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第1話 転生した先は

 帝国歴1326年9月 チェルヴィーノ侯国 侯爵邸





「奥様お喜びください!御生れになりました。男の子です」


 産婆さんばが取り上げた男の子を私の横に寝かせる。大丈夫だろうか、産声うぶごえを上げていないが。


私奴わたくしめも驚きましたが、呼吸はしているので大丈夫ですよ、奥様」

「産まれたか!」


 扉を開けて家族と、グリエルモ司教が入ってくる。


「頑張ったな。マリア・テレーザ」

 夫アルベルトが私の手を私の手をつかむ。子供のフェルディナンドと

娘マリア・クリスティナが心配そうに見つめていた。


「名前はな、決めてある。男だったらヴィットーリオ、娘ならマルゲリータだ」

「元気な男の子でございますよ。侯爵様」



「そうか!なら、お前の名はヴィットーリオだ。ヴィットーリオ・ディ・チェルヴィーノ!」



 その声に釣られたのか赤ん坊が笑い声を上げる。


「おお、これは!」


「どうしたか、グリエルモ司教」


「私は叙階じょかいを受けて以来数十年、主のために奉仕ほうししつづけました。多くの神の

僕を洗礼致せんれいいたししました。ですが私は今だかつて産まれて間もなく笑う、神の僕と産ま

れた事を感謝する幼子おさなごなど見た事はありません。主よ、私はこの幼子の洗礼せんれい

させていただく事を感謝いたします。……Amen!」


「そうか、それは誠にめでたい。侯爵家の次男にこれほどの子に恵まれるとは!

これが将来フェルディナンドとともに侯爵家を支えてくれれば、我が国は安泰あんたいであるな」


「恐れながら、侯爵閣下。新たな神の僕を、このグリエルモにお預けください。

この幼子は将来、枢機卿すうききょう……いや歴史に名を残す教皇きょうこうにまで成りえます!」


「駄目だ、グリエルモ!確かに、わが家系から教皇が出れば名誉な事であろう。だが、

わしもこの子を手放す気は無い。これが貴族になるか、聖職者となるかは成人洗礼せいじんせんれいの時に決定する」


「だがグリエルモ、けいのいう通り、聖職者となる器とあれば卿が教育せよ。卿程の者

なれば、間違った方向に行かぬように出来るな」


「感謝いたしますぞ!侯爵閣下、このグリエルモ身命を賭してこの幼子を導きますぞ!」


「うむ、ヴィットーリオを頼むぞ」


「もちろんですとも。ささっ、この幼子の洗礼を致しましょうぞ」






 私は悪い夢でも見ているのだろうか?いや、違うな。風景、音、匂い。五感の全てが

「これは現実だ」と伝えている。女の人が乳を飲ませる。母親?違うな乳母うばだな。


 部屋の調度品や内装から、この家は貴族階級だと思う、時代背景は15、6世紀か?

 まあ、イタリア辺りなら昔の家がそのまま残ってるからな、案外近世かもしれん。


 中世なら困るな。子供をミイラのようにぐるぐる巻きにして壁に吊るして放置とか

育て方だったと資料には載ってた気がする……何の資料だっけ?


 頭は大人でも、体は子供だな。少し物事を考えるとすぐに眠くなる……





 私が産まれてから6年が経過した。


 幸いにも怪我とか疫病で死ぬ事も無く、生き残った。

 え、大げさだって?この時代の幼児は簡単に死ぬ。現在みたいな小児医療なんてないし、予防注射も無い。疫病が発生したり、飢饉きがが起きたりちょっと熱出したりするだけでアウトだ。貴族だったから栄養状態は良好だけど……


 娯楽も対して無いから、勉強はかなりやった。まあ歴史関係の話なんて半分趣味だし、

元々無趣味だったから楽しめたと思う。7自由学芸リベラルアーツは修得したし、俗語(イタリア語)以外にもガウル語(フランス語)、タラゴーナ語(スペイン語)、教会語(ラテン語)は母国語のように扱える。帝国公用語(ドイツ語)は今勉強している所。日常会話ぐらいなら多分出来るけど……うん、やり過ぎだと思うけど後悔して無い。


