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第17話 帝都への道

 首都ヘルホルトを出立し、街道を東へ進み一日後の事だった。


「ギュンター、アレ見えるか?」

「ん、あの人だかりか?俺には良く見えネェ……」

「…私には見えるわ、荷馬車が襲撃しゅうげきされている、ゴブリンね」

「どうします?隠れてやり過ごしますか?」


「襲撃しているのは6匹か……」


 馬車を護衛している人間は全滅したようだ、辺りには数名の遺体が転がっている。


「隠れても、後でバレルかも知れねぇな……やろう」


 普段はアレだが、戦闘時のギュンターは本当に頼りになる。

 さすがパーティの隊長を務めているのは伊達では無い。戦闘時以外はトーマスがトップだが。


「こんな事もあろうかと準備していたものがある」

「なんか、いいもんあるのか?ヴィト」


 何処かの技術士官的な発言をして、かばんから導火線の

着いた陶器製のビンを取り出す。片目をつむって、親指を立てる。



「魔法のカクテルさ!」


 導火線に着火して投擲とうてきする。ソ連外相モロトフ歓迎用カクテル?そんなチャチなものではありんせん。


 投擲されたビンが山賊の頭上付近で爆発する。燃え盛るアルコールがゴブリン達に降りかかった。



「素晴らしい!!最高のショーだとは思わんかね!?」



 その正体は、キツイ蒸留酒に増粘剤の獣脂と酸化剤に硫黄を加えたビンと、

口を塞ぐように小型の爆弾を取り付けたものだ。つまり、元祖ナパーム弾である。


 のたうち回っているゴブリンを容赦なく始末していく。

 旅を始めてから、戦闘する機会が多いせいか、命を絶つことに対する忌避感が薄れてきている。


 言葉遣いも荒くなって来たし……だいぶ染まって来たようだ。


「グギャーギ、ギャー、ギャー!」

「Fire in the hole!!」


 林から出て来たゴブリンの伏兵にもう一発お見舞いする。

 重いからさっさと消費したかったのだよ……つーことで御苦労さん。


 いやあ、蒸留酒だから失敗するかと思ったが、案外上手く行くもんだ。

 原価はかなり掛かったけど、十分な効果が得られたよ。



「いやあ、助かりましたよ。まさか、教会管理区内でゴブリンの集団に襲撃されるとは」

「申し遅れました。私は、遍歴商人へんれきしょうにんのルーカス・ドレクスラーと申します」


 ルーカスは交易商人らしく、様々な地域の特徴が入り混じった服装をしていた。


 膝丈まである毛皮の防寒服を着用しているが、その下にも厚手のカサックをボタン留めしていた。膝までの短ズボンにも綿の詰め物が入れられ、靴下も、鹿の革で作られており、長い旅路を過ごすには最適の服装だろう。頭に被ったフェルト製のカッぺロ帽の下から覗く顔は、日に焼けて赤い。


