第2話 侯国の日々
「Ich will euch trösten.」(我、汝らを慰めん)
「wie einen seine Mutter tröstet.」(人をその母が慰めるがごとく)
「Ich hoffe auf Dich」(我は汝を待ち望む)
「Gott mit uns」(神は我等と共に)
「Meine Ehre heißt Treue」(忠誠こそ我が名誉)
「Arbeit macht fr…」(働けば自ゆ……
「おい、ちょっとカメラ止めろ」
なんかこの教科書にものすごい悪意を感じるのだが…
「如何致しましたか?公子」
「いや、何でもない少し疲れたようだ……」
「市井に降りられたのでしたな。グリエルモ司教が皆に話をしておりました」
……あのキワミ何ペラペラ悪い噂流してくれるんだ?宗教家として失格だぞ。
弁護士と政治家か異端審問官としてなら合格点くれてやるがな。
「お疲れのようですので本日の講義は終了にしましょう」
「そうですね、ありがとうございました」
「いえいえ、私もあなたのような物覚えの良くまじめな生徒を持って正解です。
帝国大学で教鞭を振るうよりよほどか楽しい日々です」
この人はクロード・ブルドン。言語学者だ。この世界の欧州の主だった言語の大半を修得したと言うソッチ方面の天才。帝国語以上に、地域変化の激しいフェニキア諸語を、完璧に修得している、正直意味不明なお人だ。
帝国大学の言語学分野の教授職に内定したので故国ガウルから、帝国へ向かって
いたところ、運悪く父にとっ捕まって私なんかの教育係にされてしまった。
最初は渋々教えていたのだが、私が余りに早く言語修得していくのと、
「教会語と俗語とガウル語って似てますよね」の突っ込みに彼、大・興・奮。
教授の椅子を蹴っ飛ばしてこの地に逗留し、現在に至る。
(私の教育以外にも通訳とか書記とか兼任してるんだが、文官としても有能だと発覚する)実は大学教授より良い額貰ってるらしい。
帝国って貧乏だもんね、屋敷とかは平気で増築するけど……
「あら、ヴィットーリオ。お勉強終わったの?」
「うん、クリスティナ姉さま。今日はもう終わり」
マリア・クリスティナ・ディ・チェルヴィーノ、私の2歳上の姉だ。美しい金髪に、
はにかんだ笑顔。家族贔屓じゃないが、将来美人になる事は間違いないだろう。
「お庭のお花がきれいなの。観に行かない?」
キョトンとした顔で首を傾げないでくれ。その顔は殺傷力高すぎる。
チェルヴィーノの街は、いわゆる城砦都市とはかなり趣を異なっている。
まず防御施設としての城壁が存在しない。周りが峻険な山岳地帯だ、それ自体が防御施設になる、この国で過去に起き戦いの殆どは峠とか山道とかだ。まあ戦争自体ほとんど起きないが。
唯一起きるとすれば、他国に援軍として遠征とかする事だ。
簡単な柵とかはあるが、それはモンスターとかの侵入を防ぐための物。人間なら簡単
に突破できる。山賊?田舎でもそこは国の首都。それなりの数の警備隊とか騎士とか
駐留している。兵舎とかも街の外側に配置されていて、そんな所を襲撃したがる馬鹿はほとんどいない。
街の中心の広場には、侯爵邸兼市庁舎と教会が在る。この国には城が存在しないのだ。
