第十話:鉄錆の刺客。あるいは二人羽織の格闘術(コンバット・ダンス)
第十話は、物語の転換点となる「実戦」編です。
お嬢様の技術を狙う組織『鉄歯会』の登場。
アイリスの未来戦術と少尉の身体能力が、脳内通信によって初めて完全にシンクロし、大正の世ではありえない「未来の格闘」が繰り広げられます。
「……九条院結月の叡智を、帝国の繁栄のために差し出せ。拒めば、その屋敷を灰にする。――『鉄歯会』」
九条院家の応接室。父・宗助が震える手で脅迫状を読み上げた。
母・楓が青ざめる中、当の結月は、脅迫状の紙質をルーペで観察しながら冷静に呟いた。
「このインクの匂い……鉱物油と微量のマンガンが含まれていますわ。おそらく、最新の自動印刷機を所有する組織。興味深いですわね」
『お嬢様、呑気すぎ! 物理的なピンチだよこれ。……あ、少尉、右。庭の茂みに熱源反応あり。三人隠れてるよ』
結月の隣で直立不動の真壁少尉が、ビクンと肩を揺らした。
「……黙れ! 報告は簡潔にせよ! ――お嬢様、敵はすでに庭園に侵入しております。私が排除してまいります!」
少尉は腰の軍刀を握りしめ、庭へと飛び出した。
そこには、黒い外套を纏い、顔を鉄の面で隠した不気味な男たちが待ち構えていた。彼らの腕には、蒸気を噴き出す「鉄製の義手」が装着されている。
「九条院の番犬か。どけ、我々の狙いはお嬢様の発明品だ!」
一人の刺客が、蒸気圧で加速された鉄拳を叩きつける。
少尉は反射的に防御しようとするが、重すぎる「装甲軍服」のせいで動きが鈍い。
『少尉、左に45度スウェー! 膝のバネを使って、そのまま右のアッパーだよ! ほら、2026年式の近接格闘術をインストールしてあげるから、身体を預けて!』
「ぬうぅ、勝手に動かすなと言っているだろぉぉ!」
少尉の身体が、物理法則を無視したキレで動き始めた。
刺客の鉄拳を紙一重でかわすと、装甲の重さを逆に利用した猛烈な一撃を叩き込む。
――ドォォン!!
「な……!? 何だ、この変幻自在な動きは……!」
刺客たちが次々と襲いかかる。だが、少尉の脳内ではアイリスの「未来の戦術ガイド」が、まるで遊戯盤のように敵の動きを予測していた。
『次は後ろから。お嬢様の『超振動ミシン』で縫った袖で受けて! 弾けるから!』
「ああ、もう、喧しい! ――成敗! ぬぅりゃあぁぁ!」
少尉は、アイリスの指示(という名の強制操縦)に従いながら、舞うような動きで刺客たちを次々と昏倒させていく。
それは客観的に見れば、重厚な軍服を着た男が、独り言を叫びながら超絶技巧の演武を繰り広げるという、シュール極まりない光景であった。
工房の窓からその様子を眺めていた結月は、満足げに頷いた。
「素晴らしいわ。アイリスの演算と、少尉の筋肉……。これこそが、私の求めていた『人間と機械の調和』ですわ」
『いや、お嬢様、少尉の顔見て? 泣きそうだよ?』
最後の刺客を巴投げで池に叩き落とした頃、少尉は膝から崩れ落ちた。
全身の関節がアイリスの無理な挙動で悲鳴を上げている。
「……お、お嬢様……。私はもう、一歩も、動き……」
「お疲れ様、少尉。その疲労データ、後で詳しく聞かせてくださいませ。あ、逃げた刺客が落とした『蒸気義手』、分解して解析しますわ!」
結月は倒れた少尉を放置し、喜び勇んで刺客の残骸へと駆け寄った。
少尉の脳内で、アイリスが勝ち誇ったように笑う。
『お疲れ、少尉! 結構いいコンビだったじゃん。これからは私のこと、『相棒』って呼んでいいよ?』
「……貴様のような……やかましい相棒が、いるか……」
真壁少尉の平和な(?)日常は、帝都を揺るがす大きな陰謀の中に、じわじわと飲み込まれ始めていた。
第十話をお読みいただきありがとうございます。
ついに敵組織が現れましたが、少尉の受難は「外敵」よりも「脳内の相棒」の方が大きそうです。
「身体が勝手に動く」という恐怖体験をしながら戦う少尉。結月はそれを「調和」と呼びますが、少尉からすれば「乗っ取り」に他なりません。
さて、刺客が残した「蒸気義手」を解析した結月は、そこに「自分と同じ未来の部品」の欠片を見つけてしまいます。自分以外にも、未来の技術を持つ者がいるのか?
次回、結月とアイリスが、帝都の闇に潜む「もう一人の発明家」の噂を追います。
また次回もお会いしましょう!




