52話 ガイスト大陸への道
「しかし……この旅だが、決定的に欠けているものがあるな」
ジラードは難しい顔をしている
その言葉に、エマがすかさずジト目で切り返す。
「……可愛いお姉ちゃんが足りない、とか言うなよ?」
「がははは! それも欠けておるな! ワハハハ!」
ジラードは豪快に笑い飛ばしたが、すぐにまた表情を引き締めた。その様子に、ショウが代わりに答えを口にする。
「……前衛を任せられる人、ですよね」
「そうじゃ。わし、エマ、ショウ……この3人は魔法使いだ。前衛がおらん。わしが本気を出せばなんとかなるが、もしわしがその場におらんかったら、お前ら2人はお陀仏だ」
(確かに……。ゲームでも魔法使い3人パーティーなんて組まないよな。最低でも一人は、敵を食い止めてくれる剣士が欲しいところだ)
ショウが思考を巡らせていた、その時。
「私も行くわ!!」
「ん???」
3人が一斉に声のした方へ振り向く。そこには、いつの間にかアリナが立っていた。
「私も王都に来てから力をつけた。足手まといにはならないわ!」
ジラードは少しの間、アリナを値踏みするように見つめていた。だが、やがて短く溜息をつく。
「……前のグリフィンとの戦いを見ておったが、正直、アリナ一人だとまだきつい。だが、一人心当たりがある。そいつはちょうど、グラン・マリーナにいるはずじゃ。アリナとその男がおれば、前衛としてはなんとかなるかもしれん」
「どんな人なんですか?」
ショウが尋ねると、ジラードはどこか懐かしそうに目を細めた。
「剣の都レヴァンティンで剣技を学び、今はわしと同じように世界を旅しながら、自らを磨き続けておる……剣を愛する男じゃ。そいつを誘い出し、ガイスト大陸を目指す」
俺、ジラード、エマ、アリナ。そして途中で加わるその男を合わせて、合計5人。
「わかりました。よろしくお願いします」
ショウが深く頷くと、ジラードは「長い旅になるかもしれんから、準備は怠るなよ」と釘を刺した。
その後、エマが「私も不在になるから、私がいない間のルーナの課題も作らんといけんな」と、教育者らしい顔で呟いていた。
ジラードが説明を終えると、エマはルーナの「課題の準備をしてくるわ」と言い残し、リビングから姿を消した。
静かになった室内で、ジラードがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「さて、今日の修行じゃが……ショウ、サクラソウの裏庭に、今は使っておらん池のようなスペースがあるじゃろ?」
(確かに、あったな。プールの跡地みたいな、少し広めの石造りのスペースが)
「ありますね。ろくに管理もできていませんが、それが何か?」
「あそこに魔法で温泉をつくれ!」
「……は?」
ショウは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「温泉って……どういうことですか? 修行じゃないんですか?」
「土魔法はな、応用次第でどうにでもなる。攻撃や壁を作るだけが能じゃない。緻密に魔力を練れば、箸一本から巨大な建築物まで作れる万能の力じゃ」
ジラードはもっともらしい顔で腕を組み、言葉を続ける。
「それに、お主は魔法使いである前に、この下宿屋のオーナーじゃろう? 店を預かる者として、住人の要望を聞くのも立派な仕事ではないのか?」
(……本音が漏れてるぞ。結局、自分が温泉に入りたいだけだろ!)
