私が主人公ではなかったと気づいた話。
私は、主人公ではありませんでした。
小学生の時に、こう聞かされました。
誰しもが、自分の人生の主人公なのだと。
故に、自分は夢を見ていました。
何かを成し遂げられるのだと。
大きな足跡を刻める人間だと、信じて疑わず。
大人は意地悪で、周囲は導くべき存在で。
自分は、世界の真理か何かに気づいていると。
いわゆる、特別な存在なのだと思っておりました。
痛みがありました。
何も知らなかったからです。
テレビを見ず、漫画も読まず。
純文学とお祈りだけで育った子供。
そんな子供が、子供の社会に入れる訳もなく。
私にとって、社会とは憎むべき敵であり。
敵である彼等を、討ち倒す事だけを考えました。
言い負かせば勝ちだと思いました。
私が正しいと認めさせれば。
彼等とも、いつか友達になれるのだと。
本で読んだ孤独な主人公は、そうでした。
社会に向かって挑戦し。
その最中で、多くの仲間を見つけていく。
模倣を繰り返しました。
傲慢で在り続けました。
私は、誰かに勝る事が生きる意味と思いました。
きっと、自分こそが唯一の正義で。
この巨大すぎる正常こそが悪役なのだと。
そう信じて、幼少期という時間を過ごしました。
明日こそは、変わる。
きっと、今までの時間は何かの間違いで。
明日こそは、変わる。
きっと、誰かが自分を迎えてくれるのだと。
明日こそは、変わる。
漠然とした、この当たり前が。
自分に扉を開いてくれると、信じていました。
先生が言いました。
流行りの音楽を皆で歌おうと。
私は言いました。
そんなモノを聞いた事がないと。
先生が言いました。
何故、お前は知らないのかと。
知らないモノは仕方がないでしょう。
私は文学と教科書以外に、見るものがない。
故に、知らない。知る事が出来ないのですから。
子供が言いました。
こんな言葉があると。
私は言いました。
それは汚い。性器を指す言葉だろうと。
子供は口を開かなくなりました。
私の前でだけ、ですが。
お前達がおかしいのだろう。
私の家では、そんな事を言えば叱られる。
お前達はそういう躾を受けていないだろうか?
ほら、見ろ。
正しいのは私だ。
可哀想なのはお前だ。
だというのに。
やめろ。やめろ、やめろ。
そんな目で私を見るんじゃない。
薄汚い犬を見る目で、私を見るんじゃない。
そう育つしかなかったんだ。
それを知る術がなかったんだ。
私が悪いわけがない、私は悪くない。
どうしようもない事を求められても。
そんな事に、応えようがないじゃないか。
私は異常者じゃない。私は異常者じゃない。
私は望んでこうなったわけじゃない。
私は異常者じゃない。お前らがおかしいんだ。
知らないものを知らなかっただけじゃないか。
お前達こそが異常者だ。正常ぶった異常者だ。
そこにいるべきは誰でもない私なのだ。
私は異常者になることを望んでいない。
私は異常者じゃない。私は異常者じゃない。
ある日、突然。
私は、人間であろうとするのを、やめました。
反発心が、いつか嫌悪になり。
嫌悪が、敵意に羽化し。
敵意すら枯れて、ドス黒い殺意に腐っていく。
私が、私でなくなる感覚。
拙く、穢らわしく、それでも色だった私に。
真っ黒な絵の具が落とされていく、あの多幸感。
自分が積み上げた感情と記憶が。
存在してもしなくても、どうでもよくなる。
明日がどうなっても、構わない。
明日に、もう期待はしないと。
そう振り切ってからは、楽でした。
殺す。
殺す、殺す、殺す。
ああ、お前達を皆殺す。
宙吊りにして、胸に刃を突き立ててやる。
前の席に女が座っていた。
首筋に鉛筆を突き立てて、殺してやる。
廊下で教師とすれ違った。
ペンチで一本ずつ指を捩じ切ってやる。
どいつもこいつも、殺してやる。
明日に希望を持つ事が。
どれほど苦しく、みじめかを教えてやる。
明日に希望を持つ事さえ。
決して出来ぬよう、苦痛を与えてから。
何年も溜め込んだ痛みを一度に吐き出せば。
きっと、燃えるような刃の痛みでさえ生ぬるい。
ああ、終わる事のない殺戮妄想。
社会を頭の中で解体していく時間が。
私にとって、どれだけ慰めになったことか。
ある日の事でした。
老夫婦の経営する、散髪屋の中。
初めて、私は恋愛を知りました。
漫画雑誌の中に、恋愛はありました。
紙の上に描かれた、不器用な男女の茶番劇。
こうすれば良いのに。
ああすれば良いのに。
何故、自分の本心をありのまま伝えないのか。
それを理解できず。
それを許す事が出来ない時点で。
私もまた、許されるべきではなかったのだと。
誰かを許せる人間でないのなら。
誰にも許されなくて当然なのだと。
そんな事実に、私はようやく気づき。
鏡に映った汚物の正体を、初めて知りました。
それでも主人公でいる道はありました。
その人生に意味があると言い張る道はありました。
ですが、選べませんでした。
私はそこまで強くなかった。
それに、何より。
自分自身に、飽きてしまったからで




