64話 ナーガの猛攻
砂煙の奥底から、これまでとは質の違う、忌々しくも強大な魔力が膨れ上がった。
「シャアアアアアアアアーーーーッ!!」
ナーガの咆哮と共に、視界を埋め尽くすほどの爆炎が一行を襲う。
「ぼおおおおおっ!!」という轟音。廃教会の古い空気が一瞬にして焼き尽くされ、熱波がショウの肌を焦がす。
(魔法だと……!? 魔物が魔法を使うのか……?)
ショウは戦慄した。これまでの魔物とは違う。脳裏をよぎるのは、あの炭と化した集落の惨状。犯人はこの業火だったのだ。
「させるかぁっ! ウォーターウォール!!」
エマが必死の形相で前に躍り出た。杖から溢れ出した奔流が水の壁となり、押し寄せる炎を真っ向から受け止める。
ジュウウウウウ――ッ!!
激しい水蒸気が立ち込め、視界が真っ白に染まった。
だが、その蒸気を切り裂いて、燃え盛る炎を纏った刃がエマの眼前へと迫る。
「しまっ……!?」
「キィアアアアアッ!」
狂ったように笑うナーガの刺突。エマは咄嗟に杖で防ぐが、その衝撃を殺しきれず、後方の石柱へと吹き飛ばされた。
「エマ!!」
ショウが叫ぶが、ナーガの標的はすでに彼へと移っていた。
ぬるぬるとした動きで距離を詰め、炎の刃を振り下ろすナーガ。ショウはバックステップで回避しながら、必死に魔力を練る。
「ウィンドカッター!!」
放たれた真空の刃がナーガの胸元を捉えるが、鱗に弾かれ、浅い切り傷を残すにとどまった。
(この程度の魔力じゃ……っ!)
ナーガの追撃がショウの腹部を襲う。燃える刃を杖『グラウンド・ウェッジ』で辛うじてガードしたが、それは巧妙な囮だった。
「ガハッ……!?」
がら空きになった胴体に、鉄筋のように硬いナーガの尻尾が叩き込まれる。ショウの体は木の葉のように舞い、教会の椅子を粉砕しながら床を転がった。
さらに追い打ちをかけようと、ナーガが炎の刃を高く振りかざす。
(やばい……間に合わない……!)
「ぬうおおおおおっ!!」
地響きのような咆哮。ショウの目の前で、ドラムがナーガの太い尻尾を両手で掴み取っていた。岩のような筋肉が膨れ上がり、信じられない怪力でその巨体を背負い投げのように放り投げる。
ドォォォォォン!!
ナーガの体は、先ほどまで彼女が鎮座していた銅像へと叩きつけられた。
「キィイイッ!?」
悲鳴を上げるナーガ。だが、ドラムの猛攻は止まらない。
「これで終わりだぁぁっ!!」
跳躍したドラムが、ウォーハンマーを全力でナーガの尾へと叩きつける。
グシャッ……!! という嫌な音が響き、ナーガの自慢の尾が文字通り粉砕され、地面に沈み込んだ。
「ギャアアアアアアアアアーーーーッ!!」
のたうつナーガが、最後の手負いの反撃に出る。残った手から、至近距離のドラムへ向け、最大級の炎を放った。
「ドラムさん!!」
ショウが走り込む。先ほどエマが見せた水の壁を作る。
「ウォーターウォール!!」
激突する炎と水。その水蒸気のカーテンを潜り抜け、一筋の銀光が閃いた。
「さっきはよくもやってくれたね!!」
壁に叩きつけられていたアリナが、いつの間にかナーガの頭上へと肉薄していた。怒りに満ちた一閃が、炎の剣を握るナーガの右腕を根元から断ち切る。
「スパーーーン!!」
「ギ、ギャアアッ!?」
逆の手をアリナへ向けようとするナーガ。だが、そこにはすでにエマが杖を構えていた。
「その汚い手も邪魔なのだ! 消え失せろ!!」
放たれたウィンドカッターが、もう片方の腕をも鮮やかに切断した。
四肢(腕と尾)を失い、ダルマのようになったナーガ。もはや咆哮を上げる力もないその頭部へ、ドラムが最後の一撃を振り下ろす。
「民の恨み、その身で受けよ。……フンッ!!」
ドガァァァァァッ!!
