第19話 新たな船出
「ここが、かの水の都ですか……」
「すっげーな、道も家も全部石で出来ているぜ……」
「どの建物も綺麗ね…」
「冬だからそこまで匂いは無いけど、夏になるとかなり臭いらしいよ」
「気分を壊す事言わないの!」
我々が、ラグーナ共和国へ到着したのは、万聖節の3日後、11月4日だ。
ラグーナ共和国は、エトルリア半島北部でも、ブレンダーノを凌ぐ国力を持っているが、海外に植民地が多く、その方面にも戦力を回さなければならない。海軍においては、この世界のトップクラスの戦力を保有しており、過去には、ギアーノ共和国と熾烈な覇権争いを繰り広げ、遂には勝利をおさめ、地中海の女王として君臨している。
政治政体は貴族制+寡頭制で、各家から1人選ばれる120人の貴族から成る元老院と、投票で選ばれる40人委員会と10人委員会(実際の人数は15人)、元首が治める国家だ。
まあ、解りやすく言えば、元老院が議会、40人委員会が閣僚、元首と10人委員会が総理にあたる物だろう。
「こんにちは、ラグーナへ、ようこそ。何かお困りな事は無いですか?」
警士の男が帝国語で話しかけて来た。さすがに各国に商人や、観光客が多く訪れる国だけあって警士でも、他国語が操れるとは……
「俗語で大丈夫ですよ。グラエキア方面に向かう船を探しているのですが、交易船で東方航路に出る船は無いですかね?」
「Si capire! そうだったのか済まない。あんたらの格好、帝国風だったからな」
「それと、今の季節、商用ガレーはもう動かなねぇよ。唯一南下するのは、年末に向けて、故郷に戻るグラエキア傭兵の船だな」
「あの連中がそうだ。あの旗印は、たしかアリストス傭兵団だな。話をしてみると良い」
警士に紹介されたのは、黒髪の縮れ髪で浅黒い肌の男だった。名前をアルゴニオンと名乗った。事情を説明すると快く快諾してくれた。
「用件は解った。まあ、良くある事だし、君達以外にも同行者が何人か居るから構わんぞ」
「一応、俺達はミノア島(クレタ島)迄行くが、何処で降りる?」
「ケクロピア(アテネ)共和国で降りるつもりだけど……」
「悪いがその地は寄らない。どうしても行きたければ、メッシニカ辺りで下船するのだな」
トーマス達と相談した結果、ミノア島まで行く事となった。ミノア島は、ラグーナ共和国最大の海外地で、この地で産出する貝紫や大理石等がラグーナへ運ばれ、高く取引されている。住民も、エトルリア系とグラエキア系が生活していて、どちらの言語も通用する。
「一応、食事は用意するが……女が居るな。同行者にも女が居るから同室にしよう。男共はどうする?雑魚寝なら1人4ドゥカート。個室なら1人15ドゥカートだ」
「3人で寝るから1つの個室でいい、もちろん敷布団は貸してくれるな?」
「分かった、出港は2日後の朝、ここに来てくれ。船旅に必要な物は解るか?」
「今回が初めてだよ」
「そうか、おいリュソス!彼等に必要な買い物に付き添ってやれ」
リュソスと言う男に付き添われて行ったのは、酒屋や雑貨屋、肉屋などだ。食事は出るんじゃないのか?と聞いたら、やる事も無い船旅で退屈するから買っておいた方が良い。と返された。確かにそうだ。
購入したのは、サラミやハムのような保存性の高い食品、チーズ、果実の砂糖漬けやシロップ等だ。他には、ミノア産のブランデー、あっさりしていて飲みやすいと言う事で購入した。雑貨としては、金タライを購入した。何に使うのかと聞いたら?直ぐに分かるさ。と答えられた。どーゆーことやら。
その後、安宿に泊まったが、値段の割には寝具が綺麗だったのを覚えている。翌日は街を観光した。船遊びをする時に漕ぎ手がボッタくろうとしていたが、俗語で軽く罵倒してやったら、適正価格に戻した。
翌朝、霧が立ち込める中、元首宮殿の横の河岸に行くとアルゴニオン以下、数十人の傭兵と、数人の冒険者と見られる人間が待機していた。それ以外にも、黒いトーガを着た貴族と見られる男性にその従者も居た。
「今回、ミノアまで行く船は、沖に停泊しているあの船だ」
リュソスが指さしたのは、40m位の大きさで3本マストの帆船だ。船首楼と船尾楼の形から、船種はキャラック船と推測される。
