第十四話:仮想の夢。あるいは全身没入型幻燈(ばーちゃる・りありてぃ)の迷宮
第十四話は、大正時代に「VR体験」を爆誕させるお嬢様の暴走回です。
アイリスの脳内ハックを利用して、少尉を「ジェットコースター」と「激辛カレー」の地獄へと叩き込みます。
パニックに陥った少尉が、無自覚にお嬢様にしがみつくという、歪んだロマンス(?)も見どころです。
「……真壁少尉。いいですか、動いてはいけませんわ。これは帝都の娯楽を根底から覆す、歴史的瞬間なのですから」
九条院家の広間。真壁少尉は、巨大な真鍮製の「潜水ヘルメット」のような物体を頭に被せられ、全身を複雑な電線で縛り付けられていた。
結月の手元には、前回平賀から奪った「未来のトースターの部品」を改造したレバーが握られている。
「お、お嬢様……。視界が真っ暗であります。それに、このヘルメットの中から……『ポテトが揚がった音』が聞こえるのですが、これは一体……」
『少尉、それは2026年の有名店の着信音だよ! さあ、テスト開始! 私が脳内に送る2026年の「絶叫ジェットコースター」の映像を、この真鍮回路で増幅して皆に共有するよ!』
「ぜっきょう……? じぇっと……? 何だそれは、新種の爆弾か!?」
結月が「投影!」と叫び、レバーを倒した。
次の瞬間、少尉のヘルメットから猛烈な蒸気が噴き出し、広間の壁一面に「未来の遊園地」の光景が映し出された。
『いくよ少尉! 落下角度80度、最大時速130キロの世界へ! ――ヒア・ウィー・ゴー!』
「ぬ、ぬわああああぁぁ! 落ちる! 帝都の地面が迫ってくるぅぅ! 助けてくれ、誰かパラシュートをぉぉ!」
少尉は椅子に縛り付けられたまま、猛烈な「G(重力)」を感じているかのように身体を激しく左右に揺らし始めた。
実際には椅子が動いているわけではない。アイリスが脳内の平衡感覚をハックし、強引に「落下している」と錯覚させているのだ。
「素晴らしいわ……。視覚情報の書き換えによる、脳の誤作動。……少尉、もっと叫んでください。その恐怖の周波数が、映像の解像度を上げるのです!」
「無理だ! 死ぬ! 私は空中でバラバラになるぅぅ! ――はっ、お嬢様!? お嬢様、どこですか、せめて最期に貴女の手をぉぉ!」
少尉はパニックのあまり、目隠し状態のまま必死に手を振り回した。
偶然にも、その手がデータの記録をしていた結月の肩をがっしりと掴む。
「……あら。少尉、近いですわね」
ヘルメットの隙間から、少尉の荒い息遣いと「助けてください!」という切実な悲鳴が漏れる。
結月の至近距離に少尉の顔がある。いつも冷静な彼女も、至近距離での「密着」に、わずかに頬を染めた……かに見えた。
『お、お嬢様! 少尉の心拍数、200を超えたよ! 恐怖か、それともお嬢様に触れてる興奮か……あ、混ざり合って「恋の吊り橋効果」が限界突破してる!』
「……データとしては非常に興味深いですわ。アイリス、このまま映像を『ロマンチックな夕焼けの海岸』に切り替えなさい。心拍の変化を見ます」
『了解! ――あ、間違えて「激辛カレーの大食い動画」流しちゃった』
「ぬおっ!? 熱い! 喉が、喉が焼けるように熱いぞぉぉ! 海岸がカレーの海に沈んでいくぅぅ!」
少尉の脳内は、絶叫マシンから一転して「灼熱の激辛地獄」へと変貌した。
もはや何が現実で何が仮想か分からなくなった少尉は、そのまま白目を剥いてガクリと項垂れた。
「……実験終了ですわね。仮想現実は、胃腸にも負担がかかる……と」
結月は淡々とメモを締めくくる。
そこへ、広間の惨状(蒸気まみれで気絶した少尉と、カレーの匂い)を察知した母・楓が、般若のような顔で現れた。
「結月……。今度は何を『上映』していたのか、説明してくださるかしら?」
「お母様……。大正のエンタメは、これから『味覚』の時代ですわ」
結月は、カレーの香りが漂う広間で、誇らしげに胸を張るのだった。
第十四話をお読みいただきありがとうございます。
「吊り橋効果」を実験データとして処理してしまう結月。少尉の恋路は、物理法則よりも厳しい道のりになりそうです。
さて、今回の実験で「未来の映像」が帝都の空に漏れ出してしまった(?)せいか、街では「光る怪人の噂」が広まり始めます。
次回、噂を調査しにきた新聞記者が、九条院家の秘密に迫る!?
名付けて「特ダネか、分解か」。
また次回もお会いしましょう!