 暗い部屋で銀貨を数える街商人とは、一線を画している。



「たまたま、いい装備があったからですよ。それが無ければ、難しかったですね」

「なるほどー、あれは凄まじい爆弾でしたね。私にも使えますか?」


「火を付けて投げるだけですけど、上手く空中で爆発させなければ、効果は薄いですよ?」

「それに材料費がかなり掛かるので、お勧め出来ないけど……」


 材料の火薬とかスピリッツが安く入手出来たから、実験で作ってみただけだ。

 こんなもん依頼で使ったら間違いなく赤字である。


「そうですか、しかし護衛が全滅してしまった。このままでは帝都へ帰れないぞ……」

「あなたは、帝都に向かわれるのですか?偶然ですね、実は私達もですよ」


 トーマスの言葉に、ルーカスは笑みを浮かべた。



「そういう事でしたら、貴方達を護衛として雇用したいのですが……勿論、報酬は弾みますぞ」




 馬車に荷物を載せて、徒歩で進む。いやあ、肩に重みが無いのはかなり楽だ。


「へえー、そうなのですか?銀の地金ですか」

「はい、ハライン大司教区で採れる銀は、量も多くて価格が安いのですよ。この地金を帝都で売却して銀貨に鋳造されるのです」


「それで、馬車が空っケツだったんだなー」

「銀は重いので、余り積み過ぎると馬車が壊れます。そうなったら破産ですよ……」


「他にも個人が購入できる量には大きく制限があって、

私もこの量を購入できるようになるまでは苦労致しました」


「と言う事は、この毛皮は偽装なのでしょうか?」

「左様です。尤も、それも立派な商品ですが……」



 この時代の交易商人は村と街の価格差から、暴利を貪れるように思えるが、

交易は危険が大きい上に、購入量も組合に管理されて満足に購入する事はなかなか難しかった。


 街の商人も自分達の仲間内を保護する事を優先させる。

 酷い時は、商工会が領主と結託けったくして、交易商人の資産を没収したり、追放したりする。


 つまり、ハイリスク、ハイリターンなのだ。その為に、商人達は自分を護る為にハンザ同盟を結成したり、イタリアでは保険制度や、銀行が発展し、為替手形や公証人を介し、公正証書等の作成を行った。


 国が信用ならないから信用決済が発展したとは、何とも皮肉な話である。



 


 荷物を背負って無いお陰で、予想より速い速度で旅を進められた。

 普段の2割増し位の距離だ。体もそこまで疲労していないし、今日は安眠できそうだ。


 焚火を作ってスープを作る我々、ルーカスは黒パンとハードチーズをかじっている。



「宜しければ、食べますか?私達はスープ物だから、皆で食べられますよ」


 フレイヤがルーカスに勧めると、嬉しそうな顔でこちらに来る。行商人だから、食費を削って商売をしているのだろう、しかし、金の為に生きるなんて寂しくないかね?

 人生は楽しんでなんぼだと思うけどな……


 乾燥玉ねぎと干し肉と豆で作ったスープを旨そうに飲む5人。

他には調味料に岩塩しか加えてないのに、なんでこんなに旨いんだ?


 空腹は最大の調味料って言うのかな?

 本当にフレイヤさんの作る料理は、屋敷に居た時よりもおいしく感じる。


 火であぶって溶けたチーズを食べるルーカス、へえ、チーズってそんな食べ方もあるのか……


 一方の私は石臼みたいに固いパンをスープに浸して、歯で削るように食べる。

 マナーも何もあった物ではないが、こんなもんまともに喰おうとしたら歯が折れる。




 食事を終えると馬車の中で就寝した。何時もの癖で、何気なく“警鐘”を使ってしまい、ルーカスさんに驚愕されてしまった。今後は気を付けよう。


 地面で寝ると体が冷える。それに、下が固いと落ちついて寝られないのだ。贅沢な暮しになれると言うのも問題だ。私が、毛布を買い求めたのもそれが理由なのだ。頭の下が固いと落ちつかないのだ。


 安眠できないと、翌日まで疲労が残り、旅に影響する。たとえ熱を出しても、宿まで辿り着かなければ休む事は出来ない。魔法で直すにしても疲弊しては使えない。体調管理はすごく大事だ。





 その後、数日間の旅を経て、帝国のランツフェルト州に入った。史実のザルツブルク+ケルンテン州を合わせた場所になる。帝国は、貴族領以外にも直轄州を幾つか抱えているが、ランツフェルト州は、鉱物資源に恵まれており、この地で産出する岩塩や金、銀が凋落ちょうらくしつつある帝国を支えている、重要拠点だ。


 当然、大貴族達も、この地の資源を狙っており、何かと理由を付けてこの地の下賜を願っているらしい。というか、帝国が有るからお前らも安寧な生活が出来るのだが。


 その帝国が崩壊したら、大貴族が割拠するこの地は、格好の草刈り場となるのは目に見えているのだが、そこら辺を理解して……いないのだろうね……



 州都ヴァルヒェンブルクに到着する。ルーカスさん曰く、この地には帝都に向かう銀商人が多く集まり、彼等とキャラバンを組んで帝都へと向かうとの事。まあ、人が多い方が安全だもんね。今日は街の宿屋に泊り、明日の朝一に出立するグループと共に行動するとか。


