34話 作戦会議
ソファーに座る男が睨みながら口にした
「なんだぁおめぇら。ガキの集団か? ……ヒック、おいクレア、俺様はこんなガキ共と面識はねぇぞ。覚えちゃいねぇ」
「あんなに泥酔して、ウォーターボール食らって道端で寝てたんですから。覚えてないのも当然ですね」
ルークの冷ややかなツッコミを鼻で笑い飛ばし、ジラードはまた酒を煽った。
ショウは膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。
(……この人が、僕とレンを繋ぐ唯一の希望? 嘘だ……嘘だと言ってくれ……!)
鼻をほじりながら酒を煽るジラードに、ショウは膝から崩れ落ちそうになった。
「……さて。ふざけるのはこれくらいにしよう」
クレアが地図を広げ、全員の意識を引き戻す。場所はエリシオンの街の外れ、家々が並ぶ居住区から少し離れたところにある見晴らしの良い高台。
「儀式の舞台は、ここ『氷鏡の丘』だ。2日後の深夜、ここに私の契約神を招き、魔力を返納する」
クレアが語るその神の名は、氷華神レイラ。
「普段は黒い長髪に黒衣を纏い、腰に刀を差した穏やかで凛とした女性の姿をしている。だが、一度力を解放すれば全身が氷の白に染まり、絶対零度の刃を振るう……美しくも恐ろしい神だ」
「当日の布陣を伝える。丘の下の入り口は、選抜された衛兵と、ルーク、ミア。お前たちが第一防衛線だ。そして丘の上、儀式の場には私とアルク、ショウ……それからジラード、貴様だ」
「はーい……めんどくせぇ……」
ジラード、貴様には当日、広域感知魔法『スキャンドーム』を展開してもらう。刺客が指先一本でもドームに触れれば、即座にこちらで把握するためだ。いいな?」
クレアが冷ややかな視線を向けると、ジラードは酒瓶を傾けながら「へらへら」と笑って答えた。
「あぁ、分かってるって。ネズミ一匹、空間の裏側に隠れてようが全部暴いてやるよ……ヒック」
その態度に、クレアの眉間がピクリと動いた。彼女の手の先から、パキパキと空気が凍りつく音が響く。
「……いいか、クソ爺。今は酒を飲んでヘラヘラしててもいい。だが当日、もし一口でも飲んで来やがったら……貴様を永遠に凍らせて、大学の門のオブジェにしてやるからな。分かったか?」
その声は本気だった。ジラードの顔から一瞬で血の気が引き、持っていた酒瓶を慌ててテーブルに置いた。
「は、はひ……っ! はいっ、分かりました! 飲みません、一滴も飲みませんからぁ!」
伝説の魔法使いが、まるで叱られた子供のように縮こまっている。その様子にショウたちは唖然としたが、同時に二人の信頼(?)の深さも感じていた。
「それから、エマ。お前とルーナは留守番だ。エマの部屋で大人しくしてな」
その言葉が落ちた瞬間、研究室に悲鳴が上がった。
「な、なーーんですとーー!!? 私も見たかった! ゴッドを! 本物のゴッドを拝みたかったんだぞーい!!」
机を叩いて猛抗議するエマを、ルーナが「まあまあ、エマ……安全のためですから」となだめている。
「だめだ。大学内の防衛も必要だからな。……いいな?」
クレアの絶対的な命令に、エマは「ううぅ……」と涙目で崩れ落ちた。
クレアはそこで一度言葉を切ると、表情を改めてショウを見た。
「……返納の儀については以上だ」
「……さて。あとは、ショウ。お前が探している『友』についてだが……」
クレアがジラードに視線を送ると、彼は鼻をほじりながらも、少しだけ真面目な顔になった。
「ああ、お前らが来る前に一通りクレアから聞いたぜ。ガイスト大陸へ早く着く方法、だったな」
「はい、友に会いたくて……! なんとかならないでしょうか。普通に行けば、1ヶ月はかかると聞きました」
ショウが身を乗り出すと、ジラードはニヤリと不敵に笑い、自慢げに龍の杖を叩いた。
「ガッハッハ! 安心しな。この俺様の魔法にかかれば1ヶ月のところを2週間くらいで届けてやるよ!」
(……2週間!? 半分で行けるのか!?)
