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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第2章:再会編

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62話 襲われた集落

「お久しぶりぶりです、ドラムさん……。相変わらず、……元気、すぎますよ……」


「おー! ジラード様もご一緒か。これはまた、場違いな大物がいたものだ」


ドラムの視線がジラードへ向く。ジラードはいつもの好々爺の表情を消し、鋭い眼差しでドラムの背後の兵士たちを見渡した。


「ドラムよ、挨拶はそこまでじゃ。……この物々しい空気。何かあったな?」


ドラムの顔から、陽気な笑みが霧散した。


「……流石ですな。実は、昨晩。ここフィエルテから東へ数里行ったところにある小さな集落が、魔物の襲撃を受けました。付近にいた我が部隊に救援要請が入ったのは、今朝方のこと……。我々は今まさに、そこへ急行するところだったのです」


「集落が……魔物に?」


アリナが声を震わせ、腰の剣を確かめる。


「規模はどの程度なのだ? 生存者は……?」


エマの問いに、ドラムは重く首を振った。


「報告によれば、街道沿いの民家がことごとく炎に包まれているとのこと。……おそらく、手遅れかもしれぬが、放置するわけにはいかん」


ショウは杖『グラウンド・ウェッジ』のグリップを強く握りしめた。


自分のサクラソウを思い浮かべた。あの王都の下宿屋で帰りを待つセシリアやカイト、ルーナたちの顔を思い浮かべると、同じように家を持って暮らしていた人々が無慈悲に襲われたという事実に、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「ドラムさん、俺たちも行かせてください。……いいですよね、師匠?」


「まー、良い。どーせその集落の近くを通る予定じゃった。わしの教え子が『助けたい』と言うのなら、断る理由はないわい。……それに、二日酔いを冷ますには魔物退治がが一番じゃ」


ジラードが不敵な笑みを浮かべ、ドラムは深く頷いた。


「おおお!! 助太刀、感謝いたす! 最強の魔法使いジラード様と、あの日王都を騒がせた下宿屋のオーナーとその仲間たちが同行されるのであれば、これほど心強いことはない!」


ドラムが背中の巨大なウォーハンマーを引き抜いた。その重量感だけで地面が微かに揺れる。


「野郎ども、聞いたか! 助っ人だ! 我ら王都騎士団の名に懸けて、一つでも多くの命を救うぞ! 遅れるな、全速力で突撃だ!!」


「「「おおおぉぉぉーーー!!!」」」


騎士たちの怒号がフィエルテの街壁を震わせる。

朝日がようやく霧を切り裂き、ショウたちの前方を赤く照らし出した。

だがその光は、まるでこれから向かう場所で燃える炎の色を暗示しているかのようだった。

ショウ、アリナ、エマ、そしてジラード。

四人はドラムの騎馬部隊に同乗し、街道を全速力で駆け抜けていった。

目指すは、悲鳴が止んだ後の沈黙が支配する――紅蓮の集落。


フィエルテの活気ある喧騒を離れ、ドラムの騎馬隊と共に街道を駆け抜けること数刻。

一行の視界に飛び込んできたのは、のどかな農村の風景ではなく、天を衝く黒煙と、鼻を突く不快な焦げ臭さだった。


「これは……ひどい……」


集落の入り口で馬を止めたアリナが、震える指先で口元を覆った。

かつては家族の笑い声が響いていたであろう広場は、今や冷たい灰の海と化している。家々を支えていた立派な大黒柱は、芯まで焼き尽くされて真っ黒な炭の棒となり、崩落した屋根が地面に突き刺さっている。


火が消えてから時間が経過しているのか、激しい炎こそないが、炭化した瓦礫の隙間からは、今なお白い煙が呪詛のように立ち上っていた。風が吹くたびに舞い上がる灰が、アリナの桜色の髪やドラムの銀色の甲冑を、不気味な灰色に染めていく。


「野郎ども、馬を降りろ! 散開して生存者を探せ! わずかな声も聞き逃すな、瓦礫の一片までくまなく当たるんだ!」


ドラムの裂ぱくの気合きあいが、静まり返った村に響き渡る。

衛兵たちは沈痛な面持ちで散り、崩れた壁や焦げた家具を懸命に跳ね除け始めた。

ショウもまた、足元を覆う灰を撒き散らしながら、一軒の半壊した家屋へと足を踏み入れた。


(つい昨日まで、ここでは誰かがご飯を食べて、誰かが眠っていたはずなんだ……)


