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墓前  作者: Nikyaty
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墓前

葬儀場を出た私は、墓地へと向かった。車を停め、ドアを開けて降りる。もう昼もだいぶ過ぎたというのに、残暑の熱気が一度に押し寄せてきて、体力を削ってくる。山奥、びっしりと並んだ墓石の中から目的のものを見つけ出す。そうして、先祖代々の墓の前に立った。額の汗を拭いながら、内心挨拶する。水をかけ、苔を払う。墓石の下の納骨室を開けると蜘蛛やゲジゲジが、サッと四方へ散っていった。先祖の骨壷の近くに、またひとつ骨壷を並べる。そして私は納骨室の扉を閉め、線香をあげた。少し息が上がってきたのを感じて、私は地べたにあぐらをかいた。線香の匂いが鼻を抜けていく。その匂いは私の記憶の断片をみるみるうちに鮮明にしていった。そう、あの日もこのようにジリジリと日の照りつける暑い夏のことであった。


高校一年の頃、父方の祖父が死んだ。私は父に連れられ、隣県にある、幼い頃によく行った祖父母の家へと向かった。父と私が着いた時、祖母が私たちを迎えてくれた。父は二男二女の四人兄妹の長男であった。家には既に、父以外の兄妹が揃っていた。父は祖母に軽く近況について話したあと、兄妹のいる居間へと行ったようだった。私は、父の弟の子供二人(私からすると従姉妹)と客間にいたが、特にやることがなかった。そのため、その子達と話をするよりほかはなくなってしまった。その子達は、遠方の都会に住んでいるため、初対面であった。上の女の子はおそらく中学一、二年で、下の女の子は小学三、四年生のように見えた。私はその姉妹と、天気についてや、学校生活についてなどの、関係の浅いもの同士がするような話で、なんとか場をほそぼそと繋いでいた。そのとき突然、父の弟のものであろう、怒号が家中に鳴り響いた。私は大いに驚き、反射的に姉妹の姉の方の顔を見た。目を丸くした姉の方と目が合う。私も同じような顔をしているのだろうと思った。私たちは、子供特有の邪な好奇心から、父たちのいる居間まで行き、隙間から覗き見た。父の妹が書類のようなものを畳に叩きつけ、父と父の兄が妹に罵声を浴びせている。もう一人の妹が状況をなだめようと努力しているようだった。聞こえる単語から推察するにどうやら、遺産について話し合っているようであった。祖父の生前の介護への尽力の違いが、争点のようだ。私と姉妹は、音を立てないように客間へと戻った。姉の方はすっかり落ち着いた様子で、

「君のお父さん、すっごく怒ってるね」

と淡々と言ってきた。自らの父も怒っていることに関しては特に何も感じていないようであった。私はその姿に、哀れな家庭で懸命に生きる姉妹を見出した。

「そうだね」

と軽く笑ったのち、私と姉妹は聞き耳を立てるように静かになった。私の父はかなり興奮しているようであった。何度も何度も「俺が~」と相手を威圧するような発声方法で主張していた。いつも「父さん」と自分を呼んでいる父の一人称が「俺」になる瞬間が私は心底嫌いであった。そういう時、父は大抵興奮していて、自分が父であることを忘れたかのような振る舞いに見えるからである。少し離れたところでずっと黙り込んでいた祖母が、痺れを切らしたのか、居間に入っていった。その際、空いた襖の隙間から、父の弟(姉妹の父)がこちらを見たような気がした。父の弟はこちらに来て、

「子供はこんなもん聞くもんじゃないよ。ほら、おやつとジュースでも買っておいで」

と言って私に五百円玉を渡した。そうして私と姉妹は近くのスーパーまで出かけた。


姉妹と互いの父の話をしながら歩いていると、すぐにスーパーに着いた。言われた通り、ジュースと適当な駄菓子を買い、スーパーを出た。このまま家に帰っても、まだ兄妹喧嘩の決着がついていないだろうというようなことを姉妹に伝えて、すぐ近くの公園に寄ることにした。本当は、あの陰鬱な家に帰るのが少し嫌になったのだ。公園のベンチに私と姉の方が座る。妹の方は滑り台で遊んでいる。私は、父を少し下げるように語った。それは、普段からの感情からくるものというよりは、先程見た、兄妹喧嘩への非難を、年下に見せつけるようなものであっただろう。姉の方は、私のそれを素直に聞いていたが、彼女自身は、自らの父をあまり悪く思っていないようだった。それどころか、家族の最近起きた楽しげな話さえしてくれた。私はそれを聞き、先程の自らの父の語りを後悔した。それと同時にその話は、私を少し前向きにさせた。私たちは公園をあとにして、祖母の家へと向かった。道中、私たちはにわか雨に遭い、走った。


