筈だ」
「そうですな……危険はおそらく無いだろうから構わんか」
ドワーフ 北欧神話に登場する精霊で、暗い洞窟などで武器とか宝石を造ってる超インドア派。伝説だと太陽の元に出ると石になったり体がパーンしちゃうヒッキーさんだ。
この世界だと人間に友好的な魔族。鍛冶や細工の技術に優れた小人で寿命が数百年と長い。ノルマン王国では職人として保護されている。太陽の元に出ても問題は無いが、鍛冶場とか工房のような薄暗い所を好む、多分、非常にシャイなのだろう。
「いやあ助かった。感謝するぞ少年!ところでミスリル銀はいったい何処に?」
「いや、一体何の話なのです?」
ミスリル銀 銀の輝きと鋼より硬く錆びにくい金属 多分ステンレスの事である。
と言うのは前世の常識で、この世界では魔力を帯びた銀の事で、魔法の発動体や武器、防具、聖職者の杖や法具等に用いられる。錆びにくく鋼より固い非常に高価な金属だ。
正直、魔力を帯びていると云う以外は大した違いは無い。
「山を越えれば、ミスリル銀が石のように転がっていると聞いてきたのじゃ!」
おいィ!チェルヴィーノ山脈越えてきたのか!!さすがドワーフ格が違った。
「……それ、完全に騙されてますね」
石のように転がってるなら金より高い訳無いだろうが…
「なんてことじゃ!ミスリル銀を5000リブラ(約7t)用意せねばグリンブルスティを造れんぞ!このままではブロックの奴に負けてしまう!」
途轍もなくいやな予感がするが、構った以上聞かねばなるまい。
「まずは、落ちついて頂けます?最初から話を聞きたいのですが……」
「うむ、そうじゃな。わしはエイトリ」
……やはりお前だったか。
「パンスニンゲの洞窟で鍛冶屋をやっていたのじゃが……」
一酸化炭素中毒になりそうな話だなオイ。
「ある神の命令で最終決戦に備えるための兵器を創るよう命令されたのじゃが、わしの兄のブロックも同じ依頼を受けてな。どちらが優れた武器を早く作れるかで競争しているのじゃ」
「わしはそこでミスリルの猪を創ってやろうと思ったのじゃが……」
「……材料が無かったと」
「そうじゃ!前の依頼でレーヴァティンの剣を造った時に使い果たしてしまったのじゃ!」
あの剣お前が造ったのか!
……大方あの詐欺師が騙し取ってシンモラに渡したんだろうな。
「それでミスリル銀を手に入れるために鍛冶屋を閉めて各地を放浪してたのじゃが……」
「山の向こうにあると言われ、情報料で路銀を掠め取られた……」
「大当たりじゃ!良く分かったの!」
想像つくわ!このマヌケ!
「それで、どうするのです?お金が無ければミスリル銀どころか、明日の食事だって困りますよ?」
「そうなのじゃよ。最初、鍛冶屋で働こうかと思ったがの……見ず知らずの奴を雇えないだとか、異教徒を住まわすのは無理じゃと言われての…」
この時代の職人ギルドって排他的な所あるからな。その上、何れ去る人間に技術を盗ませる奴は居ない……異教徒うんぬんよりもそれが理由だろう。
「はあ、わかりましたよ。話だけならしてみますのでついて来てくれますか?」
父上に掛けあってみよう。ドワーフの創る産物は優れている事で有名だ。
幾ら異教徒でも悪い事はならないと思うが……
「おお、有難いぞ!そうじゃ、食事の礼をしよう。左手を出しなさい」
左手を差し出すとエイトリは銀色の飾り気のない指輪を人差し指に付けて、
高速でルーンを詠唱する。するとその指輪は黄金色に変わった。
「ミスリル製の魔法の発動体じゃ。見た目は悪いがの、効果は一級品じゃ。一生使い
続けても指輪の効果が切れる事無い、ついでにお前さんにしか使えないようにして置いた。違う奴が装着すれば一瞬で魔力を吸いつくされて昏倒するじゃろう……神でもな」
