プロローグ
―――私は歴史家になりたかった。
私は、小さい頃から歴史の授業だけは好きだった。衰退する王朝、勃興する国家、苛烈な戦争、血生臭い陰謀、英雄たちが紡ぎ繰り広げる叙事詩。その話を聞くと私の中の血が熱く駆け巡った。図書館へ行っては専門図書を読み漁り、大学も史学科を専攻した。
しかし、両親の事故死から博士課程までは進めず、一般企業へ就職した。
いつものように仕事を終え、家に帰り、インスタント麺を食べて寝るだけの生活。
……社会人も4年を過ぎると季節が過ぎるのを速く感じる。
休日だってせいぜい図書館に行って史学書等を読みふける日々だ。
ふと、稀に考察する。
―――私は、何のために生きているのか、と
歴史家になると言う夢も潰え、家族も無く、老後のために貯蓄するだけの日々。
しかし、仕事を捨てて歴史家になる程の情熱は無く、今日も仕事を終えるといつもの帰宅路に着いていた。そして、スーパーで半額の弁当を購入するために、交差点を渡るのであった。
突如、横からスキール音と強い衝撃を感じ―――私の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。熱い液体が体から噴き出るのを感じる、驚きと、衝撃と激痛で思考が止まる。呼吸が出来ない。
……視界が徐々に暗くなっていく。
―――ああ、あっけない人生だったな
薄れ行く意識の中、私のこれまでの人生を振り返り思った。
―――私が居なくなっても、別に歴史には何の影響も無いな。せいぜい警察署の交通
事故死者数が1つ増えるだけだ。私の人生って何の意味があったのだろうか。
……暗い闇の中で私は思考した。私の人生は如何なる意義があったのかと。
しかし、答えを出してくれる者は無く、私もその考えを声に出す事は出来なかった。
そして私の意識は停止した。
光を……感じる……助かったのか。
周りで何か話している……自分の知らない言葉だ。語感的にイタリア語かフランス語か?ドイツ語っぽい語彙も聞こえる。海外の病院でも運ばれたか、どれだけ重傷だったのだ?
麻酔が効いているのか体が全く動かせない。眼も空けられない……第一視力あるのか?失明していると生活に支障をきたすので困るな。仕事もできなくなる。
でも、光は感じるな。明るい所で眼を閉じているって感覚だ、失明は無いだろう、
本を読めなくなるのは困る、点字を習うのもめんどくさいし、私が好んで読む
海外の専門書物とか点字版なんて無いだろう。
眼を開いて見る……うわ、相当視力が落ちてる。でも、見えないわけではないが
……色だけ感じる。動いているのが人か?しかし、看護服にしてはおかしいな?
昔のコメディ映画で見たゴスペル修道女みたいな服装だ。でも、手足を動かす事は出来ない。
もしかして、四肢切断か?仕事は首だな……いや、悪くないな、賠償金とか取れるし、障害者年金とか出るだろう、趣味に没頭できるなら腕や足なんてくれてやる、義手もあるだろう……本が読めればいいのだ、私は。
不埒な夢だが、この先の事を考えると喜悦していた。
………まあ、短い間だったがね。
翌朝、眼が覚めると、視力が少し戻っていた事が嬉しかったが、それ以上に部屋の
状況が可笑しかった。調度品とかがローマの聖堂とか、フィレンツェの市庁舎みたい
な感じだった……
そして、自分の周りを取り囲む人たちの服装が、舞台演劇の役者みたいな恰好してた。
………どういうことなの?