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第15話 昇格試験



 討伐任務の終了後、ジークリンゲンの砦へ向かい、コボルトの洞窟の掃討を完了したと報告する。

 約一柱ほど逃がしたけど、依頼に神殺しまでは入っていない。


「討伐完了!?たった4人でか?」

「はい、洞窟を煙で巻いてしまえば外に出てきます。あとは注意して戦えば簡単ですよ?」


 砦の警備兵は驚いたようだった。入り組んだ狭い洞窟の制圧は、なかなか困難なはずだ。


「煙でか……上手く考えたものだな。明日確認の部隊を送るから、それまで逗留してくれや」

「あの、火薬を売ってもらえませんか?銃に使うのですけど……」

「お、拳銃使いとは珍しいな!高く掛かるだろうから少し安めにしとくよ」

「助かります、おじさん」

「まだ、おっさんじゃねぇ、28だ!」


 火薬を売ってもらって、部屋に向かう。割り当てられたのは2部屋、割り振りは当然。


「「ヴィト・トーマスとギュンター・フレイヤだね」」


 即決だった。



 翌朝、砦の広間で4人は朝食を摂っていた。コボルトの対処に困っていたのだろう。

 食事もなかなか豪華なものを振舞ってくれた。当時の基準では、だが。


 ライ麦パンと酢漬けのキャベツにニンジン、サラミに水で薄めた蒸留酒だ。さすがに軍の基地だけあって保存の利くものが中心だが…このサラミは何とかならないのか?ほとんど塩の塊だぞ?


「処でギュンター、昨日聞けなかったけど、その剣ってどうやって手に入れたの?」

 ギュンターはサラミを齧りながら答える。


「前に質屋で見つけた綺麗なショテルを持ってた事があって、それをある洞窟にクエストで行った時に、焔の女神に見せたら“この鍵束と地図と交換してくれ”と頼まれたんだ」


「んで、その地図の場所に行ったら9個のカギのかかった箱があって、開けたらその中に入っていたのがこの剣だ。ヴィトはこの剣の事知っているのか?」


 コイツ等知らずに使ってたのかよ……


「その剣、間違いなく“レーヴァティンの剣”だね……城ぐらい楽に買えるよ」


「「「ええええええッ!」」」


 城の広間に3人の絶叫が響いた。



「トーマスさん知らなかったんですか?ケルティック神話もノルド神話も似たようなものでしょ?」

「いや、私の専攻は“樹”の魔法ですよ?炎系統には疎くて…第一そこまでの魔力感じないのすが…」


「伝説の武器って、強固な封印が掛かってるんだよ。

そうじゃないと10ペース(3m)以内に近寄る事も出来ずに焼け死ぬよ?」


 神の武器が人間界に出回らない理由の一つだ。

 むき出しの溶鉱炉を持って歩ける人間など存在しないし、そうでなくても危険だ。


 “いかずちの○ま”を持った人間とも出遭いたくない。

 槍なんか持ってたら忽ち避雷針だし、雨が降りだしたら周囲の人間は命の危機である。


「うおおお、すげえ、俺すげえ!」


 興奮するギュンター。だが、私なら鍵束渡された時点で疑うけどな……


「と言う事は、かなり軽いのかい?それならあのスピードも納得だけど」

「いや、普通に重い」

「まあ、そうか。重さも立派な長所だしね、軽かったら骨を断ち切る様な使い方出来ないからね」



 コボルト窟の討伐の確認が出来たので、証明書類が発行された。聞いた話によると、あそこは銅を試掘中にコボルトに奪われたとの事、有望な鉱脈である事は解っていたのでギルドに依頼したそうな。


 深く掘られた鉱山だったら突入しなければならなかった。試掘の段階で本当によかったよ…


 砦の人達に別れを告げて、旅路を行く、目的地のツェーリングまではもうすぐだ。





 商業都市ツェーリング、この地はトゥーリクム湖の河畔にありラインフェルデン家が治める連邦内でも最大の都市だ。交通網の要所でもあり、各国の銀行が支店を構え、連邦銀行の本店もこの地にある。金の集まる所には当然人も集まり、道を歩けば、商人やら出稼ぎ人やら詐欺師やらが声を掛けてくる活気のある街だ。