ガウル側と連邦側の国境に数百年前に建てられた城があるが、今ではただの関所になっているし、あの2国と戦争に発展する理由が無い。1つは永世中立をうたった帝国の自治州に、もう1つは婚姻関係と経済面の結びつきが強い準同盟国だ。現在の関係を破壊してまで争わないだろう。
他の2国は少し微妙である。タウリニア共和国とブレンダーノ公国だ。この2国は余り仲が良くない。
特にブレンダーノの方は、公爵様が有能な戦争好きで、近隣諸国の恨み骨髄らしい、人気も余りない。どっかの元大統領みたいだ、有能以外の点しか合ってないが……
という訳でこの国はタウリニアとの関係を強化し、ブレンダーノとは距離を取っている。ブレンダーノの東にあるラグーナ共和国(ヴェネツィア)も、あいつマジうぜーと思っていると聞く、人気って大事だよね。
「ヴィットーリオはお花摘まないの?」
「うん、僕はここで寝っ転がっているよ」
庭の草地に仰向けで寝ている私を姉がその淡褐色の瞳で見つめる、きれいな目だ。
この世界の私の容姿は、濃い栗色の髪に琥珀色の瞳「狼の目」という奴だ。
顔は……まあ普通だろう。不細工ではないと思う、あまりひどい顔だと他人と交渉する時に影響する…人は見た目で判断されるのだ。
顔が優すぎるのも問題である。相手が顔にコンプレックスを抱えていると忌避されかねない。
そして目立つのも困る、出る杭は打たれる。べっ、別に微妙な顔で悔しいわけじゃないんだからねッ。
「だめよ!ヴィットーリオ。そんなお爺様みたいな事ばかり言って」
「わっ、ちょっと姉さま。引っ張らないで」
「いやよ、今度はお池に行くの。付いて来る!」
子供パワーはすごいな、底なしの体力だ。私も子供なのだが…
「あ、シルク破れる!姉さまらめぇ……」
ああ、ファンタジーなこの世界だが、髪がピンク色とかグリーンの色とか見た事は無い。
青ならある。ただし、黒い髪が光の当たり方でそのように見えただけだが。
後この世界、灰色の髪と灰色の瞳の両方を持っていると魔女扱いされる。
と言っても別に火炙りにされる、とかではなく、街から追放される位だ。後、年齢による変化とかは仕方ないらしい。実に下らん風習だ。
「おお、ヴィトよ、お前でもやんちゃをするのじゃな」
「申し訳ありません、お爺様」
高価なシルクのシャツを1枚駄目したために母に叱られた(と言っても普段が真面目
だから少しだけだが)した後、広間に戻る。ちなみに、姉さまはもっと激しく叱られた。貴族の子女に有るまじき行いだと。容疑者は「だって、あの子が寝てばかりで動かないんだもん」と供述した。現在も拘留中である。
「少しやんちゃなぐらいが良い位だて」
アルセーヌ・ブノワ・テオドール・ド・メリヴェール侯爵 母方の祖父にあたる人で、隣接するガウルのメリヴェール侯領の領主だ。ワインとチーズが特産で、毎年送ってきてくれる。
このチーズが、前世のカマンベールのような白カビのチーズで美味しいのだ。ワインは知らないが、両親が美味しそうに飲んでいるので、多分旨いのだろう。
私は水とか果汁とかだ。この地方は美味しい水の産地なのだ。現実でもエビアンとかこの辺だし。
そんな大貴族のドンである筈だが、しばしばこの屋敷にpopする。大丈夫か?
まあ実務は息子がやっているようだからな、そのあたり問題はクリアしてるのだろう。
いわゆる大貴族にしては人の良い善人である。貴族悪玉論事体がフランス革命の産物
だしな。実際の貴族とはこういうものだったのかな?