キャラック船、15世紀に開発された大型帆船で、コロンブスの大西洋横断のサンタ・マリア号が有名だ。排水量も200トン以上も有り、積載量も豊富で、遠距離航海にはうってつけの船種だ。最も、その積載量の多さが災いして、機動性はキャラベル以下で、座礁したり、艦隊行動に後れを来したりして、コロンブス先生も「(#^ω^)ビキビキ」だったそうな。サンタ・マリア号が座礁した時も、嬉々としてニーニャ号に乗り換えた。
「あの大きさだからな。余り湾内深くには近寄れないのさ。試しで一隻建造されたらしいが、次からは小型の船に造り変えるらしい」
「荷物だけは多く詰めるからな。小麦とか材木とか、腐らない物とか、時間が掛かっても問題無い物を輸送するのは向いている」
地中海でガレー船が長期の間その主役を務めたのは、安定した速度で航海出来るからだろう。たとえ、風が凪いでも、オールを漕げば前へ進めるが帆船ではそうはいかない。
また、地中海が比較的波が穏やかだからだ。北方のバイキングもガレー船だが、あの辺りもバルト海だから内海で波は穏やかだ。
これが、北海、大西洋だとそうは行かない。波風も強く、ガレー船ではまともな航海は難しい。ユリウス・カエサルの「ガリア戦記」の中でも、ガレー船主体のローマ海軍が丸型帆船のガリア軍と戦い苦戦している。戦いその物は、ローマ軍が勝利をおさめたが、その理由は、ガリア軍は、運悪く風が凪いで立ち往生した所を、帆やマストを鉤で引き倒されて、接舷されて白兵戦で確固撃破と云う物だった。
そして、ガレーは機動力こそ高い物の、漕ぎ手を多く必要とする上に、喫水線も浅く積載量は低い。つまり、多くの港に寄港する必要があり、遠距離航海に向かない。
ラグーナ共和国が補給基地の確保に命を燃やす理由である。また、人件費も多数掛かる為、単価の低い交易品を輸送する訳にもいかない。よって、主力交易品は単価の高い武具、美術品、ガラス細工、絹織物、香辛料等の豪奢品の交易に特化して行った。
ただし、干潟の上の都市と言うあり方を観ての通り、食料の自給率は極めて悪い。食糧の小麦の多くは、ブレンダーノ公国の南にある「水晶同盟」と言う都市国家連合や、最大の交易相手で、史実のエジプトの位置にある。イアフメス朝等からの輸入している。それらは大量に輸送する必要があり、帆船で運ばれているそうだ。少なくともゴンドラとか漁船みたいなのでは交易はしない。
これは現代でも変わらないだろう大型帆船をタンカー、ガレー船を空輸と考えてくれれば、簡単に想像が出来るだろう。
材料や、原油の輸送はタンカーやコンテナ船で、高価な品は空輸で、頭がハッピーになれる“白い粉”は、モーターボートでアルバニ……おっと、つい熱くなりすぎたようだ。
「この小船で船まで行くんだ。5人ずつ搭乗して行け」
小船で、キャラック船まで向かう。揺れる船に、立っていられずに思わずしゃがみ込む。我々の姿に、同乗していた女性が笑いながら話しかける。
「ははっ、情けない姿だねぇ。あんたら船に乗るのは初めてかい?」
「すごいですね。よく揺れる船の上で立っていられますね」
「あたしは、既に慣れっこだからね。で、嬢ちゃんがあたしと同室の子だね?」
「多分……あっ、私フレイヤって言います」
「そんな、畏まらなくて、いーって。あたしはヘレネって言うんだ。よろしく」
ヘレネと名乗った女性はブロンドのシニヨンに、意志の強そうな青い瞳、少し日に焼けたのか鼻筋や腕が赤く、肩に麻袋を下げていた。服装はアテナのレリーフのような純白の短衣と長いスカート姿で、腕をあけすけに出すなど、帝国やエトルリアではあり得ない服装であるが、グラエキア地方では一般的であるのか平然としていた。
「ヘレネさんも冒険者なの?」
「まねー、17の時からだから……もう4年目かな」
「なぁなぁ、杖を持ってるって事は魔法使えるのか?」
「あーこれね、この部分を押さえるとね」
シャキン、と言う音と共に杖の先から刃が出て来た。
「巡礼者の杖ですか…」
「お、坊や良く知ってるじゃない?」
巡礼者の杖、とは聖地巡礼等に出かける旅人が、護身用に持って行く仕込み杖の一種だ。その起源は古代の演劇で使われる、物に当たると刃が引っ込む短剣だ。現代でも子供のおもちゃで、縁日等で売られてるアレだ。
