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第18話 決闘


 帝都に到着した私達は、城門横の詰め所で事情聴取されることになった。最も、概要は見ての通りだったので、説明する事もあまり無かっただが……


「商人達の遺体と遺品を回収してまいりました。何分、盗賊に荒らされていましたので、全てとは参りませんが……」

「うむ、御苦労であった。下がってよし」


「遺品と遺体はどうするね?」

「彼らの所属していた商業組合に届けて頂けますか?故郷に家族がいる者には遺灰と遺品を送ります」

「……身寄りのない商人は、組合の方で葬儀を上げます。遺品もそちらで処分するでしょう」



「死んじまったら、保険金も受け取れねぇだろ……馬鹿野郎」


 ノイマンさんはそう呟くと、馬車を連れて商業組合に向かって行った。



「さあ、私の所属組合の商館へ行きましょう。そこで商品を売却して今夜は逗留します」


 ルーカスさんに案内されて、到着したのは彼が所属する組合の商館だった。既に、我々が襲撃された事を知っていたらしく色々噂されたが、疲労の余りに聞き耳を立てる余力が無い。食事も殆ど喉を通らず、割り当てられた部屋に着くと、直ぐにベッドに倒れ込んだ。




 目を閉じて、脳裏に浮かんだのは自分がこの手で命を奪った盗賊達の姿だ。右目を貫かれて絶命する瞬間あげた断末魔が、私の耳の奥に今も癒着している。馬に胸を砕かれて、血の噴水を演出した男、首を刎ねられた傭兵、串刺しにされた商人、腐乱した遺体、絶命した母上。そして、今際の時に見えた、車に撥ねられて血にまみれた自分の右腕……



赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤  




……………だめだ、とてもじゃないが眠れる気分では無い。


 鞄から修道院で頂いたリキュールを取り出し、蓋を開封する。薬草の香りが辺りに広がるが、今の私に必要なのは味じゃない。そのまま直飲みして、蓋をして鞄に戻した。仰向けに倒れて、天井の木目を見つめていると、全身の鼓動が速くなり、思考がぼやけて来た。いい気持ちだ……これでようやく…眠れる……





 目が覚めると部屋には誰も居なかった。窓を開けて外を見る。出ている露店の客層や太陽の位置を観る限り、朝の9時位か……随分寝坊したな。昨日はいい感じに酒で意識が飛んでくれて良かった。


