9話 闇の中に潜むもの
「――見つけたぞ。こんなジメジメした穴蔵に隠れて、ネズミの真似事とはな」
下卑た笑い声とともに、松明を掲げた8人の男たちが姿を現した。どの男も身につけている武装はバラバラだが、その瞳には共通して「他人の命を何とも思っていない」暗い光が宿っている。
「チッ……追いつかれたか!」
カイトが即座に剣を抜き、セシリアを背後に庇う。
男たちの先頭に立つ、顔に大きな一文字の傷がある男が、ショウとアリナを冷たく睨みつけた。
「おい、そこにいる二人……。お前らは誰だ。そのお嬢様を狙うハイエナか? だったら命があるうちに失せな。こいつは俺たちの獲物だ」
ショウが一歩前に出ると、男の一人が威嚇するように右腕の袖をまくり上げた。そこには、見る者の背筋を凍らせるような**「髑髏が真っ赤な薔薇を咥えている」**不気味なタトゥーが刻まれていた。
それを見たアリナの表情が、一瞬で凍りついた。
「……大家さん、下がって。こいつら、**『スカルロザリオ』**の連中だよ」
「スカルロザリオ……?」
「ルミナス王国の全域、それどころか国境を越えて暗躍している巨大な組織。金さえ積まれれば、人殺し、略奪、誘拐……どんな汚い仕事でも完璧にこなす。逆らった街が一つ消えたって噂もあるくらいの、この辺りで最も危険な人殺しの集団だよ!」
アリナの声はわずかに震えていた。相手はただの路地裏のならず者ではない。王国中で恐れられている「本物の悪」だ。
傷の男はニヤリと笑い、髑髏のタトゥーを誇示するように叩いた。
「ほう、小娘が俺たちの名を知っているとは光栄だな。だったら話は早い。その二人を渡して消えろ。さもなきゃ、お前らもまとめてその穴蔵に埋めてやるぜ。……依頼主からは、邪魔者は誰であれ排除して構わないと言われているんでな」
セシリアがカイトの服の裾を強く握りしめ、震える声で呟いた。
「……そんな、本当にお父様は、これほど恐ろしい方たちを雇うなんて……」
絶望に沈みかけるセシリアと、多勢に無勢で剣を構え直すカイト。
だが、ショウは怯むどころか、静かな怒りとともに一歩前へ踏み出した。
「……金で人の命をどうこうするような奴らに、渡すわけにはいかないな」
ショウが静かに、しかし決然とした口調で告げると、スカルロザリオの男たちは鼻で笑った。
「武器も持たねえガキが、口だけは達者じゃねえか。……おい、やれ!」
男たちが一斉に踏み込もうとした瞬間、ショウは右手に「高熱の炎」、左手に「大量の水」を同時にイメージし、それらを掌の中で強引に衝突させた。
「――いけッ!!」
ブシュゥゥゥゥーーッ!!
凄まじい音と共に、洞窟内は一瞬にして真っ白な熱い水蒸気に包み込まれた。冷えた洞窟の空気に反応し、蒸気はさらに濃い霧となって刺客たちの視界を完全に遮る。
「な、なんだ!? 煙か!? 前が見えねえ!」
「アツッ! なんだこの蒸気は! クソ、どっちへ行きやがった!」
「今のうちに奥へ! 走るんだ!」
ショウの声に弾かれたように、カイトとセシリア、そしてアリナが動き出す。ショウは咄嗟に二人の腕を掴むと、霧に巻かれた男たちを背に、洞窟のさらに深い闇へと無我夢中で駆け出した。
「大家さん、機転が利くね! まさか魔法をぶつけて煙幕にするなんて!」
アリナが最後尾から剣を構えて警戒しつつ、感心したように声を上げる。
「本には入り組んでるって書いてあったけど……この先がどうなってるかは分からない! でも、ここに留まるよりはマシだ!」
ショウを先頭に、カイトはセシリアの手をしっかりと引き、足場の悪い岩場を必死に駆け抜ける。
「……助かった、ショウ! だが、この奥に行き止まりだったらおしまいだぞ!」
カイトが焦った声を出す。その隣で、セシリアは荒い息を吐きながらも、必死にカイトの歩幅に食らいついていた。
「それでも進むしかない! あいつらが相手じゃ、まともに戦ってもセシリアさんを守りきれない!」
だが、逃げる道中、ショウの背筋にゾクりとするような寒気が走った。
(……なんだ? 誰かに見られてる?)
