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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第1章 : 異世界転生編

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57話 銀閃


「……やるぞ」


レンの短く冷徹な合図とともに、ザックが影のように動いた。前世のゲーム知識を総動員して練った作戦。まずは敵の視覚を奪い、人質を確保する。最短、かつ最効率の救出劇だ。


「……食らえ!」


ザックの手から放たれた煙玉が、オーガの足元で爆ぜた。

シューーーッ! という音とともに、洞窟内が白い煙で埋め尽くされる。


「ウガァッ!? ギ、ギギッ!?」


パニックに陥ったオーガの手から、獲物であった女性が転がり落ちる。その隙を逃さず、レンとルーシィが巣穴へ突入した。レンは迷わず檻へ走り、渾身の一撃で木の柵を叩き斬る。


「ルーシィ、連れて行け!」


「わかったわ!」


檻から救い出した女と、床に倒れていた女。二人を抱えるようにしてルーシィが外へ走り出す。レンはオーガを牽制しつつ、しんがりを務めて洞窟を脱出した。

その直後、ザックが自作の手投げ爆弾を煙の渦へ投げ込む。


「これでおさらばだ!」


ドドドドォォォン!!


轟音とともに土煙が舞い上がり、洞窟の入り口が激しく揺れた。


「……やったか?」


ザックが呟く。だが、レンの肌は嫌な予感に粟立っていた。

直後、煙を切り裂いて巨大な岩塊が飛来する。


「はぁーーッ!!」


レンは反射的に剣を振るい、迫りくる岩を真っ二つに両断した。砕け散る石礫の向こう側から現れたのは、全身の毛を逆立て、瞳を血走らせた激昂のオーガだった。


「ヴ、ヴォォォォォォォ!!!」


怒りが頂点に達した怪物は、地面を叩きつけ、周囲の木々をなぎ倒しながら突進してきた。その巨体が跳ね上がり、三人を押し潰そうと空を舞う。


「散れっ!」


レンの叫びで三方が分かれる。着地の衝撃で地面が爆ぜた。オーガは獲物を定めるように首を振ると、怯えるルーシィへと狙いを定めた。


「や、やめて……っ!」


差し伸べられた巨大な手が彼女を掴もうとする。だが、その指先をレンの刃が鋭く裂いた。


「ズバァンッ!」


「お前の相手は、俺だ!」


斬り飛ばされた指から血が吹き飛ぶ。ザックがその隙にルーシィを抱え上げ、後方へと離脱した。

オーガは近くの巨木を根こそぎ引き抜くと、それを棍棒のように振り回し始めた。ブォンッ、ブォンッ! と空気を引き裂く凶悪な風切り音。


(……化け物め、器用な真似を……!)


レンは翻弄されていた。回避はできる。だが、反撃の糸口が見えない。

そこへ、ザックがオーガの背後から飛びかかった。肩にしがみつき、ダガーを突き立てる。


「ぐ、おぉぉぉ!」


激しく身をよじるオーガ。ザックは無慈悲に振り払われ、地面へと叩きつけられた。


「ザック!」


オーガが手にした巨木を、倒れたザックの頭上へと振り下ろす。絶体絶命。


「『水弾ウォーターボール!』」


ルーシィの放った一撃がオーガの顔面に直撃し、怪物の体勢がわずかに崩れた。

その刹那、レンは勝機を見た。ザックが投げた煙玉が辺りを包む。その煙を突き抜け、レンは全速力で踏み込んだ。


「くたばれぇぇぇ――ッ!!」


渾身の力を込め、跳躍。オーガの首筋へと剣を深く、深く突き立てた。

ザクゥッ! 確かな手応え。


「ヴォォォォ、ガ、ギギィィ!!」


オーガは首に剣を刺したまま、狂ったように暴れまわる。レンは柄を掴んだまま離さない。


「落ちるかよぉぉっ! 終われ……終わらせろッ!!」


全ての体重を預け、さらに剣を押し込む。噴き出した熱い返り血がレンの顔を染める。だが、オーガの生命力は、レンの計算を遥かに超えていた。


「ガァァァッ!!」


首を強引に振ったオーガの怪力が、レンの体を空中に放り出した。


「レン!!」


仲間の叫び声が遠のく。レンは地面に激しく叩きつけられ、肺の空気がすべて漏れ出た。

視界が火花を散らし、指一本動かせない衝撃が全身を襲う。


(……しまっ、た……剣が……)


レンの剣は、オーガの首に深々と突き刺さったまま。

手ぶらで倒れ伏すレンの目の前で、オーガが血に濡れた口を歪め、絶望的な殺意を込めて睨みつけていた。


死を覚悟した瞬間だった。

視界を覆い尽くすオーガの巨大な影。喉を鳴らし、トドメの一撃を振り下ろそうとした、その時。


――スパーンッ!!


