第六話:静寂の戦場。あるいは全自動生け花機の円舞曲
第六話は、お嬢様の天敵・お母様による「淑女教育」編です。
おしとやかに生け花を……という母の願いは、アイリスの「黄金比データ」と結月の「工作技術」によって、再び凄惨な爆音へと変わります。
また、少尉が「お嬢様の芸術を守る」という、ズレた忠義心を見せ始めます。
「お稽古事、ですか。……お母様、私は今、博覧会で見た蓄電池の改良に忙しいのですが」
九条院家の広間。結月は手袋を外し、不満げに眉を寄せた。対面する母・楓の視線は、冬の氷よりも鋭い。
「日傘を武器にするような娘を、このままにはしておけません。今日から一週間、華道家元の師範をお招きしました。……いいですか、結月。一輪の花も散らさず、静寂の中で美を学びなさい。さもなくば、お父様に言って工房の鍵を取り上げますわ」
これ以上ない「死刑宣告」に、結月は静かに頭を下げた。
「……承知いたしましたわ。美、ですわね」
楓が去った後、結月はすかさずスマートグラスを起動した。
『お嬢様、生け花だって! 渋いねぇ。でも、花を切る角度とか、空間の配置とか、実は数学的なんだよ』
「数学的。……アイリス、貴女のいた未来に、華道の正解は残っていますの?」
『もちろん! 『黄金比』とか『フィボナッチ数列』に基づいた完璧な配置データがあるよ。それを使えば、誰でも一瞬で芸術作品が作れちゃうんだから』
「一瞬で。……素晴らしい響きですわね」
結月の思考は、すでに「美」を「効率」へと変換していた。
三日後。お稽古の最終日。
広間には、困惑した表情の華道師範と、背筋を伸ばして控える真壁少尉の姿があった。
「お嬢様……。その、足元の大きな木箱は何ですかな?」
少尉が不審げに問う。結月の前には、無数の金属製の「腕」が生えた、タコのような形状の機械が鎮座していた。
「少尉、これは『九条院式・全自動空間構成機(一号)』ですわ。アイリスの計算した黄金比に基づき、零点一ミリの狂いもなく花を配置いたします」
「……ま、また怪異の入れ知恵か! お嬢様、生け花とは心で生けるもの。機械に頼るなど――」
『うるさいよ、筋肉ダルマ! これはテクノロジーと芸術の融合なの! ほらお嬢様、スイッチオン!』
結月がレバーを引いた瞬間、広間に高周波の駆動音が響いた。
十本の金属腕が一斉に展開し、鋭いハサミが「シャカシャカシャカ!」と恐ろしい速さで空を切る。
「第一工程、水切りを開始しますわ」
機械の腕が、用意されたバラや百合を次々と掴み、超高速で茎を切り落としていく。だが、アイリスのデータは「現代の強固な茎」を想定していたのか、大正の繊細な花々にはあまりに過剰な出力であった。
『あ、待って! 回転数が高すぎて、遠心力で花びらが――』
「遅いですわ、アイリス! 第二工程、黄金配置へ移行します!」
シュバッ! と音を立てて、機械が細かく裁断された花々を剣山に向けて射出した。それはもはや生け花ではなく、散弾銃の掃射に近い。
「うわあああ! 刺客か!? 刺客の仕業かぁ!」
顔面にバラのトゲを浴びた師範が絶叫する。少尉は即座に抜刀し、お嬢様を背中に庇った。
「おのれっ、鉄の化け物め! お嬢様を……お嬢様の芸術を汚すことは、この真壁が許さん!」
少尉が金属腕の一本を峰打ちで叩き落とすが、機械は「最適解」を求めてさらに暴走。広間中の掛け軸や障子を「美しく配置」し直そうと、鋭いハサミで切り刻み始めた。
「少尉! 右から来る腕を抑えてください! その隙に私が停止させます!」
「承知した! ぬうぅりゃあぁ!」
少尉は軍服を切り裂かれながらも、機械のタコ足を素手で押さえ込む。結月はその隙に機械の裏側に回り込み、メインのゼンマイを一気に引き抜いた。
沈黙。
広間には、シュレッダーにかけられたような花の残骸と、ズタズタになった障子。そして、放心状態の華道師範。
「……あら。配置は完璧でしたが、素材の耐久性が計算外でしたわね」
『お嬢様……。これ、前衛芸術としても、お母様には怒られるレベルだよ』
案の定、廊下の奥から楓の「結月ぃぃーー!!」という、かつてない怒声が響いてきた。
少尉は、切り刻まれた軍服の袖を見つめ、静かに呟いた。
「……お嬢様。美とは、実に恐ろしいものですな」
「ええ。次はもっと、頑丈な素材……鉄や真鍮で生けるべきかもしれませんわ」
結月は、散らばったバラの花びらの中で、次の「金属工芸」の構想を練り始めるのであった。
第六話をお読みいただきありがとうございます。
生け花をマシンの射出競技に変えてしまうお嬢様。もはや「静寂」の欠片もありません。
体を張って機械を抑え込む少尉ですが、彼もまた結月の狂気に毒され始めている気がします。
次回、そんな少尉の軍服を直す(?)ため、結月が「全自動・裁縫機」に挑みますが、それが軍隊を巻き込む大騒動に発展して……?
また次回もお会いしましょう!