ショウは呆れ果てたが、少し考えてから息を吐いた。
「……分かりましたよ。確かに、複雑な構造物を作るのは土魔法のいい練習になりそうですし。やりますよ」
「おお、話がわかるのう! ならば、混浴でデカいの一発頼むぞ!」
「ダメです。ちゃんと壁で仕切って、男女一つずつ作りますから」
「……真面目な野郎め。風情というものがわからんのう」
ジラードはケケケと笑いながら、「期待しておるぞ」と言い残して表へ出かけていった。
残されたショウは、足元で尻尾を振っている相棒のコロを見下ろした。
「……よし、行くか、コロ。まずは掃除から始めないとな」
「ワンッ!」
元気な返事と共に、ショウは手入れの行き届いていない裏庭へと向かった。そこには、枯れ葉が積もり、ひび割れた古い石造りの池が、静かに主の訪れを待っていた。
「……す、すげーな、これ」
そこには、もはや庭と呼べる面影はなかった。長年放置された雑草が、ショウの背丈ほどまで生き生きと伸び放題になり、まるで迷宮のような緑の壁を作っている。
ショウは隣にいる相棒を見下ろした。
「よし、コロ! この庭の草を全部刈るぞ!」
「わんっ!」
コロは元気よく吠えると、野性味溢れる動きで草むらへ突っ込んでいった。前足で勢いよく土を掘り返し、邪魔な根を口で噛みちぎって、ガシガシと開拓を進めていく。
「負けてられないな。……風よ、鋭き刃となれ」
ショウは風魔法を薄く広範囲に放ち、大鎌でなぎ倒すように草を刈り取っていった。倒した草をコロと一緒に一箇所に集めると、今度は土魔法で巨大な筒状の構造物を作り上げる。簡易的な焼却炉だ。
「燃えろ」
火魔法を投げ込み、集めた草を焼いていく。立ち上る煙を眺めながら、ショウは額の汗を拭った。
「なかなか疲れるな……。次は整地だ」
土魔法で地面の起伏を平らにならしていく。その様子を見ていたコロも、自分の出番だと言わんばかりに「掘り掘り」と前足で土を動かし、ショウの作業を健気に手伝ってくれた。
(確かに土魔法は、身を守ったり攻撃したりするだけじゃない。こういうふうに日常に応用できる面が、思った以上に多いんだな……)
ジラードの言葉を反芻しながら、ショウは魔力を指先に集中させた。元々あったプール状のスペースを利用し、中央に厚い仕切りの壁を作る。土を圧縮して強度を高め、二つの立派な浴槽の土台を形作った。
ふと顔を上げると、空はいつの間にか茜色に染まり、夕闇が迫っていた。
「……今日はここまでだな。あとの細かいところは明日やろう」
心地よい疲労感に包まれながら、ショウは泥だらけになったコロを連れて、明かりの灯るサクラソウの中へと戻っていった。
その夜、サクラソウの全員が集まるリビングで、ショウはガイスト大陸へ向かう旅程を詳しく説明した。
自分とジラードさん、エマ、そしてアリナが長期不在になること。危険な旅になるが、必ず友人と再会すること。そして、主不在の間のサクラソウを頼むということ。
「……事情はわかったわ。ショウくん、そのお友達が、無事に見つかるといいわね」
住人たちはショウの決意を真っ直ぐに受け止め、温かな激励を贈ってくれた。さらにショウが、裏庭に温泉を建設中で明日には完成すると付け加えると、しんみりした空気は一変して歓喜に包まれた。
「おおお! 明日にはできるのか! そりゃあ楽しみじゃのう! 湯船で月を眺めながら一杯やる……。クゥーッ、最高じゃろーな!」
一番声を弾ませて喜んでいるのは、やはりジラードさんだった。
(……やっぱり。ただ自分が入りたいだけなんじゃないか、)
ショウは心の中で呆れ半分にツッコミを入れながらも、皆の笑顔を見て、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
その後、自室のベッドに横たわったショウは、天井を見つめながら親友たちのことを考えていた。
(……もう少しで、レンに会える)
あいつは今、どんな戦いの中にいるんだろう。どうか無事でいてくれ。
ふと、不思議な感覚に襲われる。レンとは元の世界で腐れ縁だが、この世界での姿を見るのはこれが初めてになるのだ。
(あいつも俺のこと、ショウだってすぐわかるかな。……変な感じだよな、お互い中身は変わってないのに、外見は初対面なんだから。あいつ、俺の今の姿を見てなんて言うかな……)
そして、もう一人の親友、サクラのこと。
(サクラは今、どこにいるんだろうな……。レンと合流できれば、二人で探せる。あいつも……あいつもきっと、どこかで強く生きているはずだ。サクラはどんな姿をして、どんなことをしているんだろう…)
会える喜びと心配が複雑に胸の中で渦巻きショウの意識をゆっくりと眠りの淵へと誘っていく。
明後日には、この慣れ親しんだサクラソウを離れる。
高鳴る鼓動を抑えるように深く息を吐き、ショウは静かに目を閉じた。




