76話 船の上での修行
「碧海の咆哮」号の船尾に立ち、ショウは海に向かって右手を突き出していた。
グラウンドウェッジを握る手に、これまで以上に膨大で、制御の難しい魔力が渦巻いている。クラーケン戦で覚醒した、自分自身の奥底に眠る魔力を引き出せるようになった成果だ。
「……いいか、ショウ。初級魔法はただのマナの矢や壁じゃが、中級からは『範囲』と『破壊力』が段違いになる。……まずは炎じゃ。……【バーンフレア】!!」
ジラードの手から放たれたのは、複数の巨大な火球。それらは海面に着弾すると、凄まじい爆発と共に炎の柱を突き上げた。
「……す、すごい。……次は、私の番ですね」
ショウは集中し、魔力を練り上げる。
「……【バーンフレア】!!」
ショウの放った火球は、ジラードのものより一回り大きく、海面に更なる大爆発を引き起こした。波が大きく揺れ、船体が軋む。
「……がはは! 威力だけは一人前じゃの! じゃが、魔力の無駄が多すぎるわい」
ジラードは笑い飛ばしながらも、ショウの成長速度に内心では舌を巻いていた。続けて、水、風、土の中級魔法が、次々と海に向かって放たれる。
• 水: 高圧の激流が岩をも削り取る**【アクアストリーム】
• 風: 鋭い鎌鼬の嵐が広範囲を切り刻む**【ブラストレイヴ】
• 土: 海底から巨大な岩の槍を突き上げる**【グランドスパイク】
修行の合間、ジラードはパイプに火を点けながら、魔法の基礎知識を語り始めた。
「ショウよ。個人の強さはな、戦士は【戦気】、魔法使いは【魔力】の量がすべてじゃ。……この二つの量は、基本的に生まれた時に決まっておる。修行で増やせるが、限界がある。」
戦気が高ければ身体能力が高く、剣技も豊富に覚えられる。魔力が高ければ魔法が多く使え、種類も豊富に覚えられる。
(……つまり、ゲームでいうステータスみたいな感じか。生まれた時に大抵ランクは決まっていて、修行で少しだけ底上げできる……。今までレン達を探すのとサクラソウの運営で必死だったけど、そんな基礎知識すら知らなかったな……)
「……じゃが、ごく稀に【巫】のように神から力を継承すれば、その能力が跳ね上がることもある。……クレアのようにな」
ふと見ると、船首の方ではアリナとジルが稽古をしていた。
ジルは一歩も動かず、アリナの盾と剣を、木の枝一本で全て受け流している。その無駄のない動き、静かなる威圧感。遠目から見ているだけでも、ジルの強さが尋常ではないことが伝わってくる。
「……そーいえば、ジラード様。クレア教授が言ってましたけど、ジラード様ってこの世界で5本の指に入るほどの実力なんですよね?」
ショウの問いに、ジラードは破顔した。
「がははは! 5本の指か! 確かにそーかもな。……いいか、ショウ。魔法使いには、頂点に君臨する世界最強の【魔法帝】とその下に【5大魔法使い】がおる。……その魔法帝はわしの師匠でな、5大魔法使いの1人が、このわしじゃ」
「……へへーー、やっぱりジラード様ってすごいんですね!」
ショウは改めて、自分の師匠の偉大さに戦慄した。
「じゃあ、その5人の中での位置はどーなんですか?」
「……んーーー。まぁ、4.5あたりかのー」
ジラードは少し気まずそうに、煙を吐き出した。
(……ジラードより強いやつが、まだいるんだな……)
「……そして、剣士も魔法使いと同じように1番上に【剣王】がおり、その下に【5大剣士】がいる。……その1人が、ジルじゃ」
「えっ、ジルさんが!?」
「あやつは剣の都【レヴァンティン】の出でな。……あの都で修行した剣士は最高峰を独占しておるわい」
ショウは、再び船首の稽古風景を見つめた。
