69話 グラン・マリーナ
ショウは微かな魔力の奔流が流れ込み硬い鉄の音がして檻が開いた。
「いやーー助かったよー! あいつら、急に捕まえてきてさ、こんな狭い檻に入れられて本当に困ってたんだ。あんがとな!」
中から飛び出してきたのは、どんぐりのお面を揺らす不思議な小人だった。彼は地面に着地すると、木肌のような独特の質感を持つ短い手足を伸ばして、大きく伸びをした。
「僕の名前はコロンボ族のロロ! 君たちが助けてくれたんだね!」
ロロは明るく喋りながら、ひょいとショウの膝元まで駆け寄ってきた。そして、まじまじとショウの顔を覗き込むと、そのどんぐりのお面を傾けて不思議そうな声を上げた。
「……あれぇーー?? 君、ヴェンクスくんに似てるね??」
「……ヴェンクス??」
聞き覚えのない名前に、ショウは思わず眉をひそめた。しかし、ロロは構わず言葉を続ける。
「でも、ヴェンクスくんは何百年も前の人だもんなぁ……。人違いかな? でも、流れている魔力の感じもそっくりで、なんだか懐かしく感じちゃったよ!」
ロロの無邪気な一言に、ショウの心臓がどくりと跳ねた。
(……何百年も前? この体の元の持ち主のことか……? それとも、もっと別の……)
自分の正体も分からぬままこの世界に放り出されたショウにとって、それは無視できない言葉だった。
「おい、ロロと言ったか。お前の言うヴェンクスってのは、あの伝説の勇者のことか?」
ジラードが鋭い視線を向けながら問いかける。ロロは「そうそう!」と元気よく頷いた。
「僕、ずーっと昔にヴェンクスに会ったことがあるんだよ! 彼は僕の大親友なんだから!」
「ええっ!? 君、あの伝説の勇者と知り合いなの!? というか、そんなに長生きなのね……」
「信じられない……。童話の中の登場人物だと思ってたわ」
エマとアリナが驚愕の声を上げる中、ロロは短い胸を張って自慢げに鼻を鳴らした。
「まぁーね! コロンボ族は森と一緒に生きるから、人間よりちょっぴり長生きなんだ。大親友の顔は忘れないよ! ……そーだ! 助けてくれたお礼に、これあげる!」
ロロが小さな、瑞々しい緑色の葉っぱを一枚差し出した。ショウは戸惑いながらも、その不思議な質感の葉を受け取った。
「葉っぱ……?」
「のんのんのん! それは『呼び笛の葉』! その葉を口に当てて吹けば、どこにいたって僕が駆けつけるよ。森の植物や実のことなら何でも教えられるし、僕たちコロンボ族にしか使えない特別な治療魔法だって使えるんだから。大変な時は呼んでよ、力になるからさ!」
ロロはそこでもう一度、じっとショウを見つめた。どんぐりのお面の奥にある瞳が、少しだけ真剣な色を帯びる。
「それに、君のことがやっぱり気になるしね。ヴェンクスに似てる君が、これからどうなるのか見てみたいんだ」
「……ありがとう、ロロ。大切にするよ」
ショウが微笑んで葉を鞄にしまうと、ロロは「うん!」と満足そうに飛び跳ねた。
「じゃ! 僕は森に戻るね! 何かあったら呼んでくれな!」
そう言うと、ロロは近くに落ちていた手頃な木の棒を拾い上げた。彼が何らかの魔力を込めると、その棒がヘリコプターのプロペラのように猛烈な勢いで回転し始める。ロロはその棒にぶら下がるようにして、ふわふわと宙へ浮き上がった。
「バイバーイ! またねー!」
シュールな光景を残して、小さな木の精霊は森の木々の間へと消えていった。
残された一行の間には、ロロが残した「ヴェンクス」という名前の余韻が重く漂っていた。ショウは自分の掌を見つめ、自身の内に眠る謎が、想像以上に深いものであることを予感せずにはいられなかった。
「……さぁ、出口へ向かうぞ、あともう少しじゃ」
ジラードの言葉に促され、一行は再び荷馬車を走らせた。森の出口は、もう目の前だった。
ロロとの不思議な出会いから一時間。荷馬車の車輪が湿った苔の絨毯を離れ、乾いた土の感触を刻み始めた時、一行の視界を遮っていた巨樹の帳が唐突に開けた。