 馬車を宿屋まで連れてくる。商人向けの宿は四方を塀で囲まれており、中庭には馬車を停めるスペースが有り、馬は隣接する馬小屋に停める。門は日暮れと同時に閉じられて、宿泊客と宿屋の人以外は立ち入る事は出来なくなる。


 ルーカスさんが、商人ギルドから戻ってきた。隊商は、明日の賛課に出立するらしい。

 また朝課に起きるのかよ……依頼だから起きるけどさ。




 翌日 まだ外は真っ暗なので、松明を頼りに広場に向かう。

 そこには、数台の馬車と商人、それから傭兵が十数人居た。


「おお、ドレクスラー久しいな」

「お久しぶりです、ノイマンさん」


 ルーカスが、中年の商人と会話している。ノイマンが私達に気が付く。


「それが、お前達の護衛か?1人を除けば全員子供じゃないか?」

「彼等は冒険者ですよ、ゴブリンに襲われて命を落としかけた時に助けてくれたのです。腕は確かなので安心して下さい」


「お、1人可愛い娘が居るぞ、俺達の所へ来いよ!」

「ギャハハ!やめろよ、ゲオルグまだガキじゃねえか!」


 傭兵達の下卑げひた笑いに、軽くイラッ☆としたので近づいて言い放った。


「pape satan pape satan aleppe!」


 私の早口が全く聞き取れなかったらしく、怪訝な顔をしていた。


「おっ…おう、何て言ったんだ?」

あんたの旅路に幸あれジゴクにおちろクソヤロウ、ってね」

「お、ありがとな!ボーズ!」




街を出て一時間後、キャラバンの遠くに数頭の騎馬が見えた。皆も気が付いたらしくルーカスが言った。


「あれは、盗賊だね。恐らくは南のマゼールランドの連中だ。あいつらの馬は小さいが、

すばしっこくて街の騎士団が来ると直ぐ逃げやがる。手に負えない連中だよ」


「こちらは30人近くも居る隊商だ。奴等も迂闊うかつには襲って来ない、大丈夫だろう」


 ルーカスの指摘通り、盗賊は数時間の間は付かず離れずの距離を追尾してきたが、やがて何処かへ消え去ってしまった。




 翌日は森林沿いの道を進め為に、馬車の両翼を警戒しながら進んだ。森の中はモンスターや盗賊が潜伏している事も有り、いつ襲撃されるとも解らない状態に神経を尖らせた。


「大変だ!」

「一体どうしたんですか?」

「先頭の馬車が、泥濘どろぬまにハマっちまった。動かすから手伝ってくれ!」


 傭兵に先導されて行ってみると、2頭立ての馬車の片輪が見事に沈み込んでいた。馬車の持ち主の商人と、その弟子がもがく馬をなだめようとしているが、興奮していて危険なので近寄れない。


「私に任せてください。ヴィト君、聖水を貸して下さい」


 トーマスが杖を持ちながら、呪文を唱えつつ聖水を馬に振りかけると、暴れていた馬が次第に落ち着いて、やがて平常心を取り戻した。


「治癒魔法の一種で、興奮している者を鎮静ちんせいさせる術なのですが……馬にも効果が有ったみたいですね」


 トーマスの活躍に商人や傭兵達が歓声を上げる。後は、泥から脱出するだけだ。



「おっしゃ!丸太持って来い、丸太ァ!」

「敷き藁と板も持って来い、この先の水たまりを先に潰しとくぞ!」


 その後、数十分掛けて馬車を脱出させると、皆から歓声が上がった。特にギュンターの見かけとは裏腹の馬鹿力と、怪我をした傭兵への私の治癒魔法が、賞賛しょうさんされてどうもむず痒かった。





 一週間かけて道を進み、帝都まで残り数時間の距離だった。この旅の間で商人や傭兵達と親密になれた所が嬉しかった。彼等と交流して話を聞くと、さすが各地を転々としているだけあって、ためになる情報や、役に立つ知識を得られた。傭兵の中には冒険者辞めて俺らと行こうぜ、と誘ってくれる人も居た。



