第13話 真相と決意
登録が終わると、次はギュンター達の報酬の換金である。金貨を渡されたが、実際使うには銀貨に変換した方が使い勝手良い。ギルド内に駐在する銀行の係員を訪れた。
「報酬の換金をお願いします」
「畏まりました、金貨3枚で宜しいですか?」
「いえ、交換するのは2枚で、後は口座に貯金してください」
「口座の名義人は?」
「ギュンター・シュヴァルツシルト、そこの彼です。ギュンター君、ギルドカードを」
「おう」
「確認しました。ギュンター様の口座に振り込み致します。クルムバッハ冒険者ギルド駐在連邦銀行員のハンスが確かに承ります。こちらが非常時の木札です」
銀行員が木片をギュンターに渡す。万が一の際はこの木片が証明になる。
「交換手数料は銅貨5枚です。
本日のレートは1:12:240です。銀貨23枚と銅貨15枚をお受け取りください」
金貨を持ち続けて歩くのは危険だな。私も口座に金貨を預けておこうか。
「あの、俺も口座を造っておきたいのですが……」
私の発言に銀行員は丸眼鏡を上げて、コイツ何言ってんだ?という表情で見つめられた。
「……口座開設は、街の支店銀行に行ってください」
「判りました、後で行きましょう」
私達はギルドから離れる。次にやっておきたい事があった。
「なあ、ヴィト。俺の口座に纏めて入れるのはダメか?」
「うーん、迷惑じゃないかな?」
「口座開設料って結構取られますよ?私達はそれが嫌で1つの口座しか持っていないのです」
「勿論、金利の折半とか、個人の貯金額とかはきっちりやるわよ」
「じゃあ、お願いします。後で銀行寄りましょう」
「ああ、そうだ。これ渡しておきます」
トーマスから5ターラーを渡される。受け取る理由はない、断ろう。
「私達は既にパーティです、報酬は分割されるべきです。
ああ、返そうと言ったってダメですよ。金銭問題はトラブルに発展しますから」
「……でも、全然役に立っていないし」
「怪鳥の時も、ヴィト君がいたから逃げられずに済みました。野営の時もその術で休息出来ました。グールとの戦いもヴィト君の魔法で決着が着いたようなものです」
「そうよー。あの魔法は本当に便利だったわね」
「僕でよければ教えますよ?」
「ホント!?」
「はい、ただし教会語の勉強からスタートになりますが」
「ううう~頑張るよぉ……」
「俺にも教えてくれよ!」
「……出来れば私も良いですか?興味はあったのですが、教えてくれる人がいなくて」
「どうぞ、構いませんよ……ここですね」
私が向かったのは、商人ギルドだ。交易商人や町の商会の人間が集まる場所である。
―――つまり、多くの情報が集結する。
もちろん、冒険家ギルドにも情報は多く集まる。
だが、私が知りたい情報は政治的な情報……つまり、我が祖国の失陥の情報だ。
ギルドマスターに面会を依頼する。
多忙につき……等と言いだした職員にそっと、銀貨を握らせる……面会はすぐに実現した。
「で、欲しい情報は、チェルヴィーノ侯国の失陥時の情報ですか……」
「ご多忙の所を申し訳ございません。あの地には叔父が住んでいます、どんな情報でも構いません」
「……君の叔父について解る事はないと思うがね。まあ情報料を頂いた以上……」
ギルドで聞いた情報はとんでも無いものだった。
私の知っていた事が大幅に間違っていたのだった。ただ、敵軍が攻めて来たのではなかったのだ。
『思ったよりも簡単に潜入出来たな』
『交易商人に扮しました上に、この侯国は近年戦争も無く堕落しきっています。関所の検問もおざなりだし、なにより少人数です。簡単に出来ますよ、ピサーニ閣下』
『閣下は父上だ。私は唯の伯爵家嫡子に過ぎんよ、協力者は?』
『はい、強力な人間が付きましたよ。マスカーニ家の嫡子、ジュゼッペ・マスカーニです』
『ふむ、良く付いてくれたものだ。この国の貴族は忠誠心厚く、切り崩すのは不可能に思えたのだが…』
『公爵閣下、直々に説得なさったので付いた次第にございます』
『あの時のか……カッシーリ家は崩せなかったか?』
『無理でした。冗談と受け取られた様ですね』
『馬鹿な分、意味が分からず説得できなかった、馬鹿に救われたという事か。皮肉だな』
『どの道必要ないですよ。戦争が始まれば、この国に駐留する部隊等ごく僅かですから』
『まあ、そうだ。あの男が反乱の音頭を採っても、部下に刺されるのが落ちだな』
『どうも、遅れました』
『よく来た、マスカーニ殿、いよいよ今夜決行だが、首尾は?』
『侯爵家の家族の生存を条件に、父も呑まれました。私も同意見です』
