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もう一度だけ君に会えるなら

作者: 夜の現在地
掲載日:2026/01/12

 

 日本では年間、駅のホームからの転落事故が数千件にも及ぶと報告されている。

 そのうち約三十%は“原因不明”として処理される。

 誰もが忙しく、誰もが急ぎ、誰もが目撃者になれない瞬間がある。

 ――これは、そのうちの一件。


 私は今、彼が死んだ駅のホームに立っている。


 風が通り抜けるだけの場所なのに、

 なぜかここには“彼の気配”がある。


「…来てくれたんだね」


 死んだ彼がそう言ってくれた気がして、足が震える。


 三年前、彼はここで転落死した。

 警察の結論は「不注意な転落事故」。


 私は、知りたかった。


 彼が――最後に何を私に伝えようとしていたのか。


 彼はジャーナリストだった。死に際まで何を調査していたか、

 私は知っていた。

 それは国の中枢と、巨大企業の癒着に関わる膨大な証拠。


 何度も止めた。

 何度も忠告した。

 それでも彼は進んだ。


「君は信じてくれないのか」

 ……そう言って。


 そして、彼は死んだ。


 でも脳科学は進んでいる。

 死者の“残留記憶”を抽出する装置が開発されていた。

 それは、死の直前の視界と感情を再現する。


 私は今日、それを起動する。


 モニターの中で、

 彼はまだそこにいるように見える。


 微笑んでるようにも見える。


「大丈夫だよ」

 ――そんな声が聞こえる気がする。


 だが、私はわかっている。

 これは幻覚でもなければ、彼の意思でもない。


 これは…残滓だ。


 彼が心の底で残した

 「最後の想い」だけが

 この場所に刻まれている。


 そして私は、

 その残滓に手を伸ばす。


 映像の中の彼の視界が揺れる。


 足元に落ちる影。

 誰かの手。

 目の奥に宿る恐怖。


 だが、彼の目に最後に映っていたのは、


 私だった。


 ――君を探していた。

 ――君が来ると思っていた。


 私は震えた。


 違う。

 私は彼を探しに来たんじゃない。


 彼が死ぬ前に、

 私を愛したままでいてくれたかを

 確かめたかっただけだ。


 装置の残留ログは、

 私の顔を見ている彼の目線を映していた。


 怯えた瞳。

 それでもどこか安心したような光。


 その瞬間、私は微笑んだ。


 私の愛する人は、

 “私の好きな彼のまま”

 死んだのだと知った。


 彼はもういない。


 ただ――

 彼女の中だけで

 永遠に生きているのだ。


「ありがとう。変わる前に消えてくれて――そのままの貴方が、大好きだよ」

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