 グリエルモ司教からは、教会関連の説法せっぽうを聞いたり、教育係としてマナーを教えて貰っている。魔法も教えて貰った。ちょっと気真面目だがいい人だ、心配性な所も多いけど。


 この前は、風邪を引いただけなのに、最上級の治癒魔法を発動させようとしていた。

風邪どころか、大抵の疫病なら直せる。だたし、高価な聖水と魔昌石ましょうせきを湯水のように使うが。「風邪は免疫を鍛えるために体が発熱してるんだ。放っとけ」と突っ込んだら、

「素晴らしい!公子のお考えの壮大にして華麗なること、このグリエルモ、感嘆のキワミ」


 とか絶叫してた。大丈夫か?アイツ。



「公子殿、お出かけで御座いますかな?」

「はい、グリエルモ司教。市井しせいの様子を見て参りたいと思います」

「いけませんぞ、城下じょうかには危険が多いです。万一にもかどわかされでもすれば如何なさいますか」

「ジョルジョを連れていきます。服装も民衆の物です、もしそのようなやからが現れたら“説教”します」


 ジョルジョは幼いころからの侍従てんじゅうだ。最近では私に剣術を教育してくれている。武術の腕は家の中でも随一ずいいちだ、そこらへんの山賊なんて相手にもならないだろう、とっ捕まえてちょいとばかり武力的な“お説教”の時間になるはずだ。


「おお、分かりましたぞ!……しかし、無茶はいけませんぞ」

「はい、遅くなりません、2時間程で戻ります。着いて参れ、ジョルジョ」

「御意」



 まったく、公子殿にも困らせられる。このグリエルモ、胃薬の量がまた増えますぞ。

 それにしても、なんと壮麗にして崇高すうこうな徳に満ちた御方であることか……


 私奴も6年間驚きの連続でしたぞ。言葉を刹那せつなの早さで修得したかと思えば、自由

学芸を修得し、同時進行で言語学者ブルドン殿から多数の言語を習い、自由学芸が

終われば、今度は魔法を教えて欲しいと乞うてくる。最近では武道や、兄弟より

統治法まで聞いているというのでないか……


 しかし、才能に溺れず、本人も至って謙虚。それだけでない。老賢者ような達観たっかんや、聖人のような慈愛じあいの心、聖堂騎士のような壮烈そうれつな心を持ち合わせている。この間も熱病で苦しんでいるのに「この熱は……天が与えたもうた試練……試練を乗り切ってこそ……人間は強くなれるのです……お下がりください」等とのたまう…


 先程の発言も「悪党に出会ったら説教する」まさに、主の偉業そのものぞ!…

 語る者はよく居るが、本当に実行する者は少ない……マッシリアの枢機卿共に聞かせてやりたい位ですぞ。


 まさしく、天に愛された聖なる童だ、かの御方の御側に仕える奇跡を主に感謝します……Amen.






「坊っちゃん、あの宗教家を上手く煙に巻きましたね」

「そんな言い方止めろよな。ジョルジョ」


 ジョルジョ・ニコシア もうじき還暦を迎えるこのジーさんは、チェルヴィーノ侯爵家の元執事だ。別に年齢的な理由で執事を辞めたわけではない。家で一番信頼のおける人間だから私の護衛につけられた。


