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私が主人公ではなかったと気づいた話。

作者: 才能のなかった人。
掲載日:2026/06/13


私は、主人公ではありませんでした。



小学生の時に、こう聞かされました。

誰しもが、自分の人生の主人公なのだと。


故に、自分は夢を見ていました。

何かを成し遂げられるのだと。

大きな足跡を刻める人間だと、信じて疑わず。


大人は意地悪で、周囲は導くべき存在で。

自分は、世界の真理か何かに気づいていると。

いわゆる、特別な存在なのだと思っておりました。




痛みがありました。

何も知らなかったからです。


テレビを見ず、漫画も読まず。

純文学とお祈りだけで育った子供。

そんな子供が、子供の社会に入れる訳もなく。


私にとって、社会とは憎むべき敵であり。

敵である彼等を、討ち倒す事だけを考えました。



言い負かせば勝ちだと思いました。

私が正しいと認めさせれば。

彼等とも、いつか友達になれるのだと。


本で読んだ孤独な主人公は、そうでした。

社会に向かって挑戦し。

その最中で、多くの仲間を見つけていく。



模倣を繰り返しました。

傲慢で在り続けました。

私は、誰かに勝る事が生きる意味と思いました。


きっと、自分こそが唯一の正義で。

この巨大すぎる正常こそが悪役なのだと。

そう信じて、幼少期という時間を過ごしました。



明日こそは、変わる。

きっと、今までの時間は何かの間違いで。


明日こそは、変わる。

きっと、誰かが自分を迎えてくれるのだと。


明日こそは、変わる。

漠然とした、この当たり前が。

自分に扉を開いてくれると、信じていました。



先生が言いました。

流行りの音楽を皆で歌おうと。


私は言いました。

そんなモノを聞いた事がないと。


先生が言いました。

何故、お前は知らないのかと。


知らないモノは仕方がないでしょう。

私は文学と教科書以外に、見るものがない。

故に、知らない。知る事が出来ないのですから。



子供が言いました。

こんな言葉があると。


私は言いました。

それは汚い。性器を指す言葉だろうと。


子供は口を開かなくなりました。

私の前でだけ、ですが。


お前達がおかしいのだろう。

私の家では、そんな事を言えば叱られる。

お前達はそういう躾を受けていないだろうか?



ほら、見ろ。

正しいのは私だ。

可哀想なのはお前だ。



だというのに。



やめろ。やめろ、やめろ。

そんな目で私を見るんじゃない。

薄汚い犬を見る目で、私を見るんじゃない。


そう育つしかなかったんだ。

それを知る術がなかったんだ。

私が悪いわけがない、私は悪くない。


どうしようもない事を求められても。

そんな事に、応えようがないじゃないか。



私は異常者じゃない。私は異常者じゃない。

私は望んでこうなったわけじゃない。

私は異常者じゃない。お前らがおかしいんだ。

知らないものを知らなかっただけじゃないか。

お前達こそが異常者だ。正常ぶった異常者だ。

そこにいるべきは誰でもない私なのだ。

私は異常者になることを望んでいない。

私は異常者じゃない。私は異常者じゃない。



ある日、突然。

私は、人間であろうとするのを、やめました。



反発心が、いつか嫌悪になり。

嫌悪が、敵意に羽化し。

敵意すら枯れて、ドス黒い殺意に腐っていく。



私が、私でなくなる感覚。

拙く、穢らわしく、それでも色だった私に。

真っ黒な絵の具が落とされていく、あの多幸感。


自分が積み上げた感情と記憶が。

存在してもしなくても、どうでもよくなる。


明日がどうなっても、構わない。

明日に、もう期待はしないと。

そう振り切ってからは、楽でした。



殺す。

殺す、殺す、殺す。


ああ、お前達を皆殺す。

宙吊りにして、胸に刃を突き立ててやる。


前の席に女が座っていた。

首筋に鉛筆を突き立てて、殺してやる。


廊下で教師とすれ違った。

ペンチで一本ずつ指を捩じ切ってやる。



どいつもこいつも、殺してやる。


明日に希望を持つ事が。

どれほど苦しく、みじめかを教えてやる。


明日に希望を持つ事さえ。

決して出来ぬよう、苦痛を与えてから。


何年も溜め込んだ痛みを一度に吐き出せば。

きっと、燃えるような刃の痛みでさえ生ぬるい。


ああ、終わる事のない殺戮妄想。

社会を頭の中で解体していく時間が。

私にとって、どれだけ慰めになったことか。




ある日の事でした。


老夫婦の経営する、散髪屋の中。

初めて、私は恋愛を知りました。


漫画雑誌の中に、恋愛はありました。

紙の上に描かれた、不器用な男女の茶番劇。


こうすれば良いのに。

ああすれば良いのに。

何故、自分の本心をありのまま伝えないのか。



それを理解できず。

それを許す事が出来ない時点で。

私もまた、許されるべきではなかったのだと。


誰かを許せる人間でないのなら。

誰にも許されなくて当然なのだと。


そんな事実に、私はようやく気づき。

鏡に映った汚物の正体を、初めて知りました。



それでも主人公でいる道はありました。

その人生に意味があると言い張る道はありました。


ですが、選べませんでした。

私はそこまで強くなかった。


それに、何より。

自分自身に、飽きてしまったからで


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― 新着の感想 ―
 懐かしい筆致でございます。  周囲に気付かせようと頑張った姿勢がとても偉いです。  私は幼稚園年長か小学校に上がった辺りで全て諦めて口を閉ざしました。  文学とお祈り、とても判ります。  私もそ…
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