第三話:淑女の嗜み。あるいは全自動お茶汲み人形の惨劇
第三話は、お嬢様の天敵(?)お母様が登場します。
お見合いという絶体絶命のピンチを、お嬢様はどう解決するのか。
アイリスの「未来の接客知識」が、大正の技術と混ざり合い、物理的な猛威を振るいます。
「結月、いい加減になさい。昨日の池の騒動、お父様は笑って許していても、私は許しませんわよ」
九条院家の広間。母・楓は、厳しい表情で娘を見据えていた。
その手には、見るからに重厚な封筒――お見合い写真の束が握られている。
「来週、帝都銀行の御曹司との席を設けました。これ以上、変な工作にうつつを抜かすというなら、お父様に言ってその工房を封鎖させますわ」
「封鎖……。それは、致命的な問題ですわね」
結月は真顔で頷いた。彼女にとって、工作を禁じられるのは呼吸を止めるのと同義である。
楓が去った後、結月は作業部屋で深く溜息をついた。
『お嬢様、ピンチだね。お見合いだってさ。大正時代の結婚事情って、結構ハードなんだなぁ』
空中を漂うアイリスが、気の毒そうに結月の顔を覗き込む。
「アイリス、お見合いというのは『相手を満足させるおもてなし』をすれば、早々に切り上げられるものなのでしょうか?」
『うーん、まあ「いい子だね」って思われれば早く終わるかも? 未来だとロボットが接客したりするけど、おもてなしの基本は正確さとスピードだよ!』
「正確さと、スピード。……理解いたしましたわ」
結月の瞳に、危険な光が宿る。
彼女はすぐさま、蔵からかつて父が持ち帰った「自動演奏ピアノ」の部品と、高圧蒸気機関のピストン、そして江戸時代の「茶運び人形」の残骸を引っ張り出してきた。
「アイリス、お茶を点てる際の『最適かつ高速な動き』を計算してください」
『えっ、お見合いを機械で乗り切る気!? ……まあいいや、やるからには完璧なやつを作ろうよ!』
そして一週間後。お見合い当日。
九条院家の広間には、いかにも尊大な態度の青年と、困り顔の真壁少尉がいた。少尉は「怪異」がまた悪さをしないか、警護の名目で同席していたのである。
「九条院殿の娘御は、少々……変わり者だと伺っておりますが?」
青年が嫌味っぽく笑ったその時、結月が凛とした声で告げた。
「本日は、最新の技術によるおもてなしをさせていただきますわ。――一号、入ってきなさい」
襖が開き、ガラガラという重低音と共に現れたのは、和服を着せられた巨大な鉄製の塊――「全自動・淑女用お茶汲み人形(マークⅠ)」であった。
「な、なんだこの不気味な傀儡は!?」
青年がのけぞる。真壁少尉は即座に立ち上がり、軍刀の柄に手をかけた。
「お嬢様、下がってください! やはり昨日の妖怪が、今度は人形に乗り移ったのか!」
「少尉、動かないでください。センサーの調整が狂いますわ」
結月がリモコン(という名の長い紐)を引いた瞬間。
人形の内部でシュゴーッ! という蒸気音が響き、アイリスの音声ガイドが広間に響き渡る。
『おもてなしモード、起動! 高速攪拌、開始!』
人形の手元にある茶筅が、毎分三千回転という異常な速度で回り始めた。
次の瞬間、茶碗の中の抹茶は「泡」を通り越し、**「緑色の高圧噴霧」**となって前方へと射出された。
「どわっ!? ぐはぁっ!」
直撃を受けたのは、運悪く正面に座っていた御曹司である。
顔面を緑色の液体で染め上げられ、彼は畳の上を転げ回った。
「おのれぇ! お嬢様を狙うとは、不届き千万!」
少尉が人形に体当たりをかます。だが、人形はアイリスの指示を忠実に守り、「次のおもてなし」を遂行しようとした。
背中のタンクから熱湯が噴き出し、広間は一瞬でサウナのような霧に包まれる。
「あ、あら。少し、加圧が強すぎましたかしら」
『お嬢様! 「スピードが大事」って言ったけど、これは時速百キロでお茶を出してるようなもんだよ!』
霧の中から聞こえる、少尉の「退散せよぉ!」という叫びと、御曹司の悲鳴。
広間の外で控えていた母・楓の「結月ぃー!」という怒号が帝都の空に響き渡った。
結月は、緑色の霧の中で平然とメモ帳を開いた。
「課題:射出角度の修正、および圧力弁の調整。……少尉、そこにいるとまた濡れますわよ?」
お見合いは、文字通り「お流れ」となったのである。
第三話をお読みいただきありがとうございます。
「高速でお茶を点てる」=「噴霧器になる」という、お嬢様の極端な解釈。被害者は御曹司だけではなく、またしても体を張った真壁少尉でした。
果たして、結月が「まともなお嬢様」として認められる日は来るのでしょうか……。
次回、本格的な夏の到来。氷の入れ替えに嫌気がさした結月が、アイリスの知識を頼りに「氷のいらない冷蔵庫」作りに挑みます。そこで少尉との間に、予期せぬ「熱気」が……?
また次回もお会いしましょう!