「他にも投げ矢とか得意だね。よほどの事がない限りは外さないよ。お金が足りなくなった時はよく的当てとか賭けで稼いだりしたもんさ」
「へぇ、それは心強いですね……おっと、そろそろ到着しましたよ」
梯子を伝って、甲板に上がる。海の風に外套がはためく。
「ようこそ、アンジェラ号へ、俺は船長のクエリーニだ。航海の間宜しくな」
クリエーリ船長は40代位のいかにもな海の男だった。後の彼の話曰く、彼の兄は元老院議員で、無給の兄の食い扶持は俺が稼いでんだ、と豪快に笑っていた。ラグーナ貴族は、必要経費以外は無償奉仕という国家なのだ。
「帆の交換作業の間や、天侯が荒れた時以外は、自由に甲板を見ていいぜ。特に今後一週間は嫌でも甲板に居るさ」
クリエーリ船長はよく分からない笑みを浮かべて、歓迎してくれた。
日記 著vito
11月6日 遂に、錨を上げてラグーナを出港した。と言っても、夜には対岸の都市へ着いた。水、食料などはこの地で積み込むらしい。船の食事は想像より酷くは無かった。メインは固焼きのビスケットだが、砂糖が入って無いので味はクラッカーに近い物があった。
11月7日 昼までに資材の積み込みが終わり、順風にも恵まれて、出港する。良い出だした。このまま順調に進めばイゼルティア地方(クロアチアのアドリア海沿岸)の軍港ジャデーラには3日後には着くだろうと言っていた。
11月8日……船酔いが酷い。金タライが要るとはこういう事だったのか…我ら旅慣れない冒険者が完全にダウン。正直日記を書くのもつらい。フレイヤに面会しようと部屋に行ったが、女の情けだ見るな、とヘレネに追放された。甲板に出たら皆に笑われた。人の不幸を笑うとは酷い奴らめ、地獄へ落ちろ。
11月9日 不幸は重なる物だ。風が逆風になってしまった。こうなると船はジグザグに進むしかなくなる。この船のマストは3本で、中央の帆が四角の帆だが、逆風になると畳んで前後の三角帆の2本で航海する。速度も落ちるわ揺れも酷くなるわ、たまったもんじゃない。ふざけるな!
11月10日 あろうことか、風が凪いで船が動かなくなってしまった。なんてこったい。だが、そのお陰で、吐瀉物の揺りかごは停止して少しずつ気分が回復してきた。船の揺れにもだんだん適応して、壁に手を突かずに歩けるようになった。
11月11日 微弱だが順風が吹いた。船が動き出した時は皆でお祭り騒ぎだった。船の揺れにも適応して食事がのどを通る。だが、トーマスはまだ適応しきれていない。顔を青くしている。元々青かったが…。食堂帰る時も、揺れで転倒して頭を打ってた。無理すんなよ、おっさん。
11月12日 気分が回復したので甲板へ出て船員たちの作業を観ていた。あんな高いマストに命綱も無しに良く登っていくよ。実際、事故も結構起きているらしい。だから船員の募集は年中掛かっているとの事。日が暮れた夜、ジャデーラに到着したが、危険なので接舷は朝に行うとの事。投錨して夜は停泊した。
11月13日 朝にジャデーラ着。食糧の積み込みもあるが、気分を害した人達の回復の為に2日間停泊するとの事。今まで船の中に居たせいか、地面に居ると妙な違和感を感じる。適応力って恐ろしいな。
11月14日 町を観光した。売り込みなどがしつこかった。彼等は近隣の村人で、商品を売ってお金を稼いでいると言う。私やギュンター全く興味無かったが、トーマスが何か珍しい薬草を見つけたようで、乾燥した葉っぱを数袋購入していた。末端価格幾らだろう?危ない物じゃないよな?
11月15日 本来なら今日が出港だが、風向きが良くないらしく取りやめだそうだ。ヘレネがフレイヤに葉の冠を作っていた。あの二人随分仲良くなったな。
11月16日 ようやく出港だ。追い風に恵まれて、船が南下する。そうだ、皆にグラエキア語を覚えて貰うか。片言位でいいから話せるようになれば、ずっと楽になるだろう。3人を呼んで、甲板でグラエキア語の青空教室だ。すると、フレイヤは既にヘレネから少しだが教えて貰ってるそうだ。なら、フレイヤの方はヘレネにお願いするとして、私はギュンター達を教える。ギュンターは引き攣った顔で逃げやがった……あっははは!何処へ行こうというのだね!?