『分かっておる、一家の身を人質に降伏を迫る、その後は領地の天封と息子達を人質にする、だな?』
『アルベルト侯爵は家族思いな人物です。家族の身を押さえれば必ず降伏します。また、次男ヴィットーリオは聡明な人物です。生かしておいた方が役に立ちますし、私が後見します……では、私は別邸襲撃部隊の指揮を執ります』
『うむ、本宅は私が襲撃しよう。この国の傭兵は職に付けずに飢えていた。
予想以上の戦力を集める事が出来た、必ずうまくいくさ……』
『はい、本邸の方はお任せします』
『……馬鹿が、有能なればこそ、消さねばならんのだ』
『ルイージ殿!これは一体どういう事なのです!?』
『……見ての通り、傭兵共が暴走したのだ。実に残念だ』
『何を白々しい!』
『……ジュゼッペ君、賽は既に投げられている。賭け金を途中で下すのは許されない。全てを失う事になる……私はそれでも構わないがね』
『賢明な判断を期待しているよ………クハハハハ!』
『なんだと!町で反乱だと!?いかん、直ぐに軍を引き返すぞ!』
『いけません!父上、今軍を引き返せば、後ろを突かれる可能性があります!』
『……フェルディナンドの気持ちも解るが、あの街には我々の家族が居るのだ』
『皆も同じ気持ちであろう!軍を引き返し、反乱者の首を上げ、町を奪還するのだ!』
こうして、軍を引き返した父上たちであったが、峠の野戦陣地に籠られた反乱軍と、追撃してきたブレンダーノ軍に挟撃されて殲滅されられた。生き残った者はほとんどいないそうだ。
皮肉にも自分達の町を護るために用意した硫黄に焼かれて、貴族達は死んだ。
程無くして、タウリニアも陥落した。
チェルヴィーノ侯国とタウリニア共和国の2国は、歴史上から消滅した。
ガウル軍の援軍が到着しなかったのは、ガウル貴族の切り崩しが有ったのも事実だが、それよりも重要事態が発生した事が原因だった。
ガウルの首都ルルティアが、ケルティック軍によって陥落したのだ。
確かに、事実上の首都としてサン・ベニーニュに政府機能は集中している為、政治的な混乱は一切発生していない。だが、精神的な首都はあくまでルルティアだ。ガウル政府も首都はルルティアであると公言している。
ガウル軍は奪還のために大規模な軍事動員を起こすつもりだった。その為に、我々は見捨てられたのだ。侯国や共和国との関係が深いガウル南部貴族は、援軍を送る意志であったが、国王の勅命が下った以上は進軍する事は出来ない。
両国が陥落した後もだ。メリヴェール侯爵やモンペール公爵、ルグドーヌ侯爵などは大激怒して討伐軍を派遣しようとした。だが、主戦派の方々に鉄材の輸送の再開と量の増加を提案(ブレンダーノへ取引していた分が消滅した)すると、あっさりと同意して軍を北部戦線に送るように命令した。
そのお陰で3公の怒りを買い、彼等は宰相派へと接近して行ったとの事。
教皇領も近接するブレンダーノの覇権主義に、不安こそ抱いていたが、今までの歴史上、教皇領を襲撃した人間など数える程しか居ない上、その人間も何れ没落して行ったという事実から楽観視している。
他にも陥落直後に、教皇や枢機卿あてに“お布施”を送ったようだった、以上の理由から破門までは至らなかったようだ。
更に私が、簡単に街から逃げだせたのも理由があった。
……カッシーリ子爵だった。彼の警備部隊が奮戦したお陰で
町が閉鎖されるのが遅れたのだった。カッシーリ子爵は、職務に殉じて果てた。
……やはり、わたしはあの男が嫌いだ。
しかし、これで真相は究明できた。ガウルに関してはやむおえまい。
誰だって自国の利益は大事である。それを無視して他国を助ける事に期待をするのは間違っている。
だが、マスカーニ親子とルイージ・ピサーニ、奴等は許さん。
特にウンベルトの奴は絶対にこの手で消してやろう。奴とブレンダーノ公の2人はこの手に掛けねば気が済まない。奴等が、我等の家族を消したのなら、私も奴等の家族を地獄へ叩き落としてやる。
……だが、力が足りない。これからどうするか。
始めは有る程度の力を付けたら、祖父の支援を借りるつもりだった。
だが、祖父は大国の一領主だ。小国でも君主だった父とは立場が違う。ガウル上層部の支持が得られない以上、兵を出せないだろうし、出せたとしてもその規模は拡大したブレンダーノ軍に及ぶことは無いだろう。
義姉上を頼ってアラマンネンに行くべきか?義姉上達は生存して、故国に戻された様だ。しかし、その案も却下。地理的にも一国を挟んでいる上、トンマーゾ公子にとって私は厄介者である。
義姉上は歓迎してくれるだろう。だが、廻りの者が良くは思わないはずだ。