視線は背後の刺客たちからではない。もっと高い場所、洞窟の天井付近の闇の中から、何者かが自分たちをじっと観察しているような禍々しい気配を感じたのだ。
一瞬だけ上を仰ぎ見ると、暗闇の中にぼんやりと、巨大な「何か」が岩壁に張り付いているような影が見えた気がした。しかし、今はそれを確かめる余裕などない。
(気のせいか……? いや、確実に何かいる。この洞窟、ただの廃坑じゃない……!)
やがて、迷路のような細い通路を抜けると、不自然なほどにぽっかりとひらけた、ドーム状の巨大な空間に出た。天井は高く、どこからか差し込む微かな光が岩肌を照らしている。
「ここなら……っ」
一瞬、立ち止まって出口を探そうとしたその時だった。
ヒュッ!!
闇を切り裂く鋭い風切り音。
「――っ!?」
「あぐっ!!」
短い悲鳴と共に、最後尾を走っていたアリナが激しく転倒した。
「アリナ! 大丈夫か!?」
ショウが慌てて駆け寄ると、彼女の右足のふくらはぎに一本の矢が深く突き刺さっていた。
「くっ……ごめん、大家さん……油断した……っ!」
アリナは苦痛に顔を歪めながら、折れそうに震える脚を必死に押さえている。
「あそこだ! 逃がさねえと言っただろうが!」
空間の入り口から、スカルロザリオの刺客たちが次々と姿を現した。どうやら霧の中を迷うことなく、執念で追いすがってきたようだ。
「……ハッ、袋のネズミだな」
傷の男が歪んだ笑みを浮かべ、ボウガンを手にした部下たちと共に四人を半円状に囲い込む。
負傷したアリナを背に、カイトが必死に剣を構え直すが、その表情には焦りが滲んでいた。
逃げ場のない広場。執拗な追っ手。そして、頭上の闇から自分たちを値踏みするように見つめる、あの不気味な捕食者の気配。
最悪の状況下で、ショウは静かに立ち上がった。
逃げ場はねえぞ、お嬢様もろとも細切れにしてやる!」
傷の男が合図を出すと、7人の刺客がじりじりと距離を詰めてきた。1人はボウガンを構え、残りの6人は抜き身の剣を手に、獲物を追い詰めるハイエナのような笑みを浮かべている。
負傷したアリナを背後に庇い、カイトが剣を正眼に構えた。
「……ショウ、やれるか? 相手は手慣れてる、足手まといになるなら俺が食い止める。その隙にセシリアとアリナを……」
「いや、僕も戦うよ。二人とも、必ず守る」
ショウの迷いのない返答に、カイトは少し驚いたような顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「……ふん、頼もしい大家さんだ。よし、行くぞ!」
ショウは地面に伏しているアリナの手から、彼女の愛剣を借り受けた。
剣なんて、これまでの人生で一度も握ったことすらない。重さすら知らないはずだった。
――だが。
剣の柄を握った瞬間、心臓が跳ねた。
再び、あの奇妙な感覚が脳裏をよぎる。真っ白な空間、断片的な「記憶の破片」。それは以前よりも鮮明に、ショウの全身の細胞を揺さぶった。
(……知っている。この重さも、重心の置き方も、風の斬り方も……!)
「死ねッ!」
一人の剣士が雄叫びを上げて斬りかかってくる。ショウは無意識に、淀みのない動作で剣を斜めに振り上げた。
ガキィィィン!
鋭い金属音が反響する。相手の剣筋を完璧に見切り、最小限の力で受け流したのだ。
「なっ……何!? 素人の動きじゃねえぞ!」
驚愕に目を見開く刺客の懐へ、ショウはさらに踏み込む。空いた左手を至近距離で相手の腹部に突き出し、脳内で「爆発」をイメージした。
「――『ファイアボール』」
ドォォォォン!!
「ぎゃああああっ!!」
至近距離での火球が爆ぜ、刺客の一人が火だるまになって吹き飛んだ。一人、撃退。
「おい、冗談だろ!? あのガキ、剣を使いながら魔法を……!」
一方、カイトもまた凄まじい実力を見せていた。金髪を激しくなびかせ、疾風のような速さで二人の剣士の間をすり抜ける。
「よそ見してる暇があるのかよ!」
カイトが低く呟くと同時に、彼の纏う空気が一変した。ただの冒険者の動きではない、研ぎ澄まされた武人の鋭さ。彼は一歩の踏み込みで二人の剣士の間へと潜り込む。
シュパッ、シュパッ!
