30話 魔法都市エリシオン
ガタゴトと揺れる昇降機の中、ショウの頭の中は整理のつかない疑問で溢れかえっていた。
(あの前世の夢……レンとサクラ。もし二人が転生していたとして、名前も姿も違っていたら、どうやって見つければいいんだ? そもそも、本当にこの世界にいるのか……?)
さらに、奈落に消えたはずのヘル・ゲート。あの巨大な悪魔が、ただ落ちただけで死ぬとは思えない。
そして何より、意識を失う直前に脳裏に響いたあの禍々しい声。
『――お前はまだ、殺させないぞ!! 殺すのは……俺だ!!』
(誰の声だ? 復讐に燃える何者か……それとも……)
「ショウくん、そろそろ上に着きそうだね」
ゼルクスの声で我に返った。
ガゴンッ!!
激しい衝撃と共に昇降機が停止する。
扉が開いた先は、先ほどまでいた奈落の底とは比べものにならないほど光に満ちていた。
そこは、グリム・ハインの地下都市の中層付近。
「ショウ!! ゼルクスさん!!」
聞き慣れた叫び声が響く。
前方から、アルク、ミア、ルーナの三人と、エリシオンからきた生き残った冒険者の2人が、信じられないものを見るような表情で駆け寄ってくるのが見えた。
「生きて……生きてたんだな……!!」
「僕がついていながら...申し訳ない...」
アルクがショウの肩を強く掴む。その手は、かつてないほど震えていた。
「よかった……本当によかった……!」
ルーナは涙を流しながら崩れ落ち、ミアも唇を噛み締めながら、安堵したように天を仰いだ。
ルーナの温かな治癒魔法がショウの全身を包み込み、刺すような火傷の痛みが徐々に和らいでいく。
ショウは重い口を開き、自分たちが奈落の底で見た光景を伝えた。救えなかったリーダーのこと、そして、忽然と姿を消したヘル・ゲートのこと。
生き残った2人の冒険者は、リーダーの死を聞いて力なく項垂れたが、それでもショウの目を見て絞り出すように言った。
「……教えてくれて、ありがとう。あんたたちがリーダーを助けようとしてくれたのは分かっている。最善を尽くしてくれたことに感謝するよ」
彼らの悲痛な謝辞を聞きながら、アルクは厳しい表情で顎に手を当てた。
「……ヘル・ゲートが消えた、か。あれほどの怪物がただ消え去るとは思えない。不自然だが……今はここで考えてもらちがあかないな。奴が戻ってくる前に、一刻も早くこの都市を抜けよう」
一行は再び隊列を組み、アイゼンヘイムの地上出口を目指して歩き出した。
一歩、また一歩と階段を登るごとに、あれほど一行を苦しめた地下の熱気が嘘のように引いていく。代わりに、肌を刺すような鋭い冷気が服の隙間から入り込み始めた。
「……はぁ、息が白くなってきた。そろそろ出口だね」
アルクが白い吐息を漏らしながら、慎重に頭上の様子を伺う。
「寒くなってきましたね……。さっきまでの地獄のような暑さが信じられないです」
ショウが腕をさすりながら言うと、隣を歩くゼルクスがどこか楽しげに目を細めた。
「ふふ、アイゼンヘイムの頂上付近まで来ている証拠だよ。ここは万年雪に覆われた、孤独な山の王の領域だからねぇ」
「雪……。もしかして、外は雪とか降ってるんですかね!?」
ルークが期待と不安の混じった声を上げると、ミアがパッと表情を明るくした。
「えーー、雪!? いいね、雪だるま作ろうよ! 誰が一番大きいの作れるか勝負ね!」
「ミアさん、そんな時間ないですよ~」
ルーナが呆れたように笑いながらたしなめるが、一行の間にようやく少しだけ、冒険者らしい明るい空気が戻ってきた。
ついに、階段の突き当たりに巨大な石造りの扉が現れた。その隙間からは、地下の灯火とは違う、眩しいほどに透き通った青白い光が漏れ出している。
「さあ、地上だ。……準備はいいか?」
大きな石造りの門の先には、もう暗い天井も、息苦しい熱気もなかった。
長い洞窟を抜けた一行の眼前に飛び込んできたのは、吸い込まれるような蒼い空と、どこまでも続く白銀の世界。そして、眼下に幾重にも連なるアイゼンヘイムの険しい山々だった。
「わーーーお!!! すっごーい!!」
ミアが雪の積もったテラスへ飛び出し、太陽の光を全身に浴びて歓声を上げる。
「ここがアイゼンヘイムの山頂付近になるよ。……見てごらん、空気が澄んでいるから遠くまでよく見える」
アルクが目を細めて指差した先、遥か彼方の地平線に、陽炎のように揺らめく美しい都市の影が見えた。
「ここから降りていけば目的地の魔法都市エリシオンが見えてくるはずだよ!」
「ようやくですか……。本当に、長かったです……」
ショウが眩しそうに空を見上げながら、ポツリと漏らす。地下都市での死闘、あの絶望的な奈落、そして前世の記憶。すべてが遠い昔のことのように感じられた。