「………」
「どうじゃ?嬉しいじゃろう……もっと素直に喜ばんかい」
「……これ売れば、ミスリル100リブラ位になったのに」
「……ふぉぉぉぉぉッ!!」
頭を垂れて私の後を続くエイトリを引き連れて侯爵邸に戻る。ドワーフを見る使用人達の目は厳しかったが、貴重な贈り物を送って頂いた客人だ。と言うと皆押し黙った。
「で、其方の者がドワーフのエイトリと云う者か」
「左様でございます。兄上」
フェルディナンド・アルベルト・ディ・チェルヴィーノ 我が兄上様だ。父上に似て
家族思いで冷静な性格だ。民衆の話では少し冷たそう、真面目すぎて将来ハゲそう、と言うイメージを持たれている。本人は我関せず、な態度だが。
家族の事になると暴走する。(姉さまの婚約発表のアレとか、私が池に落ちた時とか)夫婦仲も良好なようでエリザベッタさんは現在懐妊中だ。
エリザベッタさんとはあれからよくお話したり遊んだりした。年の離れた弟と言うより愛玩動物という扱いではあるが……彼女の生家は後継者争い等で兄弟仲が良くなく、ここまでフレンドリーな家族関係は見た事が無いそうだ。うちは貴族でも異端なのかな?
私も兄上とは小さい頃から、意図的にスキンシップを掛けて来た…嫉妬されない為に。
それに、前世は一人っ子だったから兄弟という関係にあこがれていた。兄上に抱きつくと、何故か鼻血を垂らすのだ……イケナイ性癖でも有るのだろう。
それを見た姉さまが同調して、みんなと触れ合うようになったのだ。
「全く、お前はつくづく変わった事を仕出かすな」
「申し訳ございません父上」
「見た目は唯の金の指輪ですね」
「母上、私が成長しても指輪の太さが少しずつ変わるようです。金ではあり得ません」
「あら、素晴らしい事。結婚指輪のサイズが変わって抜けなくなる事も無いわね」
マリア・テレーザ・ディ・チェルヴィーノ 我が母、チェルヴィーノ侯爵夫人だ。
メリヴェール侯爵の次女で姉さまに似た黄金色の髪に青色の瞳を持つガウル美女って奴だろう。慎み深いたおやかな性格で貴族の女性たる事を誇りにしている人だ。
「私としてはこの地に逗留する事は、鍛冶の技術を寄与する条件に生活の保障は致すが…」
「あの、御方が何を仰るか……ですわね?」
あの御方とは、みんな大好きグリエルモ司教殿だ。ドワーフ逗留させるなんて自分で火刑台をこさえかねない。そうでなければ勝手に殉教だ……気が重いが説得するしかない。
「仕方ありませんね、私が招いた責任です……私が説得します」
「頼むぞ……あの者はお前のいう事は聞くのだ。それが良いであろう」
私は、グリエルモの笛吹き男か、大人と子供が逆だぞ…
早速、グリエルモを捕まえると聖書の文章を引用しまくってドワーフをこの地に逗留させる旨を了承させた。「曰く、主は寛容を持って奇跡を成した」「曰く、異教の者でも悔い改めて聖人となる者も居る」「曰く、主は困っている者に慈愛を持って対応した」等だ。するとエクスタシーに達したのか、白目をむいてぶっ倒れた。
ふむ、どうやら癲癇性のヒステリーのようですな……まあいいか。
痙攣起こしている作戦参ぼ…じゃなくてグリエルモ司教を放置して説得に成功した事を伝える。
こうして、エイトリはこの地で鍛冶屋として生活を保障されることとなった。
「ところで、そのミスリルの猪の完成期限って何時まで?」
「……70年後じゃ」
「……」
「……」
「「30年は働いていけ!」」
さすが、長命なドワーフだ。時間の概念すら違うのか……
解説
銃剣や2丁拳銃にポン刀
もちろんヘルシングの“あの”連中の事です。