自由・平等・博愛がフランス革命の産みだした産物だしな。思想的には素晴らしいと考えるが、恐怖政治やナポレオン戦争で欧州が被った被害を考えると諸手を上げて賛成は出来ない。
「ところでお爺様」
「ん、なんじゃ?わしのかわいいヴィトよ」
「今日はまた、何用で出没したのですか?領地は大丈夫なのですか?」
「子供ならもう少し心配する事もあるまいて…ガウル語がほんに上手く
なったの。このまま連れて帰りたいぐらいじゃ」
「それは困りますな。お義父上」
「なんじゃ、居たのかアルベルト」
アルベルト・ラファエロ・ディ・チェルヴィーノ 我が父上だ。このチェルヴィーノ侯国の君主で、家族思いな男。城下を見に行った時の反応や、今までの政策などを考えると、君主としても親としても立派だと思う。尊敬に値する人だ。
「ここは我が屋敷です。居ない方がおかしいでしょう、それより困りますな。これを
連れていくと、貴国との関係が拗れるやもしれませんな」
父の発言にアルセーヌがチッと舌打ちする。性格悪いぞお爺様。
「ヴィットーリオ、私はお義父上と大切な話が在る。下がりなさい」
分かりましたと発言して、部屋を後にする。次は何処へ行こうか……
「で、お義父上殿。今日の訪問はどのような御用件で?」
「うむ、今年の初めのアレじゃ。陛下も大変憂慮されておる」
メリヴェール侯爵の言うアレとは今年初めのフェルディナンドの結婚。
アラマンネン王女がこの国に嫁いできた事だ。
アラマンネン王国はヘルヴェティア連邦を挟んだ北側。ロレーヌのライン川一帯を
治める王国で帝国を支える3王家(他にマジャールランド王国=ハンガリーやレックランド王国=ポーランドが存在する)の1つだ。国力、権威共に高い王国だ。
普通、国家とは言え田舎の小国。帝国の3王家であるアラマンネンの王女が嫁いでくるなどあり得ない事だ。だが、先方は昨年に婚姻を打診してきた。
小国の立場としては断るわけにはいかない。それに悪い話ではない。そして隣国の連邦は事実上の独立国とは言え帝国領だ、関係を強化してしかるべきであろう。婚姻は成立した。
だが、この動きに驚愕したのは隣国ガウルだ。唯でさえ北のケルティックと戦線を構えているのだ。ここで帝国と侯国に側面を突かれれば亡国の危機である。
今回、メリヴェール侯爵の来訪は名目上、娘の訪問だが、実際はガウルの外交の使者だろう。帝国を刺激しない為の口実だ。
「確かにこの地が帝国の影響下に置かれれば問題だな。ガウル王の慌てふためく顔が想像できる」
「笑い事じゃないぞ、国内の貴族には併合論まで出ておる。元帥の戦争馬鹿共じゃ」
「このような山岳地に攻め込むと、ですと?大軍の展開すら困難と言うのに……」
「大陸の戦争と同じと思っておる連中は殊の外多いのだて。地図の通りに兵を動かせると思っておる」
「それは面白い連中ですな。恐らく騎士道とジョストに凝り固まった子弟共だろう」
「まあ、そんなところじゃよ。陛下もあきれ果てておる、正気の沙汰ではないと」
「愚痴はこの辺にして、本題に入りましょう。勿論、腹案はあるのでしょう」
「さすが、義息よ。鋭いな」
「貴殿の息女マリア・クリスティナ・ディ・チェルヴィーノと
我が孫、クレマン・ユーグ・ジャック・ド・メリヴェールの婚約じゃよ」
メリヴェール侯爵は、歴戦の政治家の顔で言った。
「まあ、本当はヴィットーリオを婿として連れていきたかったがの。それは認めんじゃろ」
「人質……まあ義父上の場合は本当に可愛がるつもりでしょうが、無理ですな」
「しかし、これ以上貴家と血縁を結びつけるのも……」
アルベルトは口に手を当てて考える、貴族の娘は貴重な外交カードだ。
「今度は皇帝の息子とでも婚姻を押しつけられて見ろ。それこそガウルと
関係の破綻じゃ、それに我が家なら貴殿の娘でも幸せに暮らせる
じゃろう。クレマンもクリスの事を気に入っておる様だで」
アルベルトは決断する。確かに、王女が嫁いできたことで、国の権威は高まった。皇族との婚姻は限りなく低いが、在りえない話ではない。それに父親として娘の幸せを考えないでもない。
「お受けしましょう。最も、我が国も帝国と商業上の結びつきは強化したい、と考えますが、それが軍事的に結び付く事はあり得ません」
「うむ、それは陛下もお喜びになるじゃろう。国内の貴族も治まりが付くの」