 ベッドに座り、しばし物思いに耽っていると、扉が開く音がした。なんだ、ギュンターか。



「ヴィト、起きたか。飯食いに行くぞ」

「……今はいいかな。昼に食べるから安心して」



「あーもー、めんどくせぇ!ほら、行くぞ!」

「ちょっ、待て、引っ張るなよ!」


 人間一日や二日喰わなくったって生きていけるさ。少し放っておいて欲しいな。


「お前、昨日も殆ど手を付けてないじゃんか、どうせ昼も同じだろ!」




 ギュンターに引き摺られて到着したのは、街の市場だった。その後は川原に向かい、川を眺めていた。


「ほら、石榴だ。せめて果物位なら喰えるだろ」

「……ありがとう」


 ギュンターに手渡された果実を手で割る、種が少し飛び散った。少し口に運ぶと、ベリー様な酸味が口に広がった。これなら食べれるな。


 そういえば石榴って、人の肉と同じ……


 そこまで考えると、昨日の寝る直前の光景が脳裏に浮かんだ。思わず、石榴を叩きつける。


「ヴィト!大丈夫か!?」

「…うん」



「……やっぱ、昨日のアレか?」

「ああ、人をこの手で殺めたのは、初めてだったから……」

「やっぱりか、二人とも心配してたぜ」

「……悪い」


 ギュンターは堤防に寝転がると、青空を見上げる。


「俺もモンスターとか倒すのに躊躇はないけど、人を斬るのはどうもな…」

「でも、しょうがないだろ。ああいう時は、殺らなきゃ俺達が死んでたよ」

「それに、フレイヤなんか捕まったら、死んだ方がマシって目に遭わされるぜ」

「……俺は、皆が死ぬのを見るぐらいなら、誰だって斬れるさ」

「……そうか、そうだね」



「うん、じゃあそろそろ宿に戻ろうか。多少気分も良くなったしね!」


 こういう世界、こういう生き方では、人間を殺める事など前世と比べ物にならないほど多い。

 命の値段ははるかに軽いのだ、どこかで妥協をするしかない。過ぎた事に心を惑わされてはならない。



 元気を取り戻した私の姿に、トーマスさん達は安堵したようだ。彼等と今後の旅路について相談する。



「今後だけど、どの方面に向かう?北の方はこれから寒くなるし、早くしないと街道が雪で塞がれる」

「東のマゼールランド(ハンガリー)はどうかな?後は南のエトルリア半島とかはダメ?ヴィト君いるし」

「マゼールは治安が宜しくないらしいらしいですね。近年、独立運動が盛んだとか…」

「半島でも良いけど、どうせならグラエキア(ギリシャ)はどうかな?あそこなら温暖だし、冬でもすごしやすいかも。俺、グラエキア語理解できるから」


「青い海!暖かい気候!古代遺跡!いいわね、賛成よ!そこにしましょう」

「あそこなら、治安も安定しているらしいし良いですね。

ラグーナ商人も多く訪れるから、覚えた俗語も役に立つでしょう」

「おう、俺も賛成だ!決定だ!」

「なら、早くした方が良いね、11月の末にはラグーナの商船も交易をしなくなるから」


 この時代の商船は冬の間は余り交易を行わない。幾ら穏やかな地中海でも波は荒れて、危険だった。

 その上、ラグーナ共和国の交易用の商船は、喫水線の浅い2~3本マストの大型ガレー船だ。ひとたび波が荒れれば、漕ぎ手も乗客も水浸しになってしまう。とても冬の期間の交易には向いていない。



 進路が決定し、ルーカスさんから報酬を受け取り、別れを告げる。本人は北に毛皮の買い付けに向かうので着いて来て欲しいと頼まれたが、目的地が違うので丁重にお断りする。


 南に向けた依頼を探しに冒険者ギルドへ向かう為に商館を後にして、広場を通りかかった時だった。



「見つけたぞ、ギュンター・シュヴァルツシルト」



「カールマティアス・フォン・キュヒラー!」

「そうだ、貴様に貴族の面目を見事に潰された男だ」


 キュヒラーの風体は、身長は180cmで金髪碧眼、掘りの深い顔、筋骨隆々な惚れ惚れするような典型的アーリア人種だ。髭の伍長(マイン・ヒューラー)が見たら、腕に入れ墨を彫って連れて行かれそうだ。


「久しぶりだなフレイヤ、君も壮健で何よりだ…」

「やだ……なんで、あんたがこんな所に居るのよ…」


「それは、だな」


 キュヒラーは手袋を脱ぐと、ギュンターに叩きつけた。



「……我が名誉を回復するためだ!」



 キュヒラーの刺すような目線に皆が釘付けになった。


「明日、火曜日の一時課(午前6時)に教会裏の墓地で待つ。

 来るか来ないか貴様の自由だが、来なければ敗北として貴様の名誉は失墜する。好きな方を選べ」


「ギュンター、こんな挑発乗る必要無いわ、行きましょう」

「フレイヤ、これは私と奴の名誉の問題なのだよ。貴女に口を出す権利はない」


 ギュンターは足元に落ちた手袋を拾い上げる。


「……確かに、あんたの名誉を汚したのは俺だ。でも、あの時の行動は正しかったと思う」

「それを決めるのは、明日の朝だ……逃げるなよ」


 そして、広場を立ち去るキュヒラー。後に残されたフレイヤがギュンターに突っかかる。



「ちょ、ちょっとなんで決闘なんか受けるのよ!あんな奴、放っとけばいいじゃない!?」

「フレイヤ、騎士を目指してた人間なら良く判るのさ。名誉の重みがな」

「そうですね。男には退けない戦いがある、って奴ですね」

「へえ、トーマスさんって意外と情熱家なんですね」

「……意外と、は酷いですよヴィト君」



 翌朝、朝霧の中を墓地へ向かうと、霧の中にシルエットが浮かび上がった。

 キュヒラーは紋章入りのサーコートの下に鎖帷子を着込んでいた。装備しているのは、バスタードソードと言う1,2mの片手でも両手でも使用できる剣にカイトシールドを装備していた。


 対するギュンターはいつも通りのハーフアーマーと、脚甲、右腕だけに腕当てを装備し、ケトルハットを装備していた。


「……ほう、今度は逃げずに来たか」

「俺はそんな真似はしない」

「ふん……では、始めるとしようか」


「審判は私がする。互いに剣による一騎打ち、勝敗は、続行不能になるか、死、までだ」


「銃は遣わないのか?」

「ああ、こんな街中で発砲したら警備兵が来るからな」

「……いいだろう。だが、審判贔屓はするなよ」



 鐘の音が鳴り響き、決闘の開始の時間を知らせた。



「うおおおおお!」


 ギュンターが気勢と共に長剣を振り下ろす、キュヒラーは盾で弾き返して切り返す。盾を構えて後ろに飛び避けたが、相手の剣の射程は長く盾の表面が削り取られる。


「ギュンター!」

「フレイヤさん!出てはいけません」


 キュヒラーはその剣の長さを生かして、距離を取り攻撃を加えて行く、さすがに熟練の騎士の連撃にギュンターも押されるが、果敢に反撃を加える。


 ギュンターは相手の剣に盾を抑えつけて、自由を奪い、懐に入り剣を振りかざす。しかし、予想されていたのか、蹴りを喰らい跳ね飛ばされるギュンター。その隙を逃さず、長剣を振り下ろされる。


