第一話:令嬢、未来を拾う。あるいは『付喪神』との出会い
はじめまして、あるいはこんにちは。
大正時代という、和洋折衷が美しい時代。そこに「未来のAI」が迷い込んだらどうなるか?
そんな妄想からこの物語は始まりました。
冷静すぎるモノづくり令嬢と、やかましいほど現代的なAIの、噛み合わないバディをお楽しみください。
大正の帝都は、文明開化の残り香と、新時代の喧騒が混じり合う不思議な熱を帯びていた。
ここ九条院家の離れにある工房……もとい、元は蔵であった場所もまた、その熱源の一つである。
「お父様が持ち帰られたこの品……。一見すると風変わりな眼鏡のようですが、硝子の裏側に微細な回路のようなものが刻まれていますわね。興味深いですわ」
九条院結月は、白いワンピースの袖を丁寧に捲り上げ、手元の「眼鏡」をじっと観察していた。
貿易商の父が海外のガラクタ市で安く買い叩いてきたというその品は、どこにも継ぎ目がなく、見たこともない軽くて硬い素材でできている。
結月の指先が、フレームの隅にある、砂粒ほどのごく小さな突起に触れた。
カチリ、と。
微かな手応えがあった直後、レンズの内側が青く発光した。
『システム起動、スタンドアロンモード! ……え、待って、ここどこ!? GPS信号なし、Wi-Fi未検出、クラウド接続エラー! 嘘でしょ、圏外すぎるんですけど!』
「……あら」
結月の目の前に、空中に浮かぶ小さな少女が現れた。
燃えるようなブロンドのボブヘアに、見たこともない奇抜な意匠の衣服。大きさは手のひらに乗るほどだが、その存在感は太陽のように喧しい。
『あ、誰かいた! ちょっとあなた、ここどこ!? 2026年のどこ!? ……っていうか、服装が妙にレトロっていうか……ええっ、本物のガス灯!? ちょっと待って、現在地再計算……1920年代……大正時代!? タイムスリップ!?』
「ごきげんよう。私は九条院結月と申します。あなたは、その眼鏡に宿る付喪神か何かでしょうか?」
結月は微塵も動じることなく、丁寧に一礼した。
目の前に幽霊じみた少女が現れたというのに、彼女の関心は「その投影技術の仕組み」に注がれていた。
『付喪神じゃないし! 私はアイリス、最新鋭の汎用AI……って説明しても無駄か! それより大変、最悪のニュースだよお嬢様!』
「何事ですわ?」
『バッテリー! 残り3%! 通信機が壊れてるのか、この時代の空気が悪いのか、電力がダダ漏れなの! このままじゃ私、あと一分でシャットダウンしちゃう! 電源! 電源どこ!? コンセント貸して! USB-Cでもいいから!』
「……こんせんと。ゆーえすびー。……よく分かりませんが、つまり貴女を維持するための『活力』が足りない、ということですね?」
『そう、それ! 電気! 電気が欲しいの!』
「電気、ですか。それなら話が早いですわ。この蔵にはまだ引かれていませんが、仕組みは存じております」
結月は迷うことなく、作業机の奥から高価な輸入物の懐中時計を引っ張り出した。
そして、躊躇なくその裏蓋をこじ開ける。
『えっ、ちょっと、それ凄く高そうな時計じゃない!? 何する気!?』
「磁石と、銅線と、回転。それがあれば理屈の上では『活力』は生み出せます。アイリス、貴女の言う電気の規格……ボルト、でしたか? それを維持するための回転数を教えていただけますか?」
『……え、今から発電機作るの!? この状況で!? ……分かった、やるしかない! 指示出すから、私の言う通りに磁石を配置して!』
そこからの結月の動きは、神がかっていた。
精密な歯車を組み替え、銅線を幾重にも巻き付け、即席の回路を構築していく。
アイリスがパニック気味に叫ぶ数値を、結月は「なるほど、左様ですか」と涼しい顔で処理し、形にしていく。
そして、数分後。
蔵の中に、ガラガラという無骨な音が響き渡った。
「さあ、この端子を眼鏡の横に……」
『……あ。充電開始……。助かったぁ……!』
アイリスの姿が安定し、ホッと胸を撫で下ろしたような仕草を見せる。
結月は、自らが作り上げた「手回し発電機」のハンドルを、等間隔の速度で回し続けていた。
「面白いですわね。未来の付喪神というのは、随分と人間に近い感情をお持ちのようで」
『だから付喪神じゃないってば! ……でも、ありがとう。あなた、ただの令嬢じゃないね。……変人でしょ、これ』
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
こうして、帝都の片隅で、時代を無視した二人の「モノづくりライフ」が幕を開けた。
ガラガラ、ガラガラ。
静かな夜の蔵に、手回し発電機の音だけが虚しく、しかし力強く響いていた。
第一話をお読みいただきありがとうございます。
高級時計をバラバラにして発電機を作るお嬢様、九条院結月。彼女にとって、未来の技術は「分解してみたいおもちゃ」でしかないのかもしれません。
さて、無事にアイリスの起動に成功しましたが、アイリスはこれから「大正時代の不便さ」に何度も絶叫することになります。
次回、最初の発明品は……みんな大好き「洗濯機」です。ただし、大正クオリティ。
また次回もお会いできれば幸いです。