 ギルドに報告を済ませると、1人当たり銀貨7ターラーと8ペーニッヒ渡された。

 残りは旅の旅費として貯金される。家計簿を書くのはフレイヤさん、さすが商人の娘。


 私も家計簿でも付けようか、幾ら貯蓄額が多くてもどんぶり勘定はマズ過ぎる。


 前世の簿記の知識は少しは役立つかな?商業高校出ておいて良かった。

 まあ、こんな時に生かされるなんて夢にも思わなかったが……


 案の定、損益計算書を書き始めた私にフレイヤさんが喰い付いてきた。

 ついでだから複式簿記の概念を教えたら後で詳しく聞かせろ、と懇願された。退屈するよりマシだが。



「おい、なに書き物なんかしてるんだって。

そんなもんよりギルドの昇格試験やってるぞ、ヴィトも受けようぜ?」


 いいよな、お前は、財政面をフォローしてくれる女が居て……マジでモゲロよ。


「実技と筆記どっち受ける?お前は、やっぱ頭いいから筆記か?」

「うーん、実技の方にしようかな?自分の実力を試したいと云うのも有るし…」


「ギュンター達はランク幾つなの?」

「俺ら3人は前に受けた時一緒だったからな。皆6だよ」

「そかー、じゃあ次は5だね?4からは特典が付くと聞いたけど」


「そうねー、依頼時の手数料無料とか、実入りのいい仕事を斡旋して貰えたりね」

「その分、失敗した時や、依頼破棄の記録が付いたりしますから、一概に良い事ばかりでは無いですが」

「ランク4からは見習い終了って事かしら」



 昇格試験の実技は、ギルド支部とは別の会場で行われるらしい。

 私とギュンターは、手数料を支払うと中庭に案内された。


 中庭はロープで仕切られていた。外側には多くの群衆が押し掛けていて、声援を送っていた。


 一種の娯楽と云う事だろう。酒や賭けをする人間も居るようだ。


「おー、すげえ、皆見てるよ。ヴィトは緊張しねえのか?」

「……少しね。でも二人が同じチームで良かったよ」


 試験方法はチームに分かれた集団戦。勝てた方が全員昇格というかなり荒っぽいやり方だ。

 一々評価している余裕も無いのかもしれない。手間は掛からない方法だ。


 勿論、命に関わらない様に木剣、木盾を使い、魔法も命に関わる術式の使用は禁止されているものの、毎年事故は結構発生しており、死者が出る事もあるらしい。



「それでは、ギルド昇格試験を開始します。始め!」


 観客達の声援と冒険者達の蛮声が混じり合い、あちこちで激突が始まっている。

 ギュンターも私も、目の前に現れた相手を倒すのに専念している。


 私の相手は、武器を滅茶苦茶に振り回している。正規の訓練は一切受けてないのだろう。

 そんなやり方だと直ぐに息が切れる上に、振りが大きく隙だらけだ。

 振りぬいたタイミングを見て、腕を打ち据える。武器を落とした相手のあごを盾で殴打して昏倒させた。



 次の相手は木の槍を使っていた。薙ぎ払いを盾で受け止る。

 一気に懐まで接近して鳩尾みぞおちを刺突したら嘔吐して崩れ落ちた。



その後も順調に戦闘を進め、勝敗の帰趨きすうは決まっていたが、相手側の二人の豪傑ごうけつの存在に会場は沸騰した。


 1人は木剣をレイピアのように使用していた。重みのある木剣だが、その振りは素早く、幾人もの味方が伸びていた。


 もう1人は木槍を振り回す大男だった。普段は斧を使いなれているのか、刺突攻撃は一切せず、振り回すだけだが、筋肉質な体系が繰り出す一撃は相当重いらしく、相手のギュンターも手一杯だった。


 私はレイピアを使いまわすダラゴーナ風の男の相手をする。

 小さい私の姿を見て、一瞬笑いかけたが、笑みを消して一礼すると剣を構えて対峙した。


 刺突剣の最大の弱点は腕が伸び切った時、その隙を存分に利用させてもらう!



 相手が勢いよく攻撃を繰り出してくる。防御に徹して、隙を与えない。

 すると、痺れを切らした敵が、一気に勝負を決めるべくフレッシュを掛けて来た、今が好機!