「ふあぁぁ……っ、陽の光だーーーっ!!」
アリナが両手を大きく広げ、思い切り背伸びをする。頭上には、森の中では決して拝めなかった、吸い込まれるようなコバルトブルーの空がどこまでも続いていた。
「ようやく森を出られましたね……」
ショウは眩しさに目を細めながら、背後の黒々と茂るエーテルフォレストを振り返った。指輪を手に入れ、聖獣と共闘し、伝説の勇者の名を耳にした。この短期間に起きた出来事の濃密さに、不思議な充足感と微かな疲れが混ざり合う。
「ふん、わしはもう少しあの森を探索したかったのう……。珍しい魔素の溜まり場がまだいくつもあったはずじゃ」
エマが口を尖らせて名残惜しそうに言うが、その瞳は既に、前方へと続く街道の先に向けられていた。
「少し歩けば村じゃ。こ奴らを引き渡しにいくぞ」
ジラードの促しに、一行は再び歩みを始めた。
昼過ぎ。一行が辿り着いたのは、ショウが見てきた中でも一際こぢんまりとした、数軒の石造りの家が並ぶだけの静かな村だった。
村の広場にある簡素な駐在所には数名の衛兵が詰めており、荷馬車に詰め込まれた密猟者たちを見ると、驚きと感心の声を上げた。
「……こりゃあ驚いた。この近辺で悪名高かった一味ですよ。あんたたち、ただの旅人じゃなさそうだな」
衛兵から感謝の言葉と共に、ずっしりと重い金貨の袋が手渡された。一行はそこで、干し肉や水袋といった必要最低限の旅の物資を調達し、休息もそこそこに、次なる目的地「グラン・マリーナ」へと足を急がせた。
村を離れ、なだらかな丘陵地帯を三人はのんびりと歩いていた。乾いた草の香りが鼻腔をくすぐる。
ふと、ショウの脳裏に、かつてフィエルテの街で命を救った少女の顔が浮かんだ。
「そういえば……フィエルテで会ったユーリアは、今頃どうしてるかな」
「あのお嬢様か? そうね、エマ! あの『魔眼』で様子が見れるんじゃない?」
アリナの提案に、エマは「おお、そーだな、見てみるか!」と、尊大に頷いて足を止めた。
「見てみるか。……【虚空の写目】」
エマの片目が怪しく紅く発光する。その視線は遥か彼方、ユーリアの姿を捉えていた。
「んんん……おっ! いたぞ。やつは無事に家にいるみたいだな。……へぇ、こやつが言ってた通り、なかなかの貴族じゃないか。とんでもなくデカい屋敷に住んでおるぞ!」
「へえー!! 本当にお嬢様だったんだね。いつかまた会えるといいね、ショウくん」
「……うん。無事なら、それでいいんだ」
安堵の息を吐くショウの隣で、話についていけなかったジラードが、胡散臭そうにエマの顔を覗き込んだ。
「なんだ? ユーリアとは。……というかエマ、その目があれば、可愛い女の子の肌とか、年中見放題なんじゃないのか?」
ジラードが下卑た笑いを浮かべ、エマの肩を叩く。
「おい、エマ! わしにその目をよこせ! わしの右目と交換せんか!」
……ジラードよ、お主にだけはこの目が継承されなくて本当に良かったわ。天国のクレア先生も、お主のそんな顔を見て今頃呆れ返っておるぞ」
「ガハハ! クレアなら『最低ね』と言いながら笑ってくれるわい!」
三人の笑い声が、のどかな丘を吹き抜けていく。
そんな軽口を叩きながら丘の頂上へ辿り着いた瞬間、一行の足が止まった。
視界の先に広がっていたのは、太陽の光を乱反射してキラキラと輝く、どこまでも続く紺碧の海。
そして、その海岸線に沿って、まるで雪を積み上げたかのように真っ白な石造りの街並みが広がっていた。
「……綺麗だ」
ショウが感嘆の声を漏らす。
グラン・マリーナ。
白亜の壁を持つ建物がひしめき合い、港には巨大な帆船の帆がいくつも揺れている。風に乗って運ばれてくるのは、微かな潮の香りと、港を行き交う人々の活気ある喧騒だった。
「着いたな。あそこがグラン・マリーナじゃ」
ジラードが目を細め、水平線の先を見つめる。
心地よい潮風が、一行の髪を揺らす。
神秘の森を抜けた先に待つのは、広大な海。
ショウは新たな一歩を踏み出すべく、丘を下り始めた。




