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旦那様が記憶喪失になりました。-01

目の前で言われた言葉が信じられなかった。もう一度失礼を承知で聞き返す。


「今…なんとおっしゃいました?」


「だから私の部屋から出て行けと言っているんだ!」


つい先日まで幸せな結婚生活が始まると思っていた。ルースランド王国の王都から西に数十キロに広がる領地を治めるトラッド家に嫁いだのは、2週間前のこと。


若くして爵位を継いだ公爵トラッド家の長男・ラウドは、その温厚な性格から領民からの支持が厚いだけでなく、王太子の親友ということもあり周囲から一目置かれている存在だ。


対して私は、伯爵家であるザミット家の次女、バレッタとして生まれた。


高齢で予期せぬタイミングで授かったからなのか、はたまたもともとの性分故か、穏やかすぎるほどのんびりとした両親と姉に猫っ可愛がりされてきた自負だけはあるが、その辺にいる令嬢の中で特にパッとするところもない存在だった。


そんな私がなぜ、公爵家に嫁いだかと言うと──有り体に言えば、ラウド様からの求婚だった。なぜ公爵家の方が私などを選んだのか、今もよくわかっていない。


いや、一目惚れというのは正確ではないかもしれない。正確には、幼い頃から家を抜け出して下町を出歩いていた話をうっかりと漏らしてしまったことがきっかけ。


いつも見目麗しい令嬢の皆さんから聞く本や裁縫の話よりも、下町の友人たちと過ごす日々の話が珍しかったようで興味津々に聞いてくれているうちに気がつけば婚約の話になっていた。


それにしても、


「どうしたらいいのかしら…。」


「…ラウド様が突然バレッタ様のことを忘れるはずがありません。きっとなにか理由があるはずです。」


いつものように朝の挨拶の為に訪れたラウド様の部屋から追い出され、部屋の扉の前で、執事のイリスとともに並んで首を傾げる。


「イリスのことは覚えているの?」


「ええ、バレッタ様が来られる前にご挨拶した際には何も変わった様子はなく…」


「変ねえ。」


額に手を当てて思いつく限りのことを考えるが全く心当たりがない。ひとつあるとすれば、ラウドに黙って、デザートのプリンをお先に頂いたことくらいしかやましい事もなかった。


「とりあえずお医者様に見せましょうか。」


「すぐにお呼びします。」


イリスは綺麗に整えられたグレーの髭を揺らしつつ返事をすると、すぐさまテールコートを翻して去っていく。



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