 剣でパラードして伸び切った腕を脇でロックする、盾を構えて全体重を掛けて突進する。


「うおおおお!」


 叫び声を上げてタックルする。体重の軽い子供の身だが、筋が伸び切っていたのと、勢いで突進したので、両者は地面に叩きつけられる。


「やるな少年、俺の負けだ……おっと、この言葉じゃ理解できんか…頑張ったな」

「……あんたもな、使いなれているレイピアなら俺が負けていた」


 私はタラゴーナ語(スペイン語)で相手に話しかける、相手は少し驚いたようだ。


「この異国の地で同輩に出会えるとは……神に感謝する」

「いや、俺はこの国の人間だ、訳あってタラゴーナ語を覚えただけだ……あんたもまだ戦えるだろう、勝負を放棄していいのか?」

「……いや、さっきの激突で肩を外したようだ。痛いから早く降りてくれると嬉しいのだが……」


 慌てて彼から降りると、砂を払い、身を起こす。無事な左手で私の腕を掲げて言った。


「私は、この勇気ある少年に栄光を譲る!」


 その芝居がかった動作に会場は沸騰した。




 その後、勝利した我々は、全員が合格してギルド支部に戻った。


「合格したようですね。二人ともおめでとうございます」

「ヴィト君、あの剣士を倒すなんてすごい!見てて興奮しちゃった」

「相手が使いなれてない武器だったからですよ。ギュンターもよくあいつを倒せたな」

「あー、あれ相手の自滅だ、鎖帷子とか胴鎧とか着込んでたから、そのうち酸欠起こしてぶっ倒れた」

「……そういう事か」


「じゃあ、私達はこの後、筆記試験だからそろそろ行くわね?」

「待って下さい。筆記試験も同時に受けるのはダメですか?」

「うーん、どうでしょう?係員に聞いてみたらいかがです?」


 ギルド員に聞いたら、原則駄目だが今回は特別に許可してくれた。


「1人体調を崩して中止した方の用紙が余っているので、手数料を払っていたただければ、いいですよ。それに……」


 係員は試験を受ける二人のギルドカードを見て、言った。


「早くみんなに追いつきたいのね?そういう健気な子、お姉さん好きよ」


 気恥ずかしさから、少し顔を赤らめた。



 筆記試験の方は、かなり簡単だった。とはいっても、弁証法や修辞学といった物では無い。

モンスターに対する知識とか、簡単な応急措置の方法とかの文章問題だった。


 これは試験と言うより、正しい知識を身につける教育だな。

 こう云う事があるから、この世界の外科技術は史実より進んでいるのか……



 この世界では、瀉血しゃけつ創傷そうしょうを焼きごてで焼いて血を止める等の方法は余り使わない。

 せいぜい傷が化膿したり、毒のある敵に攻撃された時に、傷口を切開するという方法がとられる。


 アルコールによる消毒法まで広く知られている。微生物の概念までは無いようだが、史実のヨーロッパなら、アルコール消毒が発見されるのは19世紀のリスター男爵の登場まで待たないといけない。


 古代ローマには、ワインを包帯に染み込ませて傷口を保護したり、傷口の洗浄などの知識は存在した。


 史実ではローマ崩壊後に消失してしまうのだが、この世界では、エトルリア帝国は崩壊しても、文化までは破壊されなかったらしい。



 その影響かどうか知らないが、知識レベルの一部分は史実の当時に比べて高く、民衆の識字率も史実に比べて遥かにマシである。三人に一人ぐらいは、文字を読める人間が居て、新聞の様なものの発行さている。