 私の産まれる前年に亡くなった祖父カルロ侯爵の子供時代からの悪友で、若い頃は祖父と放蕩ほうとうしていたらしい。父も実の息子のように可愛がられた。



外見は、仕立ての良いスーツが御似合いそうなダンディなお爺様

……ただし、後ろ手にシカゴタイプライターとか隠し持ってそうだが。


「いつも勉強ばかりだと疲れるでしょうね。たまには街で息抜きしましょう」

「うん、行こうか」


 チェルヴィーノ侯国はエトルリア半島(イタリア半島)の北西に位置する国だ。史実のヴァッレ・ダオスタ州の位置だと覚えてくればいいだろう。山と自然豊かなド田舎国家。


隣国はガウル王国 (フランス)とタウリニア共和国 (トリノ)とブレンダーノ公国 (ミラノ)。チェルヴィーノ山脈(アルプス山脈)を隔てた向こう側にヘルヴェティア連邦 (スイス)が在る。


 うん、そうなんだ、すまない。別世界なんだ。魔法とかモンスターとか実在しちゃってるしね。歴史の趣味に没頭できると思ったけど資料が無くてはね……この世界の歴史を学びなおしてもいいと思ったけどね…




――――――どうせ歴史を観るであれば、己の眼で観たい。


 まあ侯爵家の次男だし、後継は無理でも外交官として各地を訪問するつもりで語学とかリベラルアーツとか修得したつもりだったのに、神童扱いだよ。どうしてこなた。



「坊っちゃん、干しブドウ買ってきました」

「うんありがとジョルジョ」


 ジョルジョはこの世界で唯一演技なしで砕けて話せる人物だ。相手も分かっていて実の孫のように可愛がってくれる。独身だしね、感覚としては実の孫だろう。


「ジョルジョ、あれって何?」

「あれは、木工もっこうです。木を削ったり加工して椅子とか、家の柱とか作ってますね。

変わった処だと置物とか、細工物とか作ってますね」


「あの人達は何やってるの?」

「あの者達は隊商たいしょうですね。この国で造った武具ぶぐや鉄材とかを他の国へ売りに行くんです。多分、ガウルに向かうんでしょうな。あっち方面は関税安いし、戦が多いから鉄とか武器とかが高く売れるんですよ。あっちで採れる鉄鉱石とか石炭とかが、うちの国に来て鎧とか鉄塊てっかいに変わっていくんです。うちの国は腕のいい鍛冶屋が多いですからね」



知識で見るのと、街で実際に観るのは違うな。ふと視界に、革製の鎧や、布製のアーマー、鉄の胴当て等を付けた人たちが酒場に入っていく。街の警備隊とは風体ふうていが違うな。



「さっきの人達は傭兵?」

「彼等は冒険者ですね。ギルドとか国から依頼を受けたりして街の外の魔物を追い払ったり、役に立つ薬草とかを集めたりして生活しています」


「傭兵とは違うの?」

「はい、冒険者は人間相手の戦闘はしません。山賊に襲われた場合や国から要請された

場合は違いますが。傭兵は商人を守ったり、山賊を倒したり、雇われて戦争で戦ったりしますね」


 そんな連中まで居るのか、ますますファンタジーだな。


「さあ、そろそろ帰りましょうか。また今度来ればいいですしね」



 山間のこの町は人口一万人程度だ。少ない?こんな辺境にしては充分の多い。というかなんでこんなに住んでるんだ?って位だ。まあ理由は想像つく、隣国ガウルがケルティック(イングランド)と絶賛戦争中こうれいぎょうじだからだ。この世界でも奴等は仲が悪いのか。実に度し難いメシマズとカエル共である。


 その関係でこちらに人が流れるのだろう。


 もう一つは、教皇領の存在だ。この世界では、マッシリア(マルセイユ)に教皇庁が

在り、その周辺が教皇領となっている。別にフィリップ4世が カチコミ駆けた(アナーニ事件)訳では

なく、この世界のキリストにあたる聖者がその地に“降臨した”かららしい。


 つまり聖母マリアはこの世界に存在せず、筆頭弟子のマリア(マグダラにあたる)が

筆頭聖人となっている。どーいうことやら。



 ちなみにこの世界のキリストは、別に罪を負って十字架に掛けられてたのではなく、国家の命令で魔族と戦い、弟子たちに十字架と教えを託して、単身で本拠地に乗り込んで、魔族を巻き込んで“派手な殉教を遂げた”と云う武闘派だ。