その追撃を寸前で回避する。隙を見たギュンターは剣の射程内に入り込み、なんとか戦闘に持ち込んだ。


「ふん、やるな!」


 一度、自分のペースへ持ちこんでしまえば、そこは実戦に次ぐ実戦を重ね続けた男だ。旅の間で得たスタミナも有り、果敢に攻撃を掛ける。逆にキュヒラーは重い剣が災いして、体力的にも、スピード的にも徐々に追い詰められていく。


「くっ、おのれ!」

「喰らえッ!」


 ギュンターが剣を突きたてようと、突貫した。その様子も見たキュヒラーがにやりと笑った。


 ミシリッと音がして長剣がキュヒラーの盾に突き刺さる。しかし、キュヒラー自身には刃は届いてない。キュヒラーがギュンターを蹴飛ばし、盾を投げ捨てると、剣を奪われたギュンターに残された反撃の手段はもうない。


 剣を両手で構えて、攻勢を掛けるキュヒラーと何とか盾で身を守るギュンター。

 勝負ありだ、ここで幕引きにしないと……


「よし、もう続行不能だ。しょ…」

「ヴィト!まだケリは着いてねェ!」


 何バカな事言ってるんだ!?死ぬ気か!


 遂に盾が叩き割られて、一切の武装を失ったギュンター。バスタードソードが振り下ろされる刹那。


「もう、辞めて!」


 ギュンターを抱きかかえて、キュヒラーを見据みすえるフレイヤ。キュヒラーの顔がたちまち苦痛にゆがむ。


「勝負あり!審判命令だ、もう辞めろ!」



 こうして決闘は終了した。



「……ギュンター、大丈夫?」

「今、治療魔法を掛けますね」


 ギュンターに駆け寄る二人。そんな彼らに近づこうとするキュヒラーの前に、私は立ち塞がった。


「あなたが勝者だ。だが、フレイヤを無理矢理連れて行こうとするのなら、私が相手だ」

「……君は何を言っているのだ?彼女が望みもしない事はしないよ」


「この決闘は単に私の名誉の問題だよ。あの一件について今更、掘り返さんよ。

最も奴が命を落とす羽目になったら、一度連れ帰らねばならんがな」


 キュヒラーは呆れた表情で、私に手紙を託した。


「これでは、私が悪者みたいでは無いか。

この手紙は彼女の父親からだ、落ちついたら手渡しておいて欲しい………ではな」


 そう言うと、キュヒラーは墓地から立ち去った。

 ふと周りを見渡せば、霧は晴れて通りには徐々に人通りが増え始めた。





 翌日、我々は帝都を離れて、街道を南西へと進んでいた。

 目的地はラグーナ共和国だ。そこから船でグラエキアまで向かうのだ。



「ああ、そうだフレイヤさん。手紙を預かっていました」

「へっ?私、誰から?」

「父君だそうです。どうぞ」


 フレイヤに手紙を渡すと、封を開けて読む。


「心配掛けるな馬鹿娘、一度戻って来い。

シュヴァルツシルト家には私が説明した、だって!やったぁ!」

「それは良かったですね。来年暖かくなったら、行ってみましょうか」

「でも俺、兄貴達に折檻おしおきされるのは間違いねぇよな……」

「良いんじゃねーの?つーか、それ位制裁てんばつ無いと世の男共(非モテ)が許さん。むしろ死ね」


「ヴィトの裏切り者ォォォ!」




 去年の今頃はこんな風に気の合う友人達と旅するとは思わなかったな。


 父上、母上、兄上、私は今、楽しく過ごせています。どうか、天より見守って下さい。





第2部 完






感想欄でも述べましたが、現在裏で別作品を作成中です。


そのため、今後この作品の投稿間隔が少し空くと思います。


別作品のタイトルは「海の都の少女(仮題)」で、


16世紀ヴェネツィアの少女チェチーリアが主人公です。


ネタ成分は殆ど無い恋愛モノで10話前後で完結します。


早ければ土曜日に投下しますが、何分時間が無い為遅れる可能性が高いです。


つまり、今の書き貯めを落としたら、次の更新が2週間ぐらいは空きそうだ…

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