46話 新メンバー
王都の喧騒を離れ、緩やかな丘を登っていくと、夕闇の中にポツンと灯る「下宿サクラソウ」の明かりが見えてきた。
(……ああ、やっと帰ってきたんだな。みんな、無事だろうか)
ショウがそんな感慨に耽っていると、玄関先で慌ただしく動き回る人影が目に入った。
「アリナさん!!」
ショウとルーナが声を揃えて呼ぶと、その人影――アリナが弾かれたようにこちらを向いた。
「ショウ! ルーナちゃん!!」
アリナは持っていた掃除用具を放り出すようにして、全力で駆け寄ってくる。その顔は喜びと、それと同じくらいの怒りで赤くなっていた。
「遅いよバカ!! 予定より何日遅れてると思ってるの!? 心配で心配で、毎日夜も眠れなかったんだからね!」
勢いよくショウの胸元をポカポカと叩きながら、アリナの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「……すみません、本当にいろいろありまして。セシリアさんとカイトさんは……?」
「中だよ! 二人で夜ご飯の準備してる。もう、ショウやルーナちゃんがいないと、掃除も洗濯も全然回らなくて大変だったんだから!」
「みんな無事なんですね、よかったぁ……」
ルーナが安堵のため息を漏らすと、その背後から場違いなほど明るい高笑いが響いた。
「おーーっ!! ここが私のアジトか! 下宿なんて初めてだが、なかなか趣があって興奮するぞ!!」
腰を反らせてサクラソウを見上げるエマの声に、アリナの動きがピタリと止まった。
「……え、ちょっと待って。この派手な子は誰? それに……」
アリナの視線が、さらにその後ろで「ヘッヘッヘ」と尻尾を振っている馬のように巨大なもふもふ――コロに釘付けになる。アリナは絶句し、指を震わせながらショウを見た。
「な、なんなのこの巨大なもふもふ犬は!? そもそも、その子は誰!? ショウ、あんた一体何を連れて帰ってきたのよ!」
「アリナさん、落ち着いてください……。話すことは山ほどあります。でも、まずは中に入りましょう。」
ショウは苦笑しながら、疲れ切ったルークとミアに視線を向けた。
「ルークさん、ミアさんも、少しゆっくりしていってください」
「ありがとうございます、お邪魔します……」
「お邪魔します!」
混乱するアリナを半ば強引に促し、ショウは懐かしい我が家の扉を開けた。ギィ、という聞き慣れた音と共に、温かいスープの匂いと仲間たちの気配が一行を優しく包み込んだ。
「二人とも! ショウたちが帰ってきたよ!!」
アリナの叫び声に、奥からカイトとセシリアが飛び出してきた。
「ショウ! 遅いから本気で心配したぞ……。無事で、本当によかった」
カイトが包丁を置いた手でショウの肩を強く叩く。その大きな手から伝わる体温に、ショウは自分が「帰ってきた」ことを痛感した。
「ショウ様! ルーナ様も! お怪我はありませんか?」
セシリアもエプロン姿のまま、祈るように胸に手を当てて二人を迎える。
「三人とも、留守の間サクラソウのことをいろいろ本当にありがとうございました」
ショウが深く頭を下げると、カイトたちは照れくさそうに笑った。だが、ショウの表情がすぐに真剣なものに変わる。
「……少し、大事な話をしてもいいですか?」
リビングに全員が集まり、アリナとセシリアが手際よく淹れた温かい飲み物が配られた。湯気の立つカップを前に、ショウはエリシオンでの激闘、そして「スカルロザリオ」の暗躍について語り始めた。
エマとジラードがショウの友人探しとルーナの教育のためにここで暮らすこと、そして庭で丸くなっている巨大なコロが「看板犬」になることが伝えられると、リビングには驚きと笑いが入り混じった。
しかし、ショウが核心に触れた瞬間、空気は一変した。
「スカルロザリオは『巫』を狙っています。だから……セシリアさん。あなたも狙われる可能性がある。今後、この家全体の警戒を強めないといけないんです」
「……!」
カイトが目を見開き、息を呑んだ。彼はショウが、隠し続けてきたセシリアの正体を知っていることに驚愕していた。だが、ショウの瞳に宿る、仲間を死なせないという強い意志を見て、カイトはゆっくりと頷いた。
「……そうか。お前、そこまで知ってたんだな...隠しててすまなかった..」
「アルクさんとも連携して、セシリアさんの安全対策を練るつもりです。俺たちが、この場所を守ります」
ショウの力強い宣言に、セシリアは静かに微笑み、小さく頭を下げた。
かつては守られるだけだったショウが、今は明確な目的を持ってこの家を守ろうとしている。リビングの灯りは、これまで以上に温かく、そして力強く一行を照らしていた。
「それじゃ、私たちは城へ戻るね! 無事にショウたちをサクラソウに送り届けたし、任務完了!」
ミアが爽やかな笑顔で手を振ると、ルークも「お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」と丁寧にお辞儀をした。
「二人とも、本当にありがとうございました。二人がいなかったら、俺たちは今頃ヘルゲートの炎で炭になってましたよ。エマとジラードさんの入居パーティーが決まったら、すぐに連絡しますね!」
ショウの言葉に、二人は「楽しみにしてる!」と声を弾ませ、夜の王都へと消えていった。
嵐のような別れの後は、再び「サクラソウ」の時間が動き出す。
「改めて自己紹介といこう! 私はエマ! プリティーで優秀な、この大陸一の魔導師じゃ! ルーナを魔法大学に合格させるべく、特別講師として降臨したぞ。よろしくな!」
エマが胸を張って宣言すると、足元でコロが「わんっ!」と、まるで自分も紹介しろと言わんばかりに吠えた。その賑やかな光景に、アリナたちは苦笑しながらも温かく迎え入れる。
その日の晩餐は、サクラソウの全員が顔を揃えて囲んだ。セシリアとカイトが腕を振るった温かい家庭料理が、旅で荒れたショウの胃と心を優しく解きほぐしていく。
食後、エマに館内を案内し、二階の空き部屋を準備した。
「ふむ、悪くない広さだ。とりあえず今夜はここで寝てやるが……明日からはここを魔導改造して、私のアジトにするからな! 楽しみにしておれ!」
「改造って……壊さないでくださいよ?」
そんな冗談を交わしながら掃除を済ませ、エマを部屋に残してようやく自分の部屋のドアを開けた。
パタン、と扉を閉める。そこには、旅に出る前と変わらない、少し埃の匂いがする自分だけの空間があった。
「……ふぅ」
ショウはそのまま、着替えもせずにベッドへ倒れ込んだ。
シーツから伝わる懐かしい感触と、マットレスが体を沈み込ませる心地よさ。雪山の冷たさも、洞窟の湿り気も、そこにはない。
(……本当に、いろいろあったな)
天井を見つめながら、エリシオンでの激闘を思い出す。
得体の知れない「巫狩り」の恐怖、ジラードとの出会い、そして元の世界との繋がりを感じさせるコロの存在。
昨日までは命を懸けて戦っていたというのに、今はこうして、いつものベッドで横になっている。そのギャップが、どこか現実味を欠いていて不思議な感覚だった。
(でも、まだ終わったわけじゃない。これから、レン達を探す日々が始まるんだ..)
明日からは、エマの騒がしい声とコロの鳴き声が響く、新しい日常が始まる。ショウは心地よい疲労感に身を任せ、深く、深い眠りへと落ちてそうになった時だった..
部屋をノックする音がし、カイトが部屋の中に入ってきた




