49話 ジラードとの修行
その夜、ダイニングに集まった全員に、俺は改めてジラードさんを紹介した。
「みんな、改めて紹介するよ。エマさんの師匠で、今回からサクラソウに加わることになったジラードさんだ。……伝説の魔導士、なんて呼ばれているらしい」
その瞬間、場に凍り付くような沈黙が流れた。
カイトは持っていたコップを落としそうになり、セシリアは驚きに目を見開いて立ち尽くしている。アリナに至っては「え、えええええっ!? 本物の!? 歴史の教科書に載ってるあのジラード様!?」と、顔を真っ赤にして身を乗り出していた。
(……ああ、やっぱり。俺はこの世界に来て日が浅いからピンとこないけど、もともと住んでいるやつらにとって、このじいさんはとんでもない存在なんだな)
皆が神でも見るかのような崇める視線を送る中、当の本人は俺の耳元でコソコソと囁いてきた。
「おい、ショウ……。なんじゃこの下宿は、ガキどもしかおらんのか? もっとこう、わしを癒やしてくれる
ピチピチのお姉ちゃんとかはおらんのか!?」
「いません!」
「ガーーーーン……!!」
大袈裟にうなだれる伝説の賢者の姿に、俺は一人溜息をついた。とりあえず、近いうちにエマとジラードさんの歓迎会をすることを伝え、その夜は解散となった。
そして翌朝。
サクラソウでは、エマがルーナに魔法の理論を叩き込みながら、自身の魔眼を制御する特訓を開始していた。
一方で俺は、アリナとジラードさんと共に冒険者ギルドへ向かい、ある討伐依頼を受けていた。
「はぐれグリフォンの討伐、か。家畜や農作物を襲うとは、野放しにはできねえな」
アリナが剣の柄を握り、気合を入れ直す。やってきたのは王都近くの小さな村だ。村人たちの怯えた様子から、事態の深刻さが伝わってくる。聞き込みの結果、そいつは村から少し離れた崖にある洞窟に潜んでいるという確かな情報を得た。
「……見えてきたな」
ジラードさんは酒瓶を片手に、ふらふらとした足取りで俺たちの後ろをついてくる。やる気があるのかないのか分からないが、その足取りは険しい崖道でも一切乱れない。
「ショウ、アリナ。いいか、グリフォンは空の王者じゃ。魔法を当てるにしても、ただ放つだけでは風圧で逸らされるのが関の山よ。……ほれ、もうそこにおるわい」
ジラードさんの視線の先、切り立った崖の中腹に、ぽっかりと不気味な口を開けた洞窟があった。
(あの中に、グリフォンが……)
俺は懐の杖を握り、体の奥にある魔力を意識する。ジラードさんに言われた通り、魔力をいつでも、そして正確に引き出せるように。
緊張感が走る中、俺たちはゆっくりと、猛獣の潜む洞窟へと足を踏み入れた。
ショウとアリナは警戒をしながら洞窟へ少しずつ近づく
その時..
洞窟から勢い良く、巨大ななにかが飛び出した
「くるぞ、アリナ!」
俺の叫びと同時に、洞窟の闇を切り裂いて黄金の影が飛び出した。
「きゅえええええーーーっ!!!」
鼓膜を突き刺すような鋭い咆哮。崖から舞い上がったのは、巨大な鷲の翼と獅子の胴体を持つ、空の王者グリフォンだ。激しく羽ばたくたびに周囲の空気がうねり、猛烈なプレッシャーが俺たちを襲う。
「任せて! 伝説のジラード様の前で、無様なとこは見せらんないからね!」
アリナが剣と盾を構え、一歩前に出る。俺は愛杖グラウンド・ウェッジを握り締め、ジラードさんの言葉を脳裏に響かせた。
(……体の奥にある、巨大な魔力……)
意識を深く沈め、自分の中に眠る熱い源泉を探る。だが、グリフォンは待ってくれなかった。空中を旋回していた奴が、巨大な翼を力強く振り抜く。
「ぴゅっ!」
鋭い風の音がした瞬間、俺の右頬に熱い痛みが走った。
「っ……!? 血……?」
頬を指で拭うと、指先が赤く染まっている。ただの羽ばたきじゃない。奴の起こす突風は、不可視の刃を纏った「風魔法」そのものだ。
「ショウ、危ない! 次が来るよ!」
アリナの声と共に、さらに数条の風の刃が重なり合って飛来する。俺は反射的にグラウンド・ウェッジを地面に突き立てた。
「土よ、我が盾となれ……! ストーン・ウォール!」
ドォォォォォンッ!
