50話 4人目と5人目
「やったぁぁぁ! ショウ、すごかったよ!」
グリフォンの巨体が動かなくなったのを確認するなり、アリナが弾丸のような勢いで俺に飛びついてきた。
「ちょ、アリナ! 痛い、痛いって!」
戦いの傷に響くが、それ以上に、密着したアリナの豊満な胸の弾力がダイレクトに伝わってくる。
(いててて……でも、この柔らかさとデカさはやっぱりやばいな……)
不謹慎ながらも、戦い後の極上の癒やしを全身で受け止めていると、後ろから酒瓶をぶら下げたジラードさんがふらふらと歩み寄ってきた。
「んーー、まあまあじゃの。及第点といったところか。……あとは日常やガイスト大陸までの道中で、その魔力をいつでも引き出せるよう修行あるのみじゃ」
「……わかりました。ありがとうございます」
俺が頷くと、ジラードさんはそれ以上何も言わず、また酒を煽った。だが、その背中で彼は密かに独り言ちていた。
(……それにしても、こやつの魔力量、なかなかのものじゃ。下手をすれば、ワシ以上の……いや、まさかな)
その後、ジラードさんからいくつか実戦向けの中級魔法を伝授してもらい、俺たちはギルドへ討伐完了を報告した。
グリフォン討伐ともなれば報酬も相当な額だ。懐が潤った俺は、「明日の夜、エマさんとジラードさんの入居祝いパーティーをしましょう」と提案した。アリナとジラードさんは子供のように大喜びし、夕食時に伝えたセシリアやルーナたちも、ぱっと顔を輝かせていた。
その夜。俺は少し緊張しながら、二階にあるエマさんの部屋を訪ねた。
トントントン、と軽くノックをする。
「エマさんー、入っても大丈夫ですか?」
「おお! ショウか! 構わんぞ、入れ入れ!」
扉を開けると、そこは数日前まで空き部屋だったとは思えないほど変貌していた。
謎の巨大な水晶、積み上げられた古い魔導書、奇怪な動きをする模型、そして棚に置かれた尖った三角帽子。すっかり「魔女のアジト」と化した部屋に、俺は圧倒される。
「す、すごいですね……」
「だろだろー! 私のアジト、あともう少しで完成なのじゃ!」
鼻高々に笑うエマさんに、俺はずっと心に引っかかっていたことを切り出した。
「あの……エマさん。クレア教授のこと、お守りすることができなくて、本当に申し訳ありませんでした。結局、最後まで守られてしまって……」
俺が頭を下げると、エマさんは一瞬呆気に取られた顔をした後、ケラケラと笑い出した。
「ひゃはは! お主、そんなことを気にしていたのか!? お主、きんたま付いているのか? 誰のせいでもないわい。……それより見ろ! 少しだが、この目——『虚空の写し目』をコントロールできるようになってきたぞ!」
そう言うなり、エマさんは椅子から立ち上がり、腰をプリッと後ろに突き出して前屈みになった。さらに左右の手で目の前に輪を作り、「ピピピピピーーー!」と謎の擬音を口にする。
(……すごい姿勢だな。そのポーズ、必要あるのか?)
思わずツッコミそうになったが、彼女の瞳に宿る魔力の奔流は本物だった。
「おおーー! 見える、見えるぞ!! お主の友人のレンとやらは今……こ、これは、魔族と戦っておるな! 相手は中々の強者じゃぞ!」
「えっ!? レン……レンは大丈夫なんですか!?」
俺が身を乗り出して尋ねると、エマさんは急に「ありょ?」と声を漏らし、元の姿勢に戻って目をパチパチさせた。
「見えなくなってしもうたわ……。だが、少しずつはっきり、長く見えるようになってきたぞ。安心しろ、あやつはまだ死なぬと思う」
エマさんは不敵に微笑んだ。
レンは戦っている。遠いガイスト大陸のどこかで、今も。
翌朝、王都の市場は活気に満ち溢れていた。
「おっ、ショウさん! 今日は景気がいいな。この立派な肉、全部持っていくかい?」
「はい! 今夜はパーティーなんですよ」
市場の人たちと冗談を交わしながら、俺たちは大きな袋いっぱいに肉や魚、色とりどりの果物を詰め込んでいった。ジラードさんから「酒をたらふく買ってこい」と言われていたので、市場の酒屋で適当に何本か銘柄を選び、買い出しを済ませる。
「では僕は、これからルークとミアに会いに城の方へ向かいますね。二人は今日はお休みだと言っていたので」
「私も行きます!」
ルーナが隣に並び、俺たちは騎士団の宿舎へと足を向けた。王都の城は広大だが、訓練の掛け声が聞こえる方へ歩いていくと、意外にも難なく二人を見つけることができた。
宿舎近くの広場で、ルークとミアさんは木刀を手に稽古の真っ最中だった。
「ほらほら、ルーク! 足が止まってるよ!」
「くっ……はあぁぁぁ!」
ミアさんの鋭い指摘に、ルークが必死に食らいつく。真剣なその表情からは、平和な王都にいても牙を研ぎ続けている覚悟が伝わってきた。
