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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき


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4話 窓辺の書架のオーウェン

カウベルが小さく鳴る音と共に、二人は店内に足を踏み入れた。

外の喧騒が嘘のように静まり返った店内は、天井まで届く本棚に囲まれ、古い紙とインクの混ざり合った独特の香りに満ちていた。しかし、その静寂を破るように、店の奥からくぐもった声が響いてきた。

「……だ、誰か……助けてくれぇ……死ぬ、埋もれて死ぬ……」

「えっ? 今の声……」

ショウとルーナは顔を見合わせると、声のする方へと急いだ。

そこには、倒壊した本棚と、床に散らばった膨大な数の魔導書や古書に埋もれ、バタバタと動く一組の足が見えた。


「大変! オーウェンさん! 大丈夫ですか!?」


「ルーナさん、手伝ってくれ!」


ショウは本棚の角を掴み、力を込めた。だが、重厚な木材とぎっしり詰まった本の重さは想像を絶していた。若返ったはずの肉体は思うように動かず、慣れない重心に足がもつれそうになる。


「ぐっ……、う、うおぉぉ!」


顔を真っ赤にし、腕の筋肉を震わせながら、ショウは必死に本棚を持ち上げた。その隙にルーナが隙間から老人を引っ張り出す。二人がかりでようやく救出に成功すると、ショウはその場に膝をついて激しく肩で息をした。


本の下から現れたのは、度が強すぎて目が異様に大きく見える老眼鏡をかけ、白髪を振り乱した七十歳ほどの老人だった。


「……ふぅ、死ぬかと思ったわい。知識の重みで圧死するなら本望だと思っていたが、いざとなると息ができんのは辛いもんじゃな」


老人は這い出しながら立ち上がろうとしたが、「あいたた……」と再び顔をしかめて腰を押さえた。


「オーウェンさん! じっとしていてください」

ルーナが慌てて駆け寄り、老人の腰にそっと両手をかざした。


「――『ヒーリング』」 


彼女が祈るように呟くと、その掌から柔らかな淡い光が溢れ出し、老人の体を包み込んだ。数秒後、光が消えると、老人は不思議そうに腰を回し、「おお、痛みが引いたわい。助かった、ルーナ」と顔をほころばせた。


「……今の、治癒魔法か?」


驚いて尋ねるショウに、ルーナは少し照れくさそうに微笑んだ。


「はい。実は初級の治癒魔法も、少しだけ使えるんです。でも、治癒魔法は属性魔法よりも力の制御が難しくて……。あまり自信がないので、普段はあまり口にしないのですが」


「自信がないなんて。今のは完璧に見えたよ。本当にすごいな、ルーナさんは」


ショウの素直な賞賛に、ルーナは「そんな、私なんて……」と頬を染めて俯いた。一方、腰の治ったオーウェンは老眼鏡を指先で直し、改めて二人を見据えた。


「しかしルーナ、今日はまた一段と綺麗になったの。……で、そっちの若造は誰じゃ? お前の新しい恋人か?」


「も、もう! 違いますよオーウェンさん。この方はショウ様。お父様の命の恩人で、今日から王都に住むことになったんです」


ルーナの説明を聞きながら、オーウェンは老眼鏡越しにじろじろとショウを品定めするように見つめた。その眼光は鋭く、まるでショウの正体を見透かそうとしているかのようだった。


「バルトの恩人か……。ふむ、妙な若者じゃな。この世界の住人とはどこか違う、奇妙な『異質さ』を感じるぞ。まるで、この空気そのものに馴染んでおらんような……」


オーウェンの言葉にショウは心臓を跳ねさせたが、老人はそれ以上追及せず「まあよいわ」と鼻を鳴らした。


「……それで、この埃臭い店に何の用じゃ?」


「魔法と、この世界のことを詳しく学びたいんです。初級の魔法と、地理や歴史がわかる本を探していて……あ」


そこでショウは、自分の身なりの心許なさに気づき、言葉を詰まらせた。一銭も持たずに店に入ってしまったことに、今更ながら気づいたのだ。ショウが情けなくうつむきかけると、それを見たオーウェンは豪快に笑い飛ばした。