地面が激しく振動し、俺とアリナの目の前に巨大で分厚い岩の壁が隆起した。直後、ガガガッ! と硬い岩を削り取る嫌な音が響く。奴の風の刃を、岩壁が辛うじて受け止めたのだ。
壁の向こう側で、ジラードさんが酒瓶を傾けながら、面白そうに目を細めているのが分かった。
「……ふむ。咄嗟に土の壁を作ったのは悪くない。じゃがショウよ、お主の魔力はそんなものか? 蛇口から一滴ずつ垂らすような真似をしておらんで、もっと奥の『海』を見ろ」
岩壁の陰で息を切らしながら、俺は歯を食いしばる。
頬の傷がズキズキと痛む。
グリフォンが空中で身を翻し、弾丸のような速度で滑空してきた。
「しまっ……!」
ドガァァァン! と轟音が響き、俺が作った岩の盾が粉々に粉砕される。俺とアリナは左右にローリングして間一髪で直撃をかわしたが、着地の衝撃で俺は地面に叩きつけられた。
「きゅうぅぅー!」
倒れ込む俺を見逃さず、グリフォンが鋭い爪を振り下ろす。死を予感したその時、視界にアリナの背中が飛び込んできた。
「させないっ!」
ガギィィィン!!
鋼の盾とグリフォンの爪が激突し、火花が散る。アリナが執念で受け止めている隙に、俺はグラウンド・ウェッジを突き出した。
「ロックキャノン!」
ドドドドン! と岩の弾丸が放たれ、グリフォンの顔面に命中する。だが、奴は少し怯んだ程度で、力強く羽ばたいて俺たちを吹き飛ばした。
「うわぁぁぁ!」
「きゃああっ!」
再び天へと舞い上がるグリフォン。上空で円を描き、獲物を仕留めるタイミングを冷静に計っている。
「ファイヤーアロー!」
放った火矢は、奴が巻き起こす気流に煽られ、当たる直前で霧散してしまった。
「クソ、普通の魔法じゃ風に届かない……!」
グリフォンが再び低空へ降りてくる。カマイタチの暴風が襲いかかるが、俺は歯を食いしばって土魔法の壁を連続で展開した。
スパパパパーン! と岩壁が削れる音を背に、アリナが走り出す。
「ショウ、その壁貸して!」
アリナは俺が作った岩の盾を階段のように駆け上がり、高く跳躍した。
「はあああぁぁぁ!」
空中のグリフォンへ肉薄するアリナ。爪で一度は弾かれるが、彼女は空中で姿勢を制御し、二手目の剣撃を奴の右翼の付け根へ叩き込んだ。
「ぎゃぅっ!?」
翼を傷つけられ、グリフォンの体勢が大きく崩れる。
(……今だ。ゲームだって、空飛ぶ奴は羽を潰せば……!)
俺はグラウンド・ウェッジを握り直し、目を閉じた。
焦りを捨てろ。ジラードさんの言葉を、そしてヘル・ゲートと戦った時の、あの「呼び覚ますような感覚」を呼び起こす。
体の奥底、深い海の底にある熱源。それを強引に掴み出し、杖の先に一点集中させる。
「……おお?」
ジラードさんが酒瓶を止め、感嘆の声を漏らした。
「す、すごい魔力……!」
アリナが気圧されるほどのプレッシャーが、俺を中心に渦巻く。
危険を感じたグリフォンが、必死の形相で俺に向かって滑空してくる。
「ショウには指一本触れさせないよ!」
アリナが再び盾で奴の突進を流し、俺への道を死守した。
今だ。
俺は目を見開き、グラウンド・ウェッジを真っ直ぐに突き出した。
「焼き尽くせ……アズールフレア!!」
放たれたのは、通常の赤を超え、白銀に近い輝きを放つ「蒼い炎」の火球。
風に消されるどころか、グリフォンの風圧を燃料にするかのように膨れ上がり、奴の左翼に直撃した。
「ぎぃゃぁぁぁぁぁ!!」
青い炎が翼を一瞬で包み込み、ボロボロと燃えかすを散らしながらグリフォンが地面に墜落した。
「仕留めるっ!!」
落下地点で待ち構えていたアリナが、高く跳び上がる。
ズバァァァーーン!!
渾身の力を込めた彼女の剣が、もがくグリフォンの眉間を深々と貫いた。
静寂が訪れる。
空の王者は、ピクリとも動かなくなった。