 ただし、群雄割拠の時代が続いてるせいか、技術の進歩具合がかなり歪になっている。


 魔法の存在からも、貴族間は神官による魔法治療を受けるのが常識で、民間人の医者は身分が低い。


 まあ、戦争ばかりしているから、科学技術に予算を振り分ける余裕がないのだろうな……


 私はそう推測している。




 かくして、めでたく四人ともランク5になった。別に特典が付く訳ではないが、気分的には嬉しい。


 ギルドカードにはⅥ、Ⅶと打ち込まれている場所に×印が打たれて、左にⅤと云う字が打たれた。



 昇格祝いに酒場で痛飲していると、見覚えのあるタラゴーナ人が現れた。

 肩の骨を元に戻したのか、右手を掲げている。顔を顰めて手を下した……やっぱり痛いらしい。


「アミーゴ!探したぜ、隣良いかい?」


 何時からか知らないが、私の友人となったタラゴーナ人が円卓に座る。


「しけたもん飲んでるなぁ、俺がおごってやるよ!このテーブルにワインを持ってきてくれ!」


……私はワインよりエールの方が好きなのだが、まあいいか。


「この4人がお前のパーティか?自己紹介が遅れたな。俺はフアンだ。フアン・デ・コロナドって言うんだ」

「コロナド家って、タラゴーナの貴族だったよな?」

「よく知っているな!まあ、俺は庶子だから家は継げない、名前だけだ」


 庶子とは正規の結婚をしてない人間から産まれた子供の事だ。


「先程のすごい剣士さんだー、カッコいいわね」

「嬉しいぜお嬢さん、この格好はタラゴーナ人の誇りさ」


 フアンの服装は、ブーツと足の全体を覆うストッキングのような靴下に、南瓜パンツを彷彿させる黒と金の縞模様のショス。上着は首と袖口にフリルのついたジャーキンを着て、白い手袋を装着し、頭頂の高い帽子を被っていた。


 そしてタラゴーナと言えば、黒。全身を漆黒に纏い、黒髪、黒い瞳がボタンの金色と、白いフリル、帽子の羽飾り、真紅の外套と好対照を成していた。


「この時期は寒くってね、さっさとタラゴーナに帰りたいってもんだ。お前達も来るか?」

「いや、私達はこの後、帝都へ向かうのですよ」

「そいつは残念だな、おう、ワインが来たぞ!新たな友人達を、神に感謝すると共に乾杯だ!」



「お前の剣術見事だったな、パラードの動作が巧みだった。誰に習ったんだ?」


 私は、溶けた焼きチーズを頬張りながら答える。


元兵隊アソシエーテ上りの老人に……今はもう居ないけど」

「……悪い事聞いたな」

「別に構わないよ、あんたの腕前も見事だった。正規の訓練受けた人は違うね」


「まあな、ピストーラを持っているな、そいつも使えるのか?」

「その老人から譲り受けた。形見分けみたいなもんさ」

「持ってるだけじゃない、腕前だ」

「50ペース以内なら外さない……それ以降は神の意志」


 フアンは口笛を吹くとにんまりして言った。


「やるじゃねえか、俺も同じ位の腕前だ。今度的当てで勝負しないか?」

「火薬がもったいない。無理」


 火薬は軍でも使用する、価格はかなり高い。原料の硝酸が採れるのが、スペイン、イタリア、アラビア等の乾燥地帯だ。インドと新大陸でも産出するが、湿気に弱い為、この時代の技術では、大量輸送が実現されていない。


「なあ、嬢ちゃん。君の瞳は、故郷の空のように綺麗だ。俺と一緒に観に行かないかい?」

「ええっ、でも私は……って、ギュンター!あんた何ぶっ倒れてるのよ!?」

「無理に強い葡萄酒を一気に飲むからですね。慣れない人は偶になるのですよ」

「ばーか」


こうして楽しい夜は更けて行った。



「うへぇ……頭イテェ…」

「お、やっと起きたか?ほら水差し」


 翌朝、目覚めたギュンターに水を渡すと、飲み干して息を吐く。


「うめぇ…今いつ位だ?」

「さっき3時課(午前9時)の鐘がなったな。この寝坊助」


「わりい、飲み過ぎたようだ…」

「運んだ俺とトーマスに感謝しろよ。さすがにフレイヤも酔っ払いと一緒に寝る気はないようだな」

「確かに、トーマスなら妙な真似にはならんわな」


「というか、あの人はなんであんなに達観してるんだ?聖職者だからか?」

「……もしかして不能?」

「お前が言うか?一年間旅してて、なんでフレイヤと何も起きないんだよ」


 赤くなったり青くなったりと忙しい奴だな。



 旅装に着替えて一階に向かうと、他2名は既に準備を完了して待機していた。


「遅いわよ!ギュンター、あんたの朝食無いからね」

「うへぇ……って、ヴィト!お前喰う時に起こせよ!」

「下手に動かして寝ゲロ吐かれたら、シーツ代弁償だぞ?起きない方が悪い」

「もう……しょうがないわねぇ」


 フレイヤの手からギュンターに紙包みが手渡される。


「パンを貰っといたわよ……って、あんた顔がまだ赤いじゃない!?」


 今の彼に顔を近づけるのは酷ってもんだぜ?フレイヤさん。


 街を出て帝都方面の街道を進む、次の目的地は、ハライン大司教区だ。






解説


科学技術に予算を振り分ける余裕が無い

シヴィライゼーションで稀によくあること。特にラッシュをやる時に必要な軍事技術以外は自力発明をおこなわない。

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