家に着くと、流石に兄妹喧嘩は決着していたようだった。私たちに気づいた姉妹の父が、こちらに寄ってきて買ってきたものを見て、

「仲良く、三人で食べな」

と言った。そして、

「じゃあちょっと、お釣りを」

と言ってきた。その頃の私は、自分で金を稼ぐこともできないのに、酷く傲慢だった。それゆえ、私は心の底でこの男を軽蔑した。てっきり私は、見苦しい兄妹喧嘩を見せたことに対して言葉では詫びない代わりに、菓子代を含めた五百円をまるまる小遣いとして私に渡すものだと思い込んでいた。それに、この男の家庭は特別貧乏でもないのだ。むしろその逆で、昔父から聞いたことによると、この男は医者であり、裕福に違いないのだ。玄関に止まっている黒塗りの高級そうなミニバンも、この男のものである。私は百円余りをその男に手渡した。私の横目には、気の毒そうに出来損ないの笑みを作っている姉の方が映っていた。私はこの男の器の小ささに驚くと同時に、その特徴を勝手に兄妹全体に当てはめた。私はそこに兄妹喧嘩の根源を見出して、一人で納得していた。


祖母や父の弟一家のいる居間で、野球中継をぼんやりと見ていると、私の父が外出から帰ってきた。

「ほら、寿司だぞ!」

と、まるで敵の大将の首でも取ったかのように、寿司の入ったプラスチックの袋を掲げ、居間に入ってきた。祖母が家のどこからか、残りの大人を呼んできて、全員で食事を始めた。横長の低い机を八人程で囲う。その隅で私は非常に退屈していた。場は、賑やかではあった。父は、父の弟の娘姉妹に冗談を言ったりして、笑わせている。父の振る舞いはまるで、「良い叔父さん」であった。父の冗談より、その振る舞いと家での姿との乖離が、私には滑稽に感じられた。その振る舞いから私は、父がこれまで、世間をどのようにして渡ってきたかを知った。父と父の弟はかなり仲が良く、お互いの貶し話をして、父の弟の娘姉妹の笑いを誘い始めた。私はそれがひとつも面白くなかったが、愛想笑いをしながら、ひたすら寿司を食べていた。少し経つと、貶し話も尽きてきたのか、父の娘姉妹に、学校のことについて聞き出した。学校は楽しいか。部活は何をしているか。ここまではいいのだが、どこの高校に行きたいのか。ここまで話が進んだ時、私は寿司の味をほとんど感じられなくなった。嫌な予感は実現し、父は、私に顎を向け周囲の注目を浴びせてから、得意気に語り始めた。

「お前は、早稲田に行くもんな!な、爺ちゃんにも約束したしな。もう死んじまったけど」

(私が幼い頃、この祖父母の家へと遊びに来た際、祖父が有名な大学の名を数々挙げて、「お前はどこに行きたい」と何度も問うてくるので、名前の響きから「早稲田に行きたい」と言ってからというもの、祖父は私が遊びに来る度に、早稲田早稲田とうるさかった。)

一同は感嘆の反応を見せた。ずっと祖母と昔話に夢中になっていた伯母二人も、こちらを向いて驚いたのが分かった。私は到底早稲田に行く気など無かったが、ただ何も言わず恥ずかしがっている風に笑っていた。笑いが引き攣らないようにするのに、苦労したことを覚えている。

(丁度一年後くらいのことであったと思うが、父に早稲田には行かないという旨を伝えた時、私が大いに身構えていたのとは裏腹に、父は、なんの驚きも見せずそれを了承した。失望してそういった態度を取ったようには見えず、ただそれを素直に認めていたように見えた。)


食事を済ませた一同は、ババ抜きや大富豪を始めた。特段楽しいわけでもなかったが、その家には娯楽がそれくらいしかなかったので、集中して取り組んだ。昼の様子から考えられないほど、場はますます和やかになってきた。父とその妹など兄妹は、まるで喧嘩など無かったかのように会話している。それは父が酒を飲んで少し酔っぱらっている(父は酒を飲むと上機嫌になる体質であった。もしそれが反対であったら、私の家庭は崩壊していたに違いない)からでは恐らく無く、父はいつもそうであった。母と言い争いをしたり、私を叱りつけたりしても、それから一時間も経てば、そうしたことを隠すかのように、普段の調子で話しかけるのだ。(私はそれが気味悪くてたまらなかったが、それが父の臆病からくるものであることに気付いたのはだいぶあとになってからだった)