(……てことは、俺……今、世界最高峰の魔法使いと剣士と旅しているんだな……)
みんなの船代など、この二人と旅ができる価値に比べれば、あまりにも安すぎる。ショウは自分の幸運と、これから始まるレテ島への旅への期待に、胸を熱く焦がしていた。
今日の修行が一段落し、ショウは火照った体を冷ますために船内を歩いていた。
甲板には修行の激しさを忘れさせるほど、多くの乗客で溢れている。レテ島は年中温暖な気候に恵まれ、世界中から観光客が訪れる「バカンスの聖地」だ。着飾った貴族や裕福な商人の家族連れが楽しげに談笑している。
一方で、独特な生態系を持つレテ島の魔物を狙う、武装した冒険者たちの鋭い視線も混じっている。
(結構乗客がいるんだな……。下宿屋のオーナーとしては、こういう客層の動きはつい気になっちゃうな)
「なな! にーちゃん!」
不意に背後から声をかけられ、ショウは足を止めた。
振り返ると、そこには小柄な男が立っていた。30代くらいだろうか、短く切り揃えた茶髪に、身軽そうな旅装束。男は人懐っこい笑みを浮かべてショウを見上げている。
「ん???」
「よーにーちゃん、すごいなあんた! さっきの魔法、陰から見させてもらったぜ。なかなかの腕前じゃないか!」
「あ、ありがとうございます……」
ショウは少し気圧されながらも会釈を返す。
「おーーっと! 挨拶が遅れたな。俺の名前はレイヴってんだ! 世界を回って情報を集めたり、時にはその情報を売ったりしてる『情報屋』さ! あんちゃんは?」
「私はショウと言います。……あ、今は下宿屋のオーナーをしていますが、友人を探しに旅をしています」
「へぇーー! 下宿屋ね!! 下宿屋のオーナーが旅なんて、そりゃまた珍しいな! その友人はレテ島にいるんか?」
(あ……やべ。レテ島にあるジラードさんの転移魔法陣の話は、口が裂けても言えないな。魔法陣を使ってガイスト大陸に行くなんて、普通はありえない話だし……適当に誤魔化すか)
「いえ、レテ島には……別の用事で向かっているんです。レイヴさんは、観光ですか?」
「そーかい! 俺はな、【巨神グラン・アトラスの眠り山】を拝みに行くのさ!」
「……グラン・アトラス?」
ショウが聞き返すと、レイヴは驚いたように目を丸くした。
「おめーさん、知らないのか!? グラン・アトラスは、昔々、このガイスト大陸を海から引っ張ってきたと言われている伝説の巨人……いや、神様なんだ!」
レイヴは身振りを交えて、楽しそうに神話を語り始めた。
「今はレテ島の中央に横たわり、そのまま巨大な山になったと言われてる。それが『眠り山』さ! まあ、大昔の神話みたいな話だが、その麓には巨神の力が残ってるって噂もあってな。情報屋としては、一度はこの目で確かめておかなきゃと思ってよ!」
「へー……巨神グラン・アトラス。大陸を引っ張るなんて、かっこいいですね」
(巨人の神、か。……もしそんな存在が本当にいたなら、この世界の魔法や戦気の限界なんて、さらりと超えていたんだろうな……)
ショウは、レイヴの話に耳を傾けながら、遠く霞む水平線の向こうにあるはずの、巨大な「眠り山」を想像した。バカンスの聖地という華やかな顔の裏に、神話の巨神が眠る島。
「おっと、喋りすぎちまったな! ショウのあんちゃん、レテ島に着いたらまた会うこともあるだろう。困ったことがあったら俺を訪ねな。情報なら安くしとくぜ!」
レイヴは軽やかに手を振り、人混みの中へと消えていった。
ショウは一人、海を見つめ直した。レンの影、自分自身の謎、そして語られた巨神の伝説。レテ島は、ただの通過点以上の何かを自分に突きつけてくる予感がしていた。




