気が付いた本音 -01
馬車が通常よりも速度を上げて、トラッド家の邸宅へと向かう。馬車の中に乗るのはその当主と妻だけだ。
室内に荒い息が響く。わずかな揺れの刺激でさえ苦しいのだろう。
「…唇を噛むな。跡が残る。」
「ふっ…ぁ…」
ラウドは抱えていた身体を抱きなおし、片手でバレッタの唇にそっと触れる。わずかに血の滲んだ唇はてらりと光を反射し、こんな時だというのにその光景にぐらりと頭が揺さぶられる。
「もう着く。それまで辛抱しろ。」
うるんだ瞳がラウドを捕らえる。直視しないようわずかに視線を逸らして、宥めるとバレッタはこくりと常より幼げな仕草で頷いた。
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「ラウド様。すでにお話はお伺いしております。医者の手配も。」
「助かる。」
邸宅につくと報告を受けていたイリスが玄関前で待ち構えていた。手際よく準備を進めていてくれていたことに感謝を述べつつ、自室へとバレッタを運び込む。室内には待ち構えていた医師がさっそくバレッタの様子を見て診察を始める。
「毒などは?」
「その心配はなさそうです。ただ予想の通り媚薬で間違いないでしょう。症状を見るに、市販に出回っているものでしょうから、薬で落ち着くでしょう。」
「そうか。」
医師の言葉にひとまず胸をなでおろす。どれだけ周囲と円滑な関係を築いても、いわれのないやっかみや手出しをされることは避けられない。
「もう1時間もすれば症状も落ち着きますよ。」
「安心した。すぐに対応してくれて助かった。」
ラウドの言葉に医師はにっこりと笑みを浮かべつつ問う。
「それで、ラウド様は奥方のことは思い出されて?」
「いや…まだ何も。ただ…」
「ただ?」
「……こいつが倒れたときに自分でも驚くほど酷く混乱した。」
未だバレッタのことは何も思い出してはいなかった。ただ、バレッタが苦しそうに倒れこんだ時、周囲の目も気にならないくらい慌てていたのが自分でもわかった。同時に、犯人に対して強い怒りを抱いて、らしくない発言をするほどには、彼女の存在は特別なものになりつつあった。
「…そうでしたか。無理に思い出されなくとも、また同じように感情は育っていくものです。その思いを無視せず大切にしてくださいな。」
幼いころのラウドを知る医師は目じりに浮かんだしわをより一層深くしながら微笑む。
「あぁ…。」
ベッドの中で静かに眠るバレッタを見つめ、ラウドは小さく頷いた。
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目を覚ますと見知ったはずの部屋のつくりにもかかわらず、わずかな違和感を感じ身体を起こす。どうやらラウドの私室のベッドに寝かされているようだった。
「起きたか。」
「…ラウド様。」
隣に置かれた机では、ラウドが何やら作業をしているようだった。バレッタが目を覚ましたことに気が付くと、動かしていた手を止めてこちらを見やる。
「体調はどうだ?」
「もうすっかりいいみたいです。…あの、ありがとうございました。」
「よかった。」