そうした父の特性が、一家全体に通ずるものであることに気付き、急に場の和やかさが少しぎこちなくなった気がした。

トランプ遊びを終え、私は父と将棋を指し始めた。昔から祖父母の家に遊びに来る時は、毎回決まって父と将棋を指していた。(私の家には将棋盤や駒が無いため、ほとんど指さなかった)私は今まで一度も父に勝ったことがなかったが、その時初勝利を挙げた。父はニヤニヤ笑って、立ち上がり、

「酔いのせいじゃないぞ」

と言いながら、私の肩を二度叩いて、居間を出ていった。その時の私は、父の負けたというのに勝った時よりも嬉しそうな態度を不思議に思い、真剣に指していなかったのではないかと結論づけた。

将棋への集中を一度に解いた私を、途端に強い眠気が襲った。私は、すぐに就寝準備を済ませ、二階の寝室へと上がった。襖を開けると、父が先に寝ていて、エアコンが寒いくらいに効いていた。恐らくエアコンから出ているであろうほこりか、カビのような匂いが鼻を通り抜けたが、嫌な匂いでは無かった。私は父の隣に敷いてある布団に潜り込むと、数分も経たずに眠ってしまった。


ふと、目が覚めた。時計を見ると、まだ一時間ほどしか経っていない。瞼を閉じて、もう一度眠りにつこうとするが、なかなか寝れないので、水でも飲みに行こうと、立ち上がった。父を起こさないように、ゆっくりと襖を開け、階段を降りた。一階は、昼に焚いた線香の匂いがまだ立ちこめている。居間の電気は、まだ付いていた。入ると、祖母がまだ起きていて、テレビを見ていた。当時はただ夜更かしをしているだけだと思っていたが(祖父はよく、祖母に命令をしたり、怒鳴りつけたりしていた。それに対して祖母が不平も何も言わず従うのが不思議でならなかった。そんな様子をこの家に来る度見ていた私は、祖父が死んだことに対して、祖母はせいせいするとまでは行かなくとも、そこまで悲しんでいないものと思い込んでいた。)今思い返すと、その時祖母は、頭の中で夫との思い出を見ていたに違いなかった。祖母は私を見ると、

「あら、どうしたの?」

と言ったので

「ちょっと喉が乾いて」

と返すと、すぐにコップに冷えた麦茶を入れて、渡してくれた。すぐに戻る気でもなかった私は、低い机の祖母との向かいに座り、ニュースを見ながら麦茶をちょびちょび飲んでいた。しばらく経つと、祖母がテレビに顔を向けたまま喋り出した。

「あんな爺ちゃんやったけどね、居なくなると寂しいもんやね」

私は驚いたが、驚きが漏れないようにして、

「うん」

と言った。それ以外返す言葉が見つからなかった。祖母はまた黙ってしまった。テレビでは今日の野球のまとめが流れている。またしばらくして、祖母が喋り出した。

「せっかく孫たちが来てくれたっていうのに、あんな喧嘩して、爺ちゃんきっと怒っとるわ」

と笑いながら言った。

「確かに」

と同じく笑って返したが、私は内心動揺していた。昼の喧嘩の時、私は父や伯父のことしか考えておらず、祖母を全く気にかけていなかった。あの時、祖母は形容しがたいほどの虚しさを感じていたに違いないのだ。私は、今更祖母が哀れになった。

「そろそろ寝んと、明日起きれんよ」

(次の日は葬式である)

と祖母が言ったので、私はすっかりぬるくなった麦茶を飲み干し、できる限り穏やかに、

「おやすみ」

と言って居間を出た。二階に上がり襖を開けると、相変わらず父がすやすや眠っている。私はそれに少し腹が立った。布団に入り、目を閉じる。しかし先程のようにはなかなか眠れない。私はしきりに、昼の喧嘩を思い出して、その時の祖母の感情を推し量ろうとしていた。時計の針の進む音が、無性に気になり出す。どんどん音が大きくなっているようにも感じる。このまま朝まで眠れないのではないだろうかという気さえした。


