第五話:帝都博覧会の怪。あるいは電動人力車の韋駄天爆走
第五話は、当時の最先端技術が集結する「博覧会」編です。
当時の「本物」の技術を目の当たりにした結月と、それを「骨董品」と笑うアイリス。二人の視点の違いが騒動を呼びます。
また、武骨な真壁少尉が、お嬢様の指示に従って「迷いなく」動くバディ感も見どころです。
上野公園に鳴り響く祝砲の音。
この日、帝都は「平和記念東京博覧会」の熱狂に包まれていた。色とりどりの旗が翻り、最新の文明をひと目見ようと、詰めかけた群衆の熱気が渦巻いている。
「まあ、壮観ですわね。お父様、連れてきてくださってありがとうございます」
結月は、淡い藤色の矢絣の着物に白い袴を合わせ、モダンな編み上げ靴を履いて歩いていた。その姿はまさに「大正乙女」の理想像であったが、その視線は屋台の綿菓子ではなく、パビリオンの鉄骨構造に向けられている。
「はっはっは、結月が喜んでくれれば何よりだ。今日はどんな珍しい部品でも買ってあげよう」
娘に甘い父・宗助が相好を崩す一方で、母・楓は結月の耳元で釘を刺した。
「結月、今日はお淑やかにしていなさい。真壁少尉も、娘が変な鉄屑に触らないよう、しっかり見張っていてくださいね」
「はっ! 九条院夫人、この真壁、命に代えてもお嬢様を怪しげな機械……もとい、危険からお守りいたします!」
少尉は軍服の襟を正し、鋭い眼光で周囲を警戒する。だが、その視線の先では、結月の肩越しにアイリスが空中を泳いでいた。
『お嬢様、見て見て! あれがこの時代の『最新鋭』? あの電気自動車、時速十五キロも出てないよ。私のいた時代のシニアカーより遅いんだけど!』
「……アイリス、そう仰るものではありませんわ。今の技術でこれだけの蓄電池を積むのは、並大抵の苦労ではありません」
「黙れ! 怪異め、またお嬢様に囁いているな!」
何もない空間に向かって叫ぶ少尉を、周囲の客が「……お疲れなのかな」という目で見守る。結月はため息をつき、目玉展示である「国産・電動人力車」の前で足を止めた。
「あら。このモーターの配置……。これでは坂道で熱を持って止まってしまいますわ。それに、この配線では……」
『そうそう、絶縁が甘いよね。これ、湿気があったらショートして暴走するフラグだよ』
アイリスの予言は、最悪のタイミングで的中した。
デモンストレーションとして動き出した電動人力車が、突然「バチバチッ!」と激しい火花を散らしたのだ。運転士が慌ててブレーキを引くが、過負荷により制御不能となった車輪は、火を噴きながら猛スピードで群衆の方へと突っ込んでいく。
「うわああっ」
「きゃあああ!」
「危ない!」
少尉が即座に結月の前に立ち、軍刀を引き抜こうとしたその瞬間――結月はすでに、手に持っていた日傘を人力車の車輪の隙間に叩き込んでいた。
「少尉! 私が回転を抑えます、貴方はその隙に配線を断ち切りなさい! 青い被覆の奥にある銅線です!」
「……承知した!」
少尉は躊躇わなかった。お嬢様の「指示」が、戦場での命令よりも絶対であることを彼は本能で理解していた。
少尉は疾風のごとき速さで飛び込むと、暴走する機械の心臓部へ手を伸ばし、結月の言った通りの箇所を一気に引きちぎった。
ガガガッ……! という断末魔のような音を立て、電動人力車は楓の鼻先数センチのところでぴたりと停止した。
「ふぅ……。日傘が一本、ダメになってしまいましたわ」
『お嬢様、ナイスセーブ! でも少尉もやるじゃん、今の動きは百点だよ』
「……ふん! 貴様に褒められる筋合いはない!」
少尉は荒い息をつきながら、泥だらけになった手を隠すように背後に回した。
楓は腰を抜かして座り込み、宗助は「さすが私の娘だ!」と拍手喝采している。
結月は、まだ熱を帯びているモーターを見つめ、静かに呟いた。
「……アイリス。博覧会も良いですが、やはり自分の工房で弄っている方が性に合っていますわ。次は、これの改良型……いえ、もっと速く、空を飛ぶようなものを考えましょうか」
『えっ、次は飛行機!? お嬢様、それだけはやめて、お屋敷がなくなる!』
帝都博覧会の中心で、新たなる「狂気の発明」の芽が、静かに、しかし確実に芽吹いた瞬間であった。
第五話をお読みいただきありがとうございます。
日傘一本で暴走車を止めるお嬢様。もはや淑女というよりは武闘派のエンジニアになりつつありますね。
真壁少尉も、口では「怪異」と言いつつ、結月の技術力には絶対の信頼を寄せていることが分かります。
さて、博覧会で刺激を受けた結月。次回、ついに「空」を目指すのか……? と思いきや、お母様の楓が「壊れた日傘の代わり」として、とんでもないお稽古事を結月に命じます。
また次回もお会いしましょう!