鉄槌がナーガの顔面を粉砕し、教会の床石が大きく陥没した。
……静寂。
あとに残ったのは、激しい戦闘の余韻と、ピチピチと跳ねる火の粉の音だけだった。
「……はぁ、はぁ。……なんとか、やりましたね」
ショウは膝を突き、肩で息を吐いた。勝った。けれど、胸の中には苦い後味と焦燥感が残っている。
(くそ……。グリフィンの時みたいな魔力を、自分の意志で出せなかった。俺はまだ、この世界で何も成せていない……)
「ガハハハ! 皆、ご苦労であったな!」
ドラムが鉄槌を背中に戻し、豪快に笑いながらショウの肩を叩いた。
「大きな怪我はなさそうだ。無事で何よりだぞ! これで、あの集落の人々の無念も少しは晴れたことだろう」
ドラムは転がるナーガの骸を見下ろし、少しだけ表情を曇らせた。
「しかし、最近の魔物の活発さは異常だ。ただの偶然とは思えん……。ショウ殿、お主らは旅の途中なのだろう? 十分に気をつけることだ。何かが、この世界で動き始めているのかもしれんぞ」
ショウはドラムの言葉を重く受け止め、自らの未熟な手を見つめた。
旅はまだ始まったばかり。今の自分の力の無さをショウは痛感していた。
ナーガを討ち果たし、四人は再び元来た道を引き返した。
集落に近づくにつれ、立ち上る煙は細くなり、代わりに重苦しい静寂が辺りを支配していた。
集落では、残った騎士たちが黙々と救出作業と後片付けを終えたところだった。広場の中央では、ジラードが数人の生存者を前に、その掌から柔らかな黄金色の光を放っている。
「……ふぅ。これで峠は越えたわい。あとは安静にすることじゃな」
ジラードが額の汗を拭ったところで、一行が姿を現した。
「おー、戻ってきたか。無事なようじゃな」
ドラムがジラードの前に進み出で、深々と頭を下げた。
「ジラード様、ご助力感謝いたします! こちらもナーガの討伐に成功しました。ショウ殿、エマ殿、アリナ殿の尽力あっての勝利です!」
その言葉に、ショウは小さく俯いた。
(……俺は、何もできなかった。ドラムさんの背中に守られて、アリナやエマさんの機転に助けられただけだ……)
拳を握りしめるショウの横で、エマがいつものように胸を張る。
「ふふん! まあな! 天才プリティ魔術師のエマ様にかかれば、あんな蛇一匹、造作もないことよ!」
「もう、エマったら。……でも、本当にみんな無事でよかった」
アリナが少し疲れた様子で微笑み、ショウの肩にそっと手を置いた。
ドラムが周囲を見渡し、苦渋の表情を浮かべる。
「……して、集落の人々は?」
ジラードは悲しげに首を振った。
「……ああ。ほとんどの者は、すでに息絶えておった。無事だったのは数名……わしの魔法でなんとか命を繋ぎ止めたが、心に負った傷は深い」
ジラードは焼け焦げた大地を杖で叩いた。
「ここも血の匂いが強すぎる。また別の魔物が寄ってくるかもしれん。急いで亡骸を荼毘に付し、生存者と共にフィエルテまで戻るのが賢明じゃろうな」
「わかりました……。手配いたします。何から何まで、ありがとうございます」
ドラムは衛兵たちに迅速に指示を飛ばし、撤収の準備を始めた。そして再びショウたちに向き直ると、ずっしりと重い革袋を差し出した。
「ジラード様、そして皆様。これは今回の件に対する、私個人からの報酬です。旅の資金に充ててください。……それと、王都に戻った折には、改めて国王陛下にも報告し、正式な謝礼をさせていただきます」
ドラムが深く礼をする。その誠実な態度に、ジラードはニヤリと笑って袋を受け取った。
「ありがたく頂戴するわい。それとドラム、ルミナスに(国王)によろしく伝えといてくれ。『次会う時は、とびきり美味い酒を用意しておけ』とな」
「ハハハ! 確かに承りました!」
ドラム率いる騎士団が生存者を連れ、フィエルテへと引き返していく。その背中を見送った後、ショウたちは再び自分たちの旅路へと向き直った。
「さて……。しんみりするのはここまでじゃ。ショウよ、お主の『オーナー修行』はまだ始まったばかりじゃぞ」
ジラードの言葉に、ショウは顔を上げた。
「……はい。次の目的地は確か....」
北東は向かい、街道を外れ、日光さえ届かぬほどに古い樹木が支配する場所――【古き森エーテルフォレスト】。そこに、わしの古い友人が住んでおる。変屈な奴だが魔法に詳しい奴でな..少し用事があったの」
一行は、街道を離れ、森の深淵へと続くけもの道へと足を踏み出した。
背後で、集落を弔う煙が空高く昇っていく。
ショウは腰の杖『グラウンド・ウェッジ』の感触を確かめ、自分に言い聞かせた。
(次は……次こそは、自分の力で。誰も失わせないために)
一歩、また一歩。
「下宿屋のオーナー」としての誇りと、己の無力さへの葛藤を抱えながら、ショウの旅はさらなる神秘と危険が待つ古き森へと続いていく。




