51話 2人の決意
アルクさんは組んでいた手を解き、居住まいを正してゆっくりと語り始めた。
「セシリア様についてですが……今後、王都の騎士団が正式に監視を行うことになりそうです」
その言葉に、カイトの肩がビクリと跳ねる。アルクさんは苦い顔をして続けた。
「先日、エストリア家の現当主、バルトロメウス・エストリア閣下と会談を持ちました。シオン殿も出席されましたが……結果として、セシリア様の巡礼が始まるまでの間、王都で身柄を管理するという方針で決定した.....」
「管理……監視……」
カイトが絞り出すように呟く。アルクさんは目を伏せた。
「エストリア家は、セシリア様が家を抜け出したことや、スカルロザリオの手を借りた事実を、どうしても公にしたくない。アルト村の一件についても、彼らは沈黙を貫いています。……今セシリア様が屋敷に戻れば、それこそ幽閉に近い形になる。実の兄であるシオン殿の目が届く王都の施設に置く方が安全だ、という見解です」
「……」
部屋に沈黙が落ちる。バルトロメウスという人物の、娘を家族としてではなく「家の名誉」としてしか見ていない冷徹さが、その決定から透けて見えた。
「正直に言えば、僕も……その方がいいと思っています。最近、各地で巫が襲われる被害が急増している。城の中であれば、万が一の際も騎士団がすぐに対応できる」
ショウはカイトの横顔を盗み見た。
(確かに、ここにいるよりは間違いなく安全だろう……。でも、カイトさんは……)
「俺は……」
カイトが拳を握りしめ、掠れた声で言った。
「俺は、あんな政治の道具みたいにセシリアが扱われるのは嫌だ。巡礼だって、結局は家の名誉のためだろ? セシリアは……あの力を使うたびに、削られるように消耗するんだ。それなのに、また監視されて、義務を押し付けられるのか……!」
「カイト」
遮ったのは、セシリアだった。彼女は静かにカイトの手に自分の手を重ね、弱々しく、けれど真っ直ぐに微笑んだ。
「私は大丈夫です。これも巫としての使命……。巡礼には、予定通り参加します。家の名誉のためではなく、私が私であるために逃げたくないのです」
「……っ」
カイトは言葉を飲み込み、黙り込んでしまった。その痛々しいほどの沈黙を破るように、アルクさんが前向きな提案を口にした。
「巡礼には、王都からも護衛の騎士が数名同行する予定です。可能なら、僕もその任務に志願しようと思っている」
それを聞いたカイトが、力強く顔を上げた。
「……なら、俺も行く。俺も、巡礼に参加させろ」
騎士団の管理、家の呪縛。それらがどれほど重くのしかかろうとも、彼女の隣を譲るつもりはない。カイトの瞳には、凄まじい決意が宿っていた。
「正直……それは難しいと思う」
アルクさんは、苦渋に満ちた表情で首を振った。
「エストリア家は、君がセシリア様を連れ出したことを重く見ている。実の兄であるシオン殿も、法と規律に厳しいお方だ。一度家を出た君に、守護の資格があるとは認めないだろう」
「……それでも、俺の家系はバーンフィールドだ!」
カイトが激昂し、椅子を鳴らして立ち上がった。その瞳には、今まで見たこともないような鋭い執念が宿っている。
「バーンフィールド家は、代々『巫の盾』として生きてきた家系だ。セシリアを守る権利も、義務も、俺の血の中に流れているはずだ……! 俺も修行を続けている。これからも、巡礼に備えてさらに強くなる。だから……!」
(カイトさん……。確かに言っていた。彼の一族が代々、巫の守護隊を務めてきたって)
ショウは、カイトの背中から放たれる圧倒的な気迫に気圧されていた。ただの幼馴染としての情愛ではない。宿命を背負った男の、退路を断った決意。
その強い眼差しに押されたのか、アルクさんは深く吐息をつくと、折れるように頷いた。
「……わかった。そこまでの覚悟があるのなら、私からも強く推薦しよう。幸い、近日中にエストリア家から巡礼の会議のために、ある人物が王都へ派遣されてくる」
「ある人物?」
「ハワード殿だ。エストリア家に長年仕える老剣士で、礼儀正しく、その剣技は王国でも5本の指に入ると言われている。……セシリア様、あなたもよく知る人物でしょう?」
その名を聞いた瞬間、セシリアの顔にパッと明るい光が差した。
「ハワードじい……! はい、私の教育係をしてくださっていた方です。とってもお優しくて、私にとっては本当のおじい様のような方なんです」
