旦那様が記憶喪失になりました。-02
「ラウド様、ご自身のお名前など覚えていることを教えていただけますか?」
「あぁ、名前はトラッド・ラウド。年は27歳、2年までに爵位を継ぎトラッド家当主としてルースランド王国の西の地を任されている。」
「少なくともここ数年の記憶はあるのですね。」
「間違いなく。…唯一、そこの…女性のことだけは知らん。」
カウチに腰掛けたラウドがチラリとバレッタに視線を向ける。とりあえず軽く頭を下げつつ自己紹介してみる。
「バレッタです。」
「…聞いたことないな。」
やはり全く覚えていないらしい。
「バレッタ様はラウド様の奥方ですぞ。…旦那様の方からのアプローチで、つい2週間前にご結婚されたばかりで。」
イリスが困ったような顔で伝えるものの、ラウドにはピンと来ないようで、眉間に皺を寄せる。
「無理に思い出さない方がいいでしょう。ストレスなどが原因だと無理に思い出した時の反動が大きい。」
一通りラウドの症状をみた医師はそう告げて部屋を後にする。バレッタも見送りのためにその後を追う。
「何か…ラウド様にできることはありますか?」
「そうですなぁ。負担にならない範囲で色々と試してみるのはアリかもしれません。感情を出すことで何かの拍子に思い出すこともありますので。」
馬車に乗り込む医師の言葉に今度はバレッタが眉間に皺を寄せる番だ。医師はそんな姿を見て微笑みつつ言う。
「バレッタ様が笑顔で過ごされておりましたら、きっとすぐにラウド様も思い出されますよ。」
「そうかしら。でも、感情をだす、ね。やってみるわ!」
「……くれぐれもお怪我等のないように。」
苦笑した医師はぺこりと頭を下げて去っていった。
そうと決まれば、ラウドの喜怒哀楽を試す他ないだろう。もともと温厚なラウドが、あのような剣幕でものを言うのがそもそも珍しいのだ。
「いえ、旦那様は昔はあんな感じでしたよ。特に女性に対しては。」
「そうなの?」
次の日、対策を練るためにイリスの元を訪れると意外な答えが帰ってくる。今日はラウドは王城に上がっていて帰りが遅くなると聞いている。
「ええ、あの美しさでしょう。子供の頃からあの美貌は随分と女性たちの目を魅了したようで。ひっきりなしに近寄ってくる女性達に対して人間不信のようになってらっしゃいました。」
「そうなのね…。」
ならば、まずは人間不信を治すところからか。
「何がいいかしら。とりあえず、私たちがちゃんと愛していた事を証明すればいいのよね!」
ならばあれしかない!!
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(Side ラウド)
王城に赴き、王太子へ近頃の農作物について報告ついでに久しぶりに昔話に華を咲かせているうちにすっかりと夜が更けていた。
学園時代、共に時間を過ごすことの多かった王太子とは、身分の差はあれどふたりで会う時は今も友人として気の置けない会話をできる唯一の存在でもあった。
「帰った。」
「おかえりなさいませ、旦那様。」
家に戻ると、すかさずイリスがコートを預かる。
「夕飯は王太子の元で頂いてきたから今日はいい。部屋にワインだけ持ってきてくれ。」
「あの、旦那様。」
言付けて実に向かおうとすると、イリスが何やら言いにくそうに口ごもる。
「どうした?」
「いえ…なんでもありません。よくお休みになられますよう。」
結局何も言わずに頭を下げたイリスに訝しむが疲れていたこともあり、後ろ髪を引かれつつ自室に戻った。