暑くて目が覚めた。もう朝である。いつの間にか眠っていたようだった。もう既に隣に父はいなかった。下に降りると、父が先に朝飯を食っていた。私も座卓のそばに座り、食べ始める。父はいつもより無口であった。私も黙って食べた。食べ終えると、父の車で葬儀場へと向かった。葬儀場には、祖母や父の兄妹らが先にいた。他にも、見たことの無い爺さんや、知らない家族がいた。私は勝手に、知っている人しか来ないと思っていた。当たり前のことだが、祖父にも友達の一人や二人くらい居たことを知った。やがて葬儀が始まった。豪勢な社のようなものの両端にどこどこから寄贈などと書いてある花束があって、その下に祖父が眠っている。一人ずつ前に出て、祖父に焼香をあげる。私は作法を知らなかったので、焼香をあげている人をしっかり一人ずつ見て、学んだ。ついに私の番になり前に出ると、かなりの人数の前なので、少し恥ずかしかった。今さっき学んだ通りに焼香をあげ、祖父の顔を見た。私はその瞬間、私を見る視線の全てを忘れた。その祖父の顔は、明らかにただ寝ているのとは違っていた。私はその時、初めて人間の死を直感として経験した。私は席に戻った。もう焼香のあげ方を見る必要が無くなった私にひとつの好奇心が生まれた。(一般に思い出深い人が亡くなったときにする、故人を回想して、耽るというようなことをするには、私は祖父との思い出が余りに欠けていた)父は泣いているだろうか。(私は父の涙を一度も見たことがなかった)すぐに目だけを動かして父を捉えた。父は涙目なのかそうでは無いのかはっきりしない目で、遠くを見ていた。私は、祖父のことを考えていることに違いないと思った。私もその時、頭に浮かぶものがあった。

二年ほど前に、祖父母の家に遊びに来た際、居間で祖父が、座っている父の後ろから、「ほれほれ」とか言って笑いながら、父の頭を撫でていた。父は、「やめろ」と恥ずかしそうに何度も言っていたが、私はそれが本気で嫌がっているようには見えなかった。その光景を見ていた私は、決して嫌な気持ちにはならなかったことをよく覚えている。

今、父が自らの父との思い出を順番に思い出しているとしたら(私はなんとなくそうだろうと思っていた)その記憶はきっと最後の方に噛み締めることになるだろうと考えていた。

やがて全ての人が焼香をあげ終わった。すると、父が立ち上がって、前に出て話し出した。それは喪主の挨拶であった。公の場で言うようなかしこまった前置きを父が言うのを聞いて、急に身体が痒くなった。そんなようなことが大半だったので、あまり内容は覚えていないが、最後の一言は鮮明に覚えている。

「バカ親父をありがとうございました」

別に「バカ親父」という言葉が新鮮だったわけではない。漫画やらでいくらでも聞いた事がある単語である。しかし、その声の震えからか、私はなにか馬鹿に出来ないものを感じた。


その後も何か色々あったが、とにかく長かったことだけ覚えている。葬儀が終わると、火葬場に移り、祖父は骨だけになっていた。ついにこの世のどこにも、祖父の見た目すら無くなったのだと考えると、ただただ変な気持ちであった。その後は立派な会場で、座る席が指定されているような、かなり豪勢な食事をとったが、前日食べた寿司と、なんら変わりない味を感じながら、私はただ顎を動かしていた。食事を終えると、ついに解散である。私たちは祖父母の家に戻り、少し休んでから、家を出た。私は出る時、祖母のこれからしか考えていなかった。私と父が玄関を出る時、祖母は見送りに来てくれた。それは恒例であるのだが、そのとき私は無性に祖母と話したくなった。

「寂しくなるねぇ」と祖母。

私は少し微笑んで、

「家に着いたら、電話するよ」

と言った。私にできることはそれぐらいしかなかった。祖母は心底嬉しそうであった。毎日かけようかと思ったぐらいである。私は父の車に乗り込んだ。祖母は家の前まで出てきた。祖母はいつも車が見えなくなるまで手を振り続けるのである。私も振り返す。手を振る祖母の後ろの家は、過去のものように見えた。

車内で私は、帰ってからかける電話で何を話そうかと考えていたが、あまり思い浮かばないので、一旦放り出して、ただ窓から昼下がりの空を見上げていた。父はいよいよ、泣かなかった。


私の古い記憶を掘り起こした線香はもうとっくに、灰になって崩れ落ちている。ひたすら響き渡る蝉の声が、ミンミンゼミからヒグラシへと変わっていた。私は、夕日で赤くなった墓石にもう一度水をかけてから、墓地をあとにした。

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