「彼なら良心的だし、何よりセシリア様の幸せを第一に考えてくれる。彼が味方についてくれれば、カイト、君の同行も認められる可能性があるはずだ」
アルクさんの言葉に、カイトは「お願いします」と深く頭を下げた。
その隣で、ショウもまた一歩前へ踏み出し、アルクさんの目を真っ直ぐに見据えた。
「なら……僕も、その巡礼に参加させてください!」
「ショウさん、君までもか……」
アルクさんが驚きに目を見開く。その視線を受け止めながら、ショウは奥歯を噛み締めて言葉を絞り出した。
「お願いします。エリシオンで、クレア教授があんな目にあって……。もし、また僕の目の前でセシリアさんに何かあったら、僕は一生自分を許せません。もう、あんな思いはしたくないんです」
「ショウ……お前……」
カイトが隣で息を呑むのが分かった。ショウの胸の奥で今も燻る、クレア教授を守りきれなかったという後悔の残り火。それが今、セシリアを守るという強い使命感となって燃え上がっている。
アルクさんはしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「……そうだね。わかったよ。だが、巡礼はまだ先の話だ。エストリア家との本格的な打ち合わせもある。今後、情勢がどう転ぶかもわからないし、君たちの参加を100%保証することはできない。それでも……全力で掛け合ってみるよ」
「それでもいいです。ありがとうございます! 僕も今、ガイスト大陸へ行くためにジラード様と修行しています。必ず、誰かを守れるほどに強くなりますから!」
ショウの力強い宣言に、アルクさんの口元に微かな笑みが浮かんだ。
「近日中に王都へ来るハワード様には、君たちのことを先に話しておこう。もしかしたら、君たちが旅立つ前に会えるかもしれない。その時は、正式に紹介するよ」
「ありがとうございます!」
ショウとカイト、二人の決意が、静まり返った部屋の中で共鳴していた。
窓の外、王都の夜闇は深く、静かに彼らを見下ろしていた。
昨夜の祝宴の賑やかさが嘘のように、サクラソウの朝は少し重苦しく、そして静かに幕を開けた。
ダイニングテーブルでは、ジラードが土気色の顔で頭を抱えている。
「……うぅ、頭が割れる……。おい、ショウ、水をくれ……」
隣ではエマが「だらしがないのう」と、呆れ顔で温かいスープを啜っていた。ショウは苦笑しながら、並々と注いだ水をジラードの前に置く。
ジラードはそれを一気に飲み干すと、喉を鳴らしてふぅ、と長い息を吐いた。そして、震える手でテーブルの上に古ぼけた羊皮紙の地図を広げる。
「……いいか、よく聞け。ガイスト大陸への道のりを説明する。……二度言わんからな」
ジラードの指が、地図上の王都から東を指し示した。
「まず、ここから東へ進んだ街道沿いにある宿場町、【フィエルテ】を目指す。当分は街道歩きだ。そこで旅の英気を養い、一泊する。……次はそこから北東、街道を外れて古い森へ入る。【古き森エーテルフォレスト】だ。神々しい名とは裏腹に、迷えば二度と出られぬ深い森だが、そこにはわしの古い友人が住んでおってな。そいつに会うのと、森を抜けた方が港への近道なんじゃ」
「友人に、森……。分かりました」
ショウは真剣な表情で頷き、地図を頭に叩き込む。ジラードは続けた。
「森を抜けたら、ルミナ大陸最大級の港町、【グラン・マリーナ】に出る。白亜の石造りが美しい街だ。……いいか、ここからが肝心だ。グラン・マリーナから、大陸の真ん中にある【レテ島】は一年中温暖でな、今の時期でも嵐の心配はなく船を出せる。だが、問題はその先……レテ島からガイスト大陸にかけては、この季節特有の凶悪な嵐が発生しておるんじゃ」
ジラードの指が、レテ島の先にある暗い海域を叩いた。
「並の船では近づくことすら叶わず、波に飲まれて藻屑となるのが関の山だ。だからこそ、バカンス地として賑わうレテ島まで船で行き、そこから先はわしの隠した『転移魔法陣』を使って、嵐を飛び越えてガイスト大陸へ直接転移する。……これが唯一のルートというわけじゃな」
「レテ島までは穏やかなのに、その先は絶望的な嵐……。だから魔法陣が必要なんですね」
ショウの言葉に、ジラードは「左様」と深く頷いた。
「あとはガイスト大陸へ着いたら、エマの魔眼と、地道な情報収集でお主の友人を見つけるという計画だ」
ガイスト大陸への経路は決まり、出発は明後日に設定された。
いよいよガイスト大陸への冒険が始まるとショウは胸の高鳴りを感じていたが、ジラードは、ふと真面目な顔になるのだった...