ショウはその圧倒的な実力に驚愕し、言葉を失った。
だが、ジラードは急に鋭い目つきになり、釘を刺すように言った。
「……行くのは簡単だ。だがな、ガイスト大陸の魔物は厄介な奴が多い。俺がついてりゃ余裕だが、最後は自分の身は自分で守れなきゃ話にならねぇ」
「……っ」
「出発までに準備も必要だ。その間や移動中に、お前の魔法を見せろ。道中、俺が直々に鍛えてやるよ」
伝説の魔法使いからの、予期せぬ修行の提案。
ショウは驚きつつも、力強く頷いた。「……よろしくお願いします!」
こうして、伝説の酔っ払い、静かなる氷神、そして迫り来る闇。すべてが『氷鏡の丘』へと集結しようとしていた。
作戦会議が終わり、アルク、ミア、ルークの三人は「返納の儀」の下見のために『氷鏡の丘』へと向かった。一方、ショウはジラードに連れられ、エリシオン近郊の森へとやってきていた。
「おいおい、そんなもんか? まだ一刻(約二時間)も経ってねぇぞ」
ジラードは切り株に腰掛け、欠伸をしながらショウの戦いを見ていた。
目の前には、討伐依頼の対象である大型の魔獣が数体、転がっている。ショウは愛用の杖『グラウンド・ウェッジ』を地面に突き立て、身体を支えながら激しく肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……。ジラードさん、さすがに……もう魔力が……底を突きそうです……」
「……ふん」
ジラードが立ち上がり、ショウのそばまで歩み寄る。その瞳はいつになく冷徹で、ショウの全身を透かし見るような鋭さがあった。
「お前さん、勘違いしてねぇか? お前の中にある魔力は、そんなもんじゃねぇぞ」
「え……?」
「魔力がない、じゃねぇ。お前さんの体の奥深くに、莫大な『塊』が眠ったまま動いてねぇんだ。……まるで、自分の体を使いこなせていねぇ未熟なガキを見ている気分だぜ」
(……っ! この人は俺が転生者だとは知らないはずだ。なのに、少し魔法を見せただけで、魂と体の不一致を見抜こうとしているのか……!?)
ショウは冷や汗を流した。伝説の魔法使いの洞察力は、やはり本物だ。
「ま、一朝一夕でどうにかなるもんでもねぇな。少しずつ『己の持つ力』を理解し、『本気の出し方』を覚えるのがお前の課題だ。死にたくなきゃ、せいぜい意識することだな」
討伐を終え、泥と汗にまみれた状態でエリシオンの街へ戻ると、広場で聞き覚えのある賑やかな声がした。
「あ、ショウさん! お疲れ様です!」
「おお! ショウではないか! ジラードのクソ爺に扱かれているようだな!」
ルーナと、腰に手を当てて高笑いするエマだった。
「ルーナさんにエマさん……。あ、あの、二人で何を?」
「ふふ、以前お話しした大学の入学試験ですが、合格に向けてエマさんに勉強と魔法を教えていただくことになったんです」
ショウは思わず、エマの顔を二度見した。
(……こいつで、本当に大丈夫なのか?)
「なんだショウ、その失礼極まりない顔は! 大丈夫だ、こいつを一人前にするのが今の私の任務なのだ!」
エマは胸を張り、ドヤ顔でポーズを決める。
「クレアの奴に、少しは人に教えることも学べと説教をくらってしまってな。試験までルーナを指導することが、教授から私への特別課題というわけだ。名付けて『天才エマの家庭教師大作戦』だぞーい!」
「なるほど……。それは、心強いですね(たぶん)」
すると、ルーナが少し申し訳なさそうに、ショウに歩み寄った。
「それでショウさん。試験を受けるまでの間、エマさんにサクラソウへ来ていただいてもいいでしょうか……?」
「ええっ!? こ、こいつが俺の下宿に……!?」
ショウが絶叫する間もなく、エマが肩をポンポンと叩いてきた。
「ちょうど王都にアジトが欲しかったところなのだ。ちょうど良かった! よろしく頼むぞ、オーナー!」
「ちょっと、勝手に決めないでくださいよ……」
「おーう、ショウ。お前、王都で下宿屋なんてやってんのか!」
後ろで話を聞いていたジラードが、目を輝かせて割り込んできた。
「ちょうどいい! わしも入れてくれ。王都に拠点があると何かと便利だからな。……ガハハ! 女の子も連れ放題じゃねぇか!」
「やめてください! 健全な宿なんですから!」
ショウは深くため息をつき、天を仰いだ。だが、二人とも「目的」はしっかりしているのだ。
「……分かりました。お二人とも、部屋は準備します。ただし! 変なことや揉め事は絶対にやめてください。すでに入居している人もいるんですから、迷惑をかけたら即刻追い出しますからね!」
ショウが釘を刺すと、エマとジラードは気の抜けた声で返事をした。
「はーーーい」
「分かってるって、オーナー殿」
(……絶対分かってない)
ショウがガックリと肩を落としている背後で、エマとジラードは顔を見合わせ、「ニヤリ」と悪巧みをするような笑みを浮かべていた。
「……なぁエマ、あそこの酒蔵に忍び込む魔法だが……」
「おっ、ジラード、分かってるな。まずは感知魔法を無効化する術式からだ……」
これから始まる「サクラソウ」での生活が、嵐のような騒がしさになることは明白だった。