「ミアさーん、ルーク!」
俺が声をかけると、二人はピタリと動きを止め、「あーー! ショウとルーナ!」と満面の笑みで駆け寄ってきた。
「お邪魔してしまい、申し訳ございません」
「いいよいいよ、ルーナちゃん! ちょうど終わるところだったし。どうしたの?」
ミアさんが汗を拭いながら尋ねる。俺は今日の夜、ジラードさんとエマさんの入居祝いパーティーをすることを伝えた。
「今日ですか! いいですね、絶対行きます!」
「うん! アルクさんにも伝えておくよ。三人でお邪魔させてもらうね!」
二人の快諾に、俺は「ありがとうございます、楽しみにしてますね」と返し、宿舎を後にした。
だが、その帰り道のことだった。
城の中庭を歩いていた俺たちの前に、一人の騎士が立ちはだかった。
長い銀髪を一つに束ね、氷のように鋭い眼光。純白の鎧に、血のような赤いマントを靡かせるその姿に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。セシリアの実の兄、シオンだ。
「……また、貴様か」
低く、響く声。
「シオン様……こんにちは」
「エリシオンでの件はアルクから聞いている。……セシリアが貴様の下宿にいることもな」
シオンは俺の目を射抜くように見下ろすと、有無を言わせぬ威圧感で言葉を続けた。
「セシリアも巫だ。今はエストリア家に帰すのは危険ゆえ、あそこに置いているが……。貴様のところで妹に何かあれば、その首が飛ぶことを忘れるな。常に監視はさせてもらうぞ」
一歩間違えれば斬られそうな冷気。だが、今の俺は以前の俺じゃない。
「わかっています。僕だけじゃなく、下宿の仲間たちも皆、セシリアさんのことを大切に思っています。絶対に守りますから、大丈夫です」
俺が真っ直ぐに見返すと、シオンは「ふん……」と鼻を鳴らし、赤いマントを翻して立ち去っていった。
「……怖かったですね、ショウ様」
「ああ、相変わらずの迫力だけど……妹思いなのは伝わってくるよ」
俺たちは少しだけ早足で、仲間たちの待つサクラソウへと帰っていった。
サクラソウに戻ると、静かだった下宿屋が一気に戦場のような、それでいて幸せな活気に包まれた。
「コロ、足元にいたら危ないよ。でもいい匂いなのはわかるだろ?」
調理場では、ショウが切り分けた肉をセシリアが手際よく炒め、カイトが大きな鍋でスープを煮込んでいる。コロは鼻をひくつかせながら、期待に満ちた目でキッチンとダイニングを往復していた。
やがてアルクさん、ミア、ルークの三人が到着すると、食卓を見た彼らから歓声が上がる。
「すごいね! これ、全部ショウたちが作ったのかい?」
「うまそう! 宿舎の飯もこれくらい豪華ならいいのに!」
皆が揃ったところで、ジラードさんとエマさんの歓迎会が幕を開けた。
「「「かんぱーい!!」」」
豪快に笑いながら酒を煽るジラードさん。エマさんは「これがお主の国の味か!」と肉にかじりつき、なぜかコロの背中に飛び乗って「いざ、食の冒険へ出発じゃー!」と部屋中を駆け回っている。
カイトとセシリアも、普段の緊張を忘れたように楽しげに談笑していた。
宴が最高潮に達した頃、アリナが顔を真っ赤にして立ち上がった。
「あー……っつい! もう、この服きついのよ! 脱いでもいいよね!?」
「ダメです! アリナさん、ここには男の人もいるんですよ!? やめてください!」
フラフラと装備を解こうとするアリナを、ルーナが必死の形相で羽交い締めにする。そんな騒ぎを肴に、ジラードさんはさらに酒を要求し、夜は賑やかに更けていった。
……数時間後。
泥酔して力尽きたアリナ、ジラードさん、エマさんの三人をなんとかそれぞれの部屋へ運び込み、ようやく嵐のような宴が一段落した。
「本当に楽しかったよ、ありがとう。ショウ、また明日から頑張れそうだよ」
ミアとルークは満足げな笑顔を残し、城へと帰っていった。
静まり返った玄関先。見送りを終えたアルクさんが、不意に真剣な面持ちで俺を振り返った。
「ショウさん。……少し、セシリア様のことで話があるんだ。カイトさんも、セシリア様も、お時間をいただけますか?」
その声の低さに、俺の背筋がわずかに伸びた。
俺たちは顔を見合わせ、静かに二階の俺の部屋へと移動した。
ショウ、カイト、セシリア、そしてアルクさん。
四人だけになった部屋の空気は、つい先ほどまでの狂乱が嘘だったかのように、重く、張り詰めていた。
アルクさんは窓の外を一瞥し、誰もいないことを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「——エストリア家を巡る、今の状況についてお話しします。」