それは、まるで空気が凪ぐかのような静かな、しかし抗いようのない神速の一閃。カイトの放った刃は、刺客たちが剣を振り下ろすよりも早くその喉元を撫で、さらに二人が音もなく地面に沈んだ。
「やるね、カイト!」
「あんたこそ、何なんだその動きは! 魔法使いがそんな剣を使うなんて聞いてねえぞ!」
背中合わせになった二人の少年。
魔法と、失われた記憶に導かれるような身体捌きを見せるショウ。そして、一撃必殺の「太刀」を振るうカイト。二人の規格外の連携を前に、スカルロザリオの刺客たちの顔には、もはや隠しようのない動揺と恐怖が走り始めていた。
刺客たちの恐怖が極限に達したその瞬間、それまで静観していたリーダーの傷の男が動いた。
彼は腰から二振りの曲刀を抜き放つと、仲間を踏み台にするほどの勢いで突進してきた。その速さは、先ほどまでの部下たちとは一線を画している。
「しまっ……!?」
カイトが防戦に回るが、男の凄まじい連撃に耐えきれず、弾き飛ばされて岩壁に叩きつけられた。
その隙に男はショウの懐へと潜り込み、足払いでショウを地面に転がすと、その喉元に冷たい刃を突きつけた。
「カハッ……!」
(こいつ……仲間を犠牲にして、僕らの動きと『隙』をじっと狙っていたのか。……かなりの手だれだ!)
ショウが地面に組み伏せられるのを見て、傷の男は下卑た笑みを浮かべ、残った部下たちに怒鳴り散らした。
「おい! お前ら何してやがる! さっさとそのお嬢様を捕まえろ! 抵抗するなら脚の骨の一本や二本、折っても構わねえ!」
「は、はいッ!」
ボウガンを構えた男が、怯えるセシリアと負傷したアリナへ向かって歩み寄る。
ショウは首筋に刃を立てられながらも、遠くに倒れているカイトへ向けて、鋭い視線で合図を送った。
(……カイト、今だ!)
ショウは喉元の刃を恐れることなく、自由な左手を男の顔面ではなく、あえて**「真上」**の闇へと向けた。
「――『ファイアアロー』!!」
「ハッ! そんな見え透いた攻撃、当たるかよッ!」
男が嘲笑い、首を傾けて火矢を避けようとする。しかし、ショウの狙いは最初から男ではなかった。
「……お前なんて狙ってないさ!」
放たれた火矢が天井の岩を砕いた衝撃で、そこに潜んでいた「それ」が、ついに重力に従って落下してきた。
ショウの叫びと同時に放たれた火矢が、天井の岩肌を激しく砕いた。その衝撃と熱に炙り出されるように、闇に潜んでいた「巨大な影」が重力に従って落下してくる。
ドォォォォォンッ!!!
凄まじい地響きと共に、広場の中央に土煙を上げて巨大な影が降り立った。
湿り気を帯びた漆黒の鱗、岩をも易々と引き裂く長い鉤爪、そしてドロリとした毒液が滴る鋭い牙。
そこに姿を現したのは、この洞窟の真の主、バジリスクだった。
「な……なんだ、この化け物はぁぁっ!?」
あまりの威圧感と衝撃に、傷の男はショウの首から刃を離し、腰を抜かしたように数歩後退りした。
その瞬間だった。
ショウが火矢を放ったのを「合図」として、倒れていたカイトが弾かれたように跳ね起きた。彼は迷うことなく、自分を狙っていた刺客たちの横をすり抜け、守るべき二人の元へと走り出す。
「セシリア! アリナ!」
「カイト様!」
カイトはセシリアの手を引き、負傷して動けないアリナの肩を担ぎ上げると、バジリスクの巨体から距離を取るように素早く壁際へと避難させた。
一方、不意打ちで獲物を横取りされた形になったバジリスクは、不快そうに低い唸り声を上げる。その黄金色の瞳が、目の前で呆然と立ち尽くしているスカルロザリオの男たちを捉えた。
「オォォォォォォォォォォッ!!!」
洞窟全体を激しく震わせる、怒りの咆哮が洞窟内に響き渡った。