11月17日 ヴィトのぱーふぇくと語学教室が始まるよー。と言う事、でギュンター達にグラエキア語を仕込む、教材はディゴメデス法律書だ。古代の法律書で、民衆に法律を解り易く説明するために、簡易な表現や、実際の裁判記録等がまとめられている。本自体は所持して無いが、頭の中に大体のあらすじは入っているから問題無い。こうして勉強しているうちに傭兵団の連中が参加してきた。彼等もあれこれ口に出しているが、あんたらの俗語は訛りが強すぎて、ギュンター達には理解できないぞ。片言の中国人が、日本人に英語を教えるようなものだ。傭兵団の連中にも正しい俗語を叩きこんでやる。
11月18日 今日も語学教室を続けていると、ラグーナ貴族の人が話しかけて来た。名前をサグレードと言うらしい。なんか、ディゴメデス法律書を探しているらしくて、持っていたら譲って欲しいとの事。残念ながら、幼少住んでいた教会に有ったが、焼失したと説明したら残念そうにしていた。可哀そうだったので、不完全な写本でいいなら作りましょうか?と説明したら喜んでくれた。そして、教会語(ラテン語)とグラエキア語のどちらで書きましょうか?と聞いたら驚愕していた。と、いうのもこの本は、初版はグラエキア語で書かれているが、この世界の本は教会語で書かれるのが一般的、多くの写本は教会語で書かれている。私が所持していたのはグラエキア語版だ。正直そちらの方が楽なのだと説明すると、貴重な文化財が…と嘆いていた。
11月19日 ラグシウームに入港する。この街で補給をすると早々に出港した。理由は近年、海賊の被害が多く発生して、機動性の低いキャラック船の単独航海はいい獲物らしいからだ。駐留艦隊のガレー船3隻が暫くの間並走する。船長曰く、この地域の海賊は小型船が多く、大型のガレー船がやって来ると、では直ぐに逃げてしまうとの事。また、岩礁や浅瀬などに逃げ込んで、海軍も討伐には手を焼いているらしい。逆に沖合まではやって来ないので、ガレーが暫くの間、護衛するとの事だ。数時間護衛したら街へと戻っていった。
11月20日 天候悪化、日記は中止、吐きそう。
11月22日 酷い有様だ。船内はぐちゃぐちゃ、あちこちに色々な物が転がっている。何があったかを説明すると、20日の夕方までは順調に航海をしていたが、夜に入ると雨が降り始めた。そして夜半に入りる頃には、大嵐に変わった。カンテラの使用も止められて、帆と錨を全て下ろして、暗い部屋に居ると、フレイヤとヘレネもこの部屋に来た。女性二人はさすがに不安だったらしい。5人で一固まりなって、揺れる船で遠い朝を今かと待っていた。
だが、私の頭の中に有ったのは、キャラックの構造的な欠陥だ。この船は積載量が多い為、船自体が重い。その上、高い船尾楼と船首楼が災いして、重心が高いのだ。つまり、転覆する危険が大きい作りなのだ。
さすがに普段の余裕は全く無い。ジェストコースターなら、安全と分かるが、この船はいつ倒れてもおかしくない無いのだ。軋む音と共に船体が揺れる度、恐怖に煽られる。外が明るくなり、視界がはっきりとして来た。フレイヤはギュンターに、ヘレネはトーマスに抱きついている。私は…壁に叩きつけられていた。だが、明るくなってもその日は、一日中嵐だった。
そして、今日ようやく天気は回復した。船長に話を聞いたら、作業中に3人の船員が亡くなったらしい。どれも転落して海に落ちたという。人間は自然には勝てないという事を良く知った日だった。
11月24日 コルキュラ島に到着する。この島はラグーナ共和国のアドリア海とイオニア海の中間地点にある重要拠点で、常に30隻近い軍用船が停泊している。北部の軍港シタデーラに入って、地方艦隊の司令にレヴァント(東地中海)の情報を聞く。問題無いらしいので、気を付けて航海せよとお達しがあり、翌日出港した。
11月26日 いつも通り、甲板でギュンター達にグラエキア語を教えている。すると、船室からフレイヤがやって来た。その日のフレイヤの格好は、いつもの綿入れにレザーアーマーという服装では無く、ヘレネに借りたのか、白い古代グラエキア風のチュニックだった。普段、そんな薄手で露出の多いの服など着た事が無いのか、顔を赤らめて、もじもじしている。ヘレネに背中を押されて、甲板に上がると、船員や傭兵から口笛や歓声が上がった。フロイライン、貴方は私を萌え死なせたいのかね?
11月28日 順風に恵まれ、メッシニカ到着。この地もラグーナ領で、レヴァント方面に向かう船は一度この地に寄らなければならないらしい。この地が最後の寄港地となり、ミノア島へ向かう。2日間の停泊後に出港する。
「おう、見えたぞ!カンディアだ」
「おお、やっと着いたか、我が故郷!」
そして、12月4日カンディアに到着。一か月近い船旅だった。