下宿屋のオーナーとして、家という場所が持つ温もりを知っているショウにとって、この「住まい」が無慈悲に破壊された光景は、鋭い針となって胸を刺した。


その時だ。微かな、本当に耳を澄ませなければ聞き逃してしまうほどの、か細い吐息が、瓦礫の重なりの下から漏れ聞こえた。


「た……たす……け……て……」


「誰かいるのか!?」


ショウは夢中で駆け寄り、熱を帯びたままの太いはりに手をかけた。


「今助けます! 踏ん張ってください!」


ショウは全身の筋肉を躍動させ、瓦礫を一人で跳ね除けた。その下から現れたのは、煤と血にまみれた、一人の壮年の男性だった。


「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」


ショウは男の体を抱き起こしたが、男の服は無残に切り裂かれ、その下にある肉は鋭い鉤爪か刃物で抉り取られたような深い傷を負っていた。


「はぁ……っ、はぁ……。あ、あいつ、だ……。蛇のような……長い、青い尻尾で……」


男は焦点の定まらない瞳で、隣に横たわる小さな塊を見つめていた。それは、同じように無残な傷を負って物言わぬ骸となった、彼の幼い娘だった。


「いいんだ……、もう、私、は……。あいつ、たった一人で……家族を……魔法と、剣で……笑いながら、……っ」


男は最後に一度だけ、娘の遺体に触れようと指先を動かしたが、その指が届く前に力尽き、ガクリと首を落とした。


「……っ! くそっ……!!」


ショウは男の亡骸を抱きしめたまま、奥歯を噛み締めた。助けられなかった悔しさと、この惨状を――たった一匹で引き起こしたというその存在への、静かな、けれど激しい怒りが胃の奥で燃え上がるのを感じた。


ショウの背後に、ジラードが音もなく歩み寄ってきた。その瞳には、いつもの好々爺とした色気はなく、冷徹な賢者としての光が宿っている。

ジラードは地面に残された、不自然に深く長い「一本の溝」をじっと見つめ、そこに残った粘液の混じった土を指で掬い取った。


「……家の傷跡、魔法の残留思念、そしてこの地面に残った鱗の破片。間違いあるまい。ナーガの仕業じゃな」


「ナーガ……。あの上半身が人間で、下半身が巨大な蛇の、あの魔物ですか? でも、たった一匹でこれほどの被害を……?」


ショウの問いに、ジラードは重々しく首を振った。


「いかにも。だが、ナーガは本来、湿地や人里離れた深き森に棲まう気難しい魔物。これほど強力な個体が、わざわざ人里を襲撃し、挙句に略奪などではなく破壊を楽しむなど、不自然極まりない。……」


「ナーガですか……。なぜ、あんな連中がこんな場所に」


ドラムが歩み寄り、戦鎚『ウォーハンマー』の柄を軋むほど強く握りしめた。


「なんにせよ、二次被害を防がねばならん。奴を野放しにすれば、今夜にでも隣の村が同じ地獄に変わるだろう」


ドラムは集まった衛兵たちに向け、雷鳴のような声で指示を飛ばした。


「生存者の捜索と遺体の収容を最優先しろ! 生きている者が一人でもいるなら、全力で救え! 私はこれより、この這い跡を追い、元凶を討つ!」


ジラードがショウ、エマ、アリナの三人を静かに見据えた。


「ならば……ショウ、エマ、アリナ。お主らはドラムに同行し、そのナーガを仕留めてこい。この集落に蔓延る『毒』を浄化するのじゃ」


「師匠は……? 一緒に行かないんですか?」


「わしはここに残る。見ての通り、生存者の治療と集落の守りを固めねばならん。高度な癒魔法を使えるのは、この場ではわししかおらんからのう」


ジラードはショウの肩に節くれだった手を置き、その目を見据えた。


「これも特訓じゃ、ショウよ。お主はあのグリフィンとの死闘で見せた、魂の奥底にある『魔力』を思い出し、今度は自らの意志でそれを引き出してみせよ。……今のうちに実戦の熱に慣れておかねば、ガイスト大陸へ渡った瞬間、お主はただの『餌』に成り下がるぞ」


「……わかりました。下宿屋のオーナーとして、……こんな真似をした奴を許せません。やってみます」


ショウの瞳に、確かな決意の炎が宿る。それを見たドラムが、短くも力強い笑みを漏らした。


「よし、覚悟は決まったようだな! エマ殿、アリナ殿も、頼りにしているぞ! 行くぞ、奴はまだ遠くへは行っていないはずだ。この血と煙の匂いが消えぬうちに、奴の心臓を叩き潰してやる!」


「「「おお!!」」」


ドラムを先頭に、一行は灰色の集落を後にした。

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