 ついでに言うとその決戦場は未だ“人の住めない地”になっている事からも派手な殉教の度合いが分かる…


 フェイス的にユダに近いのだろうな……もちろん世紀末の方の


 話を戻すと南仏みなみフランスの重要地を抑えているために、関税が凄いらしく物によっては陸路で迂回させた方がマシって事で陸路の拠点になってるのだ。アルプス越え楽だよ、やったねナポちゃん。


 ちなみにガウルは強固な友好国だ。関税関連で経済的な結び付きも強い、母マリア・テレーザ(ガウル語マリー・テレーズ)は隣接するガウル貴族メリヴェール侯爵家の娘だ。



 今年の初めに兄フェルディナンドに嫁いできたのは、アラマンネン王国の王女エリザベッタ(帝国語エリザベート)さんだ。王女が嫁いできたのは多分ガウルに対する牽制けんせいだろ。こっちの言葉全然分かって無いし……



 帝国と言うのは、フランク帝国の事だ。勢力的には史実の神聖ローマ全盛期+二重帝国だ。面積的、軍事力的、経済的にもこの世界のトップだ……カタログスペックは。



 弱点も史実の倍ドンで、実際には文化を除けば2流国だ。国内で乱立する大貴族、独立する北部。言う事聞かない属国(主にアラマンネンとか、アラマンネン辺り)を抱え、帝国公用語と聞こえはいいが、地方の方言も何もかも引っ包んでコネ合わせているので訳分からんカオス(習得に時間かかってるのはソレが原因)状態になってる。


 そのような軍隊を編成しても幼稚園の遠足だ。

 (指導者が居る分、幼稚園の方がマシだ)



……某SF小説の貴族連合の方がまだ頼りがいがあるぞ。少なくとも彼等は、

「話せば分かる(言語的な意味で)」


 皇帝陛下は音楽と美術品収集に精力的だとか……まあ、気持は非常に分かるがね。

“あの”帝国もここまで酷くは無いし。


 将来、外交官として帝国に行くことがあればリュートで何か一曲慰めて差し上げようか。ギターに似ているから同じ感覚で使えるだろう……








解説


シカゴタイプライター 

トンプソンM1921短機関銃の愛称 第一次世界大戦の塹壕戦に対抗するために開発されたが、本銃が完成する前に戦争は終結した。その後「手軽にフルオート射撃が楽しめるスポーツ用の銃」として販売され、アル・カポネさん(自称 家具販売業者)の車を破壊するエクストリームスポーツ等に使用された、いわゆる禁酒法時代のマフィアの象徴。


ヴァッレ・ダオスタ州 

イタリアの北西部に存在する特別自治州。年間の平均気温10度以下 ハンニバル先生がアルプス越えした時に使った峠がこの辺りと言われている。


マグダラのマリア

聖母マリア(キリストの母親 マリア像と言えば殆どこの人)とは別人。カトリックでは罪の女や悔悛した女など娼婦扱いされている。福音書の中では、イエスによって悪霊から救われ、磔にされたイエスを見守り、イエスの復活に立ち会ったとされる。


(言語的な意味で)

中世のドイツ語は方言が多くて訳ワカラン事になってます。それを無視したとしても、属国が多くてその言語の壁もあります。ドイツ語は低地ザクセン語、高地ドイツ語、バイエルン語に分かれ、それ以外にも、ポーランド語、オランダ語、アレマン語、バルト語派(リトアニア語、ラトビア語)スラヴ語派(チェコ語、ハンガリー語、スロベニア語、クロアチア語、セルビア語、ロシア語系)等です。

貴族たちがラテン語やフランス語を話すのは、おしゃれうんぬん以前に相互理解が出来ないから(フランス語は母語話者数が多い上、騎士物語、宮廷恋愛文学のメッカなので貴族たちがよく親しんでいた。ラテン語は公式文書に使用される上、カトリック教会の言葉だった)


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