「……ですが、婚約を大々的に発表するのは」
「わかっておる。帝国を刺激せぬようにはするつもりじゃ」
メリヴェール侯爵は話がまとまると嬉しそうにする。そして、少し考えて言った。
「して、義息よあの結婚は如何考える」
「……帝国の命令か、王国の独断か。ですか?」
「まあ、わしは想像つくがの」
「ええ、私もです」
二人は声を揃えて言った。
「「王国の独断」」「ですな」「じゃの」
帝国には、先の結婚には特にメリットは無い。それに降嫁させるという
事は、権威を自ら落とすと言う事だ、可能性は低い、このような回りくどいやり方
をせずとも、帝国内の適当な辺境伯の娘でも差し出せばよいのだ。地理が離れている方が、家同士が結びつかないので好都合だ。
「現在の皇帝陛下は政治的な行動をする人では無いですし、国内の大貴族でもこのような小国を構う人間も居ないでしょうな……言うと悲しいですが」
「だの、わしも同意見じゃ」
「大方アラマンネン王が我が国に野心を向けてきた証拠だて。
貴国を利用して関係を引き裂き、折を見て軍事侵攻を目指す」
「最初の目論見は外れましたがな」
「隣国の君主が、お前で本当によかった。マリー・テレーズを嫁がせて正解じゃった」
「有難う御座います、お義父上、この事を陛下と宰相……いや、貴国の場合は侍従長殿ですな。にお伝えすれば、アラマンネンに対して対抗出来る手筈をするでしょう」
アルベルトの発言にメリヴェール侯爵は目を押さえて悲嘆する。
「まったく、我が祖国ながら困ったものじゃ。国政を壟断する愛妾に侍従、戦争好きの王太子、言う事を聞かない貴族共!」
「その辺で……他国の首脳部で嘆く事ではありませんな」
「利用するお前ではあるまい。国では言えないのじゃ、今日はトコトン付き合ってもらうぞ!」
アルベルトは、今晩は長くなることを覚悟し、明日の政務に支障が出ない事を神に祈るのだった。
フェルディナンドの妻エリザベッタは嘆息していた。昨年、突如この国に嫁ぐ事を言われて、あれよあれよという間に嫁がされてしまった。雪ばかりの山岳地、故国に比べて小規模な街、何を話しているのか分からない城の人間。夫だって片言である。お付きの侍女以外に話せる人間はいない。なんで私がこんな田舎に嫁がねばならないのか!
「こんにちは、お義姉さま」
えっ、帝国語?懐かしき祖国の言葉に振り返る。すると、琥珀色の瞳の少年が立っていた。
「こんにちは、お義姉さま。お話したくて、言葉、練習した。分かる?」
この子、確か義弟のヴィットーリオだったわね……6歳にして数ヶ国語を話す天才児だって聞いたわ…
先程、グリエルモ司教も噂していた。
「主に愛されたッ、徳高き子供!感激!感激ッ!感激ィィィィッ!!」
うん、この国の言葉苦手だからこんな感じの意味だと思う。
ちょっと、目が血走っていて怖かったけど……
「お義姉さま、この国嫁ぐ、大変分かる。僕、義姉さま来る、嬉しい」
不思議と涙が出てくる。この子は塞ぎこむ私を慰めに来てくれたのね……
そのためにわざわざ公用語覚えるなんて、なんて健気ないい子なの!
「お姉さま、この国、嫌い?」
他人から見ればそこまで塞ぎこんでいたのね。ダメじゃない私、こんな小さな子
に心配されるなんて……思わず胸に抱きしめると、言った。
「……いいえ、今好きになったわ!」
パーフェクトコミニュケーション!!
なんとか、上手く交渉出来たようだ。言葉って素敵ね。リリスの産みだした
素晴らしい文化だよ……何時までもこの国に悪感情を持たれていても困る。
それに言葉って言うのは、学ぶのと実際に会話するのは全然違う。会話しないと上達
できない、役に立たない知識なんか持っていても仕方ないのだよ。
じゃあ、私の前世のゲーム知識とかも……役に立たないだろうなRTS得意とか意味無いだろうな。
それにしてもお義姉さま。なかなか結構なものをお持ちで……兄上はこれを
毎日揉みしだいているのか、けしからん話だ。
それにしても実に充実した日々だ。身分的にも嫁さん保証してくれるだろうし、
国家情勢も安定してるっぽいし。転生した時は絶望したが、こういう生活なら悪くないな。
解説
神は我らと共に
ドイツ国防軍の標語
忠誠こそわが名誉
ナチスの親衛隊の標語
pop
ネトゲ用語でモンスターが湧く事。