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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき


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6話 1人目の入居希望者

ショウが皆の元へ戻ると、そこではルーナが苦渋の表情で負傷した弓使いの少女に手をかざしていた。 


「……ショウ様! ご無事でしたか!? ゴブリンたちはどうなったんですか……?」


駆け寄るルーナに、ショウは少し息を整えながら答えた。


「ああ、魔法を使ってなんとか追い払うことができたよ。もうこっちには来ないはずだ」


「魔法で……? あの数のゴブリンを一人で……」


ルーナは驚きに目を見開いたが、今は負傷者の手当てが先だと自分に言い聞かせるように頷いた。


「……すみません。傷が深すぎて、私の『ヒーリング』では出血を止めて塞ぐのが精一杯でした。完全に治しきるには、もっと高い階梯の魔法か、病院での治療が必要です……」


弓使いの少女は顔色が悪く、剣士の青年が彼女を支えるようにして立っていた。そこへ、アリナが駆け寄ってくる。


「助けてくれてありがとう! ……って、あれ? もしかして、さっき街中でぶつかった人!?」


「ああ。君がこれを落としたから、追いかけてきたんだ」

ショウが拾った財布を差し出すと、アリナは「ああっ!」と叫んで自分の腰を確かめ、それから顔を輝かせた。


「嘘、わざわざこれを届けるために森まで……? ほんとに、ほんとにありがとう! 財布がなかったら治療代も払えなかったし、何より命まで助けてもらっちゃって……」


アリナは何度も深々と頭を下げた。


一同は負傷者を抱えていることもあり、早々に森を抜けて王都へと戻ることにした。


門をくぐると、男剣士と弓使いの少女は治療と報告のために病院とギルドへ向かい、アリナは「お礼に何かご馳走させて!」とショウたちを引き止めた。結局、当初行く予定だったルーナ行きつけの食堂へ、三人で向かうことになった。


すっかり日は落ち、昼食の予定だったはずが、店に着く頃には賑やかな夕食の時間になっていた。


「へぇー! あの丘の上の大きな屋敷を、下宿屋にする予定なんだ!」


運ばれてきた絶品シチューを頬張りながら、アリナは身を乗り出した。ショウは食事の合間に、自分がレンやサクラという仲間を探していることや、拠点を整えるためにあの屋敷を再生させていることを話した。


「実は、私も王都に来たばかりで拠点がなくて……。今は安い宿屋を転々としてるんだけど、不便だし、何よりさっきみたいなことがあると怖くって。もしその下宿屋ができたら、私を一番最初の住人にしてくれないかな?」


アリナは桜色の髪を揺らしながら、真っ直ぐな瞳でショウを見つめた。


「ショウさんみたいな優しい人が大家さんなら、私、安心して剣の修行に打ち込めると思うんだ。お願い!」


「……ああ、もちろんだ。君のような元気な子がいてくれたら、屋敷も明るくなるしね。準備ができたら真っ先に連絡するよ」


ショウの言葉に、アリナは「やったぁ!」と、今日一番の笑顔でシチューをおかわりした。


まだ自分の魔法の威力や、体に残る奇妙な違和感に戸惑いはあったが、ショウの心には初めて確かな手応えが宿っていた。


アリナと別れ、バルトの屋敷に戻ったショウの心は、まだあの森での光景に支配されていた。


暗くなった屋敷の庭に一人出ると、ショウは冷ややかな夜気の中で自分の右掌を見つめた。


(あの感覚を忘れないうちに、もう一度試しておかないと……)


昼間の戦いの最中、脳裏でパズルのピースがはまったあの瞬間。体内を駆け巡った熱い奔流を再現するように、ゆっくりと意識を集中させる。


まずは基本の『ウォーターボール』だ。


最初はチョロチョロと頼りない水が出る程度だろう――そう高を括って魔力を押し出した次の瞬間だった。


「おーーわわっ!?」


ショウの掌から、バスケットボールほどもある巨大な水の塊が、凄まじい勢いで膨れ上がった。重さに耐えきれず、水の塊は不格好に形を歪ませ、庭の地面を激しく濡らした。


「なんだこれ……。少し意識しただけで、こんなに……」


ショウは自分の手と、びしょ濡れになった地面を交互に見た。どうやら、この若返った体には、自分でも想像がつかないほど膨大な魔力が眠っているらしい。蛇口を全開にしたような出力に、制御が全く追いついていないのだ。


(落ち着け……。全力で出すんじゃなくて、糸を通すように、細く、慎重に……)


ショウは再び集中した。前世で精密な事務作業や日々の業務を積み重ねてきた忍耐力を呼び起こす。溢れ出そうとする魔力の奔流を、心の指先で一滴ずつ絞り出すように制御していく。


「……ふぅ。今度は、これくらいか」


数分の格闘の末、ようやくショウの手のひらの上には、リンゴほどの大きさの安定した『ウォーターボール』が浮かんでいた。透き通った球体は、月明かりを反射して美しく輝いている。