「おい、盗賊だ!」


 後方を見つめると、出発した当日と殆ど同じような騎馬が遊弋ゆうよくしていた。

 しかし、今回は、その数も数十頭と大幅に増えていた。


「ありゃあ、本気でやる気だぜ……やべぇな」


 傭兵の一人が呟く。自体を察知したノイマンが皆に指示を出す。


「皆聞いてくれ!奴等は私達を襲ってくるだろう」

「出来るだけ早く逃げれるように、軽い馬車から先頭に行こう」


 私達の馬車は2頭立てだが、馬車自体の大きさはそこまで大きくなく、荷物も積み過ぎてない。移動力は高かったので、先頭の方に移された。


 だが、4頭立ての幌馬車や、荷物を大量に積んでいる馬車は、慌てて商品の一部を捨てて、何とか走れるように調整していた。




 手綱を加えて馬車を走らせる。5人乗ってもこのスピードとは馬って凄いな。


 後方を見ると、馬車の荷台から、矢が射掛けられている。しかし盗賊は巧みに馬首を返して矢を避ける。


 一台の馬車が遅れてる……欲を張り過ぎたか、慌てて荷物を捨てているが遅すぎる。


 荷馬に矢を撃たれて一台の馬車が転倒した。盗賊達が殺到して、傭兵が寸刻みで殺されてしまった……


「おい、前方を観ろ!」


 アルノルトさんの言葉で前を見ると、盗賊が箱や樽で道を塞ぎ、手ぐすねを引いて待ちかまえていた。


 ここで殲滅する気か!


「やむを得ん!道を外れるぞ!!」


 街道を外れ、原っぱを強引に突き進む、振動も凄まじくなり、まともに立っている事も出来なくなった。


 馬車の車輪が悲鳴を上げている。頼むから街まで持ってくれよ!ここで細切りにされるのは御免だ!



 再び、数頭の騎馬が我々を追い始めた。こうなっては仕方ない、我々も応戦する。


「ルーカスさん!私にそのクロスボウと滑車を貸して下さい!」

「使ったことあるのかね!?」

「照準の付け方は銃と変わりません!フレイヤのやり方見てたから、装填も出来ます!」


 ルーカスよりクロスボウを分捕り、ベルトに滑車を付けると急いで装填を始めるが、揺れる馬車ではなかなか上手くいかない。糞っ!弓でも持ってくれば良かった。トーマスも魔法を撃ち放って盗賊を仕留めている。


「ヴィト!私のクロスボウを使いなさい!滑車とソレ貸して!ギュンター!近づく馬鹿はなますにしなさい!」


 フレイヤのライトボウは滑車を使えば強く装填できるが、別に無くても装填できるボーガンみたいな奴だ。そうでないと10秒に一発とか無理だ。フレイヤは馬車に寝転がり壁に足を付けてボルトを装填している。


……なるほど、揺れる馬車ではそうやればいいのか。


 石弓を構えて狙いを定める。相手の移動する位置を予測して……今だ!


「うグォ…」


 盗賊の右目にボルトが吸いこまれた。崩れ落ちる……次だ。


「ヒヒヒィーン!」


 第2射は馬に命中する。盗賊は暴れる馬に振り落とされるが、あぶみに片足が引っ掛かり、そのまま引き摺られて、何処かへ消え去った。


……なるほど馬を狙えばやりやすいのか。



 第3射も馬に命中する。今回振り落とされた盗賊は、暴れる馬に踏みつぶされた。

 その瞬間、赤い花びらが盗賊の口から飛び散るのが見えた。


「ヴィト!やるじゃない。私といい勝負の腕前だわ!」


 そう発言しながらも、フレイヤの放つ矢は確実に山賊を仕留める。

 いつの間にか数を減らした盗賊は、散り散りになり逃げ出した。



 ふと前を見ると、帝国軍と思われる騎兵部隊が盗賊目指して喊声を上げて突撃していた。そして、帝都の城門はもう目の前に近づいていた。軽装騎兵が我々に並走して来て話しかける。


「我々は、帝国軍ゴルゴシュミット連隊の第4騎兵中隊です!」

「帝都へようこそ!市内に入ったら、詳しい事情をお聞かせ願います!」


 無事に到着できた……その安堵感から馬車上にへたり込む我々…こんな依頼受けなきゃ良かった。







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