第十三話:鋼の規律、崩壊の序曲。あるいは脳内動画(てぃっくとっく)の包囲網
第十三話は、少尉の軍人としてのプライドが、未来の「ネット文化」という無慈悲な奔流に飲み込まれる悲劇(喜劇)回です。
アイリスの悪意なき「暇つぶし」が、帝国の厳格な会議をカオスへと叩き落とします。
帝国陸軍、定例進言会。
重厚な長机を囲み、名だたる将校たちが居並ぶ中、真壁少尉は冷や汗を流しながら直立不動で立っていた。本来なら、先日の中将閣下への「防弾装甲」の報告を行う輝かしい場であるはずだった。
(……黙れ。静かにしろ。私は今、国家の命運を左右する場にいるのだ……!)
『ねえねえ少尉、見てよこれ! 2026年で大流行した「踊る猫」の動画! この絶妙なステップ、癖にならない? ぬこ可愛いよぬこ!』
少尉の視界の隅で、金色の猫が軽快な音楽に合わせて腰を振っている。
アイリスが脳内で勝手に再生を始めた「ショート動画」の奔流。それは一度始まると止まらない、現代人の時間泥棒そのものであった。
「……真壁少尉。報告を続けなさい。例の装甲服の量産化についての見解は?」
上官の鋭い問いかけ。少尉は唇を噛み、精一杯の軍人口調で応えようとした。
「はっ! 報告いたします! 当該装備は、現在……現在……『チャンネル登録と高評価、よろしくお願いします』であります!!」
一瞬、会議室に氷のような静寂が訪れた。
中将が眼鏡をずらし、「……ちゃんねる? 登録?」と首を傾げる。
「い、いや、失礼いたしました! 量産には、さらなる『いいね』……ではなく、『予算』が必要かと存じます!」
『あはは! 少尉、語彙力が現代に侵食されてるよ! 次はこれ見て、「激辛ラーメンを完食する美少女」の生配信! ほら、この湯気、美味しそうでしょ?』
「ぬうぅ……! 辛い……! 鼻の奥がツンとする……! 私は今、激辛の境地にいる……!」
少尉が虚空を見つめ、ハフハフと口を動かしながら悶絶する姿に、将校たちは騒然となった。
「真壁君、体調が悪いのかね?」「もしや、先日の落雷の後遺症か……」
その時、会議室の扉が静かに開いた。白衣を翻し、平然と入ってきたのは結月である。彼女は手元の記録帳をめくりながら、少尉の瞳孔を覗き込んだ。
「皆様、ご安心を。真壁少尉は今、私の実験の一環として『未来の情報の波』に対する精神耐性テストを行っている最中ですわ」
「九条院の令嬢か。……テスト、だと?」
「ええ。情報の過剰摂取による脳のオーバーヒート……。少尉、今貴方の脳内では、何万もの人々が『おどってみた』を披露しているはずですわ」
『お嬢様、今ちょうどサビだよ! はい、少尉も一緒に! 「全力・圧倒的・可愛い!」のポーズ!』
「や、やめろ……! 身体が、身体が勝手に……! ぬんっ!!」
少尉は、厳格な敬礼の姿勢から、突如として両手を頬に当て、片足を跳ね上げるという「究極の可愛ポーズ」を披露した。
静まり返る会議室。中将の口から、ポロリと食べかけの羊羹が落ちた。
「……素晴らしいわ、少尉。その屈辱に満ちた表情、最高のデータですわ」
結月は満足げに筆を走らせる。
「……お嬢様……殺して……。私を今すぐ、銃殺刑に処してください……」
少尉の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。その視界では、今度は「15秒で分かる! 簡単DIY」の動画が始まり、脳内で勝手に棚が組み立てられていくのであった。
第十三話をお読みいただきありがとうございます。
「踊る猫」や「激辛実況」に翻弄され、会議の場でアイドルポーズを決めてしまった少尉。もはや軍部での彼の評価は「勇敢な若手」から「雷に打たれて気が触れた奇才」へと変わりつつあります。
しかし、結月はこの「脳内映像投影」を、ある「実用的な計画」に利用しようと思いつきます。
次回、結月が帝都に「映画」を超える娯楽を持ち込む!?
名付けて「九条院式・没入型幻燈」。その実験台はもちろん……。
また次回もお会いしましょう!