「やっと、まともにコントロールできるようになったか……」


だが、たった数回練習しただけで、額にはじっとりと汗が滲んでいた。ただ放出するだけなら容易いが、意図したサイズに留めるのは、神経をすり減らす作業だった。


「難しいな……。これじゃ、掃除に使うにしても屋敷を水浸しにしちまうぞ」


ショウは苦笑いしながら、浮かんでいた水を地面に落とした。強大な力を持っていることは分かった。しかし、それを「下宿屋の大家」として使いこなすには、まだまだ地道な修行が必要なようだった。


翌朝、朝日が差し込む屋敷で片付けが再スタートした。


「よし、昨日の練習の成果を見せるぞ」


ショウは昨夜の庭での感覚を思い出し、指先に意識を集中させた。狙うは汚れた窓ガラス。細い水流で一気に洗い流すイメージだった。

「いけっ、『ウォーターボール』!」


しかし、放たれた水の塊はショウの制御をあざ笑うかのように肥大化し、次の瞬間――至近距離で派手に爆発した。


「わわっ!?」


「きゃああっ!」


大量の水飛沫をまともに浴び、ショウとルーナは頭からつま先までびしょ濡れになってしまった。滴る水に、二人は一瞬呆然と見つめ合ったが、どちらからともなく吹き出した。


「あはは! ショウ様、それはお掃除じゃなくて水遊びですよ!」


「面目ない……。加減したつもりだったんだけどな」


笑いながら顔を拭うショウだったが、ふと隣のルーナを見て動きが止まった。濡れた白いブラウスが肌に張り付き、その下から淡い色の下着が少し透けて見えていたのだ。


思わず視線を泳がせるショウに、ルーナはまだ気づかぬまま楽しそうに笑っている。


「……っ、こ、効率を上げよう。さあ、続きだ!」


ショウは赤くなった顔を隠すように慌てて作業に戻った。

その後は、ルーナの安定した魔法と、時折うまく制御できたショウの魔法を組み合わせ、片付けは驚くほどの速さで進んでいった。夕方になる頃には、埃にまみれていた床や壁は見違えるほど輝きを取り戻し、ようやく人が「住める」と言える程度にまで綺麗になった。


「いい感じになりましたね、ショウ様! 部屋が息を吹き返したみたいです」


「ああ、本当に。……あとは、最低限の家具さえあれば、下宿屋としてスタートできそうだな」


そんな話をしていた時、外から「おーーい!」と豪快な声が響き、馬車の車輪の音が近づいてきた。


「バルトさん?」


慌てて外へ出ると、そこには荷台いっぱいに荷物を積んだ馬車を操るバルトの姿があった。


「ははは! 捗っているようだな。商売仲間や倉庫から、使わなくなった家具をかき集めてきてやったぞ。ベッドに机、椅子に棚……どれも古いもんが大半だが、ガタはねえ。好きなものを選んで使ってくれ!」


馬車には、重厚な木製のテーブルや寝心地の良そうなベッドフレームなど、下宿屋には欠かせない品々が所狭しと並んでいた。


「バルトさん、助かります! これで本当に、形になりそうです」


バルトと協力して、馬車に積まれた家具を一つずつ慎重に屋敷内へと運び込んでいった。


日が暮れる頃には、空っぽだった屋敷が温かみのある生活空間へと姿を変えていた。


一階の広々としたロビーには、バルトが「掘り出し物だぞ」と自慢げに持ってきた、使い込まれた風合いの大きな革張りソファを設置した。その正面には立派な暖炉があり、傍らにはチェス盤でも置けそうな小さなサイドテーブル。ここはきっと、住人たちが夜な夜な集まり、冒険の疲れを癒やす憩いの場になるだろう。


食堂には、大勢が一度に囲める長い木製テーブルと、背もたれがしっかりとした椅子を並べた。ルーナが並べた燭台に火が灯ると、そこはまるで温かい家庭のような雰囲気に包まれた。


「お風呂場もこれで完璧ですね!」


ルーナが掃除してくれた一階の脱衣所には、着替えやタオルを整理しておける木製の棚が据え付けられた。この世界の風呂は魔石で湯を沸かす仕組みだ。


そして二階の客室。

アリナたちが泊まることになる各部屋には、寝心地の良さそうなシングルベッドと、日記や手紙を書くのに丁度いい小ぶりなテーブルを配置した。備え付けの簡易キッチンには、バルトがサービスで付けてくれた数組の皿やコップが並び、今すぐにでも生活が始められる。


「……完成、だな」


ショウは一階のロビーの真ん中に立ち、見違えるようになった屋敷を見渡した。埃だらけの廃墟だった場所が、今は「下宿屋」としての息吹を上げている。


「お見事だ、ショウ。これだけの屋敷が蘇るとはな」


バルトが満足げにショウの肩を叩き、ルーナも隣で嬉しそうに頷いている。


「はい! 本当に素敵です。ここなら、アリナさんも、ショウ様が探しているお友達も、きっと喜んでくれますよ」


窓から見える王都の夜景は美しく、ショウの心には確かな充足感が広がっていた。




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