場合によっては暗殺の危険すらある、よって生存も知らせられない。
姉さま達にも知らせたいが、手紙を送るにしても、面会をするにしても、私を知る人間と会う事は避けた方がよいだろう。また、私の正体が知られれば、何処にバレて暗殺されるか解ったもんじゃない。それに、利用されて使い潰されるのはゴメンだ、私は駒じゃない。
最悪のパターンとしては、ガウルに現れたったんに身柄を拘束されて幽閉、若しくは処刑される。なぜならば、私は政治的な利用価値もあるが、ブレンダーノの君主と敵対関係にある以上、消しておいた方が後腐れが無い。ガウルの上層部はあくまでケルティックとの戦争に力を入れたいはずだ。そうなれば悲劇である。
個人で傭兵隊を組織する?却下だ。手持ちの金額は軍を組織できるほどは無い。仮に有ったとしても、子供の身で運用できるとは到底思えないし、下手したら金だけ巻き上げられて私の死体が川に浮かぶだろう。傭兵隊に入るにしても、士道ニ背キコトヲ不許、隊ヲ脱スルヲ不許、勝手ニ金策致不可、私闘ヲ禁ズの全てを無視する方針なので不可だ。
当分は、冒険者生活を続けるのが最良だろう。その間に経験を積み、人脈を広めるのだ。
時期が来た時に行動しよう……たとえ10年、20年掛かろうとやってやる。
商人ギルドを出ると、皆が心配そうな表情で聞いて来るが、大丈夫ですよ。と答えた。
………怒りは一時の感情、持つべきは憎悪だ。憎しみを糧にして、苦難に耐え、心身を鍛え上げる。あの夜の絶望の味を私は忘れない。
大通りを進み、ヘルヴェティア連邦銀行クルムバッハ支店に到着する。
首都なのに支店なのかは何故かと問われると、この街は連邦参事議会があるから首都なだけで、東のツェーリングの方が商業的にも人口的にも発展しているからだ。
さっそく、金貨を粗方預けてしまいたい所だったが、地中海金貨、しかも通常の金貨の倍の重さを持つドゥカート金貨を300枚も預けようとした為に、ちょっと裏に呼び出しを喰らってしまった。
「どうも、連邦銀行支店長のワルター・ブリュックナーと申します」
別室に案内されて、現れたのは髪に白いものが増えた50台過ぎの細面の男だった。
いかにも人が悪くて辣腕そうな風貌は……まるでネズミだ。
もっとも、こういうタイプの人間の方が交渉は上手く行くのだがね。
「本日は、多大な額の預金をして頂きありがとうございます。
失礼ですが何故、当銀行にこれほどの額を預けて頂くのですか?」
副店長の交渉相手にはトーマスが映っていた。年齢的に一番無難ではあるが。
……残念だが君の相手は彼では無いよ。
「この銀行は客を不愉快にさせるのが仕事かね?」
まずは先制のジャブを一撃、交渉相手を勘違いしたと気が付いた、支配人は顔を青くする。
「貴方様でしたか……勘違いして申し訳ありませんでした」
「謝罪はいい、変装してきた私も悪かったのだ」
喋り方をわざと高慢な口調に変える。これで相手は変装してきた裕福層の息子に勘違いするだろう。
「私は別にグリマーニ銀行へ預けてもかまわないのだが、
何分交渉に時間が掛かると踏んだからこちらに来たのだ」
時間が無い事と別の店でも構わない旨をアピールする。相手に思考させる余裕を与えない。
「沈黙は金と言うだろう、私の事を詮索していないで、早くして欲しいものだ」
それとなく裏の事情がある事を漏らし、一気呵成に畳みかける。
「わっ、解りました。確かに金貨300枚お預かりいたします」
「いい判断だ……これは独り言なのだが」
支店長にドゥカート金貨を握らせる。
「在る商人が税金を過小申告して、正しい額を納めなかったのだ。ある日その商人に捜査の手が入りそうになった。偶然、聞きつけた商人は帳簿と現金を隠さねばならなくなった。その商人は、信頼出来る身内に資産の一部を預かってもらっているのだ」
「では失礼させてもらうよ、支店長。縁が逢ったらまた会おうではないか」
私が右手を差し出すと拝むようにその手を握る支店長。
「ええ、また“その時”はお願いいたしますよ……ククク」
「ああ、こちらこそ……フフフ」
「俺は絶対、今のアイツ見たくは成りたくネェ……」
「私もですよ……」
「チガウ、チガウこれは夢、あんなのヴィト君じゃない……あははは」
在る銀行の応接間に黒い高笑いが響いた昼であった。
主人公が祖父の元に行かない理由を加筆しました。
解説
ある商人が税金を過少申告
マネーロンダリングって素敵な響きですね。子供のとき、意味も無く使ってました。「ねぇ、センセーもマネーロンダリングしてるの?」と恰幅の良いスーツを着たオジサンに聞いたら怒られた思い出が有ります。