「なんじゃ、そんな顔をするな。わしも今、お主に命を助けられたばかりじゃからな。恩人に金を請求するほど、わしは焼きが回っておらんわい」


オーウェンは足元に散らばった本の中から、手際よく二冊を拾い上げた。


ほれ、これは初級魔法の教本じゃ。こっちは地理と歴史が記された本。全部、命の代わりとして持っていくがよい」


「いいんですか!? ありがとうございます!」


思わぬ幸運にショウは目を輝かせ、差し出された二冊の本を大切に胸に抱えた。これでようやく、この世界をより深く知るための「鍵」が手に入る。


ショウはルーナと顔を見合わせ、感謝の言葉を述べながら、新たな知識への期待を胸に店を後にした。


「窓辺の書架」での騒動に時間を取られたせいか、表に出ると空は淡い茜色に染まり、家々の窓には明かりが灯り始めていた。二人は足早にバルトの屋敷へと戻った。


その日の夕食は、賑やかなものだった。並べられた料理の湯気を囲みながら、ショウは今日見てきた屋敷の様子と、あそこを片付けた後は下宿屋として運営したいという考えをバルトに打ち明けた。


「ほう、下宿屋か。それは名案だ」


バルトは豪快に笑い、ワインのグラスを置いた。


「この王都には、寝床と確かな情報を求めている冒険者がごまんといる。お前さんのような腕の立つ男があるじなら、連中も安心して集まるだろう。……だが、あの広さを一人で片付けるのは骨が折れるはずだ。どうだ、屋敷が人が住める状態に整うまでは、引き続き我が家に泊まっていきなさい」


「いいんですか? そこまで甘えてしまっては……」


ショウが恐縮して言葉を濁すと、隣に座っていたルーナが身を乗り出すようにして微笑んだ。


「もちろんです、ショウ様! その間、私も屋敷のお掃除を手伝いに行きますし、今日手に入れた本を使って、魔法のことやこの世界のことをたくさんお教えします。私、先生役には自信があるんですよ?」


「……それは、心強いな。ありがとう、ルーナさん」


ショウは彼女の純粋な親切心に胸を熱くしながら、同時に不思議な高揚感を感じていた。


かつての人生では、毎日決まった時間に仕事へ行き、波風の立たない平穏な日常を繰り返すだけだった。それはそれで悪くない生活だったが、今の自分を突き動かしているの

は、それとは全く違う未知への好奇心だ。


夕食の賑やかさが落ち着き、屋敷に静寂が戻る頃、ショウの部屋で「最初の講義」が始まった。


机の上には、オーウェンの店で手に入れた『初級魔法の教本』が広げられている。その隣では、ルーナが少し背筋を伸ばし、先生のような面持ちでショウに向き合っていた。


「いいですか、ショウ様。まずは魔法の基本中の基本からお話ししますね」


ルーナはランプの明かりに照らされながら、真剣な眼差しで語り始めた。


「この世界には、空気や大地、そして私たち人間も含め、あらゆる万物に『魔力』というエネルギーが宿っています。魔法とは、自分の中にある魔力を引き出し、外の世界の理に干渉して形にする技術のことなんです」


ショウは頷き、彼女の言葉を漏らさぬよう集中した。


「基本となるのは、火、水、風、土、雷の『五大属性』と呼ばれる魔法です。

ほとんどの魔導師は、修行を積むことでそれらを自在に操れるようになります」


「誰でも修行次第で、どの属性も使える可能性があるということか?」


ショウの問いに、ルーナは「その通りです」と深く頷いた。


「もちろん、個人によって得意不得意や、引き出しやすい属性の傾向はあります。でも、この世界のことわりを正しく理解し、魔力を練り上げる術さえ身につければ、理論上は誰であっても全ての魔法を習得できるとされているんです」


ショウは感心したように教本の頁をめくった。適性という運命に縛られるのではなく、自らの努力と研鑽によって、あらゆる事象を操る道が開かれている。その事実は、かつて地道に仕事を積み上げてきたショウの気質に、しっくりと馴染んだ。


「火、水、風、土、雷……。まずは一つずつ、着実に覚えていくしかないな」


「はい。焦らなくて大丈夫ですよ。まずは自分の中にある魔力を、意識して動かせるようになることが第一歩です」


ルーナはショウの隣に座り直し、教本の一節を指差した。


「今夜は、身体の奥にある魔力の『流れ』を感じる練習をしましょう。それができれば、明日の屋敷の掃除でも、少しだけ魔法の力を借りられるようになるかもしれません」


ショウは期待を胸に、ルーナの柔らかな声に従って、静かに瞑想を始めた。自分の内側に眠る、まだ形を成さない未知のエネルギーを。一歩ずつ、だが確実に手繰り寄せるために。

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