「もう少しです! 頑張りましょう、ショウさん!」
ルーナが横で力強く頷き、一行はザクッ、ザクッと新雪を踏みしめる心地よい音を響かせながら、下山へと足を踏み出した。
「ショウさん、エリシオンに着いたらまず何しますか?!」
雪道を進む中、ルークが元気を取り戻したように声をかけてきた。
「そうだな……。クレアさんに会うまでに時間があるなら、まずはゆっくり休みたいな」
「そうですよね、僕も疲れました~。でも! ショウさんを安全にエリシオンまで送り届けるのが僕たちの役目ですから!」
「あ、はは……ありがとう、ルーク君」
照れくさそうに笑うショウの横から、ミアが茶化すように割り込む。
「何言ってんのよ! ルーク、ショウさんたちが奈落へ落ちていった時、一番パニックになって『あーもうダメだー!』とか叫んでたじゃない」
「そりゃ思うよ! あんな高さから落ちたら誰だってそうなるよ!」
二人の賑やかな言い合いを横目に歩いていると、山の日は急激に傾き始めた。
アルクの提案で、近くの小さな洞窟でキャンプをすることになった。
その夜。仲間たちが寝静まった後、ショウは一人洞窟を抜け出し、外の夜空を見上げていた。
空気が澄み渡り、一つ一つの星が宝石のように強く、鮮やかな光を放っている。
「綺麗だな……。やっぱり、異世界の星は違うな……」
見惚れると同時に、不安が胸をよぎる。サクラやレンに会えるだろうか。エリシオンで手がかりは掴めるのか。
「眠れないのかい?」
背後からアルクが歩み寄ってきた。
「はい……。色々、考えてしまって」
「離れ離れになった仲間たちのことかい?」
「はい……」
ショウの心中を察するように、アルクは穏やかに語りかけた。
「きっと大丈夫だよ。クレアさんは陛下も仰っていた通り、特別な『目』を持っている。僕も何度か会ったことがあるが、本当に凄い人だ。それに魔法都市なら、優れた魔導師やアイテムも集まる。何かしらの手がかりは見つかるはずだよ」
「そう、ですよね……。ありがとうございます」
「あと……本当にすまなかった。あんな事態にならないための護衛隊だったのに、君に怖い思いをさせた」
アルクが深く頭を下げる。
「いえいえ! ここまで来れたのはアルクさんたちのおかげです。三人がいなかったら、僕、本当に死んでましたよ!」
ショウが慌てて手を振ると、アルクは少しだけ表情を緩めた。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ルークも言っていたが、君を無事に送り届けるまでが僕たちの任務だ。最後までよろしく頼むよ」
「はい! よろしくお願いします!」
頼もしい護衛官の言葉に勇気をもらい、ショウは洞窟に戻って深い眠りについた。
アイゼンヘイムの険しい山道を降りきった一行の前に、ついにその全貌が姿を現した。
「ここが……魔法都市、エリシオン……」
ショウは思わず足を止め、その光景に圧倒された。
王都ルミナスが「歴史ある石造りの騎士の街」だとしたら、ここはまさに「魔法が具現化した夢の街」だった。
まず目を引くのは、街の中央にそびえ立つ巨大な白銀の塔
その頂には、太陽の光を反射して七色に輝く、巨大な球体の魔法石が鎮座している。それはまるで、街全体を優しく見守る瞳のようにも、巨大な魔力の心臓のようにも見えた。
街並みは驚くほど鮮やかだ。建物の壁には淡いパステルカラーの装飾が施され、窓ガラスには魔力を帯びた美しいステンドグラスが嵌め込まれている。
「ねぇ見て! あの噴水、水が空中に浮いて踊ってるわ!」
ミアが指差す先では、重力を無視した水流が美しい幾何学模様を描いている。
道行く人々も、王都で見かけた鎧姿の兵士とは対照的に、繊細な刺繍が施されたローブを纏った魔導士や、不思議な杖を手にした者たちが目立つ。街角の露店では、怪しげな光を放つ薬瓶や、ひとりでにページがめくれる魔導書が平然と売られていた。
「王都よりも……なんていうか、すごく『進んでいる』感じがしますね」
ショウが呟くと、アルクが頷いた。
「ああ。ここは世界の叡智が集まる場所だからね。あちこちに魔導回路が組み込まれていて、生活のすべてに魔法が溶け込んでいるんだ」
「うわぁ、あっちの街灯、火がついてないのに光ってる! 魔法ですよね、あれも!」
ルークが子供のように目を輝かせてキョロキョロと辺りを見回す。
ショウは、腰に差した自分の杖が、街に満ちる豊かな魔力に反応して、微かに心地よい振動を返してくるのを感じた。
(この街の大学に、クレアさんがいる……。)
一行は、あふれんばかりの魔法の息吹を感じながら、白銀の塔を目指して活気ある石畳を歩き始めた。