空気を切り裂く高音とともに、一筋の銀光が走った。

それはレンが振るった無骨な剣技とは根本から異なる、洗練の極致。


「ガ……ッ!?」


オーガの動きが止まる。

次の瞬間、巨体の首から真っ赤な血が噴水のように噴き出し、地響きを立ててその怪物が崩れ落ちた。


「……はぁ、はぁ……」


呆然とそれを見上げるレンの前に、一人の男が立っていた。


褐色の肌に、月光を反射したかのような銀色の短髪。鋭い眼光を湛えたその男は、手にした異形の剣――日本刀のように片側に刃を持つ、美しい湾曲の刀を、流れるような所作で鞘に収めた。

一撃。ただの一撃だ。

レンが死力を尽くし、命を削ってなお仕留めきれなかった化け物を、男は塵でも払うかのように斬り伏せた。


「……レン! 大丈夫!?」


駆け寄るルーシィが、男の姿を見て息を呑む。

その特徴に、彼女の記憶の中にある「噂」が結びついた。


「褐色の肌に、銀色の髪……そして、あの不思議な形の剣。もしかして――」


ザックが震える声でその名を継いだ。


「え……嘘だろ。『銀閃』のジルヴェス・レイン……って、あの、伝説剣士の……!?」


男――ジルは、驚愕に固まる二人には目もくれず、地面に倒れ伏したままのレンを見下ろした。

レンは全身の激痛に耐えながら、自分を救った男を睨み返すように見つめる。


(ジルヴェス・レイン……ジル。なんだ、この圧倒的な速さは。俺が、俺たちが積み上げてきた『戦術』を、こいつはただの『暴力的な速度』だけで踏み潰したのか……?)


「お前ら、新米冒険者か……」


ジルの声は低く、そして鋭い。まるで冷たい刃を突きつけられたような、抗いようのない威圧感がその場を支配した。


「レン! 大丈夫!?」


「あ、ああ……」


駆け寄るルーシィとザックの声に、レンは意識を現実に繋ぎ止める。全身を襲う激痛をこらえながら、ジルの背中を睨み据えた。


「危ないところを、助けていただきありがとうございました……」


ルーシィが震える声で礼を言う中、ザックが震える手で剣を鞘に収めた。カチッ、という硬い音が静まり返った森に響く。


「お前ら。次から戦うときは、相手の強さと自分たちの強さを見誤らないことだな」


ジルは背中を向けたまま、吐き捨てるように言った。


「俺が来なきゃ、そこの男――お前は、死んでいたぞ」


その言葉に、レンは奥歯を強く噛み締めた。否定したかった。だが、足元で転がっているオーガの巨体と、手元から失われた自分の剣が、残酷なまでの敗北を物語っている。


(くそ……。俺が全力で斬っても浅かったあの体に、一撃で。なんなんだ、こいつの速さは……!)


「……なぜこんなところに、『銀閃』のジルさんがいるんですか?」


ザックの問いに、ジルはわずかに首を動かした。


「人を探していてな。ある『魔眼』の持ち主が、この近くのトーリス村にそいつがいるのが見えたと言っていたんだ。来てみれば村中がオーガに手を焼いているという。……蓋を開けてみれば、この現状だ」


レンの思考が跳ねた。


(人探し……? 魔眼だと?)


「まて……その魔眼の持ち主はどこにいる。俺も、人を探しているんだ」


食い下がるレンの視線に、ジルは初めてわずかな興味を覚えたように目を細めた。


「ノヴァ・クレア教授だ。かつては魔法都市エリシオンにいたが、今は旅をしている」


ノヴァ・クレア。魔法都市。

レンはその名を脳内の最優先事項として刻み込んだ。その「力」があれば、ショウとサクラに辿り着けるかもしれない。


「お前ら、新米なら王都で経験を積むがいい。こんな辺境で戦っていれば、いずれ異質なモンスターに襲われて死ぬぞ。王都なら情報も集まるし、何かあれば冒険者も多い。……今回はたまたま俺がいたから助かっただけだと思え。今のお前らじゃ、オーガですら早すぎる」


「……はい。その通りです」


ルーシィが沈痛な面持ちで頷いた。


「私たちも王都を目指していました。このオーガにリベンジしたら、また出発する予定だったんです」


レンは倒れ伏したまま、ジルの言葉を反芻していた。

悔しさが胸を焦がす。だが同時に、一筋の希望が見えた


(魔眼..ノヴァ・クレア教授。そいつに会えればショウとサクラに会